梶哲日記

鉄鋼流通業会長の日々

安全祈願と火入れ式

2015年03月28日 10時45分01秒 | Weblog

「鉄鋼流通の現場が国内外で変わりつつある。より需要家に近い川下の加工工程に関わって付加価値を高めようとする動きが目立つ」「単純にモノを運ぶだけのビジネスで利益を確保しづらくなっているためだ」。3月27日付日本経済新聞に“変わる鋼材流通”と題して、このような記事が載りました。

「かつて浦安鉄鋼団地の主流は倉庫に積んだ鋼材を不特定多数に販売する店売りだったが、もはや右から左に流すだけでは儲からない」「団地の中でも、在庫販売のみという問屋は30年前の5割から14年は17%まで減った」。そのような記事が続きます。

その記事が掲載された日に、わが社では新設のレーザー切断機の安全祈願と火入れ式を行いました。新品の機械は今月初め搬入されましたが、メーカー主導のテストランを重ね、わが社への技術指導も受けながら、正式に引き渡しも終わって当日を迎えました。

機械を造って下さったメーカー、納品の窓口になって下さった商社、基礎工事を担って下さった業者、融資をして下さった銀行、そしてわが社の会計参与の会計士の先生。新しい機械を導入するにあたり多大なるご支援を頂いた方々に、当日はご臨席賜りました。

朝9時半より工場内の新設の機械の前で、わが社の社員も大よそ参列して、厳かに式は執り行われ、そして無事に終わりました。一年ちょっと前にこのレーザー導入の提案が幹部社員から出され、ようやく形となって我々の前に現れて、稼働を開始しました。

新設された機械が入って工場内を見渡すと、私としては、とても感慨深いものがあります。丁度10年前、ここ浦安に新たに土地を求めて倉庫を建設して、それ以前から市川市の他社倉庫を借りて在庫販売していた機能を、浦安に集約しました。

当時新設した倉庫内の風景は、全て素材の鋼板が積み上がっているだけでした。その後徐々に、外に在った二ヶ所の溶断工場を浦安に移設して、今日を迎えました。今回の新設のレーザーを加えると、倉庫というよりは、正に鉄板加工工場に様変わりしました。

わが社がこの加工事業に進出した切っ掛けは、得意先が破綻してしまうという不幸な出来事から始まりました。しかし冒頭の記事にもありましたが、わが社が在庫販売だけであったならば、今日のわが社の存在はどうなっていたかは分かりません。
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お金を借りる

2015年03月21日 06時16分20秒 | Weblog
企業が借金をする動機は、主なものとしては三つあると思われます。土地や建物や機械設備などを新規に取得する、つまり先行投資の為。在庫保有や代金回収が遅いなど、運転資金調達の為。欠損や急激な売上減少やあるいは借金返済など、不足資金補填の為。

いずれも共通しているのは、借りたお金は何時か必ず返さなくてはならず、また元金プラス金利を上乗せするのですから、借りたお金を活用してお金を増殖させる行為をしなくてはなりません。動機の一つ目と二つ目は、借りた以上に、将来お金を増やせる勝算があるのかを問われます。

しかし当初勝算があっても、見えないリスクも発生する場合もあり、言い方に語弊があるかもしれませんが、将来のことは誰も分からないのも現実です。三つ目のケースに至っては勝算以前の問題で、調達出来るか出来ないかで企業としては生死を分けます。

今回最新のレーザー切断機を導入するにあたって、長く取引がありました銀行より借入をしました。銀行の若い担当者の方は、融資のお金が立派な機械に代わったのを目の当たりにして、感動を覚えますと話されました。しかし前に述べたように、借りたお金の返済を念頭に置けば、私はこの発言に責任の重さを感じます。

世間では、「銀行さんは、晴れの日に傘を貸してくれるが雨の日に傘を返せと言う」と非難します。私はある意味正しいと解釈しています。貸し手側の銀行と、借り手側の企業とでは、本来論理は違います。世間で言われている言葉は、逆の立場に立っていません。

お金を借りる場合、確かに十分な担保があれば申し分ありません。しかし十分な担保が必ずしも有る訳でもありませんし、借金を返済出来ずに担保を供出するのは最後の手段です。それでも、雨の日に傘を返せと言われても、また貸さないと言われても困るのも、現実問題としてあります。

