因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

朱の会vol.3 朗読シリーズ「朗読✕語り✕劇」後半

2020-07-12 | 舞台
*公式サイトはこちら 野方/Book Trade Cafeどうひん 11、12日
 10分の休憩を挟み、以下後半のステージ(前半の記事はこちら)について。

*宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』・・・「かみしばい宮沢賢治童話名作集」(堀尾青史脚本 童心社)を参考として、神由紀子が構成した一編は、俳優が完全に台本を離した劇形式である。ゴーシュ役の高井康行は、チェロを演奏する指使い、弓の引き方も堂々たるもの(石井智道チェロ演奏指導)。音を出さずに演奏の様子を自然に見せる。高井以外の俳優陣(岩間太郎、木野しのぶ、甲斐裕之、豊田望、渋沢やこ)は、ゴーシュの所属する金星音楽楽団員と、ゴーシュの暮らす水車小屋を訪れる動物など複数役を演じる(渋沢は語り手も)。渡部美和によるスケッチブックの絵も楽しく、子どもと付き添いの大人に向けた演目として、今後新たな展開が想像できるステージである。かっこうに対するゴーシュの最後のひと言を、高井の声でぜひ聞きたかったのだが。

*山本周五郎『鼓くらべ』・・・公演の掉尾を飾るのは、美しく気位の高い鼓の天才少女お留伊が、城中での鼓くらべを前に一人の老絵師と出会い、芸術のほんとうの意味に気づくまでの物語である。前列に老絵師(中野順二)、お留伊(豊田)、宿屋の少女(渋沢)が並び、後列に語りの3人(木野しのぶ、吉田幸矢、高井康行)が座す(高井は鼓の師匠仁右衛門役を兼ねる)。前回公演の『じねんじょ』の形式に近いが、鼓くらべの勝負の緊張感が一気に解け、お留伊の心象が変容する様相など、まことに劇的な作品であり、このような「強度」の高さには、それを凌ぐ演技の強度とともに、作品世界に身をゆだねる勇気も必要と思われる。地の文と台詞をどのようなバランスで読み継ぐかは大変難しいことだが、あまり「間」を取らず、相手の台詞や語りを受けるや、それをしなやかに返すという見事な手並みを以て、物語の立体化に成功した。登場人物の表情や冬の加賀の町の空までもがありありと思い描ける一幕で、朱の会独自の劇世界の構築を示す白眉のステージと言えよう。

 ピアノのショパンコンクールを取り上げたドキュメンタリー番組が思い出された。5年に一度の大舞台に心血を注ぐピアニストはもちろん、自社の製作したピアノが演奏者に選ばれるために楽器会社と製作者が試行錯誤を重ねるさまはすさまじいい。ここを越えなければ真の音楽の喜びに到達できないのかと思うと、感動的というより心臓に堪えるほどであった。老絵師の戒めによって、お留伊はそこから救われたわけだが、それは同時に地上の競争から脱落したことでもある。まだまだ若いお留伊が、これから先、後悔することはないのだろうか。豊田望の演じるお留伊は、最初こそ高慢な娘だが、次第に老絵師に心を開き、言葉使いや振る舞いが変わっていく様相や、老絵師の亡骸の前ですべてを悟る場では、目元にうっすらと涙が滲んでいたように見え、技に心が追いついたこの娘に「勝たせてやりたかった」という思いも抱かせる。

 当日パンフレット掲載の出演者のメッセージには、主宰の神由紀子の作品の選択眼への信頼がいくつも寄せられ、公式Twitterには、各作品の紹介や見どころ聴きどころが簡潔に記されて、文学作品の朗読公演の可能性への扉を開こうとする意欲が伝わる。今回の演目には、観客や出演者からの作品リクエストも反映されているそうで、観客の「聴きたい」に、俳優の「読みたい」がどう交わっていくのか、活動のさらなる展開が期待できそうである。まずは自由に読みたいものを選び、それを読みこなし、舞台作品として立ち上げるにはどうすればよいか。まずは出演者個々人が多くの作品を知り、技術を磨くことが必要だ。だが、おなじみの顔と声に新しい方々が加わって、「朱の会の色」をいっそう美しく確かなものにするには、観客を劇場に迎え入れた瞬間から、カーテンコールが終わり、俳優が楽屋に戻るまで(あるいは客出しが完全に終わるまで)が舞台作品であるとの意識を共有することが求められるのではないだろうか。幕間の雰囲気を和らげる配慮は大切だが、何が必要で何がそうでないかは賢明に判断し、公演ぜんたいのことをわきまえねばならないと思う。コロナ禍を乗り越えて実現した公演であればなおさら、敢えて苦言を呈したい。
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