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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

Tieback for 喉頭片麻痺

2007-01-15 | 呼吸器外科

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 写真は馬の喉頭の軟骨に、筋肉が付いた状態の解剖体。

喉頭の左側斜め上から見ている。

輪状咽頭筋をピンセットで前へめくると、輪状軟骨上に背側披裂輪状筋が見える。

この筋肉が披裂軟骨をひっぱって、喉頭を開かせる筋肉である。

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甲状咽頭筋との間を分けて、輪状咽頭筋を後へひっぱると披裂軟骨筋突起が見える。

背側披裂輪状筋はこの筋突起をひっぱっている。

神経が麻痺して、この筋肉を使えなくなっているので、この筋突起を輪状軟骨の尾側端へひっぱって、左披裂軟骨が虚脱を起こさないようにしよう。というのが喉頭形成術 Tie back 手術である。

(思いっきり引っ張って、喉頭を最大限に開かせておこう。と考えがちだが、開きすぎより、適度に固定されている状態の方が術後の競走成績が良かったという研究報告がいくつかある。

開きすぎていると、咳しがちだったり、誤嚥したりする。)

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  左の写真は甲状咽頭筋と輪状咽頭筋を取り除いたところ。

この馬は喉頭片麻痺はなかったようで、左右対称にしっかりした背側披裂輪状筋がついている。

こんなに筋肉が付いている馬を Tie back したとするとこの背側披裂輪状筋の上から糸を通すことになる。

すると、使われなくなった筋肉が萎縮した後、どうしても糸が緩み易いだろう。

完全な片麻痺ではない馬の手術成績が、完全に麻痺している馬より劣るとすれば、それが要因ではないかと思う。

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左の写真は背側披裂輪状筋の走行方向へピンセットで収縮させている。

左側の披裂軟骨小角突起が外転(開いている)のがわかる。

方向はこのように、筋突起から輪状軟骨の背側正中に向かっている。

Tie back する時も、輪状軟骨尾側の正中近くに糸をかけた方がきれいに外転する。

Pb260024披裂軟骨はこのような形をしている。

左が喉頭の入り口で閉じたり開いたりする小角突起。

右上の端が筋突起。

筋肉をはずすと、手術のときのイメージと違うかもしれない。しかし、この軟骨の形を把握しておいて、しっかりした部分に針を通す必要がある。

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これは背中側から披裂軟骨をみたところ、輪状軟骨との関節面はこんなところにある。

筋突起を引っ張った時に、この関節が支点となって、小角突起が開く。

しかしこの写真でわかるように、支点となる関節面との距離は、筋突起より小角突起の方が遠い。

そのため、筋突起を少し引っ張ると小角突起は大きく開く。逆に牽引した糸が少しでも緩むと小角突起はかなり緩んでしまう。

糸が切れるとか伸びるとかではなく、輪状軟骨や筋突起が牽引に耐えられないで変形することや、糸の縛られた筋肉などが痩せて糸が食い込むことでゆるみができるのだろう。

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 本来、披裂軟骨は呼吸する時は開き、物を食道へ飲み込むときは閉じなければならない。

