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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

香港 EE

2012-01-26 | 呼吸器外科

P1171688 EE 喉頭蓋エントラップメントは面白いというか、かわった障害だ。

喉頭蓋下の粘膜が喉頭蓋を包んでしまう。

袋状になっているように見えるし、切れば簡単に治りそうに思えるが、気をつけないといけない点もある。

古典的にはEEカッターと呼ばれるフックで、喉頭蓋に被さっている粘膜を切り開くことで治す。

簡単に治る症例もあるので、安易に考えられがちだ。

しかし、再発することもある。

Dr.Ducharmeによれば中央を切開すると再発率5%。

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P1171687 喉頭蓋と披裂軟骨をむすぶヒダが横から喉頭蓋に被さったままになったりするので、

Laserで切るなら左の図のような切り方もできる。

この切り方だと再発率は3%弱。

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喉頭切開すれば喉頭蓋に被さっている粘膜をV字型に切除することもできる。

P1171689V字と言うより喉頭蓋に乗っかっている粘膜をできるだけ切除してしまう。という考えかもしれない。

しかし、注意しなければいけないことがある。

実はEEの外科治療の一番の問題は再発ではない。

EEを外科的に治療した後に持続的なDDSPが起きてしまうことがあることと、

喉頭蓋が萎縮している症例があること、

そして、軟口蓋を切ってしまうことなど、治しようのない問題が起こる可能性がある。

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P1171679 Dr.Ducharmeが示してくれた持続的DDSPの治療。

22頭の持続的DDSPを治療した。

8頭はTieforward手術で効果があった。

10頭はTieforwardと口蓋帆切除で効果があった。

1頭はTieforwardでも改善されず引退した。

1頭はTieforwardで改善されず、1頭は口蓋帆切除で効果がなかった。

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持続的DDSPは難しい問題だ。

おそらく切除した喉頭蓋下粘膜が瘢痕収縮したり癒着して喉頭蓋を下へ貼り付けてしまうのだろう。

だから、私は中央を切開する以上の外科侵襲はできるだけ避けたいと思っている。

Dr.Ducharmeも、EEがその馬に問題を引き起こしているかよく判断して、処置しなければいけない。と強調されていた。

サラブレッド競走馬では、必ず喉の違和感が出て処置しないわけにはいかないと思うけれど・・・・・

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上の写真のようにEE状態になっている喉頭蓋の先端が尖っていないのは、粘膜に包まれて折れ曲がっているか、先端がすでに萎縮していることを示している。

EEをあまり「ああ、切れば治る」と簡単に考えないほうが良い。

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2010年に東京で講演されたDr.Greetは、laser手術は喉頭蓋に火傷をさせる危険があるので、EEカッターで切開するのが第一選択だ。と述べ、それもカヴァー付きのEEカッターを勧めておられた。

今回、Dr.DucharmeがそのShielded EE cutterを見せてくれた。

私はどうも、そのフックのカーブが気に入らない。

確かにカヴァーが付いているので安全なように思うが、馬は暴れるときは突然激しく動く、カヴァーが刃先に被さる前にどこかへひっかかっる危険がやはりあるのではないか。

そして、そのShielded EE Cutter のカーブはずいぶん大きくて、カヴァーがないといかにも危なそうなのだ。

Dr.Ducharmeに「このカーブがお好きですか?」と尋ねたら、

「私はlaserでやるので、このShielded EE Cutterはあまり使わない」との返事だった。

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さて、実際にEEを治さなければいけない馬外科医が考えていることを理解していただけたでしょうか?


香港 披裂軟骨部分切除

2012-01-25 | 呼吸器外科

喉頭形成術がうまくいかなかったり、

ひどい披裂軟骨炎の馬では、

P1171697披裂軟骨を切除してしまう披裂軟骨部分切除が行われることがある。

しかし、致命的な誤嚥などの障害が起こる可能性もあるし、手技そのものもたいへん出血が多いので、どのようなものかと思っていた。

Dr.Ducharmeは披裂軟骨部分切除をして、披裂喉頭蓋ヒダを縫って閉じるといP1171703 う方法を開発して報告している。

今では、そのDr.Ducharmeの方法が教科書に書かれていることが多い。

私は、初日からDr.Ducharmeに披裂軟骨部分切除を教えて欲しいと頼んでおいた。

最終日になったが、そのコツや注意すべき点は教えてもらってきた。

そして、その結果と成功率だが・・・

P1161698最大限とまではいかないまでも満足するレベルまで気道の構造を改善できる。

 

