あるきメデス

あちこちを歩いて、見たこと、聞いたこと、知ったこと、感じたことなどを…

カントリーウオーク大野原(秩父市)

2007-06-14 23:34:08 | カントリーウオーク
 カントリーウオークグループの例会で、6月10日(日)に埼玉
県秩父市郊外を歩きました。その時のレポートです。

===========================

 上空に寒気が入って雷雨になるとの予報。秩父鉄道大野原
駅に集まり、4グループに分かれ10時28分にスタートする。

 駅北側の踏切を渡り、国道141号に出て、近くの愛宕神社
へ。社殿は一段高い盛り土の上にある。

 雨が落ちてきたので境内の木の下で雨具を着けた。

 交通量の多い国道を南に500mほど進み、広見寺に入る。

 道路際の林の下に、横穴式古墳のようなものがあった。経蔵
と呼び、大般若経の経文が書かれた河原石が5000も収蔵さ
れているという。


 五色のまん幕を張った本堂、新しい山門、大きな鐘楼など、
背後の豊富な緑を背にしてみな見栄えがする。境内には十三
仏霊場も配置されていた。

 門前を南に回って車道に出て、少しショートカットして台地に
上がる。農林研究センターの先で林間を下って小さい流れを
越えた。

 別の車道に出て桜並木に沿って上がると、緑豊富で広大な
聖地公園が一望できる。

 公園の東側、林間の谷間を下り、矢追集落を見下ろす山腹に
ある秩父札所第3番、常泉寺に入った。

 社殿はそう大きくはないが、屋根下に精巧な木彫が施されて
いる。本堂背後の大岩下に、何体かの古い石仏や石碑が並ん
でいた。

 境内に手押しポンプがあり、「長命水」と呼ぶまろやかな水を
くんで飲めるようになっている。


 本堂のぬれ縁に、「子持ち石」と呼ぶ、自然石だが赤ん坊の
ような形の石が祭られ、子供の欲しい人が全国から訪れると
いう。


 咲き出したホタルブクロがたくさん並ぶ畑の前を南西へ。車道
を越えて豊富な緑が深い渓谷を覆う横瀬川の橋を渡る。

 欄干には、巡礼の姿が浮き彫りされていた。

 上山田集落に入り、道しるべに従って進むと、秩父札所4番
の金昌寺。

 大わらじや石仏がたくさん奉納された古い山門をくぐり、桜や
モミジなどの豊富な境内を上がる。

 古い本堂には千社札がいっぱい貼られ、その下に、赤子に乳
を飲ませる姿から子育て観音と呼ばれる慈母観音像がある。


 境内には、天明3年(1783)の浅間山大噴火の死者をともら
うために奉納された石仏が並び、その数は1300体を数える
という。境内のツツジが見ごろだった。


 正午近いが昼食地まではまだ先が長い。山田の春祭りで知ら
れる恒持(つねもち)神社は寄らずに通過、横瀬川の山田橋を
渡って左岸沿いに進み、矢行地で左折して西へ向かう。雷鳴が
とどろき雨も本降り。

 大野原交差点で国道141号を横断、西側の旧道を進み、13
時ちょうどに、昼食地の秩父市文化体育センターに着いた。

 ほかのグループはかなり前に到着し、入り口の横のベンチで
雨を避け、食事を終えようとしていた。

 13時40分に出発、北側の原谷小横の交差点を渡り、南東
への旧道を下る。国道下をくぐって横瀬川を渡り、上小川の
集落へ。クワの実がいっぱい実り、摘んで口に入れる人が多い。

 横断予定の道が一部無くなっていて、S字状にう回して北に
向かい、小槫(こぐれ)集落に入る。民家の庭先や畑のあぜに
いろいろな花が色鮮やかに咲き競う。東側の山腹でホトトギス
が鳴く。

 畑の一角に、ちょっと変わった石を積んだものが祭られ、横
に四角い井戸がある。

 「オシャングリ様」と呼ばれ、朝鮮から来た蚕の神だという。

 その先、山すそにある無住の広雲寺で小休止しした。

 さらに山すそを北西に進む。破風屋集落の小さい池で、
スイレンがピンクと白の花を見せる。


 麦秋の彩りを見せる畑の向こうにかやぶき屋根の家が
あった。

 代々この地の名主(なぬし)を務めたという内田家。建物
は秩父地方の大工のすぐれた技術によるもので。17世紀
初期の建築と見られるという。

 現在は無住で、市が文化財として管理しているようだ。

 美の山への案内板のところを右折し、山間の道を上る。
案内板に従い更に右折し、緑いっぱいの林間を緩やかに
下って行くと、流れのそばに大きな「和同開珎(わどうかい
ちん)」碑が立っている。

 奈良時代の慶雲5年(708)、この地から自然銅が発見
され、朝廷に献上された。その銅から日本最初の貨幣の
「和同開珎」が造られ、年号も「和銅」も改められたゆかり
の地。

 一帯は祝山と呼ばれ、周辺に、江戸期に採鉱された選鉱
場、精錬所跡、横穴跡などが残っているという。

 林間を途中まで戻り、東側の車道に出て北に下り、和銅
遺跡ゆかりの、聖(ひじり)神社に行く。

 祝山から自然銅が発見されたとき、守護神として金山彦尊
(かなやまひこのみこと)を祭ったのが始まり。朱塗りの社殿
は、秩父市中村にあった今宮神社本殿を昭和39年(1964)
に移築したもの。江戸時代中期の建築で、県文化財に指定
されている。

 境内に、和銅鉱物館や宝物庫がある。事前に、普段は閉
まっている和銅鉱物館の観覧を予約しておいたので、和銅
保勝会の若林さんほかの方が待っておられた。

 鉱物館は小さい建物だが、自然銅のほか、国内や海外か
らも収集した鉱石など349点が展示され、ほかに、県文化
財で和銅時代の「蕨手刀(わらびてがたな)」と呼ぶ太刀(たち)
なども展示されていた。


 4人がかりでないとカギが開かないという宝物庫も開けて下
さり、ご神宝の和銅鉱石2個と、献上当時の天皇・元明天皇
ご下賜とされる雌雄一対の和銅製のむかでもみせていただ
いた。鉱石は、献上した当時のものだという。

 希望者に、和銅遺跡のことをまとめた小冊子と、実物大の
和同開珎のお守りも分けていただく。

 すぐ下の国道141号に出て少し戻り、16時10分にゴール
の黒谷駅に着いた。

(天気 雨後曇、参加 18人、距離 13km、地図(1/2.5万)
 皆野、歩行地 秩父市)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする