goo blog サービス終了のお知らせ 

馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

喉頭 larynx

2011-11-07 | 呼吸器外科

ついでにEquine Surgery 3ed.の喉頭についての記載も紹介しておく。

ただし、これは上部気道の概説の中の部分で、さらに詳しい記述が別な章に出てくる。

                     -

喉頭は食物や水が気管に入るのを防ぐ非常に重要な防御の役割を果たしている。

嚥下時には披裂軟骨は完全に内転し、喉頭蓋はその基部から丸まって回転し、喉頭蓋の先端は背尾側へ動く。

この動きは気管裂を閉じ、吸引を防ぐ。

もちろん、運動中には喉頭は気流を邪魔しないように大きく開く。

喉頭は上部気道の最も狭い部分であり、そのためこの部分の病変は明らかな気道の閉塞を起こす。

その良い例は特発性喉頭片麻痺として知られている喉頭への反回神経の障害である。

この状態では、左側の反回喉頭神経の機能不全が背側輪状披裂筋の適切な収縮を妨げ、吸気時の披裂軟骨の外転ができなくなる。

安静時の馬では、圧の変化は患側の披裂軟骨と声帯を気道腔へ動かすほどではない。

呼気時には、上部気道の陽圧は患側の披裂軟骨を反軸側へ動かし、気道の内径を増加させる。

しかし、運動中の吸気時には、腔内の圧は充分に陰圧となり、患側の披裂軟骨と付着した声帯を気道へと動かし、明らかな閉塞を引き起こす。

反回喉頭神経症の馬での外科治療の目的は、患側の披裂軟骨の動的虚脱を防ぐことである。

例を挙げれば、このような症例では喉頭形成術が披裂軟骨を固定し、動的虚脱を防ぐので効果的である。

効果がない外科手技の例はこの原則に沿っていない披裂軟骨亜全摘である。

その手技では披裂軟骨体だけが除去され、筋突起と小角突起が術後の吸引を防ぐために残される。

しかし、運動中には支えを失った軟骨は軸側へ動き声門裂を閉塞させる。

 先に述べたように、嚥下時には喉頭蓋は気管を守るようにその基部で回転する。

しかし、呼吸中、とくに運動中には、喉頭蓋は固定されていなければならない。

これは底舌骨に始まり喉頭蓋の基部に付着している喉頭蓋下筋の機能である。

喉頭蓋下筋は舌下神経の支配を受けていて、両側のこの神経のブロックは運動中の馬に吸気時の喉頭蓋の反転を引き起こす。

喉頭蓋反転の臨床例が報告されており、おそらく上部気道拡張をつかさどる神経と筋、とくに喉頭蓋下筋の調節を障害する病気の結果である。

                        -

育成馬・競走馬の「のど鳴り」によるプアパフォーマンスばかり相手にしていると、空気をいっぱい吸えれば良いように思いがちだが、実は喉頭のもっとも大切な機能は気管に食物や水が入らないようにすることで、

それが駄目になると、調教や競走どころか生きていくことすらできなくなる。Pc060075

披裂軟骨炎がひどくなって呼吸ができなくなっても、永続的気管開窓術(右)を行えば馬は直接気管で呼吸して生きていける。

しかし、披裂軟骨切除をして、誤嚥がひどくなると肺炎を起こして死んでしまう。

また、喉頭形成術 Tieback で披裂軟骨を外転させすぎても誤嚥するようになってしまう。

 嚥下時には披裂軟骨は閉じて、さらにそれを喉頭蓋がまさに蓋をして、喉頭全体が腹側へ沈み込むことで、食べ物や水が、喉頭の背側にある食道へと入っていく。

おかしな構造だ。食道が腹側にあり、その上に気管が開いていればこんな不自由で危ないことはないだろうに・・・・・・

                      ////////

Pb031590披裂軟骨の形も含めて、喉頭の位置や形状は動物によってかなり異なる。

馬は気管挿管が一番しやすい動物らしい。

牛の喉頭を内視鏡で見たことがあるが、なんか笑ってしまった。


軟口蓋 The soft palate

2011-11-06 | 呼吸器外科

舌骨が呼吸とも関係していることを書いたので、軟口蓋についても書いておく。

というか、またEquine Surgery 3ed.から。

                       -

軟口蓋は多くの機能を持ったもうひとつの上部気道構造である。

軟口蓋は口腔咽頭と鼻咽頭を分け、呼吸の間、喉頭の周りをしっかり漏れないようにしている。

しかし、嚥下するときは、持ち上がり、鼻道後部を塞ぎ、食物や水が鼻へ入るのを防いでいる。

軟口蓋の位置は4つの筋肉により決められる:

