goo blog サービス終了のお知らせ 

馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

生産地の獣医師の仕事 獣医師の養成

2007-12-10 | How to 馬医者修行

Pb230070_2 生産でも競馬でも、その世界に科学を持ち込んで普及することに大きな役割を果たしているのは獣医師だということを述べてきた。

しかし、日本では獣医科大学でも馬については教えなくなっている。(まったく教えていない大学もあるんじゃないだろうか?)

馬は人を乗せるという他の動物にはない強烈なヒューマンアニマルボンドを持った動物だし、

かつて臨床獣医学とは馬獣医学だったという歴史もあるし、

大動物の扱いを教えるのに適した動物だし、

競馬は世間の注目と莫大な金額を集める社会事象でもある。

馬獣医学を捨ててしまって良いとは思えない。

全国の獣医科大学で馬獣医学に時間や経費を割くことができないのはわかるが、馬について学びたい者が勉強できる大学がどこかにあってもらいたいと思う。

                            -

 日本の現状を見るとこれから先も大学へ馬が集まるようにはならないだろう。

それなら馬の臨床を学びたい人が患畜が集まるところで研修できる研修医制度インターンシップを作ることはできないだろうか。

いくつかの大学の家畜病院では有給研修医をおき始めている。しかし、馬については大学では実現不可能だ。

                            -

 また欧米では20年以上前から専門医制度が分野別にできている。インターンシップを終えた者が、さらに専門知識・技術を身につけるために数年間、指導を受けながら臨床を行い、学会発表や論文発表もして、認定試験を受けて専門医になる。

今の欧米には専門医ではなくてもその分野で長い経験を持ってレベルの高い仕事をしている獣医師がいるが、これからは専門医になっていなければその分野で仕事をはじめることさえ難しいだろう。

 日本でも小動物分野では、各学会が中心になって専門医の認定を始めている。しかし、馬については学会さえないのが日本の現状だ。

この先、欧米から見たとき、専門医のいない日本の馬獣医師はレベルが低いと判断されてしまうだろう。

海外の馬主の馬、海外からの有名馬が故障したり病気になったとき、それで大丈夫だろうか?

                            -

 また馬獣医師の学会・協会がないので、誰が馬の獣医師かを示すものも何もない。馬に触ったことがほとんどなく、馬についての教育もほとんど受けていない獣医師がほとんどなのに、その中で馬の獣医師であることを示すものがない。

アメリカ馬臨床獣医師会 AAEP は、AAEP のメンバーであることを示すシールを毎年くれる。

人の専門医を認定している学会では、全国の専門医の名簿をインターネットで公開している。

                            -

 馬臨床獣医学の教育について大学教育・インターンシップ・専門医教育などがそのような現状なので、日本では雇用者は、教育を受けた人、認定を受けた人を連れてくれば良いというわけにはいかない。

自分達の職場の中で人を育てていく職場内教育の努力を各職場でしなければならないだろう。

日本の馬の世界はあまりに狭く、日本は終身雇用という社会背景もあるので、馬獣医師は転職しながらキャリアアップしていけるようにはならないだろう。

                            -

 そして、職場の枠をこえた研修も必要だろう。学会や獣医師会の集まりに出ても馬について学べる機会はごく限られている。

馬の獣医師が集まる学会や集会が必要だ。

それは、日本馬臨床獣医師学会・協会 Japanese Association of Equine Practitioners  JAEP であってもらいたいと思うのだが、いかがでしょうか?

ながながとウマ科学会シンポジウムでの講演内容を記述してきたが、今回で終了。お粗末さまでした。

                                                                    -

Tieback & ventriculocordectomy 週間。Tiebackt1

先週から数えて4頭目。

右はTiebackに使っているsecuros tieback kit 。

すっかり使い方に慣れたし、内視鏡で見ながら引っ張り具合を調節できるし、引っ張ろうと思えばいくらでも引っ張れるし、結び目がゆるむことはないようだし、今のところ良い方法だと思っている。


生産地の獣医師の仕事 伯楽と獣医師

2007-12-09 | 学会

Pb230066 かつては馬の良否を見分けることができる人や、馬獣医師は「伯楽」と呼ばれていた。

「伯楽」という言葉はやがて「博労」という言葉へかわったが、「博労」という言葉も辞書によればまだ馬獣医師の意味を含んでいたようだ。

「ばくろう」は「馬を喰らう」とも書く。

こう書くと家畜商の意味で、今風にはエージェントとも呼ぶ。

 かつての伯楽と呼ばれた馬医者と、現在の獣医師 veterinarian 馬臨床獣医師 equine practitioner を分けるものは、科学としての獣医学であり、獣医学教育だろうと思う。もちろん国家資格としての獣医師免許も。

