弁理士の日々

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江副浩正「リクルートのDNA」

2007-04-21 15:12:02 | 趣味・読書
江副浩正著「リクルートのDNA」(角川ONEテーマ21)
--企業家精神とは何か
リクルートのDNA―起業家精神とは何か (角川oneテーマ21 A 61)
江副 浩正
角川書店

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リクルートの江副さんといえば、まず思い出すのはリクルート事件です。あれから20年も経っているのですね。

一方で最近は、社会で活躍する元気のいい人たちの中に、「リクルート出身」が目立ちます。
このブログでも、大学発の技術移転としてシンポジウムを取り上げましたが、そこに登場する東大TLO社長の山本貴史氏がリクルート出身で、東大TLOを大きく発展させているようです。
また、iモードを世に出した松永真理さんは、リクルートからドコモに移られた方で、彼女執筆の「iモード事件」「なぜ仕事するの?」(いずれも角川文庫)は印象に残る著作でした。

リクルート出身の人はなんで元気がいいんだろう、と興味を持っていたので、江副さんの「リクルートのDNA」を本屋で見つけ、読んでみました。

江副さんは東大の学生だったとき、東大新聞の広告のコミッションセールスマンのバイトをしていました。卒業後、普通に就職すれば収入は1/3に減り、時間と規則に縛られます。そこで、就職せずにいままでの仕事を続けることとし、昭和35年に大学新聞広告代理業でスタートしました。これがリクルートの始まりです。最初の森ビル(4階建て)の屋上の物置小屋を借りて事務所にします。そして、学生のサークル活動のノリで、仲間を集めて事業を始めます。
大学新聞の広告代理業務で順調に業績を伸ばします。
その後、広告代理ではなく、自前の就職情報誌(のちのリクルートブック)を始めるときに、資金をはじめとする困難に遭遇しますが、これを乗りきって事業が拡大していきます。

学生起業は、最初はうまくいっても途中で意見の対立が起こり、分解する例が多いと聞きます。リクルートはなぜ成功したのでしょうか。
江副さんは自分を「私はそもそもシャイな性格で、カリスマ性はない。人前で話すことも苦手だった。」「私は子どものときからけんかが弱く、他人と競うことを避けてきた。人を統率する力はとても弱い。いつも会社のトップでいることがつらかった。」と表現しています。
しかし、リクルートには多士済々の社員やアルバイターが集まっています。
「こうしたハイタレントな人材をどうまとめていくかが、私の大きな課題だった。」

江副さんがマネジャー研修のためにまとめた「経営理念のモットー」のタイトルを挙げます。
1、「誰もしていないことをする主義」
2、「分からないことはお客様に聞く主義」
3、「ナンバーワン主義」
4、「社員皆経営者主義」-起業家の集団
5、「社員皆株主」
6、「健全な赤字事業を持つ」
7、「少数精鋭主義」
8、「自己管理を大切に」
9、「自分のために学び働く」-遊・学・働の合一を理想とする
10、「マナーやモラルを大切にする」
詳しい内容については本を読んでいただくとして・・・

江副さんが紹介されているどれもこれも、決して「目から鱗」という衝撃的なものではありません。他の著者が書いていれば、「なんだ、当たり前のことしか書いてないじゃないか」と思えます。
しかし、リクルートは成功しています。創業から50年近く経ち、江副さんが引退してからも20年が経過しているのに、いまだに元気はつらつです。当たり前に見える経営理念でも、魂を込めてきちんと実行すれば、あのような会社になり得るということでしょうか。

江副さんはドラッカー「現代の経営」を夢中になって繰り返し読み、それ以降ドラッカーは江副さんの書中の師となります。ドラッカーの提言の柱はPC(プロフィットセンター)制であり、江副さんは会社の中に小さな会社(PC)をたくさんつくります。社員たちがそれぞれのPCで競争しながら独自の経営を行い、これがリクルートで経営者を育てる仕組みになりました。
江副さんの退職時にPCは500にのぼります。
「PC制が浸透するにつれて、『リクルートは商売の勉強ができる会社』と、学生の間で評判が立ち、企業家精神旺盛な人が入社してくるようになった。PC制のもと、組織は自己増殖と細胞分裂を繰り返し、私とは関わりなく、社員が互いに競争しつつ発展するようになっていった。」
ドラッカーを読んでその内容を講釈できる人は多々あるでしょうが、それを実際の経営に役立てて成功している人は多くないかも知れません。

ROD(管理職教育プログラム)もユニークです。自己評価、部下の評価、同僚の評価を明らかにし、そのデータをもとに合宿で徹底的に議論し合って、自ら問題点を知り、自己変革の答えを自分で見つけ出すのだそうです。「このRODを継続して行っていたことが、リクルートを闊達な風土にしたことと関わりが深い、と私は思っている。」


リクルート事件は残念でした。当事者たちは違法であると認識していなかったでしょうが、事後的に違法と判断され、江副さん本人、多くの有能な政治家を葬り去り、リクルートも苦境に立ちました。
リクルートは見事によみがえっているようですね。
しかし、葬り去られた有能な政治家は戻ってきません。最近の日本政治のていたらくも、リクルート事件の影響が大きいのではないかと考えているのです。
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