最大限の運動能力が要求される馬(平地のサラブレッド競走馬)では、高い率(80%近くまで)競走復帰できるが、賞金獲得は低く、競走寿命も短い。

というのが結論のようだ。

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披裂軟骨部分切除はかなり出血も多く、術後の喉頭の腫脹もひどくなる。

P1171705(左)

喉頭が閉塞してしまうかもしれないので、気管切開をして気管チューブか気管鏡を入れておく。

人の目が届かない時刻にトラブルがあるといけないので、この手術は朝にやりなさい。とのこと。

経験から出た金言だろう。

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P1171706 右はあまりうまくいっていない披裂軟骨部分切除の例。

右の披裂軟骨を切除したのだろうが、残った組織が気道を塞いでいて、背側正中には太い縫合糸が見えている。

この手術はやはり最後の手段。ということかもしれない。


香港 喉頭ペースメーカー

2012-01-23 | 呼吸器外科

P1161690 これは既に学術誌にも掲載されたDr.Ducharmeを中心とする研究グループが喉頭にペースメーカーを埋め込んで喉頭を開かせようという実験。

これに使われたペースメーカーは良く知られた心臓用のものではなく聴力障害で耳に使うものだそうだ。

必要なときに喉頭を開かせるのではなく、決まったリズムで刺激が出るらしい。(私にはしくみがよくわからない)

まだ実験段階でしかなく、あまり長持ちもしない。

P1161691 別な種類のペースメーカーも試しているとのこと。

こちらはもっとゴツイもののようだ。

(左)

いずれ実用化されるのかもしれない。

しかし、これも競馬のルール上禁止されてしまうのかもしれない・・・・・・

外から刺激信号の強度や間隔を調節できるし、故障もありうるので・・・・

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右の背側披裂輪状筋の興奮を左へ伝えられる器具があれば、それを埋め込めば良いと思うのだが、それは意外に難しいのかもしれない。

しかし、いつかさらに画期的な方法が開発されるだろう。

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もうひとつの方法。Pc060076

永続的気管開窓術をした競走馬が出走するのを認め、

気管開窓部に着ける優秀なフィルターを開発すれば良い。

Dr.Cheethamにどうだ?と聞いたら、笑っていた。


香港 RLNの外科治療

2012-01-22 | 呼吸器外科

P1171692 Dr.Ducharmeが示してくれたRLNの外科治療方法の一覧。

1.声嚢切除

2.声嚢声帯切除

3.喉頭形成術

4.披裂軟骨部分切除

5.喉頭神経再生

6.喉頭ペースメーカー

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世界的に多くの馬外科医により推奨され実践されているのは喉頭形成と声嚢声帯切除だ。

喉頭の神経再生(肩甲舌骨筋への神経接合部を背側披裂輪状筋に移殖する)は、うまく行けば動かなかった左披裂軟骨を動くようにできるが、

治り始めるのに時間がかかり、

調教や競走に耐えられるほどの効果が上がるには1年近くかかる。

私は、今回はじめてこの神経接合部移殖がうまくいった馬の喉頭の動画を見せてもらったが、右の披裂軟骨の動きとはまったく別のタイミングで左の披裂軟骨が動いていた。

あれでは本来の動きとは言えないだろう。

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P1171690 しかし、喉頭形成術Laryngoplasty にもいろいろな問題がある。

そのひとつは外転がゆるんでしまうこと。

左は喉頭形成術後の喉頭の外転の程度をグレード分けしたもので、グレード1は完全な外転。2は1ほどではないが強い外転。3は安静時以上の外転。4はほぼ安静時のポジション。5はゆるんでしまっている。

左はDr.Dixonのデータ。

P1161684_3水色の術後すぐの内視鏡検査ではグレード2が多い。

しかし、6週間後の検査ではグレード3が最も多い。

さらにはグレード4の馬が30%ほど、グレード5も10%近くいる。

このように世界的な権威の先生が手術しても、喉頭形成術直後よりゆるんでしまう。

(Dr.Dixonはワイヤーで喉頭形成術をすることもあるそうで、

成功した1頭はその世代のチャンピオンになったそうだ。

それで、「あの馬と同じ方法でやってくれ」と頼まれる。と話しておられた。)

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どうしてもゆるんでしまうので、それを見越して強めに外転させると、思ったほどゆるまないときは過外転ということになってしまう。

開いていれば開いているほど良いかというとそうではなく、グレード1などは明らかに開きすぎで、誤嚥や咳の原因になる。

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P1161686 左は近年多くの馬外科医がやろうとしている標準的方法。