tensor veli palatini muscle 口蓋帆張筋

levator veli palatini muscle 口蓋帆挙筋

palatinus muscle 口蓋筋

palatopharyngeus muscle 口蓋咽頭筋。

口蓋帆張筋の機能不全は硬口蓋に最も近い、軟口蓋の頭側部を不安定にする。

問題がある馬では、吸気時に軟口蓋の頭側部が鼻咽頭へ膨らむ。

迷走神経の咽頭枝は、口蓋帆張筋以外の、軟口蓋を調節している全ての神経を支配している。

この神経を局所麻酔薬でブロックすると軟口蓋背側変位が起こる。

このことは、これらの筋肉の調整された活動が呼吸中の軟口蓋を安定させるのに必要であることを示している。

迷走神経の咽頭枝は喉嚢を通り、後咽頭リンパ節に近接している。

臨床例における軟口蓋背側変位は、咽頭リンパ節や喉嚢の炎症のためにこの神経が傷ついたことの結果であるとも考えられる。

 ほとんどの上部気道の状態は吸気時の気道閉塞を引き起こし、呼気時の気流は妨げられない。

軟口蓋背側変位は呼気を閉塞させるので、この原則の例外である。

呼気時に虚脱した軟口蓋が鼻咽頭へと背側へ膨らみ、気流を大きく妨げ、気道を閉塞させる。

                      -

今、日本獣医学会では獣医学用語を定義しようとしている。

DDSPは軟口蓋背側変位、EEは喉頭蓋捕捉、としようとなっている。

dorsal には「背方」ではなく「背側」という訳語を当てようということ、だからなのだろう。

「DDSP」「EE」とそのまま英語の略号で呼ぶのが通用するならそれはそれで構わないと思う。

しかし、日本語でやり取りする以上、日本語ではなんと呼ぶか、それがどういう病態を指すのか定義しておかなければ、教育も学術的な記載も検討もできなくなる。

                                                         /////////

Dsc_0805 カバの軟口蓋を観るチャンスだったのに・・・・


側頭舌骨骨関節症 臨床症状と診断

2011-11-01 | 呼吸器外科

側頭舌骨骨関節症の臨床症状と診断。Equine Surgery 3ed.から

                      -

臨床症状と診断

初期症状は、頭部を振り上げること、耳を擦りつけること、ハミ装着に逆らうこと、騎乗運動で頭を正しい位置に保つことに逆らうこと、耳の周りや底舌骨を指で押すと嫌がること、あるいは他の非特異的な行動の変化である。

この疾患は突然に症状を示し始めることがあり、それは一貫して内耳((前庭蝸牛))神経に由来するものである。つまり、非対称性の運動失調、患側への項も含めて頭を傾げること、患側へのゆっくりとした物による自発的な眼振などである。

これらの徴候は目隠しにより現われたり、悪化したりする。

患側の耳の不全麻痺や完全麻痺、患側から上唇が緩んでしまうこと、涙の産生の減少、眼を閉じられなくなること、などの顔面神経損傷の症状はほとんどの症例で認められる。

涙の産生の減少と眼を閉じられなくなることで、乾性角結膜炎と露出性角膜炎が起こることがある。

嚥下障害は珍しいが舌因神経と迷走神経への損傷の結果として起こりうる。

 頭蓋骨のx線撮影により骨病巣の骨増勢と骨炎が描出されるかもしれない。

しかし、ほとんどの症例で喉嚢の内視鏡検査茎状舌骨と側頭舌骨関節を調べるがより感受性の高い方法であり、診断方法である。

CTは中耳と内耳の骨と軟部組織の変化を精密に描出できる。

(つづく)

                       -

なんかこの頃、頭やハミ受けがヘン。

そのうち、耳や眼もヘン。

と思っていたら顔面麻痺。

このあたりで、舌骨の病気?と疑えるかどうか・・・・

                      //////

今日は1歳馬の球節と飛節の骨軟骨片摘出のための関節鏡手術。

繁殖雌馬の子宮内視鏡検査。

2歳馬の喉の内視鏡検査。

1歳馬の慢性化膿巣のMaggot therapy。

Pa271581_2


舌骨 その障害

2011-10-31 | 呼吸器外科

舌骨の話から始めたので、咽喉頭のほかの器官へ進むより、舌骨の病気について先に書いておこう。

引き続き Equine Surgery 3ed. より。

                     -

側頭舌骨骨関節症(中耳病)

Temporohyoid Osteoarthropathy(Meddle Ear Disease) 

