真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「独身OL 欲しくて、濡れて」(2002/製作:杉の子プロダクション/提供:オーピー映画/監督・脚本・音楽:杉浦昭嘉/撮影:長谷川卓也/照明:奥村誠/編集:酒井正次/助監督:小川隆史/監督助手:木下裕美/撮影助手:小宮由紀夫/制作進行:増田庄吾/出演:木下美菜・奈賀毬子・酒井鏡花・久保隆・柳東史・幸野賀一・竹本泰志・横須賀正一、他)。出演者中酒井鏡花とは、既にピンクには参戦済みである酒井あずさの別名義。現場応援と、四者クレジットされる協力に力尽きる。
 三十歳の誕生日を目前に控へた独身OLの菅原恭子(木下)は、結婚紹介所「ハピネス」に入会する。ある日恭子が帰宅すると、彼氏・萩原健二(久保)を家に連れ込んだ妹の美香(奈賀)が、ハピネスから恭子宛に届いた、見合ひ相手を紹介する封書を勝手に開け中身を見てゐた。当然怒る恭子をよそに、美香は憚ることもなく自室で萩原とセックスする。何時ものことなのか、恭子は室内に用意してあつた茶碗を壁に当て妹の室内の様子を覗き聞くと、バイブで自慰に耽る。ピンク出演は今作のみの木下美菜、首から下は均整の取れた美しい体をしてゐるのだが、吹き出物も目立つ全く十人並みの容姿は、奔放な性春を満喫する妹に対しチェック・メイトも寸前に結婚紹介所を頼る姉といふ、いふならば惨めな役柄に、アーパー尻軽娘を嬉々と好演する奈賀毬子のアシストも借り、実にジャスト・フィットしてゐる。特に湿つぽい描写は欠片も無いながら、この時点で、既に泣かずにをれようか。ところで、姉が恭子で妹が美香かよ・・・、といふ点に関しては敢てスルーする。
 先に萩原がイッてしまひ不貞腐れる美香に対し、恭子は独り遊びながらひとまづ達し、眠りに就く。神様に愚痴を零すところから始まる、夢の中でか、恭子が見る幻想。ソフトフォーカスの判り易い画面の中、揃ひの白いワンピースを身に着けた、恭子ともう二人の女(内一人は今井恭子)。所在無さげに二人を見詰める恭子の前で、二人の女は一心不乱に砂地を手で掘り何かを探し続ける。やがて今井恭子が、砂の中から赤い糸を掘り当てる。それをもう一人のメガネ女が奪ひ、手繰り寄せると赤い糸に繋がつた、普通の格好の若い男が現れた。若い男と、メガネ女は退場する。砂の中から出て来た赤糸は、いはゆる運命の赤い糸であつたのだ。めげることなく、なほも砂地を掘り続ける今井恭子は、再度赤い糸を掘り当てると、矢張り現れた男(杉浦昭嘉)と連れ立つて消える。独り取り残された恭子は、やをら懸命に砂地を掘り始めるが、何処を掘つてみても、一向に赤い糸は出て来ない。自音楽による劇伴に彩られた、恭子のたどたどしい幸せ探し。たどたどしい杉浦昭嘉の控へめながらも実は真つ直ぐなエモーションへの志向が、たどたどしい主演女優を得て運良く手にし得た偶然の美しさに胸を撃ち抜かれる。ピンクス―ピンク映画愛好の士、を意味する造語―の中にあつても軽視されることの多い杉浦昭嘉を、個人的に見直す契機になつたのが今作であつた。再見を懇願しつつ遂に恵まれた機会に、私は再認識した。これは、実は決定的な映画だ。
 ハピネスより送られて来た会員男性のプロフィール写真の中から、目ぼしいものを部屋中に貼る―その中になかみつせいじも見切れる―恭子は、その中から弁護士の青葉邦男(幸野)と会ふことにする。マッチング当日、いきなり資産を誇示する青葉は、用意しておいた床の間で、戸惑ふ恭子に有無もいはせず事に及ぶ。ものの、経験に乏しい恭子のあまりにものマグロぶりに、呆れ返つた青葉は匙を投げる。自失した恭子が青葉に匙を投げられたことを怖ず怖ずと相談してみたところ、ハピネスの結婚カウンセラー・島本リコ(酒井)は、業務は終了後に恭子と酒宴を設けると、会話の最中いきなり恭子にキスをする。目を丸くする恭子に対し、「私は男でも女でも、セクシーな人が好きなの」といふリコは、レズビアンの妙技で恭子を絶頂に導く。事後実は過去に風俗で働いてゐたといふリコは、恭子にプロ仕込みの男をメロメロにするテクニックを伝授することを約束する。
