拒んでいる訳ではありませんが、私のブログには殆どコメントが寄せられません。たまに、誰かまわず自動的に送られてくるコメントは削除しています。もう11年前のこと、「nz(tetsuro) gannbatteruyo」との書き込みがあり、訳の分からないコメントかと、削除しょうと思ったところでした。
よく読めば、ニュージーランドに行っている息子哲郎から、「頑張ってるよ」とのコメントでした。当時中学三年になる息子は、通っている中高一貫教育の学校の制度を利用して、ニュージーランドで二ヶ月間の語学研修留学をしていました。遠く離れたnzに来て一ヶ月、里心付いて私のグログを探したのでしょう。
近くにいない息子とこのブログが橋渡しになるとは。そんな出来事があり、子供(娘二人と息子)達が年を取って、親から直接聞けなかった話を、将来このブログが介在役となれば。ブログを書き続けた一つの理由は、そのようなことでもありました。
“読むことは人を豊かにし、話すことは人を機敏にし、書くことは人を確かにする”、と哲学者のフランシス・ベーコンは言いました。考え感じただけでは、確かになりません。書くことで人は疑いないものにします。また書いておけば、記録として残ります。逆に記録になるのであれば、滅多なことは書けません。
ブログを記録として残しておいて助かったのは、今から6年前に遂行したわが社の60周年記念行事の際でした。60周年記念誌を作成することになり、先代の父の時代には社史の様なものはありませんでしたので、それまでブログに都度・都度書いてきたことがベースとなりました。
わが社のルーツ、子供の時から父の商売を傍らで見てきたこと、私が入社して怪我が切っ掛けで運送の別会社が出来たこと、そして先代からバトンを受け継いできた経緯、土地移転問題など等。昔を思い出しながら、折に触れまとめたブログが活かされました。
初期の頃、事前に内容をチェック(誤字脱字など)してもらっている家内に言われました。「家族のことでこんなことを書いたら恥ずかしい!」「誰が見ているか分からないのにそこまで書く必要があるの?」。第三者の目で見てもらうことも大事なので、修正すべきことは直してきました。
しかし私の考えの基本は、極力隠さないで、ありのままを書こうとしてきたことです。何故なら読んで下さる皆さんが、関心を寄せず、興味が湧かないからです。勿論、隠すかどうかのその境目はわきまえなくてならないと思っています。
自分が書きたいこと大事にしたいでのですが、読んで下さる側の立場になって興味が湧くかどうかの視点が、もっと大切だと思っています。このブログの継続は自分の為でもありましたが、読んで下さる方がいるから書き続けてこられたのも揺ぎ無い事実です。
毎週土曜の午前中にアップして、早ければ翌週の月曜位から、また何を書くか考えています。書くテーマが沢山ストックされていれば良いのですが、テーマが湧いてこない時は焦ります。過去のブログ見ると懐かしく、前より文章が長くなっているのが最近です。
お陰様でこのブログを書くようになり、色々と関心と興味が持てるようになりました。書くためには、物事を良く観察し経験もしなくてはなりません。文章が長さは、それらに比例するのかもしれません。
このブログは“梶哲日記”と題していますが、日記ではなく皆さんには一週間に一回だけです。私としては、その一週間の日々の積み重ねを綴っています。13年、何の為に何を書いていくか苦悶してきましたが、これからもそれは続くことでしょう。
よく読めば、ニュージーランドに行っている息子哲郎から、「頑張ってるよ」とのコメントでした。当時中学三年になる息子は、通っている中高一貫教育の学校の制度を利用して、ニュージーランドで二ヶ月間の語学研修留学をしていました。遠く離れたnzに来て一ヶ月、里心付いて私のグログを探したのでしょう。
近くにいない息子とこのブログが橋渡しになるとは。そんな出来事があり、子供(娘二人と息子)達が年を取って、親から直接聞けなかった話を、将来このブログが介在役となれば。ブログを書き続けた一つの理由は、そのようなことでもありました。
“読むことは人を豊かにし、話すことは人を機敏にし、書くことは人を確かにする”、と哲学者のフランシス・ベーコンは言いました。考え感じただけでは、確かになりません。書くことで人は疑いないものにします。また書いておけば、記録として残ります。逆に記録になるのであれば、滅多なことは書けません。
ブログを記録として残しておいて助かったのは、今から6年前に遂行したわが社の60周年記念行事の際でした。60周年記念誌を作成することになり、先代の父の時代には社史の様なものはありませんでしたので、それまでブログに都度・都度書いてきたことがベースとなりました。
わが社のルーツ、子供の時から父の商売を傍らで見てきたこと、私が入社して怪我が切っ掛けで運送の別会社が出来たこと、そして先代からバトンを受け継いできた経緯、土地移転問題など等。昔を思い出しながら、折に触れまとめたブログが活かされました。
初期の頃、事前に内容をチェック(誤字脱字など)してもらっている家内に言われました。「家族のことでこんなことを書いたら恥ずかしい!」「誰が見ているか分からないのにそこまで書く必要があるの?」。第三者の目で見てもらうことも大事なので、修正すべきことは直してきました。
しかし私の考えの基本は、極力隠さないで、ありのままを書こうとしてきたことです。何故なら読んで下さる皆さんが、関心を寄せず、興味が湧かないからです。勿論、隠すかどうかのその境目はわきまえなくてならないと思っています。
自分が書きたいこと大事にしたいでのですが、読んで下さる側の立場になって興味が湧くかどうかの視点が、もっと大切だと思っています。このブログの継続は自分の為でもありましたが、読んで下さる方がいるから書き続けてこられたのも揺ぎ無い事実です。
毎週土曜の午前中にアップして、早ければ翌週の月曜位から、また何を書くか考えています。書くテーマが沢山ストックされていれば良いのですが、テーマが湧いてこない時は焦ります。過去のブログ見ると懐かしく、前より文章が長くなっているのが最近です。
お陰様でこのブログを書くようになり、色々と関心と興味が持てるようになりました。書くためには、物事を良く観察し経験もしなくてはなりません。文章が長さは、それらに比例するのかもしれません。
このブログは“梶哲日記”と題していますが、日記ではなく皆さんには一週間に一回だけです。私としては、その一週間の日々の積み重ねを綴っています。13年、何の為に何を書いていくか苦悶してきましたが、これからもそれは続くことでしょう。