できるだけ背側正中近くで、輪状軟骨尾側の切れ込みに糸がひっかかるようにしている。

使う糸もいろいろなのだが、Ethibondと呼ばれる古典的に使われてきた糸が強いことが研究でも証明されている。

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左は今、Dr.Ducharmeらがやっている方法。

P1161687Arthrexという会社が出しているFiberWireという糸を使って、輪状軟骨尾側を2回通してから披裂軟骨筋突起を通す。

2本目の糸は、輪状軟骨尾側を通してから、筋突起を2回あるいは3回通す。

糸が輪状軟骨尾側や筋突起を切ってしまわないための工夫だが・・・・・

それで画期的に問題が解決されるとは思えない。

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他の工夫としては輪状軟骨と披裂軟骨の関節を壊して、PMMA(ボーンセメント)を注入することもやっているそうだ。

関節を壊すだけでなく素早く固まるボーンセメントを注入するので、関節はすぐに固定され、糸が切れてもゆるまない。

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さらには背側輪状披裂筋がまだ萎縮しないで残っている症例では、背側輪状披裂筋を裂いておいて糸をめり込ませておく。とも言っていた。

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今日は一日雪。

まだ雪が降る中除雪したが、まだ降り続いている。


香港 RLNの原因と診断

2012-01-21 | 呼吸器外科

P1161683_2 Dr.Cheethamが示してくれた迷走神経反回枝の走行。

右と左では長さが違い、左の方が遠回りしている。

左は大動脈弓を回ってきている。

このことが左ばかりが麻痺する要因だと考えられてきた。

しかし、最近は大動脈の拍動で神経が損傷されるという考えは否定されつつあるようだ。

長すぎて無理があるというのもどうだろうか 。

だって、キリンはどうなるの?

キリンの喉頭を研究してみてはどうかとDr.Cheethamに提案してみれば良かった;笑。

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喉頭片麻痺は安静時の内視鏡検査では4つのグレードに分けて判定される。

Ⅰは左右が完全に同調して動く。

Ⅱは完全には同調しないが左も充分に外転する。

Ⅲは不全麻痺。

Ⅳは完全麻痺。

ⅡとⅢはそれぞれ2つと3つに分けるサブグレードが決められている。

トータルでは7段階に判定される。P1171684

では、安静時の内視鏡検査は運動中の左披裂軟骨の開きと関係しているか?を示したのが左のグラフ。

グレードⅣの馬は運動中もC、つまり運動中も開かない。

グレードⅠあるいはⅡの馬はほとんどが運動中はA、つまり充分に開くことができる。

微妙なのはグレードⅢ。

大丈夫な馬も、開きが良くない馬も、ぜんぜんダメな馬もいる。

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P1171685 グレードⅢのサブグレードと運動中の動きを示したのが左のグラフ。

Ⅲaなら運動中もダメな馬もいるが大丈夫な馬の方が多い。

Ⅲbは「微妙」。

Ⅲcは全部の馬が運動中もダメ。

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P1111617今は、騎乗運動中の喉頭を録画できるヴィデオスコープが開発されているので、安静時にグレードⅢaとⅢbの馬は手術適否の判断には、運動中の喉頭の検査をするのが望ましい。ということだろう。

「どうせ喉鳴りするんだから手術するしかないじゃないか」と言う関係者もいるが、

馬の喉鳴りや呼吸の不調による成績不振がすべて喉頭片麻痺によるとは限らない。

香港ジョッキークラブ馬病院では、運動中の喉頭を内視できるヴィデオスコープは2台目だそうだ。

年間50-100頭くらい検査するとのこと。

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妊娠末期の繁殖雌馬の疝痛が来院するようになっている。

以前は大きなおなかを切りたくないと思っていたが、今は切らなければならないものは切るしかないと思っている。

おとついの夜は、朝から疝痛が治らないので来院した繁殖雌馬。PCV35%だったが開腹した。

回腸の纏絡だった。

今朝は、PCV58%の妊娠末期の馬が来院した。あわやと思ったが、手術適応ではなかった。

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きのうの午前中は2歳馬の両前球節の骨軟骨片摘出の関節鏡手術。

きのうの午後は3歳馬の種子骨骨折の関節鏡手術。

今日の午後は3歳馬の腕節剥離骨折の関節鏡手術。

忙しくはないが、ペースが上がらない感じ。正月ボケと香港疲れ、カナ?