因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

映画『PLAN75』

2022-07-29 | 映画
*早川千絵脚本・監督 公式サイトはこちら
 近未来の日本。75歳以上の高齢者に生死の選択を認めるという法令が国会で可決された。生きることを妨げはしないが、自らの意志で死を選択すれば国がサポートもサービスも行うという。つまりは安楽死の奨励であり、かつての「姥捨」を合法的に実施するのが「PLAN75」なのだ。

 78歳の主人公のミチ(倍賞千恵子)は古い団地で一人暮らしだ。ホテルの客室清掃員として働いているが、同僚が孤独死したことをきっかけにこのプランを選ぶ。

 「そんな酷い話が」と思うが、PLAN75は当然のように高齢者たちを導き、綿密に構築されたシステムに従って進んでゆく。その様相は、架空、SFとは思えない。プロモーションビデオには家族のため国の将来のためにためらうことなく選択したと晴れやかに語る女性が映し出されており、担当の職員たちは皆にこやかで丁寧だ。その日を迎えるまで専用スタッフが毎日電話で連絡をとって不安や疑問に応えるなど、至れり尽くせりのプロセスを経て、高齢者は自分から死に向かう。

 話の運びが強引で駆け足なところや、細かい綻びもある。たとえばミチがなぜ転居しなければならないかが不明なのは不自然であり、ミチの同僚が孤独死したことによって、ミチはじめ高齢のスタッフがいちどきに退職させられる流れにも無理がある。「いつまでも高齢者を働かせるな」と批判されたというが、いささか性急な展開ではないか。また手際よく職務を遂行する青年ヒロム(磯村勇斗)は、長らく音信不通だった伯父(たかお鷹)がPLAN75を選択し、おそらく本人が想像もしていなかった行動をとるのだが、伯父を死に場所となる施設に見送ったあと、突き動かされるように引き返してそこに足を踏み入れ、伯父を探し始める。施設の性質上、おそらく住所は公にされておらず(反対派の人々が押しかけたり、報道機関が殺到する可能性がある)、セキュリティも相当に厳しいはずだ。しかしそういったところを潜り抜ける過程なしに、伯父の横たわるベッドにたどり着いたところにも違和感がある。

 しかしこれらの躓きが決定的な妨げにならかったのは、細かいリアリティを超える、肌感覚とでも言うような描写があったためだ。前者では退職する老女3人にはそれぞれ花束が贈られるのだが、中の一人がそれを見つめ、「どうしてこういう色にするかねえ」とつぶやく。深紅や濃い紫など、洒落た色合いではあるが毒々しく、柔らかな優しい色を選ばない現役世代のセンスや、高齢者への配慮のずれが伝わる。また後者では、自分でも想定外の混乱に苦悩するヒロムの表情が見るものを引き込む。この行動によって彼は仕事を失いかねず、それをわかっていてもそうせずにはいられなかった動揺が伝わる。極めて淡々と効率よく仕事を進めていた彼が、システムについていけない「情」を持ってしまった。PLAN75に情は禁物だ。しかし情がなければいかなる法律もシステムも活かされないことを、システムに関わる側が晒してしまった。非常に痛ましい場面だが、同時にこの物語の救いを見るのである。

 施設で遺品整理をする初老の男性(串田和美)は、何やらいいことを言いそうに見えるが、結局何も言わないところが好ましい。彼もじきにPLAN75の対象になることを十分に知った上での振る舞いかもしれない。病児を抱える外国人労働者マリア(ステファン・アリアン)にPLAN75の施設での仕事を紹介する支援者の女性の微妙なうさん臭さ。ミチを最後の日までサポートするスタッフの瑤子(河合優実。彼女もまた、ミチに「情」を抱いてしまう)が黙々と食事をする後ろでは、リーダーらしき女性が新しいスタッフにこの仕事の重要性やポイントを饒舌に語る。こちらもありがちな演技をしていない。

 物語中盤で、ヒロムは伯父のアパートを訪ねる。彼に心の変化をもたらしたであろう二人の会話はごく短くしか描かれず、何らかのきっかけと思われるものはなかった。帰路で振り向き、伯父に手を振るヒロムの表情から想像するだけである。

 この人はあの人からこういう言葉を聞いたから、それまでの気持ちがこのようになったと説明をしない。作り手の覚悟と勇気、挑戦の意志であろう。本作が描く世界は極めて冷酷であり、ミチはじめ登場人物たちの明日がどうなるのかは決して楽観できないが、組織や法律、システムについていけないところこそ重要であること、ことばでは説明できない「情」、人間の心というものを信じたいと思わせるのである。

 向田邦子の随筆「ゆでたまご」の一節を思い出した。
―わたしにとって愛は、ぬくもりです。小さな勇気であり、やむにやまれぬ自然の衝動です―

『PLAN75』の人々はぬくもりを求めて小さな勇気を奮い起こし、やむにやまれぬ衝動によって行動した。「愛がすべてを救う」などと情緒的に回収できない話であり、現実はあくまでも厳しいが、見る者の心に微かな希望の日を灯す作品だ。
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