梶哲日記

鉄鋼流通業会長の日々

チェックの大事

2006年11月25日 10時36分08秒 | Weblog
実は前々回投稿した記事「鉄の業界」に訂正があり、書き直しました。

書き直し一つ目は、結婚された新郎の会社の年間扱い量ですが、一桁多く記載していました。これはその後、業界の人と話しをしている時に間違いと気が付きました。その会社は年商100億円を超えるとは言え、120万トンの扱いと言えば、ある程度の鉄鋼メーカーの生産規模です。うる覚えの話しを裏も取らずに書いたことに、恥ずかしさを感じています。

書き直し二つ目は、言葉の使い方ですが、披露宴で隣に座った或る方の話で「経営権を仕入メイン商社に一切移管し、自身は業界から遠ざかりました」のくだりです。当初「自身は業界から足を洗いました」と書いていました。この表現はおかしいと指摘をしてくれたのは、私の妻です。

2~3ヶ月前からブログを更新した直後、妻にはチェックしてもらっています。誤字脱字やてにをはのレベルのミスから、文学的表現としておかしい箇所を結構見つけてくれます。私としても確認しているつもりですが、注意が散漫になってしまって、ボキャブラリーが貧困になって来ている自分に呆れる時があります。

話題は変わりますが、勤労感謝の日に、中学一年の息子とちょっとした探検の旅をしました。その2日前に、京成電車の日暮里駅と上野駅間に怪しげな、現在使用されていないホームの廃墟があるようなので、見てみようとの話しがまとまりました。

インターネットで情報を収集した上で、当日は午前中薄曇の中、上野に向かいました。日暮里を過ぎトンネルに入り、上野の山の中を走る電車からうっすらとホームが確認されました。そう言えば、10年前はこのホームにも電車が停まっていた記憶が蘇りました。

上野駅からは電車を降り地上を歩き、その『博物館動物園駅』と次の『寛永寺坂駅』の地上出入り口の建物を、無事発見することが出来ました。寛永寺坂駅は既に戦前に廃止になったとのことで、要は近代化に取り残され利用価値がなくなった駅なのです。

私の他力本願的なチェックとは違い、自ら主体的にチェックしようとする息子に、その日ばかりは頭が下がりました。


※写真の、ローマの遺跡の様な建物が博物館動物園駅入り口です。上野図書館と黒田清輝記念館の反対側の一角にあり、国会議事堂の中央部分の屋根にも似ている立派な外観でした。

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トヨタ見学

2006年11月19日 15時40分03秒 | Weblog
鉄鋼団体の主催する見学会で、先週の木曜日(11/16)にトヨタに行って来ました。自動車メーカーを見学するのは、私は今回が始めてでした。

70名程の参加社が名古屋駅に正午に集合し、バスに乗り一路豊田市に向かいました。15の国内生産拠点の内、豊田市には7つ、その界隈に5つの工場が集中しているとの事でしたが、今回行ったのはその1つ元町工場でした。

ここは操業開始が昭和34年とトヨタでも古く、現在は約6千名の従業員がいて、年間約7万8千台の生産をする工場でした。クラウン、マークⅡ、エスティマ等が生産されている工場で、組立てラインと溶接ラインを見学しました。

見学した感想を要約すると次のようなものです。一つには、純利益が一兆円を超える企業なので究極的な無人化・機械化の工場を想像していましたが、特に組立てラインは工場内には人が多く、かなりの仕事が手作業で行われており意外でした。むしろ、人間くささを感じました。二つには、仕事をあくまでも能動的に、人間の視点で捉えるよう様々な取り組みがなされていて、さすがトヨタの凄さを感じました。

例えば、トヨタで「自働化」と言う生産方式がありますが、これは自動化では無いのです。作業が遅れた、間違いや異常を発見した時、「ひもスイッチ」を引っ張り、長の応援を呼びます。また同時に「あんどん」(大きな電光掲示板)にその箇所が点灯され、他の作業員にも周知されます。

ラインを停止すると生産ロスが発生しますが、真の原因がつかめないまま生産を続けた場合は後工程に影響が出ますし、最終的にはそれは顧客の信用を失います。一作業員のこの決断が、将来のよりスムーズな流れに結びつく。社内での創意くふう提案が年間60万件、一人当たりにすると約10件、採用率99%、考えながら働く社員を育てている由縁ではないでしょうか。

