梶哲日記

鉄鋼流通業会長の日々

在庫の持ち方

2016年03月26日 05時50分29秒 | Weblog
わが社の素材在庫量は、ここ1~2年は大よそ販売量の二ヶ月分で推移しています。この販売量には自社加工の使用分も含まれています。在庫する厚板は、素材メーカーに先物として契約するのが基本です。自社在庫で販売量を全てまかなっている訳ではありませんので、不足品については都度同業他社より現物を調達しますし、また市況の先行きによってはこの在庫率は高めたり低めたりもします。

しかしここにきて、在庫の持ち方について、わが社は大きな局面を迎えています。それは、わが社の素材販売事業と加工溶断事業の自社と取り巻く環境の変化と変遷によるものであり、過去の状態にはもう戻らない可能性もあります。
 
過去の素材販売においては、半年や一年の売れ筋を基にメーカーに発注して在庫すれば、それなりに売れました。売れ残った鋼種やサイズも、次のサイクルのようなものがあり、しばらくすればその波がやって来て、また在庫ははけていきました。

この素材販売のマーケットが明らかに縮小・複雑化しています。一部素材メーカーが自ら在庫をして我々と同じ機能を持ったり、メーカーとユーザーが我々中間流通を飛ばして直に取引をしたり、我々の仕入先にあたる商社がプロジェクト物件を追って、益々我々の市場は小ロット・短納期化している現象が確実になってきました。

ご存知のようにわが社は加工溶断については後発で、13年前となります。これまでの販路は紆余曲折があり、量を追っていた時代もありました。最近は多くはありませんが鋼材の完成品に近い、所謂エンドユーザーからの発注があます。そこからの仕事は、ほぼ加工する素材の厚みや鋼種は決まっています。

素材販売にしても加工溶断にしてもわが社の現在の販売先を分類すれば、同業他社つまり仲間的な存在、仲間的な先でもユーザーを掴んでいる存在、ユーザー的な存在、と主に三つになります。例えば一番目の先に、来月や再来月どんな鋼種やサイズが出るのかをヒヤリングしたとしても、特に近年その情報収取が難しくなっています。

“在庫を持てば売れる”から“売れる在庫を持つ”への大変革を、わが社は迫られています。従って、極論すればわが社の活動もユーザー開拓に傾注しなくてはならないことになりますが、簡単に一朝一夕に出来るわけでもありません。

素材販売と加工溶断は、わが社内でも互恵関係にあります。しかし営業活動のウエイトは、自ずと加工溶断になり、13年以前に比べてその選択肢があることに感謝しています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

未知への挑戦

2016年03月19日 10時05分58秒 | Weblog
最新鋭の出力6kのレーザー切断機を導入して、ほぼ一年が経ちました。既存のガス溶断機4台と既存の2.5kのレーザー機を含めた中で、6kのレーザー機は現在一番収益を上げていて、この一年間を見ても大いに活躍していることは事実です。

社員の提案によって導入が検討され、そして新設を決定した6kレーザー機です。切断厚みも、2.5k機が14㎜マックスに対して、6k機は28㎜位までは問題無くこなしています。そして切断する鋼種も、普通鋼のみならず、特殊鋼などもトライをしてきました。

しかし課題は“開先”の加工です。本来の火口は垂直ですが、火口が傾斜する機能をこの6k機は付加しました。つまり切断面が直角ではなくて傾斜していて、その角度も自由に設定出来ます。開先は、切った製品を主に溶接する時に必要な二次加工です。わが社では一次加工だけで開先をする狙いですが、厚みによって未だ満足な製品が作れません。

従来受注してきた切り板に開先がある場合は、自社内では出来なかったので、外注で対応してきました。しかし従来の受注実績としては、決して多くあった訳ではありません。この開先機能は、本体価格の約二割がオプション価格となりましたが、これも社員から追加要望があったものです。

開先がある切り板のマーケットを、わが社は知り尽くしているものでもありません。わが社の製品がどの分野で使用されるか、未だ全ては分かりません。むしろ、将来に夢を託しながらの取り組みになるかもしれません。

開先機能があるレーザー機を導入している会社は、全国でも極わずかのようです。この機能を活かせれば差別化にも繋がります。しかし世間に機械が出回ってないということは、ニーズがそれ程ある訳でもないとの見方もあるでしょう。

特にレーザー機は、同じ厚みでも素材メーカーによって切れ方も違ってきますし、条件設定を変え試行錯誤を重ね、検証しながら、多くのデータを社内で集積しなければなりません。また同じ6kのレーザーで垂直切から開先に替える時、結構な時間も現在費やし、課題も沢山あります。

現在このオペレーターは、わが社に入社して三年も経っていない、20歳前半の若手社員です。同じ時期に入社した他の若手二人も、違うセクションで将来を担う社員として頑張っています。営業も未知のマーケットを開拓する任務もあり、色々な挑戦が待ち構えています。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

