梶哲日記

鉄鋼流通業会長の日々

プロジェクトとネーミング(その2)

2020年11月28日 09時36分31秒 | Weblog
新しい事業を展開するのであれば、我々の鉄鋼加工業界(同業者が多い)におけるターゲットは、過当競争に巻き込まれないような他社が追随しない分野と言うことになります。発注元(ユーザー)からすれば、同じような加工業者が多ければ、価格が安いことが最大の選択肢となり、納期や品質はどうしても二の次になります。

ロボ機による立体加工は、ユーザーが内製化している職人さんの手間を請け負うことが一つの売りになります。我々が一次加工したものの納め先で立体的加工をする場合、更に手間を掛け二次加工(手切や削り)がなされています。ユーザーではそれが当たり前のようになっていますが、ロボ機では最終仕上がりの精度を高め一発で切れる可能性があります。

わが社も従来のように営業だけがアプローチをするのではなく、技術者が同行してユーザーの加工現場を見せてもらえれば、お客さんのメリットになる提案型の営業となります。これからの社内的な課題は、このPJを通して製造と営業との結束です。製造と営業が一緒になってお客さんを回る機会が多くなり、良いチャンスと捉えています。

提携先の社長は、このロボ機は既存の溶断業界には簡単に浸透はしないだろう、と予測しています。型鋼の開先等で使用される、ロボットプラズマ切断機は徐々に業界に出回ようになりましたが、厚板用ガス溶断のロボ機導入はほぼ皆無です。同業者には、肉厚の物が切れるガス溶断を熟知した職人が少なく、ロボ機の導入の必要性を感じている経営者もいないのではないか、とアドバイスをもらいました。

このPJは件の製造統括を含め3名で、8月に立ち上げました。9月までは提携先の会社に行って、ロボ機の稼働を見てどのような加工が可能か把握して、更にその会社のユーザーに行かせてもらい、どのような部材となり使われているか見聞さてもらいました。

それをヒントにわが社独自でも、立体加工の技術がどのような業種が対象になるか調べてきました。わが社の既存の取引先でも、新たにその加工を提供出来る可能性もあります。そのような段階に入り、10月からは営業全員も加わってそのPJは7名となり週二回早朝に会議を開き、新規取引先の開拓を目指し実際に行動しながら、今後の取り組み方も模索してきました。

7名がこのPJを大よそ理解してくれる段階に入りましたが、当初からのPJのリーダーの考えが、どうしても先行してしまいます。本来なら全員から、もっと積極的な意見がでてもいいのではないかとのリーダーの考えもありました。

そこで11月に入り、メンバーに課題が出されました。「あなたがリーダーとして」を前提に、①今までの取り組みについてどう考え・他にもやり方があるのか、②それを踏まえ外へどう攻めていくか・また社内体制をどう進めるか、③三カ月後と六カ月後の利益目標をどう設定するか、この観点で各自の意見を提出してもらいました。

PJの立ち上がり時期は、リーダーの考えが先行するのは当然です。しかしこれが長く続くと、メンバーはリーダーに頼ってしまい、自ら提案をせず自ら行動しなくなります。上記の課題は、それを打破する為のものでした。提出された中身としては、利益目標はまちまちでしたが、他は前向きで建設的な意見が多くありました。
 
このPJは仮称で、「ロボ立体加工」としていました。この機にPJ参加者から正式な名称を付けてもらうべく、募集しました。これはPJを端的に把握していないと付けられません。PJメンバーの一人から、社員全員に募集してその中から決めたらどうかとの発案でした。改めて社員全員からネーミングを募ることにしました(その結末は次回に)。

メンバーに出した課題の回答で、担当者をそろそろ絞り込んだ方がいいとの意見が多数ありました。新規開拓専任など決め、一旦は7人広げましたが今後は集中していきます。役割分担をしても、互いの立場を理解し合えると期待しています。PJ会議も週一回にして、各自次週の行動予定を決め一週間後その結果を後追いする、このサイクルを回していくことにします。   ~次回に続く~
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プロジェクトとネーミング(その1)

