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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

新しいTieforward手技によるDDSPの手術

2012-06-10 | 呼吸器外科

香港でのアジア馬上部気道シンポジウム以来初めてのDDSP手術だった。

Cornell大学のDr.Ducharmeに教わってきた新しい方法でTieforward手術を行った。

P3221909使う糸はArthrex社製FiberWire。

(左)

たしかに丈夫そうではあるが、高い。

1本8500円。

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P1171711 右はEquine Surgery第4版に出ている糸の通し方。

教わってきたのは、これのさらに「改良」されたもの。

以前は舌骨にドリルで穴を開けて糸を通していた。

それだと糸が舌骨を切ってしまうことがあったそうだ。

新しい方法では舌突起に糸を巻いているので、以前の方法より丈夫。

そして手術にドリルが必要なくなった。

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そういうと、このTiefoward手術も仰臥で下顎の間を切開する手術だ。

あまり外科的にアプローチする部位ではない。

でも・・・・こういうのもあった。

P5182088 そこにどういう筋肉が走っていて、どんな血管や神経やリンパ節があって、切っても大丈夫な部位かどうか知っておくことは外科医にとって大切なことだし、

こういうのを見ると、

外科医って必要だなと、思う;笑。

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P6102304 しばらく降らなかった雨が降って、

今日は午後からさわやかな晴れ間が広がった。

また草が伸びるだろう。

・・・・・疝痛も・・・・・・

 


軟口蓋裂

2012-05-06 | 呼吸器外科

P4232000_2今年も数頭、軟口蓋裂の子馬を診断して処分した。

生まれてから鼻から乳が逆流する。

そのうち肺炎症状が表れる。

というのが経過。

左写真の硬口蓋(デコボコした部分)の奥に見えるのが軟口蓋。

本当は裂け目があってはならないが、中央で避けてしまっているのがわかる。

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P5052033 外科的に治療する方法は考案されているが、下顎を左右に割って、舌の横を咽頭が見えるところまで切り分け、可動性の軟部組織の棚である軟口蓋を縫合するという大掛かりで難しい手術になる。

(右図はEquine Surgery 1st ed. より)

解剖学的に正常な馬でもDDSPなどの障害が起こりやすい部位なので、競走馬として成功することは望めず、

牝で、繁殖供用だけでも、というならやってみる価値があるかもしれないが、手術が成功する保証はなく、すでに化膿性肺炎が起きていることが多く、繁殖供用にはこの病気の遺伝の問題もある。

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しかし、ヒトでは外科治療技術のみならず、その後のケアの方法も確立され、たいへん素晴らしい成果をあげている。

(ヒトは、口を開けて鏡を観てもらうとわかるように、軟口蓋全域へ口からアプローチできるので解剖構造的には楽なのだろう。

イヌでも外科治療が行われているようだ。

肉食獣も大きく口を開けることができるし、口でも呼吸できる動物なのでウマより解剖学的に楽かもしれない。

しかし、馬医者も要望があるなら応えなければならない。

P6020151鼻から乳を出す子馬がいたら、早めに内視鏡で診断した方が良い。

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               //////

午前は後肢にできたEquine Sarcoid(馬類肉腫)の切除手術。

高齢馬で、全身麻酔したくないのでてこずる。

午後は、重種子馬の脛骨近位成長板骨折のプレート固定手術。

治療費の問題で、吸入麻酔せず、手術台も使わなかったので、麻酔覚醒にてこずる。

NHKマイルCを観るどころではなかった。

応援した馬は不利を受けたようだ・・・・・と思ったら、もう1頭は好走してるじゃないか!(嬉)


香港の成果 披裂軟骨小角突起切除

2012-02-27 | 呼吸器外科

  Photo

(左写真はDr.Parenteの講演から。)

Tieback(喉頭形成手術)はうまくいったようでも、披裂軟骨小角突起が虚脱してしまうことがあるようだ。

競走馬は上部気道の吸気・呼気能力を最大限に利用して激しく呼吸する。

その吸気時の陰圧はすさまじく、どこか弱い部分が虚脱をおこしてしまう。

P2241869喉頭形成・声嚢声帯切除手術後、3年にわたって競走してきた5歳競走馬。

それなりの競走成績を納めてきた。

左披裂軟骨も外転して固定されているようだし、

声帯は厚くなり、V字ではなくU字になっている。

しかし、左披裂軟骨小角突起が変形してしまったようだ。

最近、また喉鳴りし、競走成績も振るわないとのこと。

Dr.Ducharmeに相談したら、披裂軟骨小角突起だけの切除も可能だとのこと。

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P2241860 頚部分で気管切開し、気管チューブを入れて吸入麻酔してもらう。

これで喉頭切開創から、あせらずゆっくり手術できる。

喉頭切開創からは呼吸しないので、血が飛び散ったりしない。

鼻からはヴィデオスコープを入れて、喉頭を観察しながら手術する。

ヴィデオスコープは喉頭の中を照らす光源の役割も果たしてくれる。

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P2241865 左披裂軟骨小角突起を切除したところ。

(これは筋突起を残して披裂軟骨のほとんどを切除する「披裂軟骨部分切除術」とは違う)