 側頭舌骨骨関節症は中耳と側頭舌骨関節を構成している茎状舌骨、軟骨性の鼓室舌骨、側頭骨の鱗状部の進行性の疾患である。

幅広い年齢の馬、どんな種類でも、性別によらず罹患しうる。

原因は内耳や中耳の血行性の感染だと考えられており、前述した骨に広がり、それらの骨の肥厚と側頭舌骨関節の癒合を引き起こす。

他の原因として考えられるのは、内耳炎・外耳炎あるいは喉嚢の感染が非感染性骨関節炎へと波及することである。

喉嚢真菌症は同様に骨構造と側頭舌骨関節に及びうるが、この喉嚢真菌症では側頭舌骨関節症の臨床症状は稀である。

 一旦、側頭舌骨関節が癒合し関係する骨が肥厚すると、嚥下、発声、頭と頚の動き、口腔や歯の検査、整歯のときの舌と喉頭の動きにより生み出された力は側頭骨の錐体部の骨折を引き起こすことがあり、結果的に顔面神経(第7脳神経)と平衡感覚神経(第8脳神経)の機能障害につながる。

著しい新骨形成と炎症は、平衡感覚神経の尾側に髄を残している舌咽神経と迷走神経を損傷しうる。

側頭骨錐体の骨折の後、中耳と内耳の感染は脳幹周囲に広がり、さらなる脳神経と脳後部へ及ぶこともある。

(つづく)

                       -

とても変わった病気だ。

骨と関節の病気と言う点では整形外科だし、症状的には神経病で、舌骨そのものは運動器ではなく・・・なんだ? 口腔外科? 本来、内科疾患かもしれないが、治せるのは外科医かもしれないという治療についてはまた今度。

                      //////

今日は、3歳馬の腕節の関節鏡手術。

当歳馬の跛行診断。

当歳馬の食道梗塞。

繁殖雌馬の子宮内視鏡検査と子宮内膜シストの破砕。

繁殖雌馬の刺創。

Pa311583


舌骨 上部気道の中で

2011-10-30 | 呼吸器外科

(つづき)

 競走馬では、DDSPを防ぐために舌をしばしば前へ引っ張り下顎へ縛り付ける。

舌は頤舌筋と舌骨舌筋で舌骨に付着している。

ゆえに、舌縛りは咽頭を拡張させうる可能性がある。

しかし、最近の上部気道の空気の流れる仕組みとCTを用いた研究は、正常な馬では舌縛りは舌骨器官を前へ引くことにはならず、咽頭を拡張もさせないことを示唆している。

Pa251569 咽頭の背側壁は茎突舌骨筋により支えられている。

この筋は鼻咽頭の背側壁に垂直に付着している。だから、茎突咽頭筋の収縮は鼻咽頭の背側壁を持ち上げ、拡張させ、支持し、吸気で気道の陰圧が増すときに虚脱が起こるのを防ぐ。

この筋を支配している第9脳神経をブロックすると、咽頭背側の虚脱と運動中の吸気時気道閉塞が起こる。

(図説明。

A 茎突咽頭筋は茎状舌骨に起始しているa。そして幅広く咽頭の背側壁に付着している。

茎突舌骨bの収縮は運動中に咽頭の背側を安定させ拡張させる。

B 茎突舌骨筋が片側だけ収縮したときに左と右の咽頭背側の広がりの違いに注意。) 

 上部気道は刺激されたときに上部気道を拡張させる筋肉が活性化され上部気道が硬くなると数多くの報告がなされている。

たとえば、喉頭の粘膜を麻酔すると、運動中の馬は鼻咽頭虚脱と上部気道閉塞を起こす。

鼻孔を塞ぐと、これらの馬はDDSPも起こす。

このことは、運動している馬では知覚性と運動性の機能が充分に協調されて上部気道の開放性が維持されることを示している。

                       -

このNasopharynx 鼻咽頭の項の最後の一文。

The message to the surgeons is that the upper airway is a finely tuned instruments that can be easily disturbed by disease or surgical intervention.

外科医へのメッセージは、上部気道は繊細に調節された器官であり、疾患や外科的介入により容易に傷害されうるということである。

まったく同感だ。(が、外科医はわかっているだろう)

上部気道では、多くの神経と筋肉が微妙に調節されて複雑な動きをして呼吸と嚥下が行われていて、本当は裂いたり、切ったり、焼いたり、縛ったりしたくない。

しかし、調教や競走の具合が悪いと、なんとかしてくれと馬外科医が要望される。

とても難しいことなのだ。