それを閉じないようにしようというのはかなり無理がある手術なのだ。

 しかし、喉頭片麻痺で呼吸が苦しい馬を、競走馬として他の馬と優劣を競わせたいなら、無理がある手術であること、それに伴うリスクを覚悟でやってみるしかない。

 そして、手術がうまくいっても、喉頭片麻痺がなければ発揮したであろう能力を完全に発揮することはできないと考えられている。


喉頭片麻痺による喘鳴症

2007-01-14 | 呼吸器外科

 学生の頃通っていた乗馬クラブに、喘鳴症の馬がいた。Pa210068_1

速足で乗っている程度でもゼーゼーヒューヒュー鳴って、苦しくなるようだった。

「大学の外科の教授に処方してもらった薬を与えていて、少し楽なようだ」とも聞いたが、今にして思えば、神経麻痺による喘鳴症が投薬で楽になるはずはない。

 芦毛の細身で小柄な雌馬で、1、2度乗せて貰ったが、反動が柔らかい馬だった。

しかし、気性が悪いところがあり、人を乗せたくない時には馬房の中で尻を向けて来て、つかませなくなる馬だった。

喘鳴症のせいで、運動させられると苦しいのでそうだったのかもしれない。本来はおとなしい馬だった。

あの喉鳴りでは乗馬も長く続けられなかっただろう。

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P3090021_2 左の披裂軟骨が垂れ下がった喉頭。

深呼吸させても、左の披裂軟骨は外転しない。

神経が麻痺して動かなくなっている。

P3090020_1 こういう喉頭片麻痺の馬は、強い運動中には左写真のように左披裂軟骨が虚脱を起こして、気道を閉塞させる。

こうなると馬は苦しくて止まってしまう。

この喉頭片麻痺による喘鳴症の外科治療としての喉頭形成術 Tieback についてはこの次。

 

 


上部気道の動的閉塞 2

2006-11-11 | 呼吸器外科

Dynamic obstructions of the equine upper respiratory tract.

Part 2: Comparison of endoscopic findings at rest and during high-speed treadmill exercise of 600 Thoroughbred racehorses.

Treadmill 馬の上部気道の動的閉塞

パート2 : 600頭のサラブレッド競走馬の安静時と高速トレッドミル運動中の内視鏡所見の比較

要約

研究実施の理由: 安静時と運動中に行った検査に基づいて上部気道の閉塞状態を診断することの信頼性を議論すること。

目的: 内視鏡による安静時の上部気道の診断を高速トレッドミル運動中のものと比較するため。

仮説: 安静時の上部気道の内視鏡検査は、他の簡単な技術と組み合わせずに行ったときには、動的気道閉塞の診断として信頼性がない。

方法: 静かに呼吸しているサラブレッド競走馬600頭の内視鏡所見を、高速トレッドミル運動中の所見と比較した。他のパラメーターも診断における特性を評価した。

結果: 安静時の馬の内視鏡はDDSPと口蓋の不安定の診断において感受性が低かった(0.15)。内視鏡検査し異音が同時に報告されているときでも誤診率は、まだ35%であった。安静時の喉頭機能スコアと運動時の動的な声帯そして/または披裂軟骨虚脱との間には明らかな関係があったが、喉頭機能スコアがグレード4/5の馬の19%は運動中に完全な外転を示して維持することができた。そして、安静時喉頭機能スコアが「正常」とされるグレード1あるいは2の馬の7%は運動中に動的喉頭虚脱を示した。診断モデルの感受性は、吸気音の経歴とその部分の筋肉の萎縮の触知を加えたときに向上(80%)した。

結論と潜在的関連: 上部気道の動的閉塞の診断において安静時の馬の上部気道の内視鏡検査は信頼性がなく、手術を決断したり、あるいは売買時の馬の評価として単独で用いられるべきではない。

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 この論文の結論はセンセーショナルでショッキング。

安静時の内視鏡検査では手術適否を判断したり、馬の売買のための評価はできない」ということになると、片っ端からトレッドミルで走らせなければならなくなる。

トレッドミルで馬を走らせるのは、かなり手間がかかり、すべての馬で安全と言うわけではなく、まして調教できていない馬では危険すぎる。

 この論文でも述べられているように、「喉鳴り」の履歴をきちんと聞くとか、触診して筋肉の萎縮を確かめるなどすると診断率は向上する。

経験のある調教師、乗り役、そして獣医師の総合的な判断は、安静時の内視鏡検査の欠点を補ってくれるだろう。

 また、治療方法を考えると、DDSPにしても保存的な方法も外科的な方法も90%以上の治癒率とは行かない。それなら、DDSPや口蓋の不安定には、「負担の少ない、実施しやすい方法からやってみる」で良いのかもしれない。

「100%の診断がつけば、9割以上の確率で治せる方法がある」というわけではないのだから。

 喉頭片麻痺については、Tieback手術(喉頭形成術)の成績はもっと良くなくて、多くの外科医が「五分五分ですよ」と説明している。(学術的には7割以上の馬が改善されているはずでも、馬主・調教師は馬が勝てるようにならないと満足しない! 喉鳴りしない馬でも勝てない馬はいくらでもいるのに!)

