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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

生産地の獣医師の仕事 呼吸器疾患2

2007-12-05 | 呼吸器外科

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引き続き、ウマ科学会シンポジウムの講演内容です。 

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この20年、生産地に育成牧場が数多くでき、調教を積んでから競馬場へ行くようになった。

左上の写真は、2歳馬の喉鳴りでもっとも多いDDSP(軟口蓋背方変位)と呼ばれるのどの異常。

馬が調教を積んで、精神的にも肉体的にも強くなっていくと自然にDDSPをおこさなくなることが多いので、外科治療は積極的には勧めていない。

しかし、苦しくて調教を進められないとか、いつまでもレースに出られないという馬では手術することもある。

DDSPの手術は何種類も報告されていて、私も何種類かを組み合わせて行うことが多いが、もっとも新しい方法は Tie forward と呼ばれる喉頭の軟骨を前へ(舌骨)へ引っ張る手術(右上)。

今や、生産地は育成地でもある。

育成馬に特有の障害も、生産地の獣医師の治療の範疇になっている。

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 左下の写真はDDSPより年齢が進んだ競走馬に多い喉鳴り、喘鳴症。左の披裂軟骨が麻痺して垂れ下がっている。

こうなると自然に治ることは期待できないどころか、徐々に悪化する。

競走で満足できる結果がだせないとなると、今のところは Tie back と呼ばれる手術をして、披裂軟骨を後へ引っ張って喉頭が開くようにする。

私は右下の Securos Tieback Kit を使って年に40頭ほど手術している。

生産地は純粋に生産地ではなく、競走馬の休養・リハビリ・治療の場所でもある。

競走馬は剥離骨折や喉鳴りの手術をしに生産地へ帰ってくる。

現役競走馬の治療も生産地の獣医師の重要な仕事になっている。

(つづく)

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 私が就職した20数年前は、生産地にある育成牧場は限られていて、1歳馬は秋になると競馬場や本州の育成場へ出て行っていた。

生産地の獣医師は秋になるとすっかり暇で、秋になるとパチンコ屋にいるか、築港で釣りをしていた(笑)。

春の直腸検査と仔馬の診療で、1年分稼いだつもりになれた良い時代だったかもしれない。

生産地では、バブル崩壊後の生産頭数の減少による空洞化を補ってきたのが育成馬の増加だった。

最盛期の30%以上生産頭数は減少した。

あまり生産地としてだけ自分達の立場を考えていると、現状を把握しそこねると考えている。


生産地の獣医師の仕事 呼吸器疾患1

2007-12-04 | 学会

Pb230055 生産地では呼吸器疾患も多い。

畜産業では、幼若な家畜の下痢と肺炎は、牛でも豚でもその他の家畜でも大きな損耗を引き起こす。

個体管理が徹底されている馬でも例外ではない。

Pb230058仔馬の肺炎を調べると約半数がロドコッカス・エクイ Rhodococcus equi によるものであることがわかる。

(実は調査するまで、誰もそう思っていなかった。ロドコッカスによる肺炎など、仔馬の肺炎のごく一部だと考えていた。これは、大きな間違いだった。)

仔馬のロドコッカス感染症に取り組むにあたって、最初にこの病気の発症日齢を調べた(左写真の左下グラフ)。

たいへん特徴的な分布をしている。

生後30日齢以内に発症する仔馬はほとんどいなくて、30~60日齢で発症する仔馬はひじょうに多い。

それ以降に発症する仔馬は漸減している。

仔馬のロドコッカス感染症には約10日の潜伏期間があることが、感染実験などで確かめられている。

ということは!実はほとんどの仔馬が生後1ヶ月以内に感染して、潜伏期間を経た後発症しているのではないか。

そして、60日齢以降など遅れて発症している仔馬は、遅くなって感染したのではなく、異常を発見したり、感染を診断するのが遅れただけなのではないか。と考えた。

 そこで、私たちは診断法にELISAによる抗体検査でスクリーニングし、気管洗浄液からの菌分離で確定診断することを導入した。

これらの方法の普及により早期発見、早期診断、早期治療が可能になり、治療の成功率は向上した。

 感染子馬を隔離して早期治療し、治療に成功することで、感染子馬による牧場の汚染(感染子馬は喀痰や糞便中に多量の菌を排泄する)を防ぐことにつながった。

そのことによりロドコッカス多発牧場を減らすことができた。

このような病気との取り組みは獣医師でなければできないことだ。

1頭1頭を治すことを求められるのが臨床獣医師だが、実は1頭1頭を治すことより本当に成果をあげるのは病気の予防、疾病のコントロールだと思う。

(つづく)