その夜は懇親会があり名古屋一泊となりましたが、わが社の工場運営にも大いに参考になる事例をお土産に、翌日東京に戻りました。


※写真はトヨタ会館で見た、未来のパーソナルモビリティ『アイユニット』です。これは、葉っぱをイメージした1人乗りの電気自動車。手元の丸いコントローラーを握って簡単に操作でき、最先端の通信技術を使った衝突回避の機能も盛り込んでいる。

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鉄の業界

2006年11月13日 06時13分40秒 | Weblog
鉄鋼業界の社長の御子息が結婚され、その披露宴に招待を受け、土曜日(11/11)列席致しました。

そのお父さんは加盟約350社の東京地区業界団体の会長であり、商売も手広くされていて、結婚された息子さんも会社におられることから業界の方々の出席が多く、250名程の披露宴となりました。

創業90年も経っている老舗であり、年間扱い量12万トンを誇るその会社の四代目の新郎に対し、新婦は七ヶ国語を操る大学院生の、みめ麗しい才女でした。司会者が「でも、今日からは鉄屋の奥さんになって下さい!」と言っているのが印象的でした。

当日宴席で私の隣に座った人ですが、業界から4~5年前に離れて行った方で、現在は上場投資会社の関連企業でM&A事業を展開している会社の代表との事でした。以前業界の団体では何回かお会いした、とても気さくな方でもありました。

その方の会社も老舗でありオーナー系大手特約店でしたが、その当時色々事情があった様で、経営権を仕入メイン商社に一切移譲し、ご自身は業界から遠ざかりました。

技術力・商品力はあるが、資金や人材が無い、そんな会社を残したい支援をしたい。そんな使命を持ち、この業界で世の中の為になり働きたいと熱っぽく語っているその方を見ていると、今の仕事が天職のようにも見えました。

鉄の業界は硬いし、鉄屋さんは真面目ですよ。そんなしがらみから僕は開放されたけれど、全く別の世界である今の業界だからこそ、鉄の業界の経験が今活きていますよ、とその方は言い切っていました。

まさか鉄の業界の集まりで(いや!結婚披露宴でした)、こんな話しが聞けるとは思ってもいませんでした。自分の業界に専念することも大事だが、他業界の情報も貴重である、その方の話はやけに説得力がありました。

くだんの鉄の業界に嫁いだ新婦には、御主人を通し、この業界に新しい風を送り込んでもらいたいものです。
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モデルケース(その2)

2006年11月06日 07時35分25秒 | Weblog
実は千葉工場はこの半年間で、現場職6名の工場でしたが、管理職も含め4人が辞めてしまい、4人を新たに採用しました。

定年退職やその他自己都合退職と理由はまちまちでしたが、一時期は工場操業が危ぶまれ心配しましたが、ここに来てようやく落ち着いて来ました。新しく迎え入れた社員が、不慣れながらよくやってくれるお陰であると感謝しています。

今回入社した社員はこの業界の経験が有る者・無い者両方ですが、当然わが社の従来からの仕事の流れは知らず、溶断加工のスキルなども必ずしも身に付けている訳では無く、暫らくは習得に時間が掛かることは覚悟しています。

そこで新しい試みとして、一ヶ月前から工場の安全会議なるものをスタートしました。週一回約30分程ですが、現場職と工程管理職は全員参加し、あくまでも私はオブザーバーの立場で参加しています。

安全会議とは言うものの、実態は労働環境改善会議と言ってもよいかもしれません。備品や機械の不具合でも、作業手順の疑問でも何でもよいから、なにしろ皆から意見を出してもらう様にしています。その出た意見に対しては、改善出来るものは即善処する、検討するものは時間をもらうなど明確にして、そのフィードバックは必ずするようにしています。

従来月一回千葉工場においても、会社の月次決算の報告や経営方針書の読み合わせなどは行って来ました。これは会社からの社員に対する、ある意味では一方的なメッセージであり、特に入ったばかりの新人には未だ理解できない、内容は伝わっていないと思っています。

一方この改善会議は現在の千葉工場社員の為の、現場レベルの会合と捉えています。いずれ皆から積極的な改善提案や、本音の意見がどんどん出てくれば幸いです。

自分たちの提案で目に見える改善が進めば、参加者意識が向上するでしょう。やっている仕事に興味を持ってくれれば、仕事は楽しくなるでしょう。上司が答えを経験上分かっていても、先に言わない。会社の方針であるからと言っても、命令口調で言っては逆効果になります。

力によるコントロールよりも、何事も先ずは社員に考えてもらいたいと思います。 
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