庭や隣の畑のカラスウリが赤くなりました。今日は11月中旬の
気温とか。1日中冷たい雨でした。
4日以降中断していた、「四国遍路道ある記(前編)」を再開します。
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第21日 2004年3月11日(木) 曇後雨
=土佐清水経由打戻り=
6時15分起床、7時朝食、弁当をお接待していただき、7時40分
に民宿青岬を出る。
雲は多いがすぐに雨とはなりそうにない。林道を少し進むと、広葉
樹林の間のんろ道になる。なま暖かい風だが、今朝もウグイスが
元気。舗装が途切れて土の道へ。
西側に潮騒を聞きながら林間を進み、やがて県道27号に出た。
白波の立つ岸壁や、県道バイパスの新しい大浜トンネルを右に
見ながら北に進む。紫のモクレンガきれいな見せている。
ヘアピンカーブをショートカットして中浜集落に入った。蒸すために
何段も積んだ棚に、女性数人が生カツオをのせている。
町並みを抜け、坂を上がって青いアーチの中ノ浜大橋近くに出た。
いま抜けてきた、中浜の集落が見下ろせる。
へんろ道の標識は橋の方向を指している。橋を渡って1kmあまり
進んだら、中浜万次郎生誕地への矢印があった。
そうだ中浜は、ジョン万次郎こと中浜万次郎の出身地だったと
思い出す。
しかし、へんろ道とはどうも方角が違うようだ。県道27号の標示
が出て、大浜方面に戻っているようなので引き返した。
大橋の西側まで戻ったら、50mほどのところにへんろ道の標識
があった。見落としたため30分ほどロスしただろうか。でも、今日
は距離が短いので安心だ。
このへんろ道は、落ち葉の多い道を上がり、平坦になり、やがて
下っていったのだが、とても歩きやすいいい道だった。
下りはじめの木の間から、清水港が見えた。
へんろ道が終わり、三差路に出てひと休みしていたら雨が落ちて
きた。ザックカバーを付け、ポンチョを抱えて立ち上がる。
すぐ先の橋を渡ったところに、国史跡・唐船島記念碑があった。
遣明船の前線基地だったという。
清水港の最奥部を回りこんでいたら突然風雨が強くなった。あわ
ててポンチョを付けようとしたが、風にあおられる。そこへ通りかか
った女性が、自分の傘が飛びそうなのも省みず、ポンチョを反対側
に回してくれた。本当に自然の所作で、ありがたいお接待だった。
少し先に、消防署の倉庫のような建物があったので、入らせてもら
い、雨ズボンとスパッツを付けた。右カーブしたら薬局があったので、
あかぎれの薬を買う。
土佐清水市の中心街から来た国道との三差路を右折して、国道
321号を北に向かう。ゆるやかな坂道を上がってトンネルを抜けた
ところで八戸の女性に追いつき、以後、宿まで同道する。
往路に出る手前、以布利郵便局近くで雨が上がり、暑くなったので
ポンチョを脱いだ。
下港山のへんろ道を抜け、往路同様、大岐海岸の砂浜に下りる。
引き潮で波打ち際は湿気があり、きのうより歩きやすかった。
北端の橋を渡り、ナノハナの咲く砂浜で昼食。八戸の女性から、
お接待でもらったというトマトと和菓子のおすそ分けをもらう。
蟻崎や久百々も往路のへんろ道へ。途中、2日目のさくら旅館で
一緒だった名古屋の男性が向こうから来て、久しぶりの再会。途中
3日間帰宅したと言うが、それにしてはあのころの足取りに比べる
と、速いペースになったものだ。
久百々を過ぎた辺りで、今度は八戸の人が、初めのころ一緒だっ
たという男性と1人、更にその先で2人と相次いで行き違う。
また雨になったが、八戸の女性と2人とが、しばし話し込む。
かなり濡れてきたが、宿も近いのでもう少しと思い雨具を付けず
に進み、14時42分、安宿旅館に戻った。
すぐに宿の親父さんから新聞紙をもらい、濡れたものを干し、靴
にも入れて乾かす。
宿に預けていった荷物はもう不要と考え、近くにある閉局間際の
郵便局に行き、ゆうパックで送り返した。しかし、あわてて持って
いったので、必要なものも3点ほどあった。入浴後洗濯をする。
今日の宿泊は、一緒に戻った我々2人と、愛知の女性1人だった。
〈コースタイム〉民宿青岬7:40ー払川の県道8:10ー大浜トンネル分岐
8:24ー県道27号折返し9:10ー中ノ浜大橋(戻り)9:26ー厚生町の
車道へ10:02~08ー旭町三差路(国道へ)10:50ー以布利郵便局11:26
ー大岐海岸砂浜へ11:56ー砂浜北端(昼食)12:22~45ー安宿旅館
14:42