Pb280063 この時季は出張、学会シーズン。

ウマ科学会、JRA調査研究発表会、AAEP。

そして、日常診療に引き戻される。

今日からTieback 6頭。


生産地の獣医師の仕事 生殖器疾患

2007-12-03 | 学会

Pb230055_3 外傷不慮についで多かったのは生殖器疾患。

馬は季節繁殖動物だし、サラブレッドの種付け料は高額なので牧場も獣医師も、受胎させ、1年1産をめざすことにたいへんな労力と神経を使っている。

生産地の獣医師は、3月から6月の午前中は繁殖障害治療施設(右下)に貼り付けになって、直腸検査、子宮内膜炎の診断治療(子宮内薬剤注入、子宮洗浄)、超音波画像診断装置による受胎確認にあたっている。

しかし、せっかく受胎しても早期胎芽死と流産で10頭に1頭は生まれないことが知られている。

生産とは非常にロスとリスクが多い事業なのだ。

                               -Photo_2

 馬の子宮内膜炎は激減した。

かつてはクレブシラ Klebsiella 、シュードモナス Pseudomonas 、プロテウス Proteus といった抗生物質に耐性を示す細菌による子宮内膜炎がけっこうあって、獣医師はその治療に悪戦苦闘していた。

しかし、この10年、こういった細菌が馬の子宮内膜炎の材料から分離されることはほとんどなくなった。

Klebsiella pneumonia type 1 などはいかにもたち(性質)の悪そうな独特のコロニーをしているのだが、検査にあたっている獣医師も若い人はお目にかかったことがないだろう。

  実はこういった消毒薬や抗生物質に強い細菌による難治性の子宮内膜炎が流行した背景にはCEM(馬伝染性子宮炎)の流行があった。

CEMと呼ばれるかつてなかった細菌性子宮炎が30年ほど前、世界的に馬にひろがった。

欧米では撲滅に成功した国もあったが、日本は清浄化に失敗し、発生数は減少したものの20年以上にわたって発生し続けた。

で、本交(種雄馬と繁殖雌馬を交配させること)しか許されないサラブレッド生産では、種雄馬のペニスの消毒、繁殖雌馬の子宮内への抗生物質の注入が汎用された。

その結果、消毒薬や抗生物質に強い細菌による子宮内膜炎が流行することになった。

CEM菌は伝染力は強いが、それほど消毒薬や抗生物質に強い細菌ではなかった。

陰核などに保菌するという点ではしつこい細菌ではあるのだが、CEMそのものが治せないということはない。

CEMでだめになった馬より、CEMの流行後にはびこった性質の悪い菌による子宮内膜炎で駄目になった馬の方が多かったのではないだろうか。

 話が長くなった。

CEMが流行したあと、消毒が大事、抗生物質で治療するしかないとなり、さらには予防にまで抗生物質を使うようになった。

そのことが、より被害の大きい問題を引き起こしたのではないかと言いたいのだ。

研究にあたる獣医師、臨床にあたる獣医師、家畜保健所で指導にあたる獣医師、いずれにしても獣医師の知見や指導が伝染病と衛生状況のいく末を決める。

獣医師の責任は重い。

いずれ日本がCEM清浄化宣言できる時が来たら、すべてを含めて検証・総括してみるべきではないだろうか。

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 そして、CEM清浄化に近づいたのは、もう多発しなくなったものの散発しつづけるCEMに、あらたな意欲をもって取り組み、PCRという検出精度の高い検査方法を導入し、検査材料の採材方法を改善し、撲滅への意欲をなくしている生産地の獣医師を指導した、行動力をもった立派な研究者がいたこともここに書いておきたい。

(つづく)

Photo

ああクリスマス。

うちのツリーも出すか~


生産地の獣医師の仕事 下痢・疝痛

2007-12-02 | 学会

Pb230055_2 外傷不慮、生殖器疾患についで多かったのは消化器疾患。

生産地で多い消化器疾患は、仔馬の下痢と、いろいろな年齢の馬の疝痛。

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 仔馬は半数以上が下痢で診療を受けている。Pb230057_2

