弁理士の日々

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特技懇(「除くクレーム」知財高裁判決)

2009-02-17 22:13:42 | 知的財産権
昨年の5月20日に出された知財高裁の大合議判決(平18行ケ10563)は、無効審判についての審決取消訴訟で、「除くクレーム」とする補正が適法か否か、という点が争われました。
無効2005-080204(特許2133267「感光性熱硬化性樹脂組成物及びソルダーレジストパターン形成方法」)
このブログでも話題にしました。その後、こちらにも書いたとおり、一度はIPDLに(審決)「確定登録」と表示され、上告はされなかったのだと判断していたのですが、昨年12月に再度IPDLを確認した所、「確定登録」が消滅しており、上告されている可能性が出てきました。現在では以下の通りの訴訟番号もIPDLに表示され、上告、上告受理申立てがともになされていることが明らかになりました。
上告提起事件番号(平20行サ10018) 上告日(平20.6.13)
上告受理申立事件番号(平20行ノ10030) 上告受理申立日(平20.6.13)

この大合議判決について、特許庁がどのような見解を有しているのかが気になっていたのですが、2009年1月30日付けの特技懇誌252号に、論評が掲載されました。
2月17日現在、まだ特技懇のホームページには掲載されていません。
(その後、4月1日に掲載されました。)

特技懇誌を読む前に、判決のポイントをおさらいしておきましょう。

(1) 補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。(41ページ5行)

(2) 付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や,その記載から自明である事項である場合には,そのような訂正は,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,「明細書又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができるのであり,実務上このような判断手法が妥当する事例が多いものと考えられる。(41ページ15行)

(3) 明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする訂正についても,平成6年改正前の特許法134条2項ただし書が適用されることに変わりはなく,このような訂正も,明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し,新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であるというべきである。(43ページ8行)

(4) 引用発明の内容となっている特定の組合せを除外することによって,本件明細書に記載された本件訂正前の各発明に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているものとはいえないから,本件各訂正が本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものでないことは明らかであり,本件各訂正は,当業者によって,本件明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであることが明らかであるということができる。(48ページ7行)

(5) 補正事項自体が明細書等に記載されていないからといって,当該補正によって新たな技術的事項が導入されることになるという性質のものではない。(52ページ18行)

(6) 「除くクレーム」とする補正についても,・・・明細書等に記載された技術的事項との関係において,補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきことになるのであり,「例外的」な取扱いを想定する余地はない(52ページ20行)
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次に、特技懇誌の論評を見ていきます。
まず、上記判決の(1) を「裁判規範(判例理論)を定立し」とし、「この裁判規範を本件訂正にかかる『除くクレーム』に当てはめることにより、訂正の可否を判断した。この点が本判決の特徴である(①)」としています。

一般的な裁判規範を定立した背景として、「審査基準にあるような、『先行技術と重なる場合において、その重なる部分のみを除く』場合は例外的に許容されるといった、『除くクレーム』に特化した判断基準は、その理由が立ちにくいことや、『重なる部分のみ』といっても、先行技術の内容は千差万別であり、その『重なる部分』を言葉で特定することは必ずしも容易ではなく、判例規範となりにくいことなどがあったものと推定される(②)」としています。

ただし上記(1) の「裁判規範」について、「抽象的に過ぎ、具体的な判断基準を提供するものとはいいがたく」とし、さらに「知財高裁は、これまでの補正・訂正の実務を変更しようとしているのではないか、との見方もできるかもしれない(③)」と述べています。
「これまでの補正・訂正の実務を変更」と書かれているものの、どのように具体的に変更すると思われるのか、というところまでは踏み込んでいません。

それどころか論評は、判決の上記(2) の判示事項を挙げ、「(そのように)付言したことは、示唆に富む。つまり、基本的に、これまでの実務を変更するものではないということである(④)」とつなげています。
しかし私は、上記(2) の後の(3)(4) が重要だと考えています。今回の大合議判決では、(2) は傍論に過ぎません。判決は(1) の規範から(3)(5) を導き、それに基づいて(4)(6)のように「除くクレーム」が適法であることを導いているのですから。
特技懇誌の論評は、判決中の(3) (5) からなぜか目をそらしているように見えます。

論評は「4.実務に与える影響」において以下のように述べます。
まず、「大合議部判決は、基本的に、これまでの実務を変更するものではないが(⑤)、裁判所が新たに裁判規範を定立したことは事実であり(⑥)」としています。

さらに論評は、現行審査基準が「除くクレーム」について「先行技術と重なる部分のみを除く」場合に限って補正が許される、としている点について、大合議判決に従えば、「極端な場合、任意の部分を除くことも、理論的には、許容され得る(⑦)」としています。
このあと、「しかしながら」として、「仮に、新たな技術事項を導入しないと主張して特許登録を得たとしても、後に、除いたことによる技術的意義を主張したとたん、その補正・訂正は、さかのぼって補正・訂正要件を満たさないこととなり、無効事由を有するものとなると考えられるから、濫用や混乱のおそれは考えにくく、結果的には、これまでの実務による場合と変わらないと思われる(⑧)」としています。

特技懇の論評が、上記①③⑥⑦と述べていながら、一方で④⑤⑧として「実務は従来と変わらない」と結論づけているのはどのようなロジックによるのでしょうか。

少なくとも大合議判決に従えば、先願の回避あるいは新規性確保のため、「除くクレーム」を採用する場合、「先行技術と重なる部分のみを除く」という縛りはなくなったはずです。そしてその点は、⑧を考慮しても同様です。この点についてはあいまいなままに終わらせているようです。
⑧については、現行審査基準通りに「先行技術と重なる部分のみを除く」場合であっても同じように適用されるでしょう。

いずれにしろ、最高裁の何らかの判断を待つしかありません。どのような判断がなされるのでしょうか。
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1 コメント

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特技懇誌がサイトにアップされた (ボンゴレ)
2009-04-01 22:26:34
この論文が掲載されている特技懇誌が、4月1日にやっと特技懇のサイトにアップされました。

http://www.tokugikon.jp/gikonshi/252kiko1.pdf
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