(距離 23km、歩行地 土佐清水市、歩数 39,200)
気温とか。1日中冷たい雨でした。
4日以降中断していた、「四国遍路道ある記(前編)」を再開します。
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第21日 2004年3月11日(木) 曇後雨
=土佐清水経由打戻り=
6時15分起床、7時朝食、弁当をお接待していただき、7時40分
に民宿青岬を出る。
雲は多いがすぐに雨とはなりそうにない。林道を少し進むと、広葉
樹林の間のんろ道になる。なま暖かい風だが、今朝もウグイスが
元気。舗装が途切れて土の道へ。
西側に潮騒を聞きながら林間を進み、やがて県道27号に出た。
白波の立つ岸壁や、県道バイパスの新しい大浜トンネルを右に
見ながら北に進む。紫のモクレンガきれいな見せている。
ヘアピンカーブをショートカットして中浜集落に入った。蒸すために
何段も積んだ棚に、女性数人が生カツオをのせている。
町並みを抜け、坂を上がって青いアーチの中ノ浜大橋近くに出た。
いま抜けてきた、中浜の集落が見下ろせる。
へんろ道の標識は橋の方向を指している。橋を渡って1kmあまり
進んだら、中浜万次郎生誕地への矢印があった。
そうだ中浜は、ジョン万次郎こと中浜万次郎の出身地だったと
思い出す。
しかし、へんろ道とはどうも方角が違うようだ。県道27号の標示
が出て、大浜方面に戻っているようなので引き返した。
大橋の西側まで戻ったら、50mほどのところにへんろ道の標識
があった。見落としたため30分ほどロスしただろうか。でも、今日
は距離が短いので安心だ。
このへんろ道は、落ち葉の多い道を上がり、平坦になり、やがて
下っていったのだが、とても歩きやすいいい道だった。
下りはじめの木の間から、清水港が見えた。
へんろ道が終わり、三差路に出てひと休みしていたら雨が落ちて
きた。ザックカバーを付け、ポンチョを抱えて立ち上がる。
すぐ先の橋を渡ったところに、国史跡・唐船島記念碑があった。
遣明船の前線基地だったという。
清水港の最奥部を回りこんでいたら突然風雨が強くなった。あわ
ててポンチョを付けようとしたが、風にあおられる。そこへ通りかか
った女性が、自分の傘が飛びそうなのも省みず、ポンチョを反対側
に回してくれた。本当に自然の所作で、ありがたいお接待だった。
少し先に、消防署の倉庫のような建物があったので、入らせてもら
い、雨ズボンとスパッツを付けた。右カーブしたら薬局があったので、
あかぎれの薬を買う。
土佐清水市の中心街から来た国道との三差路を右折して、国道
321号を北に向かう。ゆるやかな坂道を上がってトンネルを抜けた
ところで八戸の女性に追いつき、以後、宿まで同道する。
往路に出る手前、以布利郵便局近くで雨が上がり、暑くなったので
ポンチョを脱いだ。
下港山のへんろ道を抜け、往路同様、大岐海岸の砂浜に下りる。
引き潮で波打ち際は湿気があり、きのうより歩きやすかった。
北端の橋を渡り、ナノハナの咲く砂浜で昼食。八戸の女性から、
お接待でもらったというトマトと和菓子のおすそ分けをもらう。
蟻崎や久百々も往路のへんろ道へ。途中、2日目のさくら旅館で
一緒だった名古屋の男性が向こうから来て、久しぶりの再会。途中
3日間帰宅したと言うが、それにしてはあのころの足取りに比べる
と、速いペースになったものだ。
久百々を過ぎた辺りで、今度は八戸の人が、初めのころ一緒だっ
たという男性と1人、更にその先で2人と相次いで行き違う。
また雨になったが、八戸の女性と2人とが、しばし話し込む。
かなり濡れてきたが、宿も近いのでもう少しと思い雨具を付けず
に進み、14時42分、安宿旅館に戻った。
すぐに宿の親父さんから新聞紙をもらい、濡れたものを干し、靴
にも入れて乾かす。
宿に預けていった荷物はもう不要と考え、近くにある閉局間際の
郵便局に行き、ゆうパックで送り返した。しかし、あわてて持って
いったので、必要なものも3点ほどあった。入浴後洗濯をする。
今日の宿泊は、一緒に戻った我々2人と、愛知の女性1人だった。
〈コースタイム〉民宿青岬7:40ー払川の県道8:10ー大浜トンネル分岐
8:24ー県道27号折返し9:10ー中ノ浜大橋(戻り)9:26ー厚生町の
車道へ10:02~08ー旭町三差路(国道へ)10:50ー以布利郵便局11:26
ー大岐海岸砂浜へ11:56ー砂浜北端(昼食)12:22~45ー安宿旅館
14:42
(距離 23km、歩行地 土佐清水市、歩数 39,200)