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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

鼻道閉塞

2007-05-31 | 呼吸器外科

Photo_238 Photo_239 かつてのF1のワールドチャンピオン、アラン・プロスト(左)。

K1の名ファイター、ジェローム・レ・バンナ(右)。

共通点は何でしょう?

お二人とも鼻が曲がっている。

プロストは子供の頃サッカーで鼻を骨折したのだそうだ。

レバンナは知らないが、格闘技選手だからおして知るべし。

人も鼻骨を骨折し変位していると、骨癒合する前に整復しなければ曲がったまま治ってしまう。

そうなると形成外科的整復はなかなか難しいようだ。

そのことを知っているサッカーのコーチやプロレスラーは、鼻を骨折して鼻血が出ている最中に、メキメキッと折れた鼻を戻すそうだ。

そういうと二人ともフランス人だ。フランス人は鼻の変形に無頓着なのだろうか・・・・・・・ 

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子馬でも鼻を骨折して変形したり、鼻道が狭くなって呼吸が苦しくなることがある。

馬は口をあけて呼吸できないので、鼻が狭くなると呼吸困難になりかねない。

そして、競走馬にならなければいけない馬達なので、呼吸障害は深刻な問題だ。

今日は、そんな子馬を診たところ、鼻中隔がS字状に変形して鼻道を閉塞させていたので鼻中隔を切断・摘出した。

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P5300416 牧草の穂が伸びて花が咲いている。

牧草アレルギーの私は、目が痒く、鼻がむずむずする。

牧草は出穂前期に刈りましょう!

その後は線維が増えて、栄養価が下がります!

花粉で私の鼻が塞がらないうちに!


上部気道の動的閉塞の検査

2007-04-13 | 呼吸器外科

P4130270 今日は子馬の臍ヘルニアにゴムリングをかけたが、いつまでも落ちないので・・・・という症例。

しかし、ゴムをかけると腫れ上がり、皮膚も破れて壊死する。そのままでは、手術するわけにはいかない。

もう一度締めなおし、壊死して落ちるのを待つことにする。

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その後、感染性角膜炎の重症例。

結膜フラップと結膜下点眼システム装着。

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P4130296午後は、某所で高速トレッドミル内視鏡検査。

安静時の検査では左披裂軟骨小角突起の外転が見られたが、喉鳴りし、競走成績も振るわなくなっている競走馬。

喉鳴りはヒューヒューでもないし、ゲロゲロでもない。

何が問題なのかトレッドミル上で高速で走らせているときの喉の状態を検査することになった。

結果は、左披裂軟骨の虚脱、それに続いてDDSPも起こした。

喉鳴りの音をすぐそばで聞けるのだが、ヒューヒューでもないしゲロゲロでもない。

難しいものだ。

上部気道の動的閉塞については、2006年11月10http://blog.goo.ne.jp/equinedoc/d/20061110

11月11日をどうぞhttp://blog.goo.ne.jp/equinedoc/d/20061111

しかし、診断はついた。

有難うございました。


喉頭蓋下嚢包&喉頭蓋包埋

2007-03-16 | 呼吸器外科

P3010176 奇妙な喉の内視鏡像。

喉頭蓋の下に嚢包ができていることがあり喉頭蓋下嚢包と呼ばれる。

たいていは当歳馬とか、せいぜい1歳馬で見つかる。

喉頭蓋の粘膜の中に分泌腺が閉じ込められていて、徐々に大きくなると考えている。

あまり大きくなると喉鳴りしたり、ものを飲み込むときに咳き込んだり、鼻から食べ物を出したりするので、たいてい1歳までには気がつく。

しかし、この馬は3歳未出走。症状もはっきりしないようだった。

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 強力なレーザでもあれば、喉頭切開せずに喉頭蓋下嚢包を切開できるらしい。

ただ、切開しただけでは傷が閉じたあと、また粘液が貯まって再発することがあるそうだ。

喉頭蓋下嚢包が小さければ、高周波焼烙器(電気メス)のスネアをかけて焼き切ることもできるのかもしれないが、たいていは親指の頭ほどあって、電気メスでは焼ききれない。

それで、喉頭切開して、喉頭蓋下嚢包を引っ張り出して切除する。

これは、言うより難しい。

嚢包を完全に切り取らなければいけないのだが、喉頭蓋下の粘膜をあまり過剰に切除すると、瘢痕収縮により喉頭蓋が動けなくなり、DDSPを起こしたままになることもあるとされている。