だから、Tieback手術をするかどうかは、「このまま調教や競走を続けられるかどうか」が基準になる。

安静時「正常」に見えても7%の馬は運動中に喉頭虚脱を起こす。安静時異常があるように見えた馬の19%は、運動中には喉頭虚脱は起こさない。だからと言って、ほとんどの馬をトレッドミルを使って診断できるようになるだろうか?Photo_152

正確に診断がついても、治療成績は50-50なのだ。

 ただ、トレッドミル運動中に内視しないとまったく診断がつかない動的閉塞もある。たとえば、披裂喉頭襞の虚脱(右上)とか、声帯だけの虚脱(右下)、etc.

これらが疑われたときにはトレッドミル運動中の内視鏡検査をできるようにしておきたいものだ。Photo_153

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 馬の喉鳴りについて知っておいてもらいたいこと。

馬の喉鳴りの問題は複雑。内視鏡で見ればわかるというものではないので、症状、経過、競走成績などから総合的に判断する必要がある。

診断も治療も、100%にははるかに及ばない。

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Pb110015 ついでに写真を載せておこう。

左披裂軟骨と右声帯の虚脱(左)。Photo_154

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          右披裂喉頭蓋襞と左声帯の虚脱(右)

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Photo_155 右披裂喉頭蓋襞と左披裂軟骨の虚脱(左)

          

 


上部気道の動的閉塞 1

2006-11-10 | 呼吸器外科

 馬は最高の運動能力を発揮するためには、その呼吸能力を最大限に使わなければならないことが研究により示されている。

すなわち、呼吸を制限されていては運動能力が低下する。

呼吸を繰り返す動きの中で、咽喉頭に問題が起きて閉塞することを動的閉塞 Dynamic obstruction と呼ぶ。

Equine Veterinary Journal 38 (5) 2006 に600頭におよぶサラブレッドを高速トレッドミルで運動させながら内視鏡で喉を観察した成績が2編に分けられて載っている。

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Dynamic obstructions of the equine upper respiratory tract.

Part 1: Observations during high-speed treadmill endoscopy of 600 Thoroughbred racehorses.

馬の上部気道の動的閉塞

パート1 : 600頭のサラブレッド競走馬の高速トレッドミル内視鏡による観察

要約

研究実施の理由と目的: プアパフォーマンスの研究に関連して、多数のサラブレッド競走馬で単発あるいは併発する動的気道閉塞の発生比率を把握するため。

方法: 600頭のサラブレッド競走馬を標準的なトレッドミル運動中に、上部気道をヴィデオスコープで録画し実速とスローモーションで咽喉頭気道を取り巻く組織の動的虚脱を同定し、判別、分析した。

結果: 鼻咽頭あるいは喉頭の動的虚脱は600頭のうち471頭で確認された。軟口蓋背側変位(DDSP;50%)と口蓋の不安定(33%)が最もよく同定された障害であった。嚥下はDDSPの引き金としてのはっきりしたきっかけではないと結論された。動的虚脱の複合的な発生は上部気道閉塞の馬の30%であった。DDSPと動的な喉頭虚脱の発生には年齢が明確に影響していることが確認された。若い馬ではDDSPの危険が増加し、高齢の馬では喉頭虚脱の危険が増加した。性や競走形態は関係していなかった。

結論と潜在的関連: 口蓋の不安定とDDSPが、本研究のサラブレッド競走馬の上部気道の動的閉塞の最も頻発する形態であり、おそらく同じ鼻咽頭機能不全の現われである。複合的な閉塞、それは一つ以上の構造が気道への虚脱することだが、しばしば発生し、それゆえに一つの障害を問題にした治療はしばしば不成功に終わるのかもしれない。若い馬はDDSPを起こしやすかった。一方年齢の高い馬は声帯虚脱を起こしやすいが披裂軟骨そのものの虚脱はそうではなかった。Kagratreadmill_1

