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シェアリング・エコノミー

玲子の入院を知らなかった

 玲子が隣の病棟に1日から入院していた。何も、私には教えてくれなかった。緊急入院して、薬を変えて、様子を見ていた。10時に退院して、服替えてから、こちらに来ました。

 昨日でも、妹は私の病室に来たけど、小2の孫まで含めて、箝口令を敷いていた。妹の親友も、そちらの病棟から歩いてきたときに気づくべきだった。何で、姪が居るのか全然、考えなかった。

分け与えること

 所有することよりも、分け与えることで自分の力を誇示でき、悦びを感じる世界は、現在のウェブの世界で将来を見出すことになる。スマイル=0円はマニュアルが徹底された先に在る、基本なのかもしれない。

 モノを所有するのではなく、そのモノが持つ価値にアクセスする時代へと変化が起こりつつある。本として、シェア。

シェアリング・エコノミー

 自らの資源をシェア可能にすることで、それまで眠っていた資源の流動化が促される。

 シェアリング・エコノミーでは、インターネットを利用して、参加者が様々な資源を共有し、新しいサービスを共創していく。

 所有物に所有される人生の孤独や絶望。クルマ好きからすれば、所有こそ本望だが、全ての人がそういう訳ではない。企業からすれば、所有してもらった方がいいが、多くの人は機能を利用したいだけだ。その機能は移動手段。

 シェア型の経済は所有欲を促進させる大量生産型社会のテンプレートに教化されてしまった人たちには理解しがたい。

町起こしは簡単

 多手山プロジェクトは町起こしと地域活性化を狙っている。やっているのは、走ってくる電車の乗客に手を振るだけです。だから、郡上八幡の町おこしをそれほど難しいことではない。

シェア車開発はメーカーの責任

 ザ・シェア車のコンペを行った方がメーカーもいいでしょう。開発にしても多くの手でやることで、乱雑はおおきくなるけど。

 それを示しているのが、米国のシールド革命です。あのやり方の意味を真剣に考えてもらいたい。アイデアスにしてのシェアにしても、数学的な理論に基づいたシェアの話はすることはない。

カーシェアリング

 それともう一つは、インフラをどのように使っていくのか。そして、元々、シェアでないもの、公共との関係をどうしていくのか。カーシェアリングを語ると同時に、公共との関係、移動することに対して、どうしていくのか。平等をめざした、社会主義との関係。それらをもっと、大きく捉えていかないと、単なる起業アイデアで終わってしまう。

著作権フリー

 著作権に対しては、日本語変換技術をフリーにすることを30年前ぐらいに、シェアすること、フリーにすることを考えていた。

 開発費は車に比べると、人件費だから、さほど、大きくはない。一度作れば、皆が使ったことをフォローすれば、いいのので、ベースがあればどんどん進化できる。実際、そのシナリオでドンドン積み重ねられた。どこかの会社とか、いくつかの会社でチマチマとして、利益を求めてやるよりも、日本の文化として、最適なモノを作り上げるという発想です。

 その時も、著作権がないと乱雑になるようなことを言会われたが、その後、身近でどんどん進化してきた。

時代を先行する図書館

 なぜ、こういう発想をする時に、図書館を例に挙げないのか。図書館こそ、時代の先取りです。それは、図書館関係者が自分の利害を守る方に行っているのは、大変残念です。

携行ICレコーダー

 携行ICレコーダーが見つかりました。皮コートのポケットです。予測通りです。玲子との話の時に、格好つけたんですね。だけど、すぐに奥さんは持って来てくれない。

 やはり、携行ICレコーダーは二台必要です。一つは完全に24時間録音です。30年以上前の電算部の時に夢が実現できます。

個人のデジタルライブラリ

 オープンを理解する上で、自分のリソースの中で何をパブリックにするかを選択することです。パブリックも最初から、どこかに公共的な場所が用意されているわけではなく、多くの人が一部分を差し出したものの集合体を指している。私のデジタルライブラリもそれらの役割を果たすようにしていく。

 お互いが自分のデジタルライブラリをつなげれば、それだけで、巨大なライブラリになる、それらの分化されたものをいかに統合するのか決めていけばいい。先ずは知っている範囲で埋めていく。そういうカタチでフェースブックなどもできてきた。情報共有のつながりです。

 リナックスもそういうカタチでできた。それを商売として、統合するモノが出てきて、次へつなげるものをどうしていくかで、変質してきた。

 第三者の外部社会への接続を意味する。パブリックはもっと多様で、他者の存在に依存する。社会はパブリックなクして、機能しないのも事実。過度な負荷が誰かに掛からないように、安全に、かつ、それが維持される仕組みをなくして、それを実現されることはない。

ハイブリッドの父

 1996年に八重樫さんにハイブリッドの話が在った。ハイブリッドの父です。その時点で、50歳になっていたんですね。93年にはもう、東富士を去っている。

哲学とは言語分析

 哲学が解明しようとするのは言葉。哲学とは言語分析だという考え方。物事を本質を明らかにするのが、哲学の本質という考え方は古い。言葉というよりも、概念の研究。

 ならば、自分の言葉を24時間採るのもいいことかもしれない。

 我々は様々な言葉を使いながら、それらの概念が互いにどのように関係しているかをしらない。だから、哲学者は概念を解明する必要がある。人間が自己と世界を理解しようとする、基礎概念は、知識、真実、モノ、性質、公平、自由、快楽、美。
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