P3010177 この馬は3歳だったので、嚢包を喉頭切開創へ引っ張ってくるのが難しかった。

おまけに嚥下反射があるものだから手術しにくい。

それで、口から手を入れて、喉頭蓋下の嚢包を固定しておいて、喉頭切開創からいれた鉗子をかけて引っ張り出した。

麻酔覚醒後、確認のために喉頭を内視したところが左。

喉頭蓋の異常もないようだ。

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いつか、当歳馬の出ベソを手術しようと麻酔をかけたら、突然呼吸困難になってしまったことがあった。あわてて気管チューブを入れたら正常に呼吸できた。

いったい、どうなったんだ?と思ったら、喉頭蓋下嚢包だった。

麻酔をかけて仰向けにすると、喉頭蓋下嚢包が気管を塞いで呼吸できなくなったようだった。

もちろん、日をあらためて手術して治した。

静脈麻酔でも気管送管するか、あるいは気管チューブの用意はしておいた方が良いようだ。

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P3160203 今日は関節鏡手術に、午後は子馬の肢軸異常。

両方、私は執刀しなかった。

アドレナリン分泌せずに済んだ一日。

夕方は会議。

岩手競馬がこのまま廃止されるかもしれない。

馬産地の「崩壊」もさらに進むだろう・・・・・・・陽はまた昇る・・・・・・ことはないだろう。


Tiebackのインフォームドコンセント

2007-02-21 | 呼吸器外科

 喉頭片麻痺で勝てない競走馬には、喉頭形成術を行っている。

いわゆるTiebackである。P3090025_3

披裂軟骨の筋突起を輪状軟骨の尾側縁へ牽引することで、左の左側の披裂軟骨小角突起を開きっぱなしにする手術だ。

しかし、強く牽引すると咳をするようなるし、もっと強く牽引すると誤嚥するようになり、誤嚥性肺炎を起こす可能性もある。

「あまり強く牽引しすぎないほうが良い。運動中に咽頭の吸気圧が高まった時に、左側の披裂軟骨小角突起が気管の入り口を塞いでしまうような虚脱を起こすことだけを防ぐ程度の牽引にしておいた方が成績が良い。」

とする報告もある。

しかし、平地で競走するサラブレッドでは、かなり強く外転した状態で固定されていないと競走で勝てない。とする意見もある。

何頭も走って、勝てる馬は1頭だけなのだ。

喉鳴りしなければその馬が勝てるのかどうかもわからない。

厳しい話だが、無事に走り続けることができても、勝てなければ意味がないのだ。

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 先日の喉鳴りの手術を馬主が見に来たいと言う。

「どうぞどうぞ見に来てください」

P2070072手術しながらTiebackの牽引の強さに関して、強すぎるとどうなるか、牽引したりないとどうなるか説明した。

手術中のヴィデオスコープの画像を見てもらいながら、

「さて、どのくらい引っ張りましょう?

これくらいにしますか?

もっと引っ張りましょうか?」

(写真は吸入麻酔のための気管チューブが入っている喉頭。右上の「左」披裂軟骨が開いている。)

 Tiebackの牽引の程度は本当に難しい。

「究極の」「良い」インフォームドコンセントができただろうか?

                               -80

 見に来られた馬主は「名馬喰ビッグスリー」のお一人として「馬産地80話」(右)にも紹介されているお方。

「馬やってたらね、良いことか、悪いことか、どっちかしかないよ。」

と言い残して行かれた。

勝つか負けるかの世界。というふうに解釈したが、正しかっただろうか?


喉頭片麻痺治療についての外科医の意見

2007-01-16 | 呼吸器外科

馬の臨床家のメーリングリスト Equine Clinician's Network で喉頭片麻痺の治療についてのディスカッションがあった。

教科書に載っている知見は既に学会で発表されたり、文献になっているものなので、数年遅れている。

学会発表や学術誌の論文は、既に結果が出ている調査・研究・臨床成績なので、1,2年遅れている。

メーリングリストだと、まさに現在考えられていることを聞ける。

公式には発表されない内容も聞ける。

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 「喉頭片麻痺の最良の治療は何か? Tiebackしか方法はないのか? 披裂軟骨切除はどうなのか?」との問いに対して、

