因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

朱の会公演―朱の会アンコール+有吉朝子作品

2022-11-22 | 舞台
*公式サイトはこちら (1,2,2',3,4,5)阿佐谷/アートスペース・プロット 11月22日 2回公演 
 劇団劇作家(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12)の有吉朝子(1,2)の新作『波津子―レディの肖像』と、今年5月の本公演で好評を得た藤沢周平『朝焼け』がリーディング上演された。構成、演出はいずれも主宰の神由紀子。夜の部を観劇した。

 第1部 有吉朝子作『波津子―レディの肖像』…『月・白き水晶の夜』を二人芝居として書き下ろした新作である。関東大震災から1年後の大正13年の秋、東京府立精神病院の一室が舞台である。そこは自分をレディと呼ばせている女性患者の個室らしい。彼女は明治政府の高官・九鬼隆一のかつての妻であり、近代日本美術の先駆者である岡倉覚三(天心)の愛人であった星崎波津子(神由紀子)である。そして夜勤明けというのに彼女に呼び出された新任の和田三郎医師(髙橋壮志)は、覚三と彼の姪の間に生まれた婚外子であった。要するに、岡倉覚三は妻帯者でありながら複数の愛人を持ち、その元愛人と別の愛人の息子が対峙しているわけで、頭の中で人物の相関関係を描くのに苦労はするものの、まことに劇的な図である。

 女性が自分の意志を持つことが困難であった時代、望まない結婚をして満たされない心に覚三という灯を見た波津子と、望まれずに生まれた宿命を背負う三郎が、精神病患者と医師という立場で出会う。覚三が執筆した英語オペラ『白狐』がひとつのモチーフになっており、ト書きと「声」を担う平山真理子が戯曲のリーディングの新しい見せ方、聴かせ方を示す。

 波津子がほんとうに狂っているのか、本人が主張するように狂っていないのか。波津子と三郎のやりとりは、最初は剃刀で薄く傷つけ、次第に荒々しく、最後には素手で殴り合うかのように熱気を帯びてくる。二人の俳優は椅子に掛けて台本を手にしているが、大きくからだを動かす場面もあって、リーディングであるのがもったいないほどであるが、もしこれが本式の上演であったらと想像すると、逆に恐ろしい。

 劇中平山が英語で語る『白狐』(おそらく)は、波津子と三郎のやりとりに重なったり、吐息のようにつぶやかれたり、もう一人の登場人物のようである。戯曲にどこまでどのように指定されているのか、どこからが演出なのかはわからない。これほど熱量の高い戯曲であれば、ぜひ本式の上演をと思うが、その一方、ト書きと「声」を巧みに織り込んだリーディングの方に、むしろ可能性を秘めているとも思われる。

 和田三郎医師役の高橋壮志を、初めて拝見した。緩急自在の神由紀子を相手に堂々と、しかも静謐な雰囲気を湛えた読みぶりが印象に残った。今後の出演作も楽しみである。

第2部 藤沢周平作『朝焼け』…本公演でもお品を演じた渡部美和がコロナ陽性のため降板し、昼の部を高野百合子、夜の部を田中香子が担った。相変わらず佐藤昇の語りが素晴らしい。冒頭の一文、「二両の金はあっけなく消えた」から、最後の「新吉は朝焼けの道を東に歩きつづけた」まで情感豊かに、と言って決して過剰にならない読みぶりである。特に締めの一文の語りには、過ちを繰り返した挙句、江戸から逃げ出す新吉(高井康行。まだまだ進化するはず)のうしろ姿を見送る眼差しのような温かさがあり、泣かされる(佐藤は後半で泉屋藤六の役も兼ねる)。語りは神由紀子と辻田啓一も行い、舞台にメリハリをもたらす。辻田演じる賭場の胴元銀助は、初演よりもさらに磨きがかかり、粘着性、残虐性が増した。中野順二と岩間太郎は賭場の壺振りや常連客として両袖から登場。出番は少ないが、よどんだ空気の賭場がすぐ目の前にあるかのように、表情や口調も巧みである。

 今回印象に残ったのは、急遽お品を演じることになった田中香子である。主な出演者は最初からステージの椅子に掛けている。お品がどんな女であり、新吉と過去にどんなことがあったかなどが語られるあいだ、田中は表情を作るでも変えるでもなく、ごく自然である。これから演じる準備の手つきを見せない。しかし舞台に居る存在であることが確と感じられる佇まいなのだ。だから、いよいよお品が登場するその瞬間、舞台の空気が引き締まり、いっそう劇世界に引き寄せられたのである。俳優は本来なら舞台袖に控えて出番を待つが、リーディングは「待つ」過程まで客席に見せることでもあり、ここでもまたリーディング、朗読の可能性を考えることができた。

 1日2回だけの公演とはいかにももったいないが、それだけに貴重な観劇体験であった。12月の小公演2「太宰治特集」が楽しみである。
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