糞便を検査した仔馬の約半数はロタウィルス陽性で、仔馬の下痢ではロタウィルスが大きな原因になっていることがわかっている。

ロタウィルスによる下痢も含めて、ほとんどは治癒するのだが、中には重症化したり、あるいは併発症として胃十二指腸潰瘍が悪化する仔馬がいる。

数年前から妊娠末期の母馬に接種するロタのワクチンが市販されている。

母馬を免疫することで、初乳中のロタ抗体を増やし、子馬をロタウィルスの感染から守ったり、ロタウィルスに感染しても重症化するのを防ごうというワクチンだ。

このワクチンが実際にどのくらい効果をあげているか調査したが、効果を数字で示すことは難しかった。

しかし、効果を実感している牧場も少なくないようだ。

仔馬の下痢は、さまざまな原因が考えられる。検査したり、調査して、この複雑な要因がからむ疾患をコントロールするのは獣医師の役割だろう。

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Pb230056生産地ではあらゆる年齢の馬が疝痛を起こす。

疝痛で最も多いのは便秘・風気疝といった内科的に治療が可能なものなのだが、中には致死的な疝痛もある。

昔は獣医外科学の教科書でさえ、馬の開腹手術は実際には難しい。と書かれていた。

しかし、現在では開腹手術適応の急性腹症は、躊躇なく開腹手術すべきだ。

開腹手術後の生存率も以前とは比べものにならないくらい向上した。

1頭1頭を致死的な疝痛から助けることも獣医師が求められている役割だ。

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グラフは急性腹症の月別の発症数を示している。

グリーンの棒は腸破裂。4月をピークに、3月から5月が多い。つまり分娩事故としての性格が明らかになった。

紫の棒は腸重積や腸捻転を示している。6月をピークに、5月から8月が多い。

これは、放牧中の青草摂取量が多い時季に一致する。採食量が疝痛発生の要因であることがわかる。

このように事故を疫学的に分析することは、病気の予防に役立てることができると考えている。

事故を分析し、病気を減らすことも、獣医師が果たすべき役割だろうと思う。

(つづく)

Photo 以前は旅行も飛行機に乗るのも好きだったのだが、最近はどうも・・・・・

海外なんかはとくにおっくうだ。

南の島へ行くなら別だけど。

加齢性変化ですかね。


生産地の獣医師の仕事 外傷不慮

2007-12-01 | その他外科

ウマ科学会学術集会の「生産技術を考える!」の中で「獣医師の果たす役割」について話す機会を与えていただいた。

Pb230055ウマ科学会では生産地の獣医師は少数で、どんな仕事をしているのか紹介することから始めた。

左のグラフは家畜共済の平成17年の病傷事故の分類を示している。

「外傷不慮」が21%、「生殖器疾患」20%、「消化器疾患」18%、「呼吸器疾患」16%、「運動器疾患」13%、「皮膚疾患」6%、「分娩産後の疾患」6%ということになっている。

生産地の獣医師が対応している事故はバラエティに富んでいる。

しかし、これでは実際のイメージは湧かないだろう。

P9130011  P6090425_2そこでそれぞれの分類の中の代表的な事故の紹介。

放牧管理している生産地では、外傷がたいへん多い。

サラブレッドは気性が激しく、臆病で、運動が活発で、皮膚が薄いことが外傷の多さの要因になっている。

しかし、外傷の要因はそれだけではない。

Pb090019 走っていって牧柵にぶつかるのは外傷の一つのパターンなのだが、牧柵の種類や高さは事故の要因になる。

最近、ネットの牧柵が増えてきたが、ネットは外傷の予防には良いようだ。

風が吹くと音がするので馬が近寄らないという人もいる。

P9150004 いずれにしても壊れた牧柵は修理しなければいけない。   

ネットや木の、馬が飛び越そうとしないほどの高さの牧柵にするのが望ましい。

ただ、たいへん費用がかかる。

ある地区で獣医師が牧柵の改善が必要なことを説いて回った。そして、その地区の外傷は激減した。

外傷縫合するだけではなくて、注意を喚起して事故防止に貢献することも獣医師の役割ではないだろうか。 

そして、臨床獣医師の指導力は誰よりも強い。

怪我をしたときに治療を頼まなければいけない獣医さんに、「牧柵治したほうが良いゾ」と言われると直さないわけにはいかなかったのだろう。 

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 ただ、病気の分類で「外傷不慮」に分類される病傷が多いということで、日高での診療の5頭に1頭が怪我だというわけではないので、そのヘンのご理解ヨロシク。

(つづく) 

Photo