イギリスの著名な外科医は、

「Tiebackと左側の声帯切除、声嚢切除を推奨する。神経筋肉接合部の移植は、私の場合、あまり良い結果を得ていない。たぶんテクニックが悪いためだ。

披裂軟骨の亜全摘は非常に良くない。1回目のTiebackが失敗したら、2回目のTiebackをやる。軟骨炎には長期間の抗生物質治療をする。

私は数例しか披裂軟骨切除をしていないが、全例、死亡するか、採食時に咳込むようになった。競走馬になった馬はいない。これも、たぶんテクニックが悪いためだ。」

アルゼンチンの著名な外科医は、

「私は限られた場合に披裂軟骨切除を行ってきた。競走という点では結果は良くない。たぶん、あなたと同じようにテクニックが悪いためだ。

Tiebackと声嚢摘出は、G1馬になる可能性もあり、他の国へ競走馬として売られている。

この件について検討しなければいけないのは、咳をするようになる馬がいることだ。

私は中程度の外転を起こすように牽引しているが、2週間のうちに牽引は緩む。ときにはかなり、ときには少し。

牽引が緩まない症例の中には咳をする例があるが、牽引が強すぎない例でも咳込む馬がいる。

私は、軟骨が強く牽引されているせいではなく、牽引による刺激により咳き込む馬がいるのではないかと考えている。

そのような症例では、喉頭や気管に食物はなく、採食時だけでなく、いつも咳をする。

あなたはどう思いますか?

 私は782頭手術した中で、12例ほど咳のために牽引糸を取り除きました。

私が経験した失敗の中では、数例は披裂軟骨筋突起が裂けていました。そのうち数例では、新しく糸をかける部位はありませんでした。」

USAの著名な外科医は、

「私もTiebackと声嚢声帯切除を推奨するあなたに同意します。

披裂軟骨切除はどうしてうまくいかないと思いますか?

私達は披裂軟骨切除を行いますし、50%以上は競走しています。

2回目のTiebackもうまくいかなかったり、回復しない軟骨炎の症例に、披裂軟骨切除を行いますが、それらのほとんどがうまくいきます。」

もう一人のUSAの著名な外科医は、

「私も同意します。しかし、私の披裂軟骨切除の経験は20例以下です。

私は、Tiebackと左側の声帯切除/声嚢切除が、喉頭片麻痺に対する最良の方法だと思っています。

成功すれば競走能力を取り戻しますが、G1レースに勝った馬がいたり、ほとんどの馬が競走復帰できるようになるとは言え、競走馬の治療法としては完全ではありません。

この手術は未だに外科医の腕にかかっており、とくに咽頭の細かい神経への損傷をわずかにとどめること、牽引糸をかける場所、披裂軟骨の外転と挙上の両方の程度を決めるテンション、糸が抜けてしまうのを避けるために糸を固定する方法にかかっているのです。

私も起こりうるほとんどのミスを経験してきたので、外科医が失敗することを知っています。

そして、成功についての報告のほとんどは充分に正確であるものの、研究の間にはテクニックによりかなりの差があると考えています。

これは、咳、誤嚥、そして競走成績についてそうです。

手術が失敗した時には、喉頭内視鏡で判断し、披裂軟骨の位置を改善できるなら、2回目の喉頭形成術を行いますし、そうでなければ披裂軟骨切除を行います。

私が治した一番単純な失敗は、糸の頭側が甲状軟骨にかかっていました。」

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 世界の馬外科医の Big name の率直な意見だ。

どのようにお感じだろうか?

Tiebackが難しい手術であり、有名な先生でさえ失敗を経験してきて、今でもうまく行かない例があることがよくわかる。

披裂軟骨切除や神経筋接合部移植については、うまく行かない理由を「自分のテクニックが悪いせいだ」と言っている先生もいるが、日常的に外科手術を行う著名な先生達である。下手だとはとても思えない。

                            -P3090025_2

喉鳴りの手術が増えているが、自分では手術をしない先生達にも手術についてのこういう認識を持ってもらって、馬主、調教師、牧場など関係者に話なり説明なりをしてもらう必要があると思っている。

「喉鳴りの手術なんかやっても駄目だ」も間違っているし、「喉が鳴るなら手術すれば治るんだろ?」も安易すぎる。