「痴漢 穴場びしよ濡れ」(1996/製作:小川企画プロダクション/配給:大蔵映画株式会社/監督:小川和久/撮影:伊東英男/照明:内田清/助監督:井戸田秀行/編集:㈲フィルムクラフト/脚本:岡輝男/協力:亀有・名画座/監督助手:加藤義一・山田大作/撮影助手:郷田有/照明助手:佐野良介/音楽:OK企画/録音:ニューメグロスタジオ/効果:協立音響/現像:東映化学/出演:小川真実・早川優美・杉原みさお・太田始・青木和彦・久須美欽一・姿良三・寺島京一・林田義行・生方哲・白木努・丘尚輝)。他人に書かせても、脚本はこの位置なのね。
クレジット除けば劇中特に明示はされない、当時既にピンクの小屋であつた亀有名画座(1999年二月末閉館)。開館前の劇場内、館主の妻・依子(小川)が、映写技師の増村俊彦(太田)とオッ始める。今朝はまだ来ないとする依子の思惑は外れ、館主の琢也(姿良三=小川和久/現:欽也)も来館、あるいは出勤。まだ誰も出て来てゐないものと思ひ映写機をセッティングする琢也は、映写室の小窓から嫁と従業員の不貞を目撃し仰天。した弾みで爆弾を抱へる心臓に発作を起こし、そのまゝ悶死。崩れ落ちる琢也がボタンを触り、映写機起動。不意に始まつた上映に、依子と増村も漸く事態を認識する。映写機に被さる依子の「貴方!」といふシャウトに続いて、劇伴共々思ひきり長閑な遠景にタイトル・イン。四十九日も明け、亀有名画座の休館解除。ここで青木和彦は向かひの蕎麦屋の大将で、杉原みさおが、大将いはく「女だてらにポルノ写真が好き」な女将。一旦田舎に帰るも、帰りきらなかつた増村も戻り、兎も角営業再開。完全に、もしくは現金に増村と一緒になる気の依子に対し、不用意に琢也の死を引き摺る―おかしかないか、別に―増村が煮え切らない中、増村が郷里で偶さかな一夜を過ごした、ストリッパーの玲菜(早川)が増村の部屋に転がり込んで来る。
配役残り久須美欽一は、イヤミな造形の伊達男常連客。寺島京一も常連客で、どちらかといはずバッチコーイな杉原みさおに痴漢を繰り返す。OK劇伴が流れるゆゑ、自作かと思ひきや関根プロダクション作で面喰ふ、寺島京一と杉原みさお一回戦の際の上映作は、川井健二名義での1993年第三作「媚肉人形」(脚本:ミスター・チャン/主演:林由美香)。林田義行以降は観客要員しかない筈だが、林田義行が辛くも確認出来る程度で、ノートの液晶だと丘尚輝=岡輝男も目視不能。
三年前に少なくとも東京近郊では回してゐた、小川和久1996年第二作。小屋主未亡人と間男の映写技師が付かず離れずウジウジするピンク映画館に、すつかり映写技師の女房気取りのストリッパーが飛び込んで来る。スクリーンの前に舞台があるのを看て取つた踊り子は、脊髄で折り返して舞ひ始める。滅法酷いと逆の意味で評判を呼んだ割に、所々にピンク映画愛―ないしは惰弱な擁護―を織り込みつつの案外オーソドックスな人情譚は、いふほど派手に破綻するでなく、下手に構へると拍子抜けするほど粛々と進行して行く。久須りんと再婚するだとかいひだした依子と決別した増村は、玲菜を連れ何処ぞの港町―といつて、六畳間にポンポン音効を鳴らすだけ―に。惚れた男の気持ちを酌み、己の恋心は押し殺し増村の背中を押してやらうとする健気な玲菜の姿は、如何にも有体か都合のいい紋切型ともいへ、早川優美はいい芝居をさせて貰つてゐると結構本気で心に沁みた。それ、なのに。触れずには始まらぬゆゑ平然とバレてのけるが、緊急帰京した増村が、アバンを引つ繰り返した今度は終映後の場内にて、依子に情熱的な告白。依子も脊髄で折り返した抱擁で応へ、クライマックスの名に足る締めの濡れ場に猛然と突入。あとは、確かに結婚の約束を交し、今は依子と二人で亀有名画座を切り盛りする、久須りんの去就さへどうにか出来れば堂々とした大団円が花開いた、ところが。矢張り映写室の窓からその現場を目撃した久須りんはといふと、普通にキレて35mm主砲を点火。往事と同様不意に始まつた映写に、依子と増村が琢也の幻影に慄くエンドとは全体何事か。後味がどうかう以前に、折角綺麗に盛り上がりかけたエモーションを、木端微塵に爆砕してのけるデストラクティブな作劇には素面で度肝を抜かれた。大御大・小林悟をも時に易々と凌駕する、茶の間ごと卓袱台を重機で圧し潰すが如き小川欽也の暴力的な無造作さに、叩きのめされグウの音も出ない殆どショック映画である。
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