カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

回る卵はジャンプもする   ケンブリッジの卵

2024-09-12 | 読書

ケンブリッジの卵/下村裕著(慶応義塾大学出版会)

 副題「回る卵はなぜ立ち上がりジャンプするのか」。
 ゆで卵と生卵を見分ける方法は、特に裏ワザと断るまでもなく、手でくるりと回してみるとすぐわかる。ゆで卵なら勢い良く回り続けるが、生卵は不規則に揺れてうまく回らない。中身が固まっていないと、中心が揺らいでよく回らなくなるのだ。そうしてそのよく回る茹で卵を、両手を使った方がいいと思うが、交差させながら勢いよく回すと、立ち上がって回りだすだろう。多少コツは必要だと思うし、テーブルの広さにも気を付けなければならないが、立ち上がったゆで卵を眺めてみるのも、なかなかに愉快である。僕は昼にゆで卵を食べることが多いのだが、食べる前に儀式のように卵を回している。卵の形は様々だから、簡単にきれいに立つものもあれば、苦労するものもある。遊びと言えばそうかもしれないが、この現象を物理的に証明した人がいる。それがほかならぬ著者である。少し前まで知らなかったが、こんなに凄いことだったとは、ほんとに呆れました。
 難しい数式が書いてあるわけでは無いが、卵を回したら立ち上がることを証明する計算は複雑怪奇らしく、誰でも知っているし簡単に目にすることのできる物理現象であるにもかかわらず、これまで誰も証明することができなかった難問だったのだ。下村先生はケンブリッジに留学中に、この現象とかかわりがあってのめり込み、当初の目的では無かった研究にもかかわらず、モファット教授という偉大な研究者と共に(基本は下村先生が計算していることは、これを読めば分かるが)、この現象の究明に没頭する。そうして何故、多くの人がこの謎を目にしながら計算に成功しなかったか、という苦難の苦労をすることになる。この卵のような形の物体を回転させたとしても、そのうける摩擦の計算などを勘案したものであっても、簡単には立ち上がる解が求められないようなのだ。下村先生は何度も何度も計算をやり直し、何度も頭を抱え込む。モファット先生と議論し、時には疑問がさらに深まり、的外れではないかという疑念も浮かぶ。いい感じのアイディアも浮かぶが、そのままではやはり何かうまく行かない。そうしてやっと行けそうだという計算が成り立っていくが、それから派生してさらに高速の回転になると、立ち上がるだけでなく卵はちょっとだけジャンプしていることも突き止める。しかしその実験結果を目に見える形にするのがまた困難なのである。何年もかかって論文に書き上げ、権威ある科学雑誌へ掲載される道のりも長く遠く面倒も多い。それらの顛末を、ケンブリッジの素晴らしいキャンパス行事体験などを交えながら回想した物語である。
 題名がケンブリッジの卵というのは、基本的にケンブリッジ時代の体験記を軸に語られているからである。下村先生の日本の活躍ぶり(授業のやり方なども)も書かれているし、物理や化学というものの考え方を、楽しく紹介したものでもある。実際にはものすごい計算能力のある次元の違う人間であることは見て取れるものの、また英国で別の言語を操りながら苦労しただろうこともあるのだが、実に楽しそうに苦労をしている様子だ。一言でいうと、何か本当に純粋な驚きに満ちた楽しさなのである。目の前にある物理現象で、まだまだ計算上謎に満ちた出来事がたくさんあるという。そしてそれらはまだ、研究の題材にさえされていないのかもしれない。僕に証明できるとまではとても思えないが、少し子細に周りを見てみようという気分になることは間違いない本である。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする