魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

子供大人

2014年07月30日 | 日記・エッセイ・コラム

「三つ子の魂百まで」は、年をとるほど実感することの一つだ。
色々な人を見てきた過程で、解ってはいたが、実際に、昔から知っている周囲の人が年をとっていくと、本当に、気立てというか根性というか、子供の頃からの質(たち)は全く変わらない。

子供の頃、パチンコで猫を撃った友人に驚いたが、高齢者と言われる年になって、「レンタルDVDを全部コピーしてやった」とうれしそうに話す。残しておきたいからコピーしたのではなく、単に違法行為の能力を得意になっている。パチンコの能力をわざわざ猫に試した時のままなのだ。
ちなみに、この人、名のある法学部の出身だ。

おばさんの近所づきあいやもめ事も、小学校の頃によく見た光景のままだ。
こういう年寄りを見ていると、昔の童謡が聞こえてくる。

「♪赤い帽子白い帽子 仲良しさん いつも通るよ 女の子 ランドセル しょって お手々を ふって いつも通るよ 仲良しさん」

もし実在の子供なら80代だろう。そして、生きていればきっと、自分の姿形を忘れて、同じように、ワイワイ言っているに違いない。
周りはそんな人ばかりだし、自分も16の時との違いが分からない。鏡を見れば確かに別人なのだが。