2020年11月21日 09時25分46秒 | Weblog
このプロジェクトは、本格的には今年8月頃よりの取り組みとなります。わが社の「未来に向けた独自性のある加工」への挑戦となります。まだ収益に結びつくものではありませんが、三カ月半を経過して、意識の上では全社を挙げての段階に入っています。

今年6月わが社は、社員の結束を固め現在の難局を乗り切るために、緊急事態宣言を出して、改善計画を発表しました。その後社長は、全社員の前でわが社の理想の会社像を語り、他社が追随できない独自性のある加工に、将来のわが社をたくしたいとの思いを伝えました。しかしその時点では、殆んどの社員は何をどうするのか理解していなかったと思います。

「未来に向けた独自性のある加工」とは、具体的には立体的な(三次元)加工です。先々はロボットガス溶断機の導入検討にもなります。従来のように平板を寝かせて上から切るのではなく、素材は(例えば円筒状でも)固定して、ロボットの腕の先に火口があり、縦横無尽に動かし立体切断をする加工です。現在そのロボ機はわが社にはないので、ある会社とタイアップが必要です。このPJはわが社の社歴に関係するもので、追々話を進めてまいります。

わが社は17年前に、取引先の会社が破綻して大きな負債を抱えましたが、その会社の事業を継承する形で加工事業に進出しました。統合する先の会社から、わが社に移籍したガス溶断のプロがいました。その社員は現在わが社で、製造の統括として技術開発や後進の指導に携わっています。今回の取り組みはその統括の思いでもありました。

切断に開先という技術があります。我々が提供している切り板は、納入先で溶接されるケースがあります。単に垂直に板を切るのではなく火口を傾けて切ることで、板同士合わせると隙間が出来て、そこを溶接で繋ぎ合わせます。この斜めに割くことを開先と言います。

わが社では従来レーザー切断機でも、特別な機能があり、開先は行ってきました。これは薄板で曲線の開先が出来ます。去年自動開先機も導入し、特殊鋼の刃先を回転して削りながら、長い直線の開先を取ることも可能となりました。それ以外の厚板のガス溶断開先は、難しい注文でも、治具なども作って創意工夫を重ね対応してきました。

17年前企業統合した時に戻りますが、その後3年目に先ほどの社員がわが社を去ることになりました。その数年前、商社から招き入れ常務になってもらった方との確執(両者とも会社や社員を思っての)からでした。そして彼は同業者に転職します。実はその先が今回のPJでタイアップする会社となるのです。

転職して2年後、彼はわが社に復帰します。70歳を超えたこともあり常務が辞めることになったからです。常務と入れ替わるように、彼が会社(千葉工場)に戻ってきました。しかしその後数年して、千葉工場は閉鎖することになり、浦安本社・工場に集約します。二か所の営業所をまとめることによる経費削減と、同じ屋根の下で全社員の一体化を目指すためでした。

今回のPJで提携をしようとしている会社の社長から、「自社があるのは、梶哲さんのお陰です」との発言がありました。今から40年程前、その会社は現社長の先代(父親)が切り盛りしていた時代で、材料をわが社に頼っていたとのことです。そして、「このロボ機の加工に進出できたのは、彼がいたからだ」と言われました。

わが社を辞めてその会社にいた期間に、彼がそこの技術レベルを向上させ難しい加工にも対応し、色々ヒントをもらった中でロボ機を導入できたとのことです。「ロボ機は彼と共同開発してきたようなものだから」、と8月に訪問した際にこのような話を伺います。その会社との深い縁を感じました。 
 
更に社長の話を聞いて、オーバーな表現ですが電撃が走りました。そのアドバイスの取り組みによっては、わが社の将来が決まると感じました。実はその提案は、以前私の耳には間接的には入っていましたが、わが社もここ4~5年、高額な機械やソフトの投資が続きました。開先の内製化もようやく軌道に乗ってきたところです。ワンランク上の、この取り組みの機が熟したのではないかと捉えています。  ~次回に続く~


