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数値限定発明と臨界的意義の必要性

2006-07-31 00:13:07 | 知的財産権
特許請求の範囲において、発明の特徴を数値限定で表現する場合、発明の進歩性を認めるためには発明の奏する効果に臨界的意義が要求される、という言い方がよくされます。

「臨界的意義」とはどういう意味でしょうか。特許庁の特実審査基準においては、「有利な効果について、その数値限定の内と外で量的に顕著な差異があること」を数値限定の臨界的意義と称しているようです。

数値限定発明では、常に臨界的意義が要求されるのでしょうか。
この点については、吉藤著「特許法概説」の記載がわかりやすいです。
「発明の進歩性」セクションの(E)従来の進歩性の判断基準()(d)で数値限定発明について説明しています。第12版では131ページです。

①数値限定に対して臨界的意義が要求される発明
公知発明の構成要件に数値限度をした発明である。公知発明を実施するには設計上当然に各構成要件に適当な数値を与えなければならないが、その数値は、通常当業者が技術常識に基づいて適当に選択することができる事項にすぎない、設計事項である。臨界的意義のない発明には進歩性を認めるべきでない。

②臨界的意義が必要でない発明
(a)数値限定が補足的事項である場合
 公知発明と異なる新たな構成要件を付加し、その付加した点で新規性及び進歩性を有しながら、その新構成要件に数的限定を付する発明。その新構成要件にどのような数値限定を付するかは、本来不必要であり、いわば補足的ないし第二義的な事項にすぎない。
(b)別異の目的・効果を有する発明
 数値範囲の選定において、出願発明が公知発明と明らかに異なる目的及び作用効果を有する場合は、それだけで出願発明は進歩性を有する。その数値範囲において公知発明ときわめて近似するが、重複するところがない出願発明に対して、数値限定の臨界的意義を判然とさせることは全く必要でない。
以上

例えば、「加熱すると良い」という点を新たに見つけ、本来これのみで進歩性を有するものの、「加熱」だけでは50℃でもいいのかそれとも500℃は必要なのかがよくわかりません。そこで、発明を明確にするために、「500℃以上に加熱」と数値限定することがあります。このような場合には、400℃加熱と500℃加熱との間に臨界的意義が要求されることはない、ということです。

それに対し、公知例として300℃に加熱する事例が知られているのであれば、温度を500℃以上として進歩性を認めてもらうためには、500℃に臨界的意義が存在するか、あるいは別異の目的・効果を有する発明である必要があります。

吉藤の上記記載が「(E)従来の進歩性の判断基準」に分類されている理由ですが、これは現在の審査基準をそのままコピーした「(D)進歩性の判断基準」と区別するためです。故吉藤先生が直接執筆された部分が「従来の」とされています。
現行審査基準では、数値限定の臨界的意義について以下のように規定しています(吉藤12版の119ページ)。
①請求項に係る発明が引用発明の延長線上にあるとき、すなわち、発明を特定するための事項と引用発明特定事項との相違が数値限定の有無のみで、課題が共通する場合は、その数値限定の内と外で有利な効果において量的に顕著な差異があることが要求される。しかし、
②課題が異なり、有利な効果が異質である場合は、数値限定を除いて両者が同じ発明を特定するための事項を有していたとしても、数値限定に臨界的意義を要しない。
以上

ところで、臨界的意義という場合、数値限度の内と外の直近で効果が階段状に変化することが要求されるのでしょうか。
例えば、上の加熱の例で、公知例の300℃と本願発明範囲の500℃とでは効果に量的な顕著な差を有するものの、400℃でテストしてみたら500℃とそれほど顕著な差がなかった、という場合、「臨界的意義が存しない」と判定されてしまうのでしょうか。
あるいは、試験したら階段状の変化が確認できるとしても、そのデータが出願当初明細書に記載されていなければ臨界的意義は認められないのでしょうか。
パテント誌本年7月号64ページで、渡部先生は「そこまで必要ない。公知例(上の例では300℃)との対比で顕著な差があれば十分。」と論じられていますが、私も同意見です。
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