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 競走馬の喉の問題は複雑かつ微妙。

DDSPと口蓋不安定が、最も多いと問題にされているが、若い馬に多く、徐々に治っていく馬が多いことは以前から知られている。

それなら、待つこともできる。

問題は放っておいては治らない喉鳴りであり、だんだん悪くなる喉鳴りかもしれない。

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 また、論文にも書かれているとおり、複合的に動的閉塞が起こっているので単独の治療だけでは治らないのかもしれない。  

私は、昨年AAEPでDr.Parenteの講演を聴いてから、Tieback手術には声嚢声帯切除 Ventriculo-cordectomy を併用してきた。

結果は・・・・・調べてみなければなるまい。

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Pb090041 曇り空の向こうに日が昇る

荒れた波打ちぎわに霧が立つ


喉嚢鼓張 2、そしてDr.Freemanのこと

2006-11-08 | 呼吸器外科

Pb030023 両側の喉嚢が鼓張をおこしていると、喉嚢の入り口から空気が抜けるようにしてやらなければならない。

Eqine Veterinary Education 2006 8 (5) 298-302 に症例報告が出ている。

両側性の喉嚢鼓張を、耳管鏡 Salpingoscopy 手術で治した報告。

(salpingoscopy と言っても実は腹腔鏡を使っている)

Pb030024 中隔に孔を開けるのと、耳管咽頭ひだ plica salpyngopharyngea 切除を候嚢内から行って治している(左)。

なかなか大掛かりな手術だし、喉嚢内を走っている神経を傷つける危険があることも云々されている。

前回も書いたが、喉嚢の入り口の構造と機能は微妙で、外科的にどのように処置するのが望ましいのか確立されていない。

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 この症例報告に対して、フロリダ大学のD.E.Freeman先生がコメント記事を書いている。Pb030025

「喉嚢鼓張  珍しくかつ難しい疾患」

その中の左喉嚢の入り口を解説した写真。

1:内側の軟骨様のフラップ

2:耳管咽頭ひだ plica salpingopharyngea が腹側に見えており、軟骨の内側に付着している。

3:開口部の外側の壁

 いつも喉嚢炎の診断などで、喉嚢内へヴィデオスコープを入れているが、入ればOKで解剖構造や部位の名前など気にもしていなかった。

今度、解剖体でも良く見てみよう。

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 D.E.Freeman先生は以前はたしかIllinoi大におられた。何度かメールでやりとりをしたことがあるが、なかなか厳しいコメントを下さる。真面目で厳格な先生のようだ。

食道に針金が刺さった症例に2例、腸管に刺さった症例に2例遭遇し、「金属異物が馬の急性腹症の原因になりうることが教科書にも記載されるべきではないか」 と意見を述べたら、

「教科書も字数、枚数に制限があるのだから何もかもは書けない」(D.E.Freeman先生はEquine Surgeryの腸管手術の章を書いておられた。失礼しました!)と反論された。

 子馬の腸管手術後の癒着が多いことを相談したらデータを示せと言われ、データを示したら「子馬の症例が多く、興味深い。発表する価値があるかもしれない。」と言ってくれた。あまり良い成績ではないので、気乗りしないが・・・・

 最近の真菌性喉嚢炎の手術についてもフランスのグループが論文を書いているが、その後の号にFreeman先生が間違いを指摘している。「論文の価値は認めるが、データの引用の仕方が間違っている」といった内容だ。フランス人の著者は間違いを認め、「ご指摘感謝します」と言う返答。

 Freeman先生は真菌性喉嚢炎の手術方法や腸管手術で素晴らしい業績を残していて、私の興味ある分野と重なるので会って話を聴いてみたいが・・・・・チョット怖い。