カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

シケてる場所に満足を

2018-11-07 | 散歩

 役をもらって月に一度は上京するようになって、一年半くらいになる。日帰りの時もあるから毎回必ずではないが、せっかくの機会だから東京のまちを散歩するようにしている。これまでにも何度かは来たことがあるので知らない街ではないが、何しろ住んでいるところからは遠いので、詳しく知る訳がない。出張の第一の目的地が霞が関だから、新橋虎ノ門国会議事堂前溜池山王あたりはずいぶんウロウロした。もうこのあたりは地図が無くてもとりあえず何とかなるような感じになっていて、だいたいの方角でどこに何分くらいでいける目星はついてきたように思う。せっかくだからわざわざ違う路地を選んで、出来るだけランダムに歩いていけたらいいという気分に浸っている。
 東京の地名は案外知っているものが多いから、多少迷っても、ああそれなら何とかなりそうだ、という感じにはなりやすい。地下鉄もあんがい縦横に走っていて、ちょっと駅から外れすぎたなとか思って戻るべきか悩んでいたら、目の前が他の駅だったりする。まったくその方角に駅が無いという場合だってあるのだろうけれど、都心の中を歩いている限り、二三キロも歩いているとどこかの沿線に引っかかる感じだろうか。駅名を出発点にして到着地をアプリに書き込むと、乗換などの案内が瞬時に分かる。多少効率の悪い場所であることもあるんだろうが、最適解が分かるのだから、それにしたがって戻ったらいい。もちろん所要時間も分かるから、その後の予定も立つものである。
 明日が出張だな、という日になると、漠然と空いた時間にどこを歩くか考える。目的地との空き時間の計算があるので、その間にできる散歩を思うのである。少し遠くとも一時間以上遠いなんてことはあんまり無い。そういうときは迷うというより、その自由さを満喫する。どこにだって行ける自由は、制限時間があっても自由には違いない。もっとも遠めのところであれば、現地での時間は少ない。近すぎると、それはもう歩きすぎて疲れる。
 結局は今の体力と、実際の目的後の体力の温存度を勘案しているかもしれない。もう強烈にどこに行きたいという場所も無い訳で、観たことなかったらどこでもいいかな、とは思っている。写真も撮るが、特にインスタ映えしなくてもいい。こんなとこ行くやついるんだね。みたいな発見があると、それなりに自己満足の得点は高いかもしれない。でも正直なところ、そんなところは実際にシケているところでもある。満足というより、言い訳に過ぎないことなのかもしれない。
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