梶哲日記

鉄鋼流通業会長の日々

関西にいる長女

2010年07月31日 09時13分11秒 | Weblog
「ニュートラシューティカル」と言われても、その意味は殆どの皆さんは分らないと思います。「nutrition:栄養」と「pharmaceutical:医薬品」との合成語で、健康の維持・増進に役立つ、高度な機能性食品と訳されています。簡単に言ったら、スポーツドリンクや栄養補助食品のことです。

私の長女は医薬品メーカーに入社して三年目、そんな事業の神戸支店に配属されています。娘はその扱っている商品の販売促進をしています。地元の学校やスポーツクラブを訪問して、健康管理を中心に講話をしてサンプル品を配る、そんな布教活動的な仕事をしているのです。先週私は違う用件で関西に行ったついでに、娘に会って来ました。

大阪梅田駅で午後7時に待ち合わせをしました。娘は、外回りで遅くなり帰社したら上司に用事を言い渡された云々かんぬんで、結局来たのは8時半でした。ファッション店や雑貨店が多く入っている『ギャレ大阪』の、直結している改札口が待合わせ場所でした。いやという程若い女性を観察させて頂きました。

連絡は小まめに寄こすのですが、その分刻々と時間は遅れ、どこかの店に入って待つ訳にもいかず改札口に足止状態。足は完全に棒となり、「何と要領が悪いやつだ!」と私の心は乱れ、怒りも込み上げて来ました。

申し訳なさそうな様子で、それでも急いで来たのであろう娘を前にして、さすがにきつくは言えませんでした。直ぐ近くの居酒屋で遅い食事を取りました。殆ど一方的に、娘は自分が普段やっている仕事の話をしていました。暫くは、飲み食いするのも忘れて。

仕事はおもしろいのでしょう。半分営業的なことをやっている訳ですが、人と接するのも嫌いではなさそうです。でも大企業の一歯車であることは間違いありません。自分の働く意義を今後も見出せるか、それが課題かもしれません。

忙し過ぎて体調も崩す時もあるとか、手元にいない親としては心配の種は尽きません。でも、一人でよくやっています。食事代を娘がどうしても払うと言うのです。父の日に何もやっていなし、今日は遅れて迷惑を掛けたからと。払ってもらいました。酒の注ぎ方にしても、少しは社会人になりました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

廃業を聞いて2

2010年07月24日 06時51分41秒 | Weblog
前回のブログに‘ぼんぼん’さんなる方からコメントを頂きました。この‘ぼんぼん’さんのニックネームだけでは、私が知っている方なのか、会ったこともない方なのか残念ながら分りませんが、いずれにしましてもありがとうございます。

「現在は何をやっても儲からずとても厳しい」と私が書いたのに対し、「おいしい時代を経験し蓄えもある中高年にとってはまだ良いですが、厳しい時代しか知らない若い世代にとっては本当に厳しいですよね。蓄えも無く、厳しい環境に置かれているのですから・・・」とコメントを頂いたのです。

正にその通りかもしれません。我々の業界の若手二代目の集まりでも、「俺達は努力し真面目にやって、それで当たり前。親父達の代は勿論仕事も精一杯やったのだろうが、遊びも豪快に出来たし、金も貯まった。俺達は良い思いをしたことが無い」そんな会話がよくされます。

しかし私はこうも思うのです。鉄鋼のように戦後この国を支えて来た基幹産業が、成熟から淘汰の時代に入ったのであれば、時代背景とその業種にもよる厳しさは当然のものであろうと。でもそんな業種でも、数は少ないかもしれませんが勝ち組はいます。

そして昔のように良い時代に創業しても、会社には必ず創業リスクは伴い、無論経営のやり方によっては倒産もあり得ます。創業の時に、倒産や廃業を考えて会社を興す経営者は、だれ一人としていない筈ですが。また二代目が引き継ぐメリットとしては、放漫経営の会社を引き継ぐ以外は、少なくともその苦労はしなくて済む訳ですし、無形の財産もあるかもしれません。

要は、私が言いたいことはその経営者の「心の持ち方」次第ではないかということです。例えばこの状況を“厳しい”とるのか、これは私に対する“挑戦だ”ととるのでは、全く逆の捉え方です。

世間では、蓄えもあり立派な会社を引き継いだ後継者が、自助努力もしないでそれに溺れ、会社を潰してしまう例はよく耳にします。少なくとも心の捉え方や、気の持ち方で、マイナス指向にならない努力はしたいと思います。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

廃業を聞いて

2010年07月17日 12時30分58秒 | Weblog
業界で知っている方の会社が、このところ何社か廃業をされました。そこに至るまでには紆余曲折があったのでしょうが、廃業の決断には大変な勇気が必要だったことと思います。

廃業の理由としては、後継者が不在、先行きの見通し難、良い人材が採用出来ない、経営者の健康問題、等など多くが絡み合っている様子です。そして突然に決心したのでは無さそうで、色々なシミュレーションを重ねながらも、数年前から徐々に意を固めて来たに違いありません。

お一人の方は今年65歳で、創業者でありこの仕事に従事して45年。まだ大量に仕事があった時代、納期に追われ、一睡もせず工場で加工しながら朝を迎えたこともしばしばあったとか。売り先に多額の焦げ付きが発生して、自分の処もこれでアウトかと思ったこともあったとか。しかし人に負けないバイタリティーで頑張って来られ、今では不動産も所有しその家賃収入もあり、それだから辞められるとの本音も漏らしていました。

