魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

意思表示

2011年10月11日 | 日記・エッセイ・コラム

大量生産は人を集中させ、大都市をつくり、一方で、地方の過疎化を招く。
産業革命からの先進国は農業とのバランスを保ってきたが、日本のように、輸入を前提とする加工貿易は、工業に集中し、農業を犠牲にした。

その穴埋めの、食管制度や交付金は、農業を益々疲弊させたが、薬物中毒で薬漬けの農業が、今さら薬を止めないでくれと言っている。
確かに、薬を止めたら死ぬ患者も出るかも知れないが、もう、日本には薬を配るだけの余裕もなくなった。

戸を全開したら、ドッと寒風が吹き込んでくるが、一酸化炭素中毒は逃れることができる。風邪で死ぬ可能性と、一酸化炭素中毒の危機と、どちらが優先かという問題だ。
もう、小田原評定を繰り返すゆとりは無い。

近年、こんな小田原評定を、延々と繰り返してきた。
震災津波と原発事故で、「喝」が入ったと思ったが、まだ、ウダウダ言う人が居る。しかし、かなり少数にはなった。もう、見切り発車をしても良さそうだ。

どじょう総理は、何が何でも足下をすくわれないことだけに徹しているが、それでも、ボロボロと閣僚がボロをだす。
低姿勢は功を奏して、支持率を保ってはいるが、果敢さも見せなければ、今度は「頼りなさ」で信頼を失う。
人気などと言うものは、所詮、無責任なものだ。

支持率も大切だが、国際信用の方がもっと重要だ。
じゃあ、中国やロシアはどう思うんだ。と言うことなるが、ロシアは常に本音を見せずに漁夫の利を狙っているし、中国は自分の言うことだけ聞け、と叫んでいる。

敵を作ることを辞さない、ハッキリした意思表示こそが、むしろ国家アイデンティティの信用を得ることができる。敵対する相手からもだ。

人も国も、敵か味方かより、主義主張のハッキリした信念こそが、相手として認められることになる。(principle

ここで占い的なコメントをすれば、
恐れない意思表示は、牡羊座時代のトレンドでもある。