良き習慣のつみ重ね

2016年03月12日 09時34分38秒 | Weblog
私の知人で運送会社を経営している方がいます。その会社は4ヶ月に一回、日曜日に全ドライバーを集め安全会議をしています。集まるドライバーや管理職は、総勢70名程になります。各部門の長の実務報告が終わった後は、社長の話しがあります。

先日行われたこの会に私は誘われ参加させてもらいました。今回はその社長のお父様の会長も参加されていました。部外者として何故私が誘われたかと言いますと、会長の知り合いで刑事を経験された方が特別に講演されるとのことで、声を掛けてもらいました。

この会長がかつて社長だった時代に、地元の警察署が主催した安全運転管理者の会合で知り合って互いに意気投合して、以来お付き合いが続いている間柄です。講演されたその方は、昭和30年代に警視庁に入り、交番勤務の後捜査係りとなり盗犯や暴力団担当の刑事となり、機動隊や交通捜査等も歴任され15年前に警視庁を退職されて、現在は民間会社の総務人事部に再就職されています。

講演は感動そのものでした。我々の知ることがない、いわば裏の世界を熟知して貴重な体験をされているのでしょうが、それを自慢したり手柄話としたりせずに、ユーモアを交えて本音で話されました。

「訓練でピストルを撃ったことはあるけれど、実際に人を撃ったことはないと仰っていましたが、いざ発砲する時は死を覚悟していました」。との話は、常に身の危険を意識して、死と隣り合わせの仕事をされていたことを窺わせます。

『泥棒上がりの警察官は泥棒をよく検挙する』、との言葉があります。暴力団担当が長い刑事は、顔つきも服装も暴力団に似てくるのは本当だと話されていました。思考そのものをそこへ移し込んで、逆から探ることをしているので、様相が似てくるのでしょう。

“良き習慣のつみ重ねが君の人生を豊かにする”と、ご自身の考えを書かれた紙をホワイトボードに貼られました。公職を去られて15年経っても、街中で諍いなどがあると、「気になり、介入してしまう」と話されました。世の中の治安や人の命を守る長年の使命感が、良き習慣となっている証です。

「今年軽井沢のスキーバスの事故で、亡くなられた娘さんの遺体の顔に一筋の涙の跡があったとの記事に接し、涙が溢れてしたがなかった。無念さや、何かを両親に訴えたかったのでしょう」。幾多の修羅場を経験された中で、そんな情の深さも伝わった一時間半の講演でした。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

暗さは連鎖する

2016年03月05日 09時14分29秒 | Weblog
ある同業者団体の定例会での話です。毎回25~30名が集まって業界の情報や自社の業況などのコメントを発表します。会員持ち回りで、都度10名程が行います。実は私、その会に入って二年程、要領も分からない中二回発表をさせてもらいました。

今回皆さんの発表内容は、良くない話に終始しました。それ程加工流通業者の置かれている環境は厳しいものがあり、この落ち込みは過去に経験が無いとおっしゃる方もいて、先行き明るい話も聞こえてこないのが現状です。わが社も例外ではありません。

その中で唯一皆さんの注目を集めた、光を放つ発言がありました。その方は、「本日は業況については何も話す用意はしてこなかったので、全く違う話をさせてもらいます」と、敢えて前置きをして次のような話をされました。

「つい最近医学博士の講演を聴いて、論旨は次のようなものである。病は気からと言うが、本当に気の持ち方は大切である。例えば人間の持っている悲観性は連鎖する。つまり人の暗さは他人に移るので、そのような人がいたら避けた方がいい」、と。

その方の話しが最後でしたが、場の空気が一変しました。その会のしきたりで、発表は自社の業況を報告するとの目的はあるのでしょうが、これ程悪い話が続くと気持ちが滅入ってしまうのも、人間の持っている偽らざる感性なのでしょう。

話しは変わります。ある会社に訪問しました。その会社はわが社とは異なる鋼材を扱っているところで、業界団体の集まりで顔を合せる機会も多いので、取引はありませんが情報交換も含めて、初めてその会社に訪問させてもらいました。

その方は以前全く異業種に務めていて、創業者の娘さんと結婚した縁で、その会社に入って社長になったとのことです。元々何かに縛られているものも無い、そんな経歴が、ユーモア豊かで明るい経営者として、トップが醸し出す雰囲気となっています。

会社によって多少の温度差はあっても、今の鉄鋼業界では受ける事象は皆同じです。しかし、物事の捉え方や考え方によって、トップが与える影響もその会社の行先も違ってきます。

後者の社長がポツリと、「会社で明るく装ってばかりいると、家に帰り疲れて家庭で一言も発しない自分も、時にありますよ」。そのような内実を聞くとほっとしますが、社長とはそんな存在でいたいものです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする