その記事のテーマは『冬眠で夢見る 永遠の命』です。病気や老衰や不慮の事故などによって、生きている限り誰しもが最後を迎える。もし寝て過ごすように命が刻む時間を自在に操れたら、死という永遠の終わりが遠のくのだろうか。科学技術の進歩にともない、それは「冬眠」によって可能性があるではないかとの内容でした。
死後に全身の血液を抜き、2~3週間ほどかけて体温を下げ、液体窒素で冷やしたタンクに納め、セ氏マイナス196度に凍結されて、その遺体は眠っている。科学者などが立ち上げた、そのようなことを施す企業がモスクワ郊外にあるそうです。
眠っている人たちの事情はそれぞれでも、技術が大きく発展しているであろう来世紀に目を覚まし、新しい薬や再生医療で若返った体で、新たな人生を始める日を待つためです。20年2月時点で71人を凍結し、半数近くが外国人で、その中に日本人も含まれている。米国に、同じような遺体凍結サービスを提供する研究所や財団もあるとのことです。
これとは別に、一度死んだ肉体を丸ごと蘇らせることなど今は無理だろうが、「仮死状態」に持ち込み、生命の営みを一時停止できることに期待を寄せる専門家も存在する。動物の冬眠とは、心臓も呼吸の活動も極端に低下しもはや「死んでいる」状態。緊急医療などで、この冬眠状態を活用できないかなどの研究が進んでいる。
事故や病気で体が痛むと、体中に酸素や血液を巡らせる動きが落ちる。それでも体中の細胞がそれらを求め、十分に行き渡らないと、脳をはじめ体のあちこちが死に向かう。冬眠に学べば、人間の体を冷却し、酸素やエネルギーの消費を減らせる。冬眠で時間を稼ぐ。寝ているうちに患部の修復や止血を施し、救える命を増やそうとの施策の研究です。
「限りなく死に近いが、死んではいない状態を社会が生かす」。これこそ、冬眠の技術が創造的破壊をもたらす。「冬眠中の人権や義務などはどうなるのか。まだ想像すらできないが、技術の進歩は思いのほか早い」。このように記事は結びます。
人間の凍結保管や冬眠が徐々に現実味を帯びてくれば、生命倫理や死生観も変化するでしょう。弔いなどの社会規範も揺らぐでしょう。残された者にとっても、死が物理的な永遠の別れではなく、蘇って再会する希望が持てる意味は大きいかもしれません。
4回に亘って、「死を見つめる」をテーマに書かせてもらいました。同年輩の友人や親しい方が亡くなって、人間の死をあらためて身近に感じたこと。癌を患い死に直面して、苦しみの中から新しい世界観をみつける患者と向き合ってきた医師の話し。現世の死者は成仏すればあの世に行き、その亡くなった霊と話すことが出来ると言うスピリチャル・テラーの話し。そして今回の、科学技術の進歩にともない、冬眠によって死という永遠の終わりが遠のく可能性がある話しでした。
私自身といえば、死に対しての漠然とした恐怖感は無くなりました。若い頃と違ってこの歳になったせいかもしれません。そして去年社長を退き後継に譲ったことも大きな要因かもしれません。とは言え、与えられた寿命まで生きていこうと思っています。
科学が創造的破壊を繰り返せば、我々の死生観も確かに変化していきます。今まで我々が見えなかった世界が広がれば、宗教でカバーする分野も少し狭くなるかもしれません。死や死後の世界が分からないから恐怖を抱くのでしょうが、生死の境目が薄らいでくれば捉え方も違ってきます。
しかし今の私は、あの世が在るのか無いのか死後蘇ることが可能なのかどうか、それは別として、現世の今の一日一日大切にしようと思います。毎日普通に過ごせることに感謝します。それこそ今生きていることに奇跡を感じます。
最近の新聞に掲載されていました
死後に全身の血液を抜き、2~3週間ほどかけて体温を下げ、液体窒素で冷やしたタンクに納め、セ氏マイナス196度に凍結されて、その遺体は眠っている。科学者などが立ち上げた、そのようなことを施す企業がモスクワ郊外にあるそうです。
眠っている人たちの事情はそれぞれでも、技術が大きく発展しているであろう来世紀に目を覚まし、新しい薬や再生医療で若返った体で、新たな人生を始める日を待つためです。20年2月時点で71人を凍結し、半数近くが外国人で、その中に日本人も含まれている。米国に、同じような遺体凍結サービスを提供する研究所や財団もあるとのことです。
これとは別に、一度死んだ肉体を丸ごと蘇らせることなど今は無理だろうが、「仮死状態」に持ち込み、生命の営みを一時停止できることに期待を寄せる専門家も存在する。動物の冬眠とは、心臓も呼吸の活動も極端に低下しもはや「死んでいる」状態。緊急医療などで、この冬眠状態を活用できないかなどの研究が進んでいる。
事故や病気で体が痛むと、体中に酸素や血液を巡らせる動きが落ちる。それでも体中の細胞がそれらを求め、十分に行き渡らないと、脳をはじめ体のあちこちが死に向かう。冬眠に学べば、人間の体を冷却し、酸素やエネルギーの消費を減らせる。冬眠で時間を稼ぐ。寝ているうちに患部の修復や止血を施し、救える命を増やそうとの施策の研究です。
「限りなく死に近いが、死んではいない状態を社会が生かす」。これこそ、冬眠の技術が創造的破壊をもたらす。「冬眠中の人権や義務などはどうなるのか。まだ想像すらできないが、技術の進歩は思いのほか早い」。このように記事は結びます。
人間の凍結保管や冬眠が徐々に現実味を帯びてくれば、生命倫理や死生観も変化するでしょう。弔いなどの社会規範も揺らぐでしょう。残された者にとっても、死が物理的な永遠の別れではなく、蘇って再会する希望が持てる意味は大きいかもしれません。
4回に亘って、「死を見つめる」をテーマに書かせてもらいました。同年輩の友人や親しい方が亡くなって、人間の死をあらためて身近に感じたこと。癌を患い死に直面して、苦しみの中から新しい世界観をみつける患者と向き合ってきた医師の話し。現世の死者は成仏すればあの世に行き、その亡くなった霊と話すことが出来ると言うスピリチャル・テラーの話し。そして今回の、科学技術の進歩にともない、冬眠によって死という永遠の終わりが遠のく可能性がある話しでした。
私自身といえば、死に対しての漠然とした恐怖感は無くなりました。若い頃と違ってこの歳になったせいかもしれません。そして去年社長を退き後継に譲ったことも大きな要因かもしれません。とは言え、与えられた寿命まで生きていこうと思っています。
科学が創造的破壊を繰り返せば、我々の死生観も確かに変化していきます。今まで我々が見えなかった世界が広がれば、宗教でカバーする分野も少し狭くなるかもしれません。死や死後の世界が分からないから恐怖を抱くのでしょうが、生死の境目が薄らいでくれば捉え方も違ってきます。
しかし今の私は、あの世が在るのか無いのか死後蘇ることが可能なのかどうか、それは別として、現世の今の一日一日大切にしようと思います。毎日普通に過ごせることに感謝します。それこそ今生きていることに奇跡を感じます。





