<3062> 大和の花 (1047) タチアオイ (立葵) アオイ科 タチアオイ属
小アジア方面が原産とされる多年草(品種によっては1年草)で、茎が直立して高さ2メートルほどになる大型の草本で、この名がある。葉は心円形で浅く5裂から7裂し、縁には鋸歯が見られる。
花期は6月から8月ごろで、葉腋に直径10センチほどの5弁花を咲かせる。花はカラフルで、紅、淡紅、黄、白色と変化に富み、美しく、ハナアオイ(花葵)とも呼ばれ、花の盛りが梅雨の時期により、ツユアオイ(梅雨葵)の名もある。なお、花は下から順次咲き上がる。
漢名は蜀葵(しょっき)で、日本には古くに中国から薬用として渡来したと見られ、平安時代初期の『本草和名』には蜀葵の名が見え、これに加良阿布比(からあふひ)の和名を添えている。これは唐の葵の意で、時代が下って江戸時代にはカラアフイ(唐葵)と呼ばれた。タチアオイの名は江戸時代後期の本草学者小野蘭山によると言われ、今に至っている。
漢方では生薬名を蜀葵と言い、根と花を煎じて服用すれば、利尿に効能があるという。ヨーロッパでも古くからタチアオイの仲間のビロードアオイを薬用植物とし、根を煮出した粘液をうがい薬とし、喉の痛みに用いたという。近年になって花が美しいので観賞用に植えられ、半野生状態になっているものも見かけるようになった。 写真は花期のタチアオイ。 花葵簸屑焚く母思ひ出す
<3063> 大和の花 (1048) ゼニアオイ (銭葵) アオイ科 タチアオイ属
南ヨーロッパ原産と言われる1年草乃至多年草で、日本には古くに渡来し、江戸時代の『和漢三才図会』(1713年)では漢名の錦葵(きんき)にあてて、和名コアフヒとあり、『大和本草』(1708年)ではゼニアフヒと見える。その後、『本草綱目啓蒙』(1803年)でコアフヒ、一名ゼニアフヒと認識されているので、江戸時代には渡来していたということになる。漢名が見えるので、中国を経て日本にやって来たということであろう。
所謂、帰化植物で、野生化し、道端や荒地に生えているのが見られる。緑色の茎が直立し、高さ50センチから1メートルほどになる。葉は円形または腎形で、浅く5裂から7裂し、縁に鈍鋸歯が見られ、長い柄を有して互生する。花期は5月から9月ごろで、葉腋に直径2センチほどの淡紫色に紫色の条が入った5弁花を開く。この花の大きさが五銖銭(ごしゅせん)ほどであることからゼニアオイ(銭葵)の名が生まれたという。
因みに、五銖銭は中国の前漢時代(紀元前118年)ごろ武帝により鋳造された中央が空洞の貨幣で、五銖の2字が刻印されていた。ゼニ(銭)と言えば、銭形平次が投げ銭に用いた寛永通宝が思われるが、この銭もこの五銖銭の流れを汲むものであろう。
なお、ゼニアオイはタチアオイと同じく、薬用植物の一つとして知られる。乾燥した葉や花を錦葵と称し、この煎汁でうがいをすると、喉の痛みに効くという。 写真は花期のゼニアオイ。塔は法起寺三重塔。 銭葵銭形平次捕物帖
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