*三好十郎 作 原田一樹 演出 公式サイトはこちら 文化座アトリエ 23日まで (1)
小さなアトリエは自分の両親、それ以上の世代のお客さんであっというまに満席になった。
上演中に何か起こった場合、劇場スタッフの指示に従うのが第一だが、自分が助かることだけでなく、状況によってはスタッフに協力して周囲に力を貸すことを心に留めておかねばならないだろう。いやこれは冗談ではなく。
文化座は1942年(昭和17年)創立より三好十郎作品を上演しており、『獅子』は1943年に初演以来、戦中の旧満州ふくめ何度も上演を重ねている劇団の代表作だ。今回は劇団創立70周年記念の第一弾として、32年ぶりの上演、さらに同劇団のベテラン女優有賀ひろみは前回公演にも同じ役で出演しており、自身の舞台人生40周年を飾ることになった。
1時間35分の短い作品だが、劇団とそれに関わる人々の重ねた年月の厚さと重みがずっしりとつまった舞台である。
戦時中の農家が舞台である。一色家はかつては羽振りがよかったものの、あるじ(青木和宣)のひとの良さが災いしてすっかり左前になっている。勝気な妻(これが有賀ひろみ)は家運の盛り返しのため、にわか成金の息子に娘(小林悠記子)を縁づかせようと必死である。娘にはひそかに心を通い合わせる青年がおり、あるじである父はそのことをうすうす知っている。
今日はいよいよ「嫁見」(結納の前に、先方の親戚が嫁の家を訪問する儀式か)の日だ。青年が乗る上り列車の出発時刻が迫るなか、髪を結いあげ、美しく装った娘の心は揺れ動く。
重厚に作り込まれた舞台美術とベテラン、中堅、若手が丹精込めて作り上げる舞台の空気は昨年の『大つごもり』とかわりない。さまざまなものが大変な勢いで変化していくこの世にあって、かわらないもの、しっかりと根づいたものの、何と力強く美しいことか。
2年間禁酒していた父親が娘に促されて杯を重ねるうちにこわばりが溶け、口が滑らかになって、習い覚えた獅子舞いをみせるあたりからが物語のやま場である。両家の親戚が集まって宴席がはじまるが、かんじんの娘があらわれない。どこに行った、何をしている?
この縁談をめぐり、日ごろの恨みつらみも重なって喧々囂々の諍いをはじめる妻と義理の妹や、必死で座をとりつくろおうとしている叔父と父親や年寄りたちの同時多発会話の場面は爆笑もの。
やがて4時の列車に向かって懸命の獅子舞いをみせる父親に、客席は拍手喝さいしたいのを懸命にこらえながら終幕を待つ。これでよかったのだ、これでよかったのか。答はでない。けれどほんとうの気持ちを貫いた娘と、それを後押しして認めた父親を「天晴れ」と讃えたい。客席の喜びと満足が小さなアトリエをいっぱいに満たす。
昨年と同じく行きは駒込駅から、帰りは田端駅でひと休み。
豊かな午後のひとときであった。
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