梶哲日記

鉄鋼流通業会長の日々

年の瀬

2007年12月28日 06時32分11秒 | Weblog
あと数日で今年も終わります。それぞれ皆様今年を振り返って見て、どんな年でしたでしょうか。色々なことがあったことと思います。私も今年は、数多くの出来事がありました。

ところで年末年始は日本人にとり特別な思いがあるかもしれません。古来より日本では、その年を無事納め、新年を迎えあらたな願いを込める習慣があると思います。

最近は正月休みより、ゴールデンウイークや夏期に長期休暇を取る人が増えていますが、正月はバカンスと言うよりは、家族でそのような正月を祝うのが本来だと思います。またこの時期は、身内の絆を感じる時でもあると思います。

月並みですが私もそんなお正月を迎えたいと思います。今年このブログにお付き合い頂きまして有難うございました。皆様どうかよいお年をお迎えください。
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新厄年

2007年12月23日 18時50分28秒 | Weblog
ある会合でこんなことを言っていた人がいます。男の42歳の厄年は、今は50歳位ではないか。つまり平均寿命の高齢化に伴い、厄の年も高齢化していているのではないかと言うのです。

一ヶ月前に大手商社の部長で、52歳で亡くなられた方がいました。すい臓がんでした。10年ほど前わが社の担当で、今取引をさせてもらっている鉄鋼メーカーの道を新しくつけてくれたこともあり、人格者でもあり、私にとっては大の恩人でした。

鉄鋼部門から離れIT関連の仕事をされていましたので、ここ3~4年お会いしていなかったのですが、いつも気にはなっていました。その若さで逝ってしまい、本当に驚きました。

また最近、親しくさせてもらっている歯科医院の院長が、お年は49歳ですが、突然入院を余儀なくされました。内臓系の病気で、手術はしなくてよいものの暫く投薬・療養が必要で、年内いっぱいは退院できないようです。

他にお医者さんもいるのですが、ほぼ一人で切り盛りされていて、過労も原因の一つのようです。診療所も気になるが、今は病気を治すことが先決で、もう割り切るしかないと言っていました。

私も今月は外でお酒を飲む機会が多く、三日連続が二回ほどありました。飲む量を控えればよいのですが、さすがに続くとどっと疲れも溜まり、回復が昔ほど早くありません。

何か自覚症状が出てしまうと、遅いかもしれません。過信は一番いけないと思います。予防するくらいの気持ちは大切です。

件の院長が言っていましたが、自分は100歳まで生きるつもりなので、今回は色々考えさせられたと。ここで生き方を少し考えたいと。

私も50は過ぎました。新厄年はそんなことの警告なのでしょうか。
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周年記念旅行3

2007年12月15日 13時22分25秒 | Weblog
九份(キュウフン)は台北より車で一時間ほどの街です。海を望む山の斜面にたたずみ、細い石畳の道沿いに家々が軒を連ねる独特の風景が印象的です。レトロな茶芸館やレストランもあり、どこか懐かしい雰囲気が楽しめます。

日本統治時代に金の採掘で発展した街で、ゴールドラッシュが起こり、多くの人で街がにぎわっていましたが、やがて金鉱が底をつくとともにもとの静かな街に戻りました。

しかし今では、そのレトロな街並みが人気の観光地となっています。映画「 非情城市」 の舞台にもなり話題になりました。そんなことを今回初めて知りました。三日目の午前中、例の台風の影響により、最後の観光地九份でとうとう雨に降られてしまいました。

天気の良し悪しもさることながら長旅では、食事が美味しい美味しくないは必ずつきものです。美味しい食事はそうではない食事があるからこそ、引き立つのではないでしょうか。私個人としては中華料理は大好きで、台湾は色々と種類がありそれなりに満足しました。

今回少し残念だったのが、記念行事にもかかわらず不参加者が結構出てしまったことです。わが社に入社してまだ間もない社員が中心で、無理からぬことですが、またの機会に期待したいと思います。

内輪だけのお祝いで、対外的には一切何もしない創業55周年の記念行事でしたが、参加した社員が本当に喜んでくれました。それだけでも行った甲斐があったと思います。

わが社のこの55年間は、けして平坦な道ではありませんでしたが、多くのお取引先に支えられたのは言うまでもありません。また社外の多くの協力者もあってこそ存続した、これも忘れてはいけないとことと思います。

