馬の臨床家のメーリングリスト Equine Clinician's Network で喉頭片麻痺の治療についてのディスカッションがあった。
教科書に載っている知見は既に学会で発表されたり、文献になっているものなので、数年遅れている。
学会発表や学術誌の論文は、既に結果が出ている調査・研究・臨床成績なので、1,2年遅れている。
メーリングリストだと、まさに現在考えられていることを聞ける。
公式には発表されない内容も聞ける。
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「喉頭片麻痺の最良の治療は何か? Tiebackしか方法はないのか? 披裂軟骨切除はどうなのか?」との問いに対して、
イギリスの著名な外科医は、
「Tiebackと左側の声帯切除、声嚢切除を推奨する。神経筋肉接合部の移植は、私の場合、あまり良い結果を得ていない。たぶんテクニックが悪いためだ。
披裂軟骨の亜全摘は非常に良くない。1回目のTiebackが失敗したら、2回目のTiebackをやる。軟骨炎には長期間の抗生物質治療をする。
私は数例しか披裂軟骨切除をしていないが、全例、死亡するか、採食時に咳込むようになった。競走馬になった馬はいない。これも、たぶんテクニックが悪いためだ。」
アルゼンチンの著名な外科医は、
「私は限られた場合に披裂軟骨切除を行ってきた。競走という点では結果は良くない。たぶん、あなたと同じようにテクニックが悪いためだ。
Tiebackと声嚢摘出は、G1馬になる可能性もあり、他の国へ競走馬として売られている。
この件について検討しなければいけないのは、咳をするようになる馬がいることだ。
私は中程度の外転を起こすように牽引しているが、2週間のうちに牽引は緩む。ときにはかなり、ときには少し。
牽引が緩まない症例の中には咳をする例があるが、牽引が強すぎない例でも咳込む馬がいる。
私は、軟骨が強く牽引されているせいではなく、牽引による刺激により咳き込む馬がいるのではないかと考えている。
そのような症例では、喉頭や気管に食物はなく、採食時だけでなく、いつも咳をする。
あなたはどう思いますか?
私は782頭手術した中で、12例ほど咳のために牽引糸を取り除きました。
私が経験した失敗の中では、数例は披裂軟骨筋突起が裂けていました。そのうち数例では、新しく糸をかける部位はありませんでした。」
USAの著名な外科医は、
「私もTiebackと声嚢声帯切除を推奨するあなたに同意します。
披裂軟骨切除はどうしてうまくいかないと思いますか?
私達は披裂軟骨切除を行いますし、50%以上は競走しています。
2回目のTiebackもうまくいかなかったり、回復しない軟骨炎の症例に、披裂軟骨切除を行いますが、それらのほとんどがうまくいきます。」
もう一人のUSAの著名な外科医は、
「私も同意します。しかし、私の披裂軟骨切除の経験は20例以下です。
私は、Tiebackと左側の声帯切除/声嚢切除が、喉頭片麻痺に対する最良の方法だと思っています。
成功すれば競走能力を取り戻しますが、G1レースに勝った馬がいたり、ほとんどの馬が競走復帰できるようになるとは言え、競走馬の治療法としては完全ではありません。
この手術は未だに外科医の腕にかかっており、とくに咽頭の細かい神経への損傷をわずかにとどめること、牽引糸をかける場所、披裂軟骨の外転と挙上の両方の程度を決めるテンション、糸が抜けてしまうのを避けるために糸を固定する方法にかかっているのです。
私も起こりうるほとんどのミスを経験してきたので、外科医が失敗することを知っています。
そして、成功についての報告のほとんどは充分に正確であるものの、研究の間にはテクニックによりかなりの差があると考えています。
これは、咳、誤嚥、そして競走成績についてそうです。
手術が失敗した時には、喉頭内視鏡で判断し、披裂軟骨の位置を改善できるなら、2回目の喉頭形成術を行いますし、そうでなければ披裂軟骨切除を行います。
私が治した一番単純な失敗は、糸の頭側が甲状軟骨にかかっていました。」
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世界の馬外科医の Big name の率直な意見だ。
どのようにお感じだろうか?
Tiebackが難しい手術であり、有名な先生でさえ失敗を経験してきて、今でもうまく行かない例があることがよくわかる。
披裂軟骨切除や神経筋接合部移植については、うまく行かない理由を「自分のテクニックが悪いせいだ」と言っている先生もいるが、日常的に外科手術を行う著名な先生達である。下手だとはとても思えない。
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喉鳴りの手術が増えているが、自分では手術をしない先生達にも手術についてのこういう認識を持ってもらって、馬主、調教師、牧場など関係者に話なり説明なりをしてもらう必要があると思っている。
「喉鳴りの手術なんかやっても駄目だ」も間違っているし、「喉が鳴るなら手術すれば治るんだろ?」も安易すぎる。