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調査行

2020年11月14日 06時35分57秒 | Weblog
その日の調査行は、バテました!
5日経ちだいぶ回復しましたが、わずかに足の筋肉痛が残っています。

「調査行」とは、例えば秘境地に調査に行くとかそのような時に使われますが、私の大学時代の山のクラブではその山に登って事前に調べてくることでした。現在OBの活動でも春と秋に日帰りのプランがあり、難易度によって10パーティー程に分け登山して、その後一か所に全員が集まる方式で、毎回参加者は150名近くにもなります。この各パーティーのリーダーは、本番の前に必ず調査行をします。

クラブの同期(14名)では、4年前から忘年会を行ってきました。一泊二日で、初日は登山そして温泉宿に泊まり、翌日はその地域の名所や旧跡を巡るなど、参加者は10名前後で年末の恒例となりました。幹事は持ち回りとし(前回は3名)、幹事により出来る限り調査行はおこなわれてきました。

去年私は幹事の一人でした。2名は入れ替わりましたが、今年私は残りました。前回懸案事項もあり、3人が入れ替わると引き継げなくなるので自ら手を挙げました。新たな幹事はやる気があり、年初から何処へ行くか色々案を出しました。過去の開催地は、山あり温泉あり東京・名古屋が多い同期となると、静岡県に収れんされます。

そこへ今年のコロナ禍です。家庭の事情(高齢者がいる)など、1人の幹事も参加出来なくなり、有志だけでも参加を募ることにしました。候補地は9月には決めましたが、8名のエントリーとなりました。11月8日に、2人になってしまった幹事のもう1人(Oさん)と調査行をしてきました。今回はどうしても行かなくてはならない目的がありました。

目指す山は高山(別名:牛ヶ峰)、静岡市北部にある標高717mの山です。山頂付近は市民の森として整備されていて、車で行くことも出来ます。山頂は360°抜群の展望で、富士山、日本平、駿河湾、清水港、伊豆半島など見渡せます。泊まる宿は、油山温泉の元湯館です。500年前から温泉が湧き出ていて、この地唯一の湯治場だったそうで、今川義元の母である寿桂尼が愛した温泉とも言われています。

山(登山口)と宿は、静岡駅からどちらも路線バスで行ける範囲として、別個に探していました。高山の後は直接宿まで歩いて行けなければ、移動の交通手段は考えていました。調査行をすること決まり、事前に調べてみると、何とか歩いて繋がりそうでした。高山を北側へ下り県道に出て、途中で違う県道に入り、その県道からまた山道に入ると油山峠があり、その峠を降りた所に油山温泉の旅館が在ることが分かりました。今回の調査行の一番の目的は、そのルートを実際に歩いてみることでした。

さて11月8日の調査行です。高山の登り降り、油山峠の登り降り、これを前半と後半に分けます。前半は好調に行けましたが、後半は苦戦しました。実は後半のルートは東海自然歩道の一部なのです。因みに東海自然歩道とは、東京の八王子から大阪箕面まで11都府県にまたがる1,697㎞の長距離自然歩道です。

東海自然歩道でも、私たちが歩いた所だけかもしれませんが、あまり人が入っていない様子で、道も整備されていません。特に油山峠の最後の下りは倒木が何本も横たわり、その下の道幅は狭くガレ場であり、跨ぐのに一苦労しました。やっとのことで車道に出て、民家らしき建屋が見えました。そこが油山温泉の元湯館でした。前日宿に電話を入れておいたのですが、当日(日曜日)の午後からは閉館すると聞いていました。

宿から平坦な車道を45分歩き、路線バスに乗る為に、安倍川沿いを走る国道に出ます。バス停を発見して、もう午後5時近く、あたりはすっかり暗くなっていました。幹事のOさんは、そこから静岡駅行の時刻表を知っていましたが、私達が着いて3分後にバスが来ました。最後の45分でバテた私に対して、何も言わずにいてくれたのです(感動!)。それを逃したら、後のバスは40分後でした。

休憩を除いて実働6時間、歩数約3万歩(約20km)。調査行をしてみて、全部を歩くことは断念しました。人数も8名になり、時間はもっと掛かるはずです。高山だけにして、頂上でゆっくりしたいと思いました。やはり事前に調査に行ったことが、よかったと思います。

 高山からの眺望
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嘘について(その2)

