因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団唐組 第72回公演『糸女郎』

2023-10-19 | 舞台
*唐十郎作 久保井研+唐十郎演出 公式サイトはこちら 10月21日まで猿楽通り沿い特設紅テント 10月27日~11月5日まで雑司ヶ谷・鬼子母神(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15
 代理出産を扱った舞台として即座に思い浮かんだのが鈴木アツト作・演出の『グローバル・ベイビー・ファクトリー』である(2012年12月/第18回劇作家協会新人戯曲賞審査前のプレヴュー・リーディング、2014年3月/劇団印象第19回公演『グローバル・ベイビー・ファクトリー』、2015年8月/劇団印象第21回公演『グローバル・ベイビー・ファクトリー2』)。2015年の公演の際は、劇団チョコレートケーキの日澤雄介演出によるリーディング公演があり、それが劇団唐組の大鶴美仁音を観た最初の舞台であった(残念ながらblog記事無し)。

 テント前には『糸女郎』初演についての2002年5月26日の新聞記事が掲示されている。それによれば、かねてより養蚕を伝統産業とする諏訪・岡谷を舞台に蚕にまつわる作品を書きたいという唐十郎の思いと、その年の5月、長野県岡谷市のマタニティークリニックで国内初の代理母出産が行われたことが「出会ってしまった」のだという。唐は当時出産を手掛けた根津八紘医師とも語り合い、劇中に「谷津先生」と言う謎めいた人物として登場させている。

 昨年春の『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』や、今年冬の若手公演『赤い靴』の舞台を改めて思い起こす。唐十郎は現実に起こった事件、それも無関係の立場から見ると、事件の様相や当事者のふるまいが理解しづらいことに対して、その背景や心象に、鋭くも柔らかい眼を注いでいる。当事者でさえ自覚していないかもしれない心の奥底を、鋭いメスで容赦なく斬り込みながらまるごと抱きしめ、終幕の屋台崩しで広い世界へと解き放つのである。

 しかし『糸女郎』は初演から20年以上たってなお、より複雑で多岐にわたる問題を孕む代理出産を扱っており、いささか身構えながらの観劇となったが、観客の緊張を解く(というか、ぶち破る)のは、若手から中堅、ベテランまで劇団員、客演陣ともに粒ぞろいの役者陣である。

 ボディチャンドラーの藤村役の久保井研、麗しい女ブローカーのカジモド役の藤井由紀を筆頭に、湖のある里からやってきた晶役の福本雄樹は久々の唐組出演に違和感なく、湖村蚕役の大鶴美仁音は、トイレで腹をさする登場から最後に口から糸を吐く終幕まで強烈な吸引力を持つ。今年春の『透明人間』で愛と孤独の女教師白川役の福原由加里と少年マサヤ役の升田愛は、今回それぞれキャバクラ「穴」の売れっ子ホステスのナヨミ、コーヒーを耳から出す喫茶店「マドンナ」の地方色丸出しのウェイトレスとして爆走する。藤森宗は客入れのアナウンスも堂々と、そして前述の谷津医師役を淡々と演じる。ブローカーの薊野役の影山翔一は、観るたびに熱量が増す。人材派遣会社のボス乳母川美女丸の全原徳和は体躯、声ともに破壊力抜群。しかし決して暴走ではなく、奥ゆかしさがある。そして薊野の使い走りの赤目役の友寄有司は、テーブルの向こう側から不意に顔を出す場面、実はそれまで赤目のことを忘れていたのに、「居てくれなければ困る」と思わせてくれる。

 糸売り役なども含め、舞台には多くの役者が登場する。声は大きく張り、動きも激しいが、騒々しい、けたたましいとは全く感じさせない。下水管から水が滴り、蒟蒻をハンカチのように使ったり糸蒟蒻が飛び出してもドタバタにならず、人物が肌を晒しても、久保井演出には得も言われぬ品格がある。

 このたびも劇の構造や劇作家の意図を理解したとは言えないのだが、胎内を思わせる赤い繭のような紅テントの空間での2時間には、自分の頭とからだと心にもたらした「何か」が確実にあって、来年春までの難しくも嬉しい課題になりそうである。

終演後。夢のあと。
唐十郎の劇世界が神保町の闇に溶けてゆく。
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