大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2019年09月24日 | 創作

<2817>  作歌ノート 見聞の記    印象の記

               大楠の輝く五月 大空に現れ消えし鷹の印象

 生きるということは、一つに日常茶飯の風景に接する心身が五感をもってその風景に関り、その風景を受け入れ、自らの思いに加えて行くことにあるのだと思う。生きて行く上において環境が大切の第一とする考えはこのことによる。この日々連綿と接して止まない風景が心身に及び、心身に影響を及ぼす状況に至るそのとき用いられるのが、ここに題として掲げた印象という言葉である。

 私たちは日常茶飯においてこの印象の状況を連綿と重ね続け、連続乃至は輻輳する風景の中で、その風景に心身を委ね或いは心身に取り入れながら生きているということになる。ここにあげた歌は、ある一つのテーマによって詠んだものではなく、日常のその都度、所謂、須臾連綿たる風景に対する印象によって成し得たものということになる。『万葉集』で言えば、雑歌に類するといってよい歌群である。以下の歌は以上のような考えに従ってまとめたものということが出来る。  写真はイメージで、朝焼けの空。

                

         飛魚は飛ぶ一瞬時波上より湧き上がる夏雲の嶺まで

   児は母の腕に眠る青桐の広葉の影の夏のひと時     

   日の光「今日はよろし」と墨染めの僧が過りし白梅の庭

   旗竿にはためく旗のその鳴りは展けし海を朱夏へ誘ふ

   立春を過ぎし雪解け道の雪蕗の薹までいま少しの感

   来し方の彼方に霞む鯉幟やさしき眼変はらずあれよ

   峠越え連れなふものはこれやこの月も越ゆるに越えにけるかも

   淀みたる暗き流れに現れし白鶺鴒の須臾の輝き

   軒時雨午後の寂しさ払ふごと小路の女(をみな)の小走りの裾    

   雲の翳樹林を被ひつつ動く雲の速さに導かれつつ

   我が歌の思ひの中にも入り来る朧月夜のおぼろなる月

   萌え出づる若葉のころは闇の夜も心に炎えて萌え出づるなり

   盛んなる緑の門扉開きつつ入りゆく朱傘の緩徐の歩み

   常磐なる松の緑に現れてその一景を統べし雉の目

   遠くより炎天野球の声聞こゆ我が臨終の日もかくあるか  

   烈しくも揚げ雲雀鳴き止まずあり切羽詰まってゐるもののごと  

   ピンを踏み抜きし知覚にひっそりと猫が歩みて行きし門先

   捨て猫の声が闇夜に針を刺す神よ光を欲してやまず

   堂宇には光と風と人の声秋の開帳香は仏陀より   

   真実を問へば無言にして立てる西日に染まる英霊の墓

         草により切りし指先一瞬の知覚に遠き日の蛇苺

   蟻地獄地獄はまさにいきいきと営むころか読経の真昼

   時は過ぐ老いゆくものとしてあればここに結実せるも切なし

   人間の強さと弱さ卓上に這ひゐる蟻を見てゐし心

   犬を連れ朝な朝なに行き会ひし人が知らしむ露の世の影

   向き合へる心と心のそのしまし秋の珈琲なりにけるかも

   黄昏の九輪の塔の空にしてまた雁音の帰り来る夢

   純白の羽を水面に開く鷺孤影ともなふその美しさ

   白鳥の羽音高鳴る夢にして親しきものの笑みに連なる

   母と子が向かひて開く図鑑より夏野に見えし黄蝶が一つ

   ぬばたまの夜の彼方に一頭の馬現れて凛々と来る

   春疾風激しく雨をともなへり激しきことは心ならずも 

   三代の栄華の跡も染めしとぞ桜前線みちのくの栄え

   ゆるやかにゆるやかにあれ観覧車絵本童話が思はるる春

