銚子・角巳之・三代目

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見事です

2007年12月05日 | 千葉再発見

Img_2179Img_2189 昨日の写真、大好評でありました。銚子周辺にそんな場所があるのか?....ウソだろ....。百聞は一見にしかずです....。京都の晩秋~冬が素晴らしい事、かつて何度も訪れて実感しております。言葉もないくらいに美しいし、歴史の舞台に思いを馳せると、更に感慨深いものになる....。平家滅亡時に壇ノ浦からまだ幼少の安徳天皇を抱いて身を投げた、建礼門院徳子(けんれいもんいん とくこ・平清盛の娘、安徳天皇の母)が隠棲した京都・寂光院。ここの紅葉は見事です。平家の最後を悟り、子供を抱いて海に身を投げたけれど、子供は死んで自らは生き残ってしまう...。平家の全盛期に娘時代を送り、時の絶対権力者である父・清盛の庇護の下で天皇の嫡子を出産する。が、諸行無常....。驕る平家は久しからず、平家は滅亡を迎える...。見事な紅葉の後、葉が風に飛ばされるように...。徳子は剃髪して尼僧として余生を寂光院で過ごす....。そこに至る建礼門院の心に思いを馳せると、寂光院の紅葉はただ視覚に訴えるだけでなく、心の奥底にズシリと響いて参ります。写真の飯高檀林も創建から約450年。日蓮宗最高位の檀林(仏教で言う大学)であり、これまた歴史の舞台であります。こんな場所が銚子から30分のところにあるんです。いわば同じ“地域内”であります。先般、竜馬の話を掲載しました。長州が何ぜ、薩摩が何ぜよ...。その通りです。“たった”140年前は~藩、~藩と言っていて、明治維新後の廃藩置県で、~県とか、~市となっている訳です。合併云々で行政区分が変わったところがあるのかもしれないけれど、おなじ“地域”=“仲間”であります。身土不二(しんどふじ)、仏教用語です。身と土は同じ。から転じて、人間は住んでいるところから四里四方の食べ物を食べるのが良い。という事であります。一里4kmとして、ちょうど銚子~飯高檀林くらいの距離...。~県、~市というのは単なる行政区分であって、人間の営みは“地域”や“流域”...。そう認識すると、写真の風景もまた、同じ地域の人間として誇らしく思えてくるものです。いや~実に見事な紅葉でありました。