転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



昼に、両親がお世話になっているホームのスタッフさんから電話があり、
母が、父にオヤツを大量に買い与えているという報告があった。
父はかなり以前から糖尿病で、昨年秋に肺炎で入院したとき、
高血糖を主治医に指摘され、危険であるということで、
退院後からはホームでも血糖コントロールを強化して頂き、
間食は菓子パンを1日1つ、それ以外はスタッフさんが点検して
部屋にオヤツ類はおかない、という方針になっていたのだが、
母は何を思ったか、最近その決まりに従わなくなったらしかった。
父はオヤツを食べ、食事はあまりとらず、血糖値は高値安定、だそうだ。

母は自分自身が、ホームの食事にかねてから相当に不満なので、
父が、母の満足するほどには食欲を発揮しない様子を見るにつけ、
こんな粗末な食事では駄目だ・何か食べさせなくてはの一念が募り、
売店で父の好みそうなものを買って来ているのだろう。
父が好き嫌いをしてホームの食事を残す、というのは
入居以来、母がずっと言い続けていることなのだが、
周期的に、母はそれが特に耐えがたくなる瞬間があるようで、
前にもよく、私に苦情の電話をして来たものだった。
母はとにかく、家族にものをたっぷりと食べさせるのが好きで、
家族が満腹したと言っている姿を見て、自分も安心する人なのだ。

父のほうは自制心はないが、自分から売店に行く積極性もなく、
渡されれば食べる、という状況だ。
特に、テレビを観ながらベッドに寝そべって食べるのが好きで、
あの姿勢での飲食は年齢的に誤嚥性肺炎も心配だ、
とスタッフさんは仰った。
しかし母に注意するようなことを言えば、母が不穏になって、
また別の問題が起こって来ることが目に見えているので(爆)
スタッフさんとしても、強く出にくいところがあり、
とりあえず今できることは報告だけになってしまうのですが…、
という主旨のお話だった。

私から母に話してみようかと言ってみたが、
スタッフさんはそれもあまり賛成できない様子で、
母の難しいところは私もよくわかっているのでさもありなんと思い、
では当面、そのままでお願いしますと返答した。
良い状況だとは全く言えないが、私は、それで良い、と了解した。
両親ともに90歳超なので、お互いが良ければ良いのでは、
と私は基本的にはもう、納得している、というか諦めているのだ。
父は安楽に、食べたいものを食べて満足しており、
母も多分、自分が用意したものを父が食べるのを見ると嬉しい筈で、
最悪、それで死んでも寿命やろ(爆爆)、と私は思っている。
どのみち、なんらかの理由で遠くないうちに天寿を全うするトシなのだ。
二人がひととき、したいと思ったことがささやかながら叶えられれば、
それが医学的には少々よろしくないことであっても、もう良いのではと思う。

ホームは2月から面会自粛になり、3月からは面会禁止になっているので
私は母とは2月の通院介助で会ったのが今のところ最後になっているし、
父とはそのもっと前だから1月下旬にホームを訪ねたとき以来、
最近は直接には顔も見ていないし声も聞いていない。
母は放っておいても自分で電話して来るが、
父はもともと口数が多くないので、自分から喋るほうではない。
この状況に関して、ホームからは先日、ふたりの最近の写真と、
変わりなく過ごしているという内容のお手紙を戴いており、
私はスタッフさんたちのお心遣いには本当に感謝している。

思い返せば、父は若い頃からベッドでオヤツを食べるのが好きだった。
テレビを観ながら甘い物を食べ、そのまま寝入ることが、
昼寝のときも、夜の就寝時も、あった(汗)。
父は猫のチーコを寝かしつけるときにまで、「お弁当持って行きんちゃい(^^)」と
「いりこ」を数匹、猫用ベッドの上に乗せてやったりしていたものだった。
それどころか、幼い私が眠るときも、父は甘い物を与えようとしたことがあった。
小学生の頃だったと思うが、おやすみなさいを言いに行ったら、
お菓子をくれた時期があったのだ。
『人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい』ってか。
今思えば、どんだけ教育に悪いのか(--#)。
私は、シーツや毛布にクッキーの粉などが残る不潔さが我慢できず、
自分からこの習慣を拒否したのだが、父にとってはそれほどまでに、
好きなものを食べながら寝るのは、最高の極楽であったのだ。

ああもう、遠慮無く全うしたまえ、と私は既に悟りの境地だ。
歯磨きは、っていうか入れ歯がどうなっているのか、想像したくないけども(逃)。


追記:今夜、母が「あんた今、電話した?」と私に電話してきた。
電話のかけかたはマスターできたようだった(爆)。
ちなみに、私から電話をかけたりはしていなかった。
母が何か勘違いしたか、空耳で鳴ったように思ったかの、いずれかだったようだ。
ホームはいたるところに『面会禁止』の紙が貼られているので、
母もコロナのコの字くらいは認識しているようではあり、
私が姿を現さないことについては何も不満は述べていなかったが、
何度説明しても、外出自粛がどういう状況かが頭に染み通って来ない様子だった。
「連休やから、世間のみんなは出かけたり、旅行に行ったりして留守やろ」
というので、そんなことは今、事実上禁止だと説明したが理解せず、
世界中で25万人も亡くなっているのだと言うと、けらけら声を出して笑っていた。
『25万』という途方もない数字に対して反応したらしかったが、
「なんでそんな笑うねん、大変な伝染病が流行っとぉいうことやで」
と私が呆れると、母は、
「せやけど、私らにはどないもできん話やもん」
と完全に人ごとだった。それでも、一応何か関連のある話題を出そうとして、
「そういや、このごろ、買い物は必ず3人で行け、いうんやったね」
と、母はとんでもないことも言っていた。
3の数字は合ってるけど、そこじゃない。
3日に1度だけ、1人で行くのだよ、今時の買い物は(;´Д`)。

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