大工と建築家を分けるのは建築学だろうし、船頭と航海士を分けるは航海学だろう。

これは、どちらが上とか、どちらが立派ということではない。

徒弟制度と経験の中でしか伝承できないものを、社会的な資格や専門家として存在を認めることができるものに変えているのは科学であり、学問だろう。

                              -

Pb230067 臨床獣医師は診療、すなわち診断・治療を行っている。

しかし、ながなが書いてきたように、1頭1頭を治すことより、予防によりその他の馬を守ることのほうが成果につながることもある。

事故の予防や疾病のコントロール、そのための方法を普及・指導していくのも獣医師の仕事だ。

そして、それを正しく進めて行くためには、客観的な真実を求めるための調査や研究も必要になる。

獣医師の役割とは、混沌とした動物飼養の世界に科学を持ち込むことではないだろうか。

 また、強い馬づくりを実践して素晴らしい成果をあげているA先生も、その方法を普及・指導しようとしているトータルコンサルタントのH先生も、もとは優秀な臨床獣医師だ。お二人の今の基礎となっているのは獣医学だろうと思う。

                              -

Pb230068 その点で、私は獣医師として技術者と呼ばれるのは好きではない。

技術とはわざ。わざという字は手が支えると書く。

どうしても手でする作業のイメージが付きまとう。

獣医師のやるべきは、手ですることばかりではないだろうと思うのだ。

                              -

獣医師法が改正されたもっとも大きい点は、獣医師が社会的存在として認められたことだと思っている。

単なる国家資格ではなく、獣医師という、教育を受けて獣医学という背骨を持った存在が社会の中で必要なことと、その存在価値を認められたのだと思っている。

獣医師として働いている人はみんな仕事に必要だから資格を取ったのではなく、獣医師として採用されたのだ。

                              -

 別に技術という言葉に抵抗があるわけではない。

診療技術というのはあるし、外科に及んでは手が支えるわざの部分が大きいことは実感している。

しかし、われわれ獣医師が手でする仕事だけに拘泥していて良いはずはないし、徒弟制度や伝承で受け継がれるべき仕事ではない。

獣医師の中にも自虐的に自分達は「技術屋だから」とか「職人芸だ」と言う人がいるが、私は言わない。

 医師を技術者とは呼ばないでしょう?

 弁護士にも法廷技術はあるだろうが、技術者ではないでしょう?

 技術者とは英語ではテクニシャン technician 。欧米では獣医師の指示を受けて作業を手伝っている人たちのことだ。


生産地の獣医師の仕事 生産地?

2007-12-08 | 学会

Pb230069 日本では10万頭の馬のうち競馬サークルにいるサラブレッドが6万頭と言われている。

これ以外の乗馬2万頭あまりもかなりがサラブレッドなので、日本の馬はサラブレッドばかりに偏っていると言える。

サラブレッドというと競走・競馬のイメージが頭に浮かぶが、実はサラブレッドの多くは生産地にいる。

そして、生産地では2歳まで育成調教も行われている。

また、現役競走馬も休養・リハビリ・治療のために生産地へ戻ってくる。

生産地と呼ばれるが、現実は「生産・育成・調教・休養」地なのだ。

                               -

   ギャンブルとしてだけ競馬を楽しむ人も少なくないだろう。しかし、ギャンブルの題材としてだけなら、競馬は運営にコストがかかりすぎる。

馬の魅力、そして血統の不思議さ、活躍した馬の子供がまた登場してくるサークル、応援していた馬の子供をまた応援したくなるファン心理。

生産があるからサラブレッド Thoroughbred はサラブレッドなのだ。

生産があるから農水省が管轄しているのだ(笑)。

生産のない競馬は魅力が半減すると思っている。

                                -

 日本人がスポーツの世界で、海外に目を向けるようになっているという人もいる。

たしかに以前に比べればそうかもしれないが、それは日本人が世界へ出て活躍している分野だけで、純粋にスポーツとしてのレベルの高さを求めてはいないように思う。

メジャーリーグベースボールでも海外サッカーでも注目をあびるのは日本人プレーヤーのいるチームだけだ。

F1もTV局の思惑に反して、日本人ドライヴァーが活躍しないときは寂しいかぎりだ。

外産馬ばかりになって、生産牧場名も、血統も、なじみのない名前ばかりになったら競馬人気に影響するだろう。

そして、生産しないなら、競馬は農業とも、畜産振興とも、環境保全とも、馬文化の保存ともつながりを失う。

(つづく)

                                -

P9240030 BTC。

東京ビューティセンターではありません。念のため。


生産地の獣医師の仕事 売買への関与 

2007-12-07 | 学会

Pb230062 じつはスクリューやプレートを入れる手術の中で一番多いのは、仔馬の肢軸異常の矯正手術。

蹄の処置や運動制限だけではよくなりそうにないと、最近は成長板をまたぐようにスクリューを1本入れることで骨の成長を阻害し、反対側だけが成長することで肢軸異常を矯正している。

