Shizuko Diary

日々の記録として・・

何か変・・・

2012-05-28 22:10:25 | Weblog
こんな記事を目にしました。

<支援放置>自閉症小6評価せず、通知表に斜線
毎日新聞 5月28日(月)15時1分配信

 高機能自閉症を抱える関東地方の当時小学6年の男児(12)が3月、ほぼ全教科の成績を斜線(評価なし)とする3学期の通知表を渡されていたことが分かった。男児はクラスの授業に出られなくなっていたが、ほぼ毎日登校。発達障害児らを支援する「通級指導教室」(通級)は週3時間しかなく、保健室や図書室で過ごしていた。専門家は「学習支援が不十分で、通知表の評価が全くできないほど放置していたのは問題」と批判している。

 母親(41)によると、男児は集団行動や字を書くのが苦手な一方、知能指数は高く、年500冊以上の本を読む。通級では算数や図工、集団行動などを学んだ。通知表は所見欄に「毎日少しでも教室で過ごそうと取り組んだ3学期でした」などと記されたが、国語以外の学科評価は斜線だった。母親は「存在を否定されたようでショックだった」と話す。

 校長は「国語だけ評価材料がそろった」と説明。毎日新聞に対し、校長は「取材は受けられない」としたが、地元教委には「成績をつけない場合は事前に保護者に説明する方針だが、対応が不十分だったなら申し訳ない」と述べたという。

 通級は国の規定で週8時間まで通えるが、男児は週3時間に設定され卒業まで変わらなかった。口頭ならテストを受けられたが、対応はなかったという。文部科学省特別支援教育課は「一般的に保健室での学習や通級による指導も参考に、評価はできる。子どもの状態に応じた支援を検討してほしい」と話す。

 東京都自閉症協会の尾崎ミオ副理事長は「同様の例は他にも聞いたことがある。学ぶ権利を奪っている」。特別支援教育に詳しい東京学芸大の高橋智教授は「教育の放棄だ。子どもは最大限の多様な支援を受ける権利があり、これを保障するのが特別支援教育。理念が学校に浸透していない典型例だ」と語った。【田村佳子】

 ◇特別支援教育

 障害のある子どもの個別の教育的ニーズを把握し、指導・支援することを掲げ、06年に学校教育法に位置づけられた。肢体不自由、知的障害などのほか、学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)、高機能自閉症の子らが対象。障害がある通常学級の小中学生を支援する「通級指導教室」はLDやADHDを対象に含めたことで利用が急増し、11年度で6万5360人に上る。


この記事を読んで悲しいと思いました。
自閉症の子ども達は集団行動やコミュニケーションが苦手なところはあるけれど、人として人格もあり、尊厳もある。
個別の指導計画のもとで、少しずつでも進歩しているのであれば、通知表に斜線はないだろうと私も思う。
当事者のお母さん達は子ども達のパニックと付き合いながら懸命に子育てしているのです。「存在を否定されたようでショックだった」というお母さんの気持ちがよくわかります。
こういった現状があるからこそ、教育現場にもっと教員配置をして一人一人の子どもたちに目の行届いた教育を実現してもらいたいと思うのです。

週明け・・議長が戻ってきました。


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5 コメント

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団塊の世代が抜けて… (あきちゃんで~す)
2012-05-29 20:57:46
Shizuko 様

実は、ことし、小規模校に異動し、通常学級のほかに、情緒障害児学級でも授業をしています。

児童相談所に勤務したこともあるので、「専門外」というわけでもないのですが…

この「通知表」問題は、いろいろな側面を孕んでいます。

まずは、教師の「意思疎通の欠如」。
「/」はあり得ないにしても、「オール1」をつけられるのをとてもいやがるお母さんもいます。

通知表は、公簿ではないので、特殊な事情がある場合、どのように評価すべきか、保護者と十分話し合うべきなのです。

そういう、「意思疎通」が今学校現場は、とても不得意になりつつあります。

保護者のニーズの多様化に比べて、団塊の世代が抜けた学校現場は、中間層の教員が全くいずに、年寄りか、新卒数年目の人ばかりです。

連続的に採用してこなかった行政にも責任があると思います。

とにかく、保護者とよく話してからの処理なら、不満が出ることもなかったでしょう。

よく知らないで言うべきではないですが、その教員は、ほかの点でも、保護者から信頼されていないようなところがある気がします。

わたしなら、保護者と話し合って納得していただいた上で、「評定いたしません。」と言葉で書くところです。
返信する
何ために (shizuko daiary)
2012-05-29 23:11:47
あきちゃんで~す 様

今、教育現場が大変なのは何となくわかります。
先生方の頑張りで子ども達とかかわっていただいていることも・・・

でも何のための通知表なのでしょうか?
評定できないとはどういうことなのでしょうか?
ある程度の点数が取れれば評価はできるけれど
障がいがあることで評価はできないのでしょうか?
基礎学力は常用ですが、点数以前に人間育成が必要であると思います。
このように生を受けて、人格・不要な人はいないはずです。
何のための評定なのか、私にはわかりません。
もちろん、いくて行くためには信頼関係は欠く事のできない重要なことです。
保護者との信頼関係が構築できないほど、教育現場は逼迫しているのでしょうか?
人を人として認め合う社会であってほしいと野が行っています。
返信する
お許しください (shizuko daiary)
2012-05-29 23:18:12
あきちゃんで~す 様

ただ今の投稿、誤字・脱字・変換ミス多数。
意味不明な部分があって、お許しください。

子ども達の笑顔のために、あきちゃんで~す様頑張ってください!!
返信する
ケース・バイ・ケース (あきちゃんで~す)
2012-05-30 06:32:29
Shizuko 様

評価・評定には、公平性・公正性が要求されます。

従って、決められたテストを一度も受けていなかったり、授業に一度も参加していなかったりすれば、「評定いたしません。」をつける場合もあります。
(先述したとおり、今回のケースについては、わたしは当事者ではないので、意見を言う立場にありません。)

「/」は、論外としても、「評定いたしません。」をつけてくれという保護者もいらっしゃれば、「とにかく、オール1でもいいから、数字がほしい。」という保護者もいらっしゃって、ほんとに、様々なのです。

なお、「評定いたしません」という評定をつけること自体は、我が県の公立高校受験の調査書などでも、公的に認められています。

わたしも、全欠の生徒に何回かつけたことがあります。

>保護者との信頼関係が構築できないほど、教育現場は逼迫しているのでしょうか?

これも。ケース・バイ・ケースです。
幸い、私は、評定でそのようなご批判をいただいたことはありませんが、通知表に対する苦情は、どの学校でも、毎回あります。
「我が子かわいさ」故のものが多いようです。

さらに、評価が元で、訴訟になる場合などもあるわけですから、「信頼関係が築けていないケース」があることも、事実です。

子どもの成長のために、評定するということを忘れないようにしたいと思います。

問題提起ありがとうございました。
返信する
大切なお仕事 (shizuko daiary)
2012-05-30 23:17:16
あきちゃんで~す 様

先生は人間教育に携わる大切なお仕事ですね。

以前
>わたしは、生徒の「今」より、社会に出てから活躍する姿を見るのが、何よりの楽しみです。

とおっしゃっていたあきちゃんで~す様です。
子ども達や親御さんたちとの信頼関係もバッチリだと思います。

子ども達のために、よろしくご指導くださいね。
明日の日本のためにです(笑)

私は子ども達のために・自分のために絵本の読み聞かせ、がんばりま~す。


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