梶哲日記

鉄鋼流通業会長の日々

最新鋭機械の導入(その2)

2015年01月31日 09時17分21秒 | Weblog

社員からの提案を私は受け入れ、新規レーザー機の導入を実現する運びとなりました。去年の5月でした。ところがその後、営業幹部の顔色がいま一つさえないのです。会社の先行きを左右する提案がすんなりと通ってしまったからなのか、真剣に採算などを考え出して、むしろ彼等が不安を感じたのです。

私としてはそのようなことは想定していた訳ではありません。大きな投資を、トップから押しつけられるケースと、社員から上がって来たケースとでは、心理状態は真逆です。後者ですと、社員が採算責任をとても重く受け止めることを、今回強く感じました。

レーザー機の導入は決定したものの、別置型なのか従来の搭載型なのか、オプション機能はどうするか等については、それから1~2ヶ月は選択検討する時間を要しました。営業幹部と話す中で、私なりに、次のような確認をすることが出来ました。

わが社の歴史の半分以上は、鋼板素材の販売に特化して来ました。溶断加工に進出したのはここ12~3年のことです。かつては素材の販売用の在庫は、5000トンを超えた事がありました。現在、在庫はその半分以下ですが、これからも素材販売事業はわが社の柱であることに変わりありません。

しかし、限られた工場・倉庫のスペースと人員とその他のわが社の経営資源を考えれば、選択と集中は、更に押し進めなくてはなりません。今回のレーザー機の、更なる精度と切断速度向上は、今後お客様から要求される短納期に対応が可能で、切り板加工の営業の武器になることは間違いありません。

レーザー機二台体制は、将来の必然性を先取りするものかも知れません。そのような幹部の顕在化した意志を、去年は感じました。今年に入り3月稼働を前に、仮に二台体制になって当面仕事が少なくとも、全社を挙げて仕事を獲り込んでくる意欲も伝わります。

仕事量を十分確保してから機械を増設するのか、先取りして機械を導入して仕事を獲り込んでいくのかは、我々鉄鋼流通加工業でも永遠のテーマではあります。しかしどちらも絶対の保証はありません。社員がどんなことがあろうとも、困難を乗り越える意欲を持続出来るか、そこに主眼を置くことが大事であると私は考えます。
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最新鋭機械の導入

2015年01月24日 06時36分49秒 | Weblog

先週から、わが社の工場内で工事が始まりました。レーザー切断機を新設する為です。既存の一台のレーザー切断機が載っているレールを延長して、新しく導入する機種を載せます。レール架台の基礎工事に取り掛かったばかりですので、実際に稼働するのは、暖かくなり始める3月になります。

そもそも、その新設の計画が持ち上がったのは、去年の4月頃でしょうか。決して仕事量の裏付けがあっての増設ではありませんでした。わが社の将来の展望を考えてのものでした。敢えて言いますと、近年入社した現場の若手社員に夢と希望を抱かせるものでもあります。

現場の高齢化は、鉄鋼流通加工業においては共通の課題でもあります。倉庫や工場は、夏や冬の労働環境は過酷であり、労働災害の危険も多く、他の作業場と比較して恵まれているものではありません。わが社ではこの1~2年で、色々と試み努力した結果、高校や大学の新卒の社員が入社しました。

特筆すべきは、このようなことを踏まえた、最新鋭の機械導入の案は私から出たものではないということです。営業幹部からの提案でした。当初この案を聞かされた私は、現状一台で間に合っている仕事量で、どうして増設するのかという単純な疑問を持ちました。仕事が自社で溢れたとしても外注先もありますし、既存の一台は償却も終わっていません。

しかし真剣に提案する幹部の話しを聞くうちに、私の心が変化します。ここ何年かで、日常業務は幹部以下の社員に極力委ねました。報告や相談があれば勿論聞きますが、それ以外は一切口を出さないことを徹底しました。

経営者が中途半端に口を出すからトップの顔色を見て行動してしまう。一切を任さないで曖昧な責任を負わすから社員は育たない。また実際に仕事に携わっている者の発想がより豊かな筈である。では本来経営者の行う事は何か、その様な事を考えてきました。

その成果としての提案として私は受け止めました。当然、導入後の採算面や資金調達の課題はあります。しかし社員から持ち上がった意欲的な意見を私が抑制すべきではありません。経営者の私の行う事は、判断・決断すること、見守ることと、最後は全責任を取ること。そう決めました。  ~次回に続く~
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ドラマで学ぶもの

2015年01月17日 09時43分44秒 | Weblog
「倍返し」とか「土下座」など、今では懐かしさを感じますが、テレビで高視聴率をキープしたドラマ“半沢直樹”で出てきた台詞です。作者の池井戸潤の名前も、その時まで私は認識すらしていませんでした。しかしその作品の面白さに引き込まれ、毎週テレビを食い入るように観ました。

この池井戸潤の作品で過去WOWOWで放映されていた2番組が、正月深夜にシリーズ連続して再放送されていたので、録画しました。その番組は“空飛ぶタイヤ”と“株価暴落”、それぞれ5時間でしたが最近ようやく観終わりました。 

父の後を継いだ社長の運送会社が、自社のトラックが、タイヤの脱輪事故を起こして死傷者を出してしまいます。事故の原因は整備不良とされ、警察からの執拗な追及を受ける一方、会社も信用を失い倒産寸前に追い込まれますが、巨大トラック販売元のリコール隠しを突き止め、戦いを挑みます。“空飛ぶタイヤ”の内容です。