2020年11月07日 06時39分57秒 | Weblog
「兵は詭道なり」という言葉があります。これは孫子の兵法の第一章計篇に出てくる一節で語られています。詭道(きどう)、辞書には人を欺くやり方・不正な手段とあります。きたないやり方や手段を使おうとも、戦争とは所詮敵と味方の騙し合いと、孫子は捉えました。

出来ることを出来ないように見せ、出来ないことを出来るように見せる。そういった虚実の駆け引きが戦いの本質であり、相手の裏をかくことで弱者であっても強者に対峙し、臨機応変に勝てる戦いに持ち込む。孫氏はこのように、詭道は兵法であると説いたのです。

前回書きました、カモフラージュとか迷彩よりも、この詭道は人が行う高度な戦略となります。本当ではない嘘は、戦争においては許されます。というよりも積極的に使われます。つまり嘘をついて騙すことが戦いなのです。騙すことは、自分や味方を守る為の、やはり防衛機能であると言えます。

さて、人間は何歳ころから嘘をつくのでしょうか。小さい子供の嘘の典型は、ウソ泣きです。私の孫など1歳ちょっとでも、一旦泣き止んでも誰かが近づいていくと、また泣きはじめたりします。人間は元々動物ととれば、子供は特に動物に近いので、誰かに守ってもらいたいとの生まれながらにして身に付いている、防衛本能ととれます。

低年齢の時には、嘘をつくという自覚がなく嘘をつくことがあります。楽しく遊んでいる時に、例えば「歯を磨いた?」と聞かれたら、磨いていなくてもその快適さを遮られたくなく、「磨いた!」と答えてしまいます。ところが成長していくと、嘘をついていると自覚しながら嘘をつくことが出来ます。しかしその場しのぎだけの嘘だとすると、親にいずれ嘘がバレて、自分の首を絞めることも学習していきます。

一方、嘘をつかれる側の話しです。嘘だと分かっていても、素直に受け入れることがあります。先日テレビを見ていると、フェイクフードなるものが出てきました。フェイク(fake)とは、偽物やまやかしの意味です。見た目は牛肉でしたが、実は大豆で作ったもので、味も舌触りも牛の焼肉そのものだと食べていた人が言っていました。このケースは人からの嘘ではありませんが、ダイエットの為に嘘を受け入れています。ネーミングも面白いと思いました。

やはり前回登場しました、役者の梅沢富美男さんです。奥さんとの関係をしっかり構築した上でしょうが、浮気を隠す為に巧妙な嘘をつきます。でも奥さんには、その嘘は殆どバレています。相手は嘘を受け入れている(ある意味容認)、ケースではないでしょうか。嘘は受け手によっても随分差が出てきます。

嘘の類語には、捏造、偽り、作り話、誤魔化し、等々があります。嘘を含めてこれ等を見てみると、明らかに許されないものと、ある程度許されるものとに分かれるように思います。「偽り」が「自分に偽る」となり、これが癖化したら、元の自分に戻れない怖さがあると感じます。
 
“わたしは不幸にも知つてゐる。時には嘘によるほかは語られぬ真実もあることを”。これは芥川龍之介が書いた、随筆集『侏儒の言葉』に出てくる言葉だそうで、嘘について色々調べてみて知りました。「それは間違った道だ、しかしあなたはそうせずにはいられなかったのでしょ」とか、「嘘が真実を教えてくれることもあると、考えなさい」とか、解説は色々あります。嘘が単純に良い悪いの判断で決められないことが窺えます。

映画『ローマの休日』の有名なあのシーンです。新聞記者のジョーが「真実の口」に手を入れて抜けなくなります。それを信じたアン王女は叫んで号泣します。中世の詩人達が“石板の顔は不倫をした女の手を噛み切る”と書き残したことに由来し、あの悪ふざけをするシーンになったと言われています。

これも調べてみると、このシーンは元々台本にはなく、新聞記者扮するグレゴリー・ペックの全てアドリブだったそうです。アン王女の役だった新人女優のオードリ・ヘップバーンが緊張気味だったので、気持ちを和らげる為にしたとのことです。「真実を試される口」の前で、他人の為を思っての大嘘は十分に許されますね。

 “真実の口”
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