小角突起そのものは完全に切除するとして、それにつながる披裂喉頭蓋ヒダなどはどれくらい切除するかは難しい判断になる。

多く残せばその組織が虚脱して気道を塞ぐかもしれない。

多く切除すれば外科侵襲が大きくなり、出血も増え、正常な形状が失われる。

硬い軟骨が残っているのでなければ、今はlaserで余剰な組織を再切除することも可能だろう。

それは立位でできるはずだ。

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いくつものHow toは香港Equine Upper Airway Symposiumで学んだ。

Dr.Ducharmeにも教えてを乞えるようになった。

「中華喰いに行ってたわけじゃありませんから」

たしかイタリア帰りのサッカー選手がそんなことを言ってたね。

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P2241873 Cornell大学のDucharme教授らがTiebackやTieforward手術に使っている縫合糸を手に入れた。

使ってみようと思う。

とっても高いけど・・・・


香港 収支決算

2012-01-29 | 呼吸器外科

私は32歳のときに職場から海外研修に出してもらった。カリフォルニアDavisに2週間、フロリダに3週間。USAの馬医療は、私には何もかもが目新しく新鮮だった。

2000年にAAEPと日本の馬獣医師むけのセミナーに参加した。このときは打ち切り旅費で2/3が自費だった。

AAEPにはもっと早く行くべきだったと思った。もうUSAの馬医療の何もかもが知らないこと。という状態ではなくなっていた。注目されていること、新しいこと、知りたいことを学ぶにはAAEPやセミナーは良い場所だった。

2005年にまたAAEPへ行かせてもらった。自分の興味ある講演を集中的に聴くことができた。

学んで来たらそれを実践できる環境になっていた。

今回の香港でのシンポジウムは、そんなわけで7年ぶり4回目の海外修行だった。P1211718

シンポジウムそのものの参加費用は15,330香港ドル。

日本円で15万円ほど。

主催者にとっては海外から3名の講師を呼んで、あれだけの実習をやって、移動のためのバスを用意して、3日間の昼食と2夜のディナーも含めてだから、高いものではない。

Dr.Riggsは「香港は何もかも高くて・・・」ともおっしゃっていた。

20名ほどの参加者だったから主催者側は赤字だったかもしれない。

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4泊5日で香港へ行くのは、10万ちょっとの費用だった。

ツアーで4.98万円から!なんていう広告があるが、実際には日程が決められているとそんなに安いツアーはない。

ホテルはネットで安くて便利で最低限安全なところと思って予約して行った。

オリエンタルランダーホテルは失敗だった。

絵にあるような輝く新しいホテルではなく、4つ星などとんでもなく、

部屋もシャワーも、私でも狭かった。

(あれは太った大男なら無理!)

案内にも、ガイドブックにもレストランがある。となっているが、無かった。

夜中は廊下から聞こえる広東語がうるさかった。防音の悪さと廊下の狭さは日本のビジネスホテル以下だった。

でも、そういうホテルに泊まって勉強している自分が好き;笑。

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P1111618今回のシンポジウムに参加して良かった。

私にとって充分に価値があったし、楽しめた。

こういう機会はチャンスでもあるし、そしてチャンスを逃すというのはピンチでもある。

ふだんから教科書や文献を読んで勉強はしているつもりでも、最先端の現在進行形の話を聴けることはそれとは違った価値があった。

たとえばCornell大学へDr.Ducharmeに会いにいったからといって特別講義をしてくれるわけでないし、実習で手取り足取り教えてもらえるわけではない。

診療を観にいっても、そうそう毎日見たい手術があるわけではない。

香港ジョッキークラブとDr.Riggs、そして講師の先生たちに心から感謝する。

                     

P1291823


香港 喉嚢真菌症

2012-01-27 | 呼吸器外科

P1171664 どういうわけか日本というか北海道は喉嚢真菌症の馬が多くて、

今のところ、世界で最も症例数の多い喉嚢真菌症の症例報告を書いているのは私だと思う。

たくさん症例を診て来たつもりではいるが、学術的な探究ではDr.Ducharmeにかなわない。

Dr.Duchrameが示してくれた喉嚢内の脳神経の走行。

こういうのは、同じ施設に解剖学や病理学の先生や、あるいは医学部の神経病の専門家が一緒にいる大学の価値なのだろう。

これを見せられても、私は一生懸命、脳神経を数えながら思い出し、

え~っと、第Ⅹ神経は迷走神経か・・・・英語で・・・と、考え込まなければならない。

そして、どの神経が侵されてどのような症状が現われるかはさらに難しい。

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P1171668 喉嚢真菌症による動脈性の出血の止め方については今までも何度か書いてきたので、あらためては書かない。

ただ、Dr.Ducharmeは他の研究者の発表を紹介して、

緊急の出血を止めるには両側の総頚動脈を縛ることだ。と話していた。

脳への血流は減るが、そのことにより逆流による出血も止まりやすくなり、脳の血流は他の血管からかろうじて保たれる。

立位でやるのはたいへんだろうし、そこまで危ない状態になったら麻酔するのは危険だろうし、

どうせ全身麻酔するなら、私なら左右の内頚動脈と外頚動脈を縛るか・・・・・

それだと逆流による出血があるかもしれない・・・・・・

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まあ、100頭あまりの喉嚢真菌症の馬を診て来て、左右両方から出血し、さらに内頚動脈か外頚動脈か、まったく見当がつかなかった馬は、1・2頭しかいない。

だから、両側の総頚動脈を止めなければ!という状況は、今、ジャージャー出血していて、このまますぐに立位で手術してしまおう。という場合だけなのだろうと思う。