経営危機に陥りながらもプライドを捨てきれない、大手スーパー。再建の努力をしないスーパーに追加融資の異議を唱える、メイン銀行の審査担当者。そのスーパーが爆破テロの標的にされ、株価は暴落します。破綻の余波が銀行に及ぶことを恐れ、またスーパー経営者と裏で利害が絡み、融資を断行しようと主張する企画部。企業テロの真相を追う警察。“株価暴落”の内容です。

二つの作品も、ともに引き込まれました。以前、やはり池井戸潤作の“下町ロケット”もWOWOWで観たことがあります。全てに共通しているのは銀行が出てきて、いずれもドラマでは重要なファクターです。作者が、銀行出身であるゆえんでしょう。

大組織の腐敗、派閥出世欲、大企業の横暴な論理、それらが中小企業に及ぶ余波、そして一人の人間が挑んで行く姿。追い込まれ、追い込まれて一発逆転する。その何とも言えない爽快さが、池井戸潤の作品にはあります。

複数の複雑な人物の関わりを、利害関係を含めて同時進行していく緻密さ、物の二面性や多面性、人間の機微も上手に表していく企業サスペンスドラマには、経営者として学ぶものが多くあります。
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パソコンの必要性

2015年01月10日 05時43分11秒 | Weblog
仕事始めの5日の夜、お付き合いもありまして外で食事をしました。二軒目に行き、夜も遅くなってしまいタクシーで自宅に帰った時に、持っていた鞄をその店に忘れた事に気付きました。その鞄の中にはパソコンが入っていました。

翌日の夕方にしか、その店は開きません。つまりパソコンは、その時までは開けません。私はスマホをまだ持ってなく相変わらずガラ携ですので、パソコンに来たメールも見られないし、パソコンで仕事も出来ない状態となりました。

パソコンとはどれだけ必要なのかを、まる一日使わいないことで、考えるチャンスとなりました。取りも直さず、私達が仕事においてパソコンを使う以前は、どのようであったかを思い返しました。

私が梶哲商店に入社したのは昭和50年です。勿論一般の会社にはオフコンも無い時代。請求書も見積もりも資料も全部手書き、それこそ手紙も手で書きました。更に言えばコピー機も普及してなく、FAXも無い、外部との通信は固定電話と郵便だけの頃です。

請求書を手で書かない事には、売上代金の回収も出来ません。計算はそろばんか電卓でした。それでも会社は仕事をこなし回っていました。記憶が定かではありませんが、わが社に経理面でオフコンを導入したのは昭和50年代の後半で、パソコンを使い始めたのは平成10年頃ではないでしょうか。

今に至っては、これ等のものは大方パソコンに置き換わりました。そのパソコンの機能はスマホにも引き継がれ、現在では仕事をしようと思えば24時間何処に居ても出来ます。それは一言でいえば便利になったということで、余った時間も生み出された訳です。

しかしパソコンの利用によって自筆で字を書くことは滅多にしかありませんし、字を忘れます。パソコンによって仕事が効率良くなり時間が余ったからといって、より生産的な仕事をしているかどうかは考えなければならない命題です。

今やパソコンは必要不可欠となりまし、このブログ自体もパソコン通信の産物です。しかしながら、メリット・デメリットはこれからも明らかにしていかなくてはなりません。再び手元に戻ったパソコンを開けてみて、緊急性のメールはありませんでした。
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謹賀新年

2015年01月03日 12時12分26秒 | Weblog
新年あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

去年年末わが社の加工品販売先の会社が主催する、その会社の協力会社の会がありました。協力会社の会は、所期の目的を達成したので解散となりましたが、その記念に協力会社の社長一人一人にフィギアを製作してくれました。掲載している写真はそれです。

年末その協力会社の会が最後となる会合で、前・後・左・右の顔の写真を撮られ、後日作品を頂戴しました。似てる似てないは別にして、私は気に入っています。社員に了承を得て事務所のカウンターに飾ってもらいました。丁度お正月に相応しい衣装を着きています。

さて、皆様はお正月をどのように過ごされたでしょうか。帰省する、初詣に行く、旅行に行く、家族で正月を祝うことは多くの皆さんがさることでしょうが、それぞれどのように過ごされるかは、年々の家族の構成もあり、個性の出るところかもしれません。

父が生前、三人の子供達(姉・私・弟)がそれぞれ結婚して別所帯を持った頃から、正月わが家では家族全員で温泉地に旅行することが恒例となっていました。当時会社と自宅が一緒でしたので、正月位は仕事から離れ、女性陣は家事から解放させる、そのような父の思いと配慮もあったのでしょう。

父の死後、しばらくは母を囲んで三家族が正月に集まる習慣は続きました。しかしその後、それぞれ家庭の子供達が独立したり結婚したり、家庭ごとに旅行をすることもあり、また母も長時間座ったままで食事が出来なくなり、いつしかその習わしも無くなりました。

今年、私自身は家族中心に家庭で正月を過ごしました。普段都内で1人暮らしをしている長女が戻って来て、高崎の地に嫁いだ次女が夫と孫を連れてわが家に遊びに来て、賑やかな正月でした。親しい家族とじっくり話すのも、この時期の一番の収穫です。

大学のクラブの創部80周年、東京鉄鋼販売業連合会の創立60周年、大学同期の卒業40周年と、今年は周年行事が重なります。先ずは健康で、何事もアクティブに行動をすることをモットーと致します。
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