今後のお取引を通してそれにお応えする為にも、55周年を節目として、社員一丸となって新たなスタートを切りたいと思います。一年前から計画した旅行も無事に終わりました。
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周年記念旅行2

2007年12月09日 10時04分42秒 | Weblog
二日目の早朝は雨でした。台風が近づいているとのこと。折角の旅行なのにとため息も出るところですが、出発直前に雨は上がりました。結局その日は何とか傘無しで行動が出来ました。

台湾民主祈念館、龍山寺、総統府と午前中は市内観光、専門の店で土産品を買い、昼食は点心料理の名店「鼎泰豊」に。さすが土曜日の昼でもあり、店前は順番待ちの行列でごったがえしていました。午後は故宮博物館に行くグループと、自由行動をする者とに分かれました。

前回私は故宮には行きましたので、自由行動をとりました。自由行動組みは、自然と何人かのグループに分かれ、私は解散した場所からホテルまでぶらぶらと歩く組に入りました。バスのガイドさんに聞くと、30分位で着くとのことでした。(大嘘でした)

男5人簡単な地図を頼りに、台北でもメインの繁華街を通り過ぎ、普通の街中を経てホテルに着いた頃は結構な時刻となっていました。歩きながらその街を見ることは、その土地の生活の匂いまで伝わり、興味深いものがあります。

また2時間位知らない土地を歩いたことで、5人の連帯感も高まり、私としては今回色々旅の経験をしましたが、これがとても印象に残りました。

夜は広東海鮮料理の「海覇王餐庁」にて個室をとりました。55周年の記念式典を行うことになっていたからです。式典とはいっても身内だけのものでしたが、私の方で梶家の簡単なルーツや、55年の会社の歩みなど時代背景を交え、話をさせてもらいました。

宴もたけなわ、そこでサプライズ、大きなケーキが出てきました。なんと私の誕生日の為に社員が現地で用意してくれたのです。この10月で私も55歳になり、一ヶ月遅れですが皆で祝ってもらいました。私自身にとってもこれは最高の記念になりました。

その後台湾の名物、一番大きい夜市である士林夜市を皆で散策し、充実した一日のうちに二日目も終わりました。
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周年記念旅行1

2007年12月01日 11時31分57秒 | Weblog
実は23日からの三連休で、わが社の創業55周年記念を兼ねまして、台湾に旅行に行ってきました。私としては、その三週間前に東京鉄鋼販売業連合会で台湾に行ったばかりでしたので、同じ11月に二度も台湾を訪れたことになりました。

今回が海外旅行初めての社員もいましたが、成田空港に時間通り、参加者22名が全員集合し旅は始まりました。台北二泊三日、前回と比べるとスケジュール的にはゆっくりした内容でした。

初日は研修の意味合いもあり、台北市近くの鉄鋼業者を視察させてもらいました。上茂鋼鐵股份有限公司という会社で、主にH型鋼やパイプをロール曲加工しているところでした。規模はさほど大きくありませんが、技術力はあるようで、建築を始め幅広い用途に使用されているとのことでした。

次に本日の観光のメイン、台北101展望台に向かいました。街中のかなり遠くからでも目立ちますが、近づくにつれその外観は威圧するものがあります。夕陽が西に傾き、街明かりが見え始め、展望台からの眺めはまさに絶景。人間の英知を集めた、構造物の高さへの挑戦には、素直に頭が下がります。

しかし、この101(高さ508m)はつい最近までは世界で一番高い建物でしたが、残念ながら抜かれてしまいました。アラブ首長国連邦のドバイに、ブルジュ・ドバイという建築中の、162階の高さ640mの超高層ビル(アンテナ高さで818m)が、この10月に抜き去りました。

夕食は、台湾料理がとてもとても美味しい「欣葉」にて。普段仕事をしている時とは全く違う、社員の笑顔がこぼれます。交わす会話も一味違う内容になります。こんな時、頻繁には来られないけれど、海外旅行はいいものだと実感します。

その後、「国賓大飯店」に少し遅いチェックインでしたが、皆の評判は綺麗だとのことでホットしました。偶然にも、前回泊まったホテルの直ぐ近くのホテルでした。二次会は前回の地の利が活かせました。

それからを楽しむ人、疲れ寝てしまう人、それぞれの初日は終わりました。
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