私は金融機関からお金を借りるということは、時間を貸してもらっていると捉えています。常に勝算があってお金を増殖出来ている企業は、そんなに多くはないと思われます。例えば業績が悪い時は、真摯に向き合って耐え、そこから何かをプラスに変えて、存続していけばまたチャンスはあります。

言ったことは行う、約束は守る。普段の付き合いの中にこそ信用は生まれると信じ、何時でも傘を貸してもらえるようにしなくてはなりません。
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危機意識の低下

2015年03月14日 09時44分13秒 | Weblog
 
“震災により壊れた道路の復旧および液状化対策工事を行なっています”と書かれた看板が置かれ、車線を半分にして道路工事が行われています。勿論この震災とは、東日本大震災のことで、わが社がある浦安市千鳥地区ではいまだに道路の工事が続いています。

愚痴を言っている訳ではありませんが、あれから4年経っても他の浦安地区よりも後回しにされて、千鳥は修復工事が未だ終わっていません。この地区は浦安でもそれだけ被害が大きかったとも言えますし、震災のあの時の想いが蘇ってしまうことは否めません。

わが社は、千葉工場を閉鎖して浦安に集約すべく、切断機械を移設する為に、浦安では新たな基礎工事をしている最中でした。4年前の3月11日のことです。本来の建屋は地震ではびくともしませんでしたが、新設の基礎や倉庫前面のアスファルトや他、液状化によってわが社も大きな損害を被りました。

それを契機に、社内では防災マニュアルも作り、災害に備える危機意識の浸透を目指してきました。3月11日と9月1日を防災の日と設定して、緊急連絡網や避難場所の確認、非常食の試食などをしながら、全社員が集まって災害対策を再認識しています。

しかし、幾ら防災の日を設けても、どれだけ身近に傷跡の工事を目にしていても、いざ災害に遭遇した時に、冷静沈着な行動がとれるかは別の話しです。人間には慣れ・ダレという恐ろしい習性があり、また自分だけは大丈夫だという厄介な正常性バイアスがあります。

それに対処するには、常に災害を想定して、自らを守ることしかありません。寝ていても起きていても、会社に居ても居なくても、運転していようがいまいが、天災の方は時と場所は選びません。最後は、想定する能力があるかどうかにかかっています。

1年前にわが社の向かい側に建っているビルに掛け合いました。わが社の2階では大津波が来た時退避場所としては不適で、万が一の場合を想定して、その物流会社の10階建倉庫ビルに駆け込むお願いをして、承諾してもらいました。実際には東京湾では東日本大震災のような津波は来ないとされていますが、危機意識を高めるものでもあります。
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素敵な女性(その2)

2015年03月07日 10時11分30秒 | Weblog
その女性の歳を明かしますと、72歳とのことでした。前歯は何本かありませんが、肌艶も良く、とてもお若くみえました。何より話に淀みがありませんし、会話を通して頭の回転が速いことが伝わってきます。

私のパソコンの指捌きはとうでもよかったのではないでしょうか。自分自身でもそんなに上手とは思っていません。私に話しかける切っ掛けとしての話題だったのでしょう。唐突ともとれますが、嫌味ではなく上手に褒めてもらって、こちらの気分がほぐされて、それが後の会話に繋がったのです。

医学博士の加藤俊徳氏の著書、“アタマがみるみるシャープになる!!脳の強化書”にはこう書かれています。「カフェや喫茶店に入って、見知らぬ人に話しかけてみることで、伝達系脳番地をトレーニングできる。とはいえさすがに勇気がいることでしょう」

この女性はこれを地で行っていることになります。「見知らぬ人に話しかける時は相手のリアクションが読めませんし、性格や立場などその人の予備知識が全くありません。そのため、伝達系の脳番地がフル回転するというわけです」と、その著者は説明しています。

勿論このような学説を、その女性は知らないと思います。「私はボケていますか」と、会話の中で確認されました。いやいや、私の方が、よっぽど最近はボケを心配しています。

40分ほど話をしていましたが、彼女に声をかける同年配の女性がいました。常にコミュニケーション能力の維持を図って、人との触れ合いの中で生きる活力を求めている。彼女はハッキリ認識していないかもしれません。しかし私にはそう見えました。

「亭主を立てない今の女性は間違っています。先ず支えるのは奥さんですよね。このまま行くと日本はおかしくなる」。結婚はしてなくとも、長い人生で世の中を観察して出て来た言葉には、とても説得力がありました。もう二度と逢うことがない人かもしれません。その生き方と考え方に魅力を感じ、その意味でとても素敵な女性です。
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