                -

Pb230063  この肢軸異常を含めて、骨端症、骨軟骨症、骨嚢包、方形骨形成不全、腱拘縮が成長期の整形外科的疾患と呼ばれている。

成長期の骨は、成長板や関節内の軟骨が骨になっていくことで盛んに造られるが、この仕組みがうまく行かないことによる疾患を成長期の整形外科的疾患DODと呼ぶ。

軟骨ばかりが分厚くなって、下の骨から剥がれてしまえば離断性骨軟骨症だし、その部分だけ骨ができないので骨に穴があいてしまうと骨嚢包だ。

成長板の軟骨の異常が骨端症だし、成長板周囲の骨の形や成長が異常なのが肢軸異常、軟骨が骨になっておらず四角いはずの骨が四角くないのが方形骨形成不全、腱に比べて骨が成長しすぎているのが腱拘縮。ということらしい。

このDODは最近、馬の世界でたいへん注目されている。

                              -

Pb230064  その理由のひとつにセールにおけるレポジトリーの普及・要求がある。

レポジトリーとはセールで、その馬の購買に興味がある人がその馬のX線写真や喉頭の内視鏡ヴィデオ画像を見られるように保管しておくことだ。

セールによって1頭28枚とか32枚のX線撮影をすることになる。

当然、なんらかの異常がみつかるきっかけにもなる。

                              -

 以前は、外見上だけでの相馬(馬を外見から評価すること)が行われていた。

右下の写真は現役競走馬だが、右前肢はあきらかに肢軸異常で、これなら誰にでもわかる。

                              -

Pb230065 絵は装蹄師用の教科書からコピーさせてもらった。

肢軸の異常について図示されている。

下に並んでいるx線写真は1歳馬なのだが、外見上は異常はなかった。

しかし、X線撮影してみると手根骨の並びが良くない。

腕節の内背側には骨増勢があり、関節内には骨片もある。

獣医師は外見だけでなく、X線画像も思い浮かべながら馬を見ている。

これからは馬の売買への獣医師の関与も今まで以上に求められていくだろう。

生産地の獣医師の新しい仕事となっていくだろうと思われる。

(つづく)


生産地の獣医師の仕事 運動器疾患

2007-12-06 | 学会

Pb230055 ながながとウマ科学会シンポジウム「生産技術を考える」で話した内容を書いている。

まあ、生産地の方で「そんなことよく知っている」という方は読み飛ばしていただきたい。

運動器疾患もけっこうある。

競馬場やトレセンでの診療では、全体の約半数が運動器疾患、ついで疝痛(消化器疾患)だそうだ。

それに比べると、生産地の疾患がいかにバラエティーに富んでいることか。

                               -

 運動器疾患には純粋に整形外科疾患も多い。Pb230060

たとえば育成馬の飛節軟腫。

脛骨や距骨の離断性骨軟骨症OCDであることが多い。

X線撮影して関節内に骨軟骨片が見つかると関節鏡手術してそれを取り出すことになる。

関節鏡手術を始めた頃は、軟腫が自然に解消しないか待つだけ待ってから手術をしていたが、今は牧場や馬主さんや調教師さんが「さっさと手術してくれ」と言うようになった。

競走成績まで含めた予後は良好だと思っている。

OCDもDOD(成長期の整形外科的疾患)のひとつだが、もちろんDODへの対応も生産地の獣医師の仕事の一つ。

                               -

Pb230061 生産地での馬の死因は、骨折、腸捻転、分娩事故、新生児死で、なかでも骨折はたいへん多い。

馬が致命的な骨折をすると助けるのはなかなか難しい。

しかし、体重が少ない子馬や、治った後に競走能力を要求されない繁殖雌馬や種雄馬は、骨折治療の対象になる可能性が高い。

だいじな馬を1頭1頭助けることも生産地の獣医師が求められていることではある。

(つづく)

  今日は競走馬の Tieback & Ventriculocordectomy 喉頭形成・声嚢声帯切除手術。

その後、高齢の繁殖雌馬の披裂軟骨炎。

呼吸障害がひどいので、緊急に永続的気管切開をした。(右;クリックすると大きくなりますが、頚の部分で気管にPc060076_3穴 が開いている写真です。馬を押さえていた人は倒れてしまいました。見たくない人はクリックしないように。)

こいつのおかげで今日は昼食ぬき。

その後、競走馬の橈骨剥離骨折の関節鏡手術。

合間に、1歳馬の外傷。

                               -

Pc060078 消毒用踏み込み槽も凍ってしまうようになった。

もう片付けなければならないだろう。