因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

National Thetre Live in Japan 2015より『Skylight』(スカイライト)

2015-07-07 | 映画

*デヴィッド・ヘアー作 スティーブン・ダルドリー演出 FBはこちら
 これまでNational Thetre Live in Japan 2015では、『ザ・オーディエンス』、『欲望という名の電車』、『二十日鼠と人間』など、世界最高峰とされるロイヤル・ナショナル・シアターが、世界で上演された舞台の中から特に選りすぐりの作品を映画館で鑑賞するもの。今年からはロンドンだけでなく、ニューヨークの舞台も加わった。これから先は『宝島』や『オセロ』、『リア王』などの重量級が目白押しである。以前からネットの口コミで「すごくいい!」という情報を得てはいたが、やっと足を運ぶことに。

 『スカイライト』は、1997年緒形拳と若村麻由美が共演した舞台上演をテレビで放送したもの(演出はジャイルス・ブロック)、2001年と2002年、佐藤正隆事務所公演で、先日急逝した高瀬久男が演出した有川博、富本牧子版をみたことがある。とくに後者は『リタの教育』と演出、俳優が同じ座組みということもあり、大変な期待をもって観劇に臨んだ。

 細部まで丁寧に作りこんだ舞台美術であり、誠実な俳優の演技であることはまちがいない。にもかかわらず自分はどうしても舞台に集中できなかった。かつて恋人同士だった男女の互いに譲らぬ主張が飛び交う議論のドラマである。その内容についていけなかったのか、翻訳劇の台詞がしっくりこなかったのか。緒形&若村版はビデオに録画したので、何度か繰り返してみた。それでもなぜ彼らがここまで激しく言い争うのか、いったい何が問題なのかが遂にわからなかった。まことに身も蓋もない話である。

 そのようないきさつがあるから、今回の映画には警戒しつつ、「今度こそ」の気合いで臨んだ。話の流れはわかっているのだから、もっと手ごたえがあるのではないか?と、最初のうちは緊張して前のめりになっているのだが、いつのまにか集中が途切れ、ふりはらってもふりはらっても眠気が襲ってくる。ふたりの気持ちを知りたい、この作品を理解したいと心底願っているのに、からだがついてこないのだ。寝不足や疲れのためではない、劇の空気感とでも言うのか。作品の核、根幹を成すものに対して、拒否反応とは言わないまでも、「苦手なんですよ」と控えめにからだが訴えているらしい。これはどうすればよいのか。

 背面に巨大なアパートの窓々がそびえたち、そのなかのたったひとつの小さな世界であるキーラの部屋との対比や、場面に応じて外通路がむき出しになる趣向、何より俳優ふたりの緩急自由自在の演技に魅了された。本作にはキーラとトムのほかに、トムの息子のエドワードが冒頭と終幕に登場する。静かに暮らしていたキーラの部屋に過去の恋愛を持ち込み、父とキーラのあいだにどんなやりとりがあったのかはまったく知らないままに、キーラが臨んだ「最高の朝食」を持ち込んで、やりきれない物語の終幕に、これから新しい一日がはじまる朝の情景を観客に示すのである。

 演出の方向性や、俳優の演技術などについて、これはもう圧倒的なものであり、かんたんに太刀打ちできるものではないだろう。映画のパンフレット掲載の気鋭の演出家小川絵梨子のインタヴュー(聞き手/川添史子)には、「どう演出したらこの密度の高い舞台ができるのか、想像もつかない。それがわからないことに落ち込む」、「小川さんがこの作品を演出する日が来るでしょうか?」という問いにも、「これを観てしまったら無理です」と記されている。

 演劇の作り手が打ちのめされるのも無理はない。だが自分にとって衝撃だったのは、客席の反応である。とにかくよく笑うのだ。下北沢のOFFOFFシアターはくすりともしなかったのに。緒形&若村版のパルコ劇場も鎮まりかえっていたと記憶する。台詞のあやや、それを発する俳優のちょっとしたしぐさや表情などが笑いを誘うのだろうが、映画館の観客は下北沢同様、静かなものであった。どうしてだろう。俳優の発する台詞の長さに比べて、どうみても日本語の字幕が少ないという印象は否めず、ならば翻訳の問題なのか。それにしてもかの国では爆笑に継ぐ爆笑であるのに、同じものが日本ではまったくといっていいほど笑いに結びつかないというのは、なぜだろう。

 さらにカーテンコールの熱気である。俳優の健闘を讃える拍手と歓声が、自分には、「わたしたちはこんなに豊かな演劇を観客としてともに創造しているのだ」と誇らしげに主張しているように聞こえた。何がちがい、何が足らないのだろう。小川絵梨子さんとはちがう立場で、自分も落ち込む。しかしといって、何でもあちらが上で、それを目指さねばならないということもないと思う。

 上映期間が短いのが残念だ。通常の映画とは性質が異なるとはいえ、3,000円はやや割高な印象がある。六本木の仇を池袋で果たすべく、8月のシネリーブル池袋での上演に再挑戦するか、本気で検討している。ちなみにすでに上映終了した『ザ・オーディエンス』も7月25日から同じシネリーブル池袋で上映される由。これからNTLは観劇と同じくらい情報に注意し、しっかり予定に組み込もうと決意したのであった。

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