 綺麗なヒッピーぶりが清々しい好演を見せる柳東史は、ハピネスから恭子が帰宅したところ、美香とガンジャをキメてゐたインド帰りの草野晴彦。ガンジャを持つて来たのが、草野といふのは笑かせる。荻原のことはなほざりに、草野と二股をかける美香に恭子は呆れる。横須賀正一は、ハピネスのバイト生・片岡誠クン。リコに強ひられ、恭子が伝授されたテクニックの実験台にされる。見るからにゲイボーイに見える横須賀正一が、嫌々女相手の人身御供にされるといふのも見事なハマリ役。柄にもなく、今回杉浦昭嘉は隙間無く冴え返る。竹本泰志は、リコ―と片岡―との特訓を経た恭子が、二人目に会ふ岡田繁。岡田と二度目のデートでホテルに入つた恭子は、万全と見事なセックスを展開するが、今度は岡田に風俗嬢ではないかと疑はれ、矢張り見合ひは失敗に終る。
 何とか励まさうとするリコの言葉も上の空、放心状態で帰宅した恭子を、美香と草野が仕掛けたサプライズ・パーティーが迎へる。その日は、恭子の三十歳の誕生日であつたのだ。美香らの友人で、計四名登場、内一人はここにも今井恭子。このショットの体温にも、杉浦映画の温かさはよく表れてゐる。最終的には恭子・美香・草野の三人がマッタリと残つたところに、すつかり美香から疎遠にされてゐた荻原が、呼ばれてもゐないのに現れる。邪険に荻原を追ひ返さうとする妹の身勝手な姿に、恭子の感情の堰は切れる。八つ当たり気味に美香に怒りを爆発させ、返す刀で美香が荻原・草野に二股をかけてゐることも暴露してしまふ。ここでの恭子の感情の突発的な起伏は、エモーションとして共有出来る。何を滑らせてゐるのかよく判らないが、もう堪らない気持ちだ。美香が草野と退場すると、恭子は荻原に衝動的に跨り、草野がインドから持ち帰つたガンジス川の川の水を一息に飲み干すと、眠りに落ちる。何気ない小道具の撒き具合も心憎い、ガンジスの汚れた水にやられたのか、恭子が再び見る幻想。終に恭子も、運命の赤い糸を掘り当てる。ところが恭子が糸を引いても男は現れずに、途中でつかへた糸の根元からは、黒い水がゴブゴブと湧き出して来る・・・・・
 ネタバレも顧みずに堂々とトレースしてしまつたが、杉浦昭嘉自身のボーカルによる主題歌に乗せて、翌朝一人目覚めた恭子はパーティー明けで散らかつた居間を片付けると、部屋に貼つた男達のプロフィール写真も全部捨てる。出勤がてらゴミを出さうとした恭子は、とはいへハピネスから新しく届いてゐた封筒に目を留めてしまふ。拙くも確かにエモーショナルに杉浦昭嘉は、赤い糸を探し疲れ泥まみれの、確かに若くはない“君”に、それでも君は君のままでいいんだ、けふの君は、きのふの君よりずつと輝いてゐる、と歌ふ。もしもこの世界に、いはゆる造物主としての神があるならば、あいつは恭子の為に、判り易く見付け易いやうに運命の赤い糸を埋めておいては呉れなかつた。だから杉浦昭嘉は、そんな恭子の為に歌ふのだ。それがたとへ儚くすらない蟷螂の斧に過ぎなくとも、杉浦昭嘉は今作を通して、本気で世界と一戦交へたのだ。ここに至つて、今作の主題は明らかであらう。曲解を微塵も恐れることなくいふならば、幸せになれなかつた者達に捧げられた、穏やかなレクイエム。神様の野郎が、自分の方を向いては呉れなかつた者達に捧げられた、慎ましきレクイエム。それはフニャフニャとした音楽にも象徴される、心か弱き監督の撮つた、か弱き映画であるのかも知れない。仮にさうであつたとしても、私は寧ろ構はないとさへ思ふ。さういふ映画に心潤はされる、貧しくか弱き観客もあるのだから。更にもう一歩前に踏み出せば、私はこの映画が大好きである。杉浦昭嘉といふ、この映画を撮つた映画監督が大好きである。

 最後に微笑ましい小ネタを、リアルタイムの初見当時から気になつてはゐたのだが、恭子がリコのカウンセリングを受ける件。恭子が着てゐるTシャツが、色と形は全く同じやうな赤いTシャツながら、カット変りテーブルから長椅子へと移動したところで、花の髪飾りをつけた女の図柄のものから、「CANDY FOOD うんたらかんたら」とかいふロゴ入りのものへと変つてしまつてゐる。


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