梶哲日記

鉄鋼流通業会長の日々

ナチハンター(その6)

2024年07月06日 07時04分20秒 | Weblog
1946年5月から始まった、東京裁判を構成する判事は11ヶ国から1名ずつ選ばれ、オーストラリアのウエッブが裁判所長に任命されます。検事もまたこれら11ヶ国から1名ずつ選ばれ、首席検事としてアメリカのキーナンが任命されます。日本人被告28名は、「平和に対する罪」「人道に対する罪」または「通例の戦争犯罪」の2つ以上について起訴されました。罪状認否では全被告が無罪を申し立てますが、25人全員(裁判終了前に亡くなった2名と発狂により免訴された1名を除く)が死刑や禁固刑などの判決を受けました。

判事らは7ヶ月かけて判決理由を書きます。票決は8対3で、結果全被告が有罪とされたのです。有罪に対して反対を訴えた3人の中で、注目されたのがインド代表のラダ・ビノード・パール判事の判決書です。この判決書は多数派判決文よりも長い英文25万字、1235項におよぶ膨大なもので全7部構成。パールは全員無罪の判決書を書いた唯一の判事でした。審理を冷静に見つめたうえで、多数派判決の法律的見解、事実認定に対して真っ向から反対したのです。

パール判決書の第1部『予備的法律問題』では、勝者によって今日与えられた犯罪の定義に従って裁判を行なうことは敗戦者を即時殺戮した昔と、われわれの時代との間に横たわるところの数世紀にわたる文明を抹消するものであるといい、儀式化された復讐のもたらすものは単に瞬時の満足に過ぎないばかりでなく、窮極的には後悔を伴うことはほとんど必至であることを指摘し、勝者による裁判そのものへの疑問を投げかけます。第2部は『侵略戦争とはなにか』と題して、多数派のいうその定義を認めることは困難であるとしました。

第4部の『全面的共同謀議』は判決書の核心をなすもので、分量も判決書の半分を占めます。満州事変以降の、満州における軍事的発展は確かに非難すべきものであったし、法律的にみても正当化できるものではなかったのであろう。と述べつつ、しかし検察側が提出した記録のなかに共同謀議を証明する直接証拠がないことを述べた。残虐行為についても証拠は圧倒的であるが、この法廷に残虐行為を犯した人はいないし、命令し、授権し、許可したという証拠は絶無であるといい、ニュルンベルク裁判の被告たちが発したような命令、通達、指令の証拠は見当たらないとしました。

また第6部『勧告』では、原子爆弾の投下を命令し、授権し、許可した者の責任はどうなるのかと問いかけます。パール判事はこうも書いています。単に執念深い報復の追跡を長引かせるために、正義の名に訴えることは許されるべきではない。世界は真に、寛大な雅量と理解ある慈悲心とを必要としている。さらに敗戦国の指導者だけに責任があったのではないという可能性を、本裁判所は無視してはならない、と論じました。

法廷はパール判決書の朗読を、一週間や十日はかかるという技術的な理由等で拒否しました。オランダ、フランス、フィリピン代表判事などの少数意見と共に法廷では読まれることはなかったのです。1952年の来日時にパールは「東京裁判の影響は原子爆弾の被害よりも甚大だ」と表明します。

パール判事の、その後世の中の受け止め方です。日本の侵略的な戦争を正当化する勢力は、パール判決書を「日本無罪論」などと呼び、自らの主張を裏づけるものであるかのように宣伝しました。しかし、パールは裁判の法的根拠を批判したのであって、日本の行動を正当化したものではないとの見方が有力です。パールは、インド独立運動の父ガンジーを尊敬し、欧米の植民地主義を批判する立場であり、日本の対外進出にも批判的な見地をもっていたからです。「平和に対する罪」を事後法とするパールの見解については、1919年の国際連盟規約(ヴェルサイユ平和条約)や1928年の不戦条約(パリ条約)など、第一次世界大戦後の戦争違法化に向けた国際法の発展を過小評価したものとの示唆も、忘れてはならないとされています。

何年もの後、東京裁判を推進したマッカーサーは、東京裁判は誤りであったとし、キーナン主席検事、ウエッブ裁判長も同様の発言をしています。「日本の若者が歪められた罪悪感を背負って卑屈・頽廃に流されてゆくのを、私は見過ごして平然たるわけにはゆかない。誤られた歴史は書きかえられねばならない」と、パールは憂いていたといわれます。

第二次世界大戦で、先にドイツが負けその後に日本が負けました。裁判は、先にドイツで行われその後日本で行われました。その歴史の因縁から、東京裁判はニュルンベルク裁判のよくない余波を受けました。前回書きましたが、裁判で白黒つけずに、国際世論や国内世論の道義的判断に委ねることも可能だったのです。ナチハンターの流れは、ドイツ国内世論の道義的判断を長きに亘り模索してきたものだと捉えることができます。   ~次回に続く~

 パール判事 
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