昔は材料も今ほどうるさくは無く利鞘を稼げたけれども、現在は何をやっても儲からずとても厳しい。現有の機械も古く、これからの機械設備の投資も見極めが非常に難しい。このまま赤字が続くのなら、極力早く辞めた方が、損が少ないとの判断だったようです。

倒産する会社と、廃業する会社と決定的に違うのは、倒産する会社は他人に迷惑を掛けることです。倒産にしてもやむにやまれぬ事情はあるのでしょうが、大方の会社は無謀に突き進んで来た結末です。

そこの社長は50歳を過ぎて、仕事が落ち着きだしてゴルフを始めた方です。何ごとも熱心にされる方ですので、そのゴルフの腕前はシングルです。家賃収入で食べることには全く困らないのでしょうが、ゴルフも仕事をしなくなったら、恐らく面白くなくなって来るのではと仰っていました。

何となくですが、経営者のやる気が無くなって来た時が、その喪失が会社を終らせるように感じました。経営者のやる気、会社の勢いは大事にしたいと思いました。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

暗記しました                      

2010年07月10日 07時49分37秒 | Weblog
日露戦争で時の連合艦隊は、日本海海戦でロシア艦隊を撃破し、日本の勝利を導きました。戦後戦時編成の連合艦隊を解散し、平時編成に戻すこととなり、解散式が明治38年12月21日に行われました。その際、連合艦隊司令長官の東郷平八郎は、「連合艦隊解散の辞」として訓示を読み上げました。

その内容は、平時における海軍軍人の心得を示し、有事に備える心構えの重要さを説き、名文の誉れが高いものです。文面の起草は名参謀の秋山真之と言われ、後にアメリカ大統領セオドア・ルーズベルトはこの訓示に感銘を受け、その英訳文を全米の海軍将兵に配布しているほどの名文です。

“神明(しんめい)は、ただ平素の鍛練に力(つと)め、戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平(ちへい)に安ずる者より直に之を奪う。 古人曰く、勝て兜の緒を締めよ、と”

これはその訓示の最後の一節です。去年ある勉強会で、この暗記が宿題となり、この一節は覚えました。会社の運営においては、普段やるべき仕事を淡々とし、力量を上げることに専念し継続しなさい。小成功に驕れていると、天はそこから勝利のチャンスを奪って行きますよ。そんな戒めの為でした。

今年正月から、全文を毎朝朗読することを始めました。約1,100字、読み上げると5分程になります。日本語の古い言い回しもあり、馴染むまでは時間も掛かりました。ある時点から、全部覚えられるかもしれない、暗唱出来たら格好いいだろうなに変わりました。しかし無理に暗記することはせずに、何はともあれ、一日一回は必ず読むことに徹しました。

段々と、諳んじて言える箇所が出て来ました。それが更に増えて来ました。遂に先週から紙面を見ないで、暗唱が出来るまでになりました。まだつっかえる場面もありますが、その文面は潜在意識に入ってしまいました。

覚えるのに要した半年、それが長いか短いかの見方は分かれるでしょう。台詞を覚えることが仕事の役者としては失格ですが、これが「継続は力なり!」と言うことなのでしょう。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

相手に分るか

2010年07月03日 11時02分33秒 | Weblog
『お客様あってのわが仕事・他人あってのわが人生 ・・・ お客様がいなければ、仕事は成り立たない。わが人生は、周囲の人々から支えられている。そうした大事な当たり前のことが、忘れられていないか。自分が全てと思い上がっていると、お陰様の一言が消えていく』

わが社の浦安事業所の社員食堂にはお客様から頂いた、日めくりカレンダーがあり、そこには格言とか、モットーが書かれています。日めくりとは言っても一ヶ月分しかないので、翌月の同じ日には同じページが出てくるのですが、結構為になる言葉が書かれています。

冒頭のそれは、29日分のものでした。私は週一回、製造現場の昼礼に出た際に何か話をするのですが、今回はその言葉を引用しました。製造現場は浦安と成田に二箇所にありますので、内容は変える必要も無く、ほぼ同じ話となります。

人間は一人では生きていけない、その当たり前に感謝出来るか。例えば空気にしても、普段私達は全く意識しないで呼吸しているが、その空気が無くなったら即座に人間は生命を絶たれる。そんな当たり前のことが、時によって気付けるか。そんな解釈を私はした。会社の中でも当たり前を、一緒に大事にしたいものだ、と伝えました。

成田の営業所でこの話をする際に、このカレンダーの存在を知らない社員もいるだろうし若手もいますので、念の為に“日めくりカレンダー”と“格言”は知っていますかと聞いてみました。ところが、知らない社員がいたのです。

知らないことに一瞬驚きましたが、そこで私は反省しました。「知っているだろう」はあくまで私のレベルです。勿論、初歩的なことや常識的なことなど、「その基準はどこか」は難しいとは思います。知らないことは後で誰かに聞いてくれれば、とも願うのですが。

更に単語以前の問題ですが、私が話している内容自体も、社員には分るのかもこの際考えてなくてはならないと感じました。良い内容であっても、相手に伝わらず、理解出来なくては無駄です。話す立場としては、常に「相手に分るかな」の心構えで臨みたいと思いました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする