篠田謙一著「日本人になった祖先たち」(NHKブックス)
人間は、細胞の核の中に23組(46本)の染色体を持っています。両親から各組1本づつ1セットの染色体を受け継ぎます。大部分の染色体はペアの中で組み替えが起こり、両親の資質がシャッフルされて子どもに受け継がれます。この染色体の中にDNAが含まれています。
細胞中のミトコンドリアもDNAを持っていますが、ミトコンドリアDNAは母親からのみ子どもに受け継がれ、両親の資質のシャッフルが起こりません。
「日本人になった祖先たち」は、現代人及び化石人のミトコンドリアDNAの分析から、日本人のルーツを探ろうという本です。
ミトコンドリアDNAの種類はハプログループと呼ばれ、この本に描かれている図から人間のハプログループの数を数えると、80近くあるようです。そして、各グループの似かたの解析から、現人類はまずアフリカで生まれ、その後ヨーロッパ、アジア、アメリカに拡散したことがわかります。
そこで日本人のルーツです。
しかし、「中央アジアのある地域にはハプログループAのみが住み、上海付近にはハプログループBのみが住む、日本人は、Aが55%、Bが45%」というような状況であれば、日本人のルーツを簡単に説明することができますが、実際はそんなに単純ではありません。
どの地域も、多くのハプログループが多数存在し、それぞれの存在比率がちょっとずつ異なるだけなのです。
従って、本を読み進めても、簡単には日本人のルーツが頭に入ってきません。読み終わっても結局よくわからなかった、というのが正直な感想です。
ハプログループM7aは日本人に特有のグループです。同じM7仲間のM7Bは大陸の沿岸から中国南部地域、M7cは東南アジアの島嶼部に分布の中心があります。
日本国内でのM7aの存在比率を地域別に見ると、
沖縄-24%、九州-12%、東海-9%、東京・東北-6%、アイヌ-16%という比率になっています。沖縄が高く、アイヌがその次、そして九州から東北までは徐々に減少する傾向が明らかです。
この数字からの推定として、
「縄文人は沖縄をスタートして日本に分布し、北へと広がった。その後、渡来系の弥生人が縄文人と混血したが、沖縄人とアイヌ人は弥生人とそれほど混血しなかった。」
といわれているようです。
九州から東北までの地域について、縄文人時代のM7aの分布状況が現代まで受け継がれているということは、九州での縄文/弥生混血比率と、東北地方での縄文/弥生混血比率がそれほど異なっていなかったということになります。それもちょっと解せないですね。
縄文時代、日本人の人口分布は、西日本に2万人、東日本に20万人であったと推定されています。当時の主食であったドングリが、西日本にほとんどなかったのでしょうね。そしてその時代末期の九州に弥生人が渡来してきたとしたら、西日本の全人口に占める弥生人比率が、東日本のそれを上回るものと推定できるので、西日本の人のM7aは薄められて低くなるはずで、九州から東北にかけてのM7aの分布状況と合いません。
ミトコンドリアDNAは女系でしか遺伝しません。従って、ミトコンドリアDNAから民族の歴史を解析する際には、「民族移動に際して男性と女性が一緒に移動した」という前提が必要です。もし民族Aの男性のみが移動し、民族Bの女性と混血したとしても、その子孫にはBのミトコンドリアDNAしか受け継がれません。他国の男性兵士による侵略を受けた地域ではそのようなことが起こりえるでしょう。
ところで、染色体中のY染色体は、男系のみで受け継がれます。細胞中で、ペアとなるX染色体との間での組み替えも起こらず、男系のルーツを探る手段となるそうです。ただし、ミトコンドリアDNAが化石人骨から解析可能なのに対し、Y染色体は今のところ現代人の解析のみが可能です。Y染色体を用いた研究も進んでいます。
全世界的な人類の移動と拡散の歴史については、ミトコンドリアDNAとY染色体の調査結果は概ね合致するようです。
かつての「元」の版図において、チンギス・ハンその人のY染色体を受け継ぐ男性が人口の8%、1600万人存在するという研究もあるそうです。真偽の程はわかりませんが。
日本人になった祖先たち―DNAから解明するその多元的構造 (NHKブックス 1078)篠田 謙一日本放送出版協会このアイテムの詳細を見る |
人間は、細胞の核の中に23組(46本)の染色体を持っています。両親から各組1本づつ1セットの染色体を受け継ぎます。大部分の染色体はペアの中で組み替えが起こり、両親の資質がシャッフルされて子どもに受け継がれます。この染色体の中にDNAが含まれています。
細胞中のミトコンドリアもDNAを持っていますが、ミトコンドリアDNAは母親からのみ子どもに受け継がれ、両親の資質のシャッフルが起こりません。
「日本人になった祖先たち」は、現代人及び化石人のミトコンドリアDNAの分析から、日本人のルーツを探ろうという本です。
ミトコンドリアDNAの種類はハプログループと呼ばれ、この本に描かれている図から人間のハプログループの数を数えると、80近くあるようです。そして、各グループの似かたの解析から、現人類はまずアフリカで生まれ、その後ヨーロッパ、アジア、アメリカに拡散したことがわかります。
そこで日本人のルーツです。
しかし、「中央アジアのある地域にはハプログループAのみが住み、上海付近にはハプログループBのみが住む、日本人は、Aが55%、Bが45%」というような状況であれば、日本人のルーツを簡単に説明することができますが、実際はそんなに単純ではありません。
どの地域も、多くのハプログループが多数存在し、それぞれの存在比率がちょっとずつ異なるだけなのです。
従って、本を読み進めても、簡単には日本人のルーツが頭に入ってきません。読み終わっても結局よくわからなかった、というのが正直な感想です。
ハプログループM7aは日本人に特有のグループです。同じM7仲間のM7Bは大陸の沿岸から中国南部地域、M7cは東南アジアの島嶼部に分布の中心があります。
日本国内でのM7aの存在比率を地域別に見ると、
沖縄-24%、九州-12%、東海-9%、東京・東北-6%、アイヌ-16%という比率になっています。沖縄が高く、アイヌがその次、そして九州から東北までは徐々に減少する傾向が明らかです。
この数字からの推定として、
「縄文人は沖縄をスタートして日本に分布し、北へと広がった。その後、渡来系の弥生人が縄文人と混血したが、沖縄人とアイヌ人は弥生人とそれほど混血しなかった。」
といわれているようです。
九州から東北までの地域について、縄文人時代のM7aの分布状況が現代まで受け継がれているということは、九州での縄文/弥生混血比率と、東北地方での縄文/弥生混血比率がそれほど異なっていなかったということになります。それもちょっと解せないですね。
縄文時代、日本人の人口分布は、西日本に2万人、東日本に20万人であったと推定されています。当時の主食であったドングリが、西日本にほとんどなかったのでしょうね。そしてその時代末期の九州に弥生人が渡来してきたとしたら、西日本の全人口に占める弥生人比率が、東日本のそれを上回るものと推定できるので、西日本の人のM7aは薄められて低くなるはずで、九州から東北にかけてのM7aの分布状況と合いません。
ミトコンドリアDNAは女系でしか遺伝しません。従って、ミトコンドリアDNAから民族の歴史を解析する際には、「民族移動に際して男性と女性が一緒に移動した」という前提が必要です。もし民族Aの男性のみが移動し、民族Bの女性と混血したとしても、その子孫にはBのミトコンドリアDNAしか受け継がれません。他国の男性兵士による侵略を受けた地域ではそのようなことが起こりえるでしょう。
ところで、染色体中のY染色体は、男系のみで受け継がれます。細胞中で、ペアとなるX染色体との間での組み替えも起こらず、男系のルーツを探る手段となるそうです。ただし、ミトコンドリアDNAが化石人骨から解析可能なのに対し、Y染色体は今のところ現代人の解析のみが可能です。Y染色体を用いた研究も進んでいます。
全世界的な人類の移動と拡散の歴史については、ミトコンドリアDNAとY染色体の調査結果は概ね合致するようです。
かつての「元」の版図において、チンギス・ハンその人のY染色体を受け継ぐ男性が人口の8%、1600万人存在するという研究もあるそうです。真偽の程はわかりませんが。