   桜咲き電車が走り雲雀啼き絵本のやうな風景に立つ

   ピアノ鳴り出づる青葉の窓に寄る青年の恋叶へられしか

   コーラスは聖堂に生れ風のごとせせらぎのごと茅花を越えて

   悩める身誰かは知らず聖堂の讃美歌ⅭRUZアカシアの花

   心地よき幼きものの掌の中にも宿る青葉の季節

   あるはまた思へばなどか空蝉の軽さやさしさ掌の中

   目に触れし今日の印象街角のポインセチアの一群の赤

   半眼を失ひし貌映りゐる夜汽車の窓の男と二人

   冬の日のプロムナードのゆきかへり影曳くもののやさしさに会ふ

   ただ一人とはずがたりの夕べかな睦月も末となりにけるかも

   陽光に加へて風の香の季節かつて語りし夢のことなど

   及ばざる耳目に及ばざる心もってありけり惑ひの理由 

   霧の湖晴るる兆しの明るさを誘ふごとく水鳥の声

   老いし身は何を思ひて立ちゐるか夕焼け小焼けで「あしたもてんき」 

   丹精の樹林に雪の積もりけり感に及べば記憶に及ぶ

   手に掬ふ砂のさらさらさらさらとこのやさしさは風化の証  

   炎天のそのひとところ華やげり百日紅の紅の花群    

   一羽飛び一羽また飛びまた一羽雀の夏仔夏へ飛び出す

   坂道を一気に下る自転車の少年ありて夏は来たれり

   魚屋も八百屋もそして駄菓子屋もなべてさびしき秋雨の午後

   あこがれてありけるすがた火の国の群馬こころの地平に点る

   寒風は砂塵巻きつつ身に激し凛然として星は動かぬ

   思ひもて訪ね来たるに花期過ぎし牡丹の花の重たき崩れ

   春待たず逝きし人ありその姿果たして我らは儚さに立つ

   死はやがて悲しみを過ぎ淋しさへ喪中の家の雨の夕暮

   照り翳る道うねうねと人生のなかばなりしに病む友の声

   雨に煙る街に心の傘を差し遅日の午後の行き帰りなる

   眼閉づ思ひはなどかはるかなれ群馬日の中現われ来たる

   営みの日々相にして見ゆるもの群れて枯野に騒ぐ鳥影

   鉄路なる鉄錆色の晩夏なり西日に染められゐたりけるかも

   艀にも雨降り止まぬ春の午後詩の表情が漂ふ運河

   悪役の後姿を思はしむ男が一人夕暮に立つ

   胸熱く旅なすものに都鳥かかる名にして都ぞ遠き

   遙かなる成層圏に舞ふ鳶の距離にしてあるのどかなる里

   ひらはらりはらひらはらりひらはらりひらはらひらりひとひらの花

   雑踏に紛れてゐたる数多の身数多の思ひの一人なる我

   くれなゐの花びら一つ落ちてゐてただならぬ身のゆきし後とも

   平凡を明日へ誘ふ花時計園児の列が賑やかに過ぐ

   すべて日の力の皇子の裔とこそ緑の野辺を走り行く子ら

   息づかひ激しき犬とすれ違ふ病院脇の葉桜の下

   春風に綿毛ふわっと丹精の葱畑越えて行きにけるかも

   魔を言へば魔は影ながら添ひて来る逢魔が時といふ時のあり

   大地とはやさしく花を咲かせ児を遊ばせ逝きしものを眠らす

   便り読み終へしにピアノ鳴り出づる木漏日の斑の初夏の午後

   S医院脇の緋カンナ咲き始め「今年もまた」と老女呟く

   玉砂利を踏みしめ行けば養生の心に響き返す玉砂利

   へんぽんとはためく旗の勢ひに青嵐の空眩しかりけり

   街上にはためき止まぬ旗の鳴り若者の胸の中にも鳴れよ

   咳き込めるもののありけり春昼を怪しく過る猫の性欲

   日溜まりに出でて語らふ老女ありコスモス映ゆる山里の秋

   大銀杏朝の光に輝けば思ひは飛翔の一翼となる

   矍鑠と見ゆるその人徐に扇子を広げ扇ぎ始めき


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