中山間地の田舎”限界集落”を あとにして六十余年。子ども少年時代を過ごした郷里地だが、両親逝去後 無人家になった実家は 数年前に解体した。解体後地や周りの庭や小畑は 整地して隣りに住む従弟の蕎麦畑になっている。
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小さな実家裏山やその横奥に連なる竹藪や原野は、”そのまま”になっている。少し離れた処にある山林や原野は、放置したままだ。寄付や無償譲渡先を探しているが、”受けて”が見つからないで今になっている。
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毎年だが ”7月7日”が来ると、田舎での子ども少年時代の”七夕”を想起する。いまは藪化している裏の竹林に行き 真竹や笹竹を採って、その竹笹飾りに 短冊や星飾りや折り紙飾りを作って結び飾りし、軒下や門場近くに立て飾った。
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その少年時代も遠い昔。いま その田舎実家のカタチはない。いま、このような限界集落や過疎化した中山間地での無人家廃屋や耕作放棄地が、問題になっている。人手が入らない藪原野化した山地や農地の問題も大きい。
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自分たちの責任も大きいのだが、年一回の”七夕”が 心からの安らぎ祭りにならない背因だ。おかげで、傘寿過ぎて都会のマンション暮らしになっている自分。七夕に、笹竹飾りを作ったり飾ったりする気力や体力もない。さびしい。
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