対朝鮮侵略を煽る安倍政権御用記者の犯罪/浅野健一
「隣国の不幸を願い、楽しむような言動」
トランプ米大統領が4月7日、シリアの空軍基地をミサイル攻撃し、13日にはアフガニスタンでイスラム国(IS)地下施設の破壊を目的として大規模爆風爆弾「モアブ」を初めて使用して以降、日本の企業メディアは1カ月にわたって、米軍の次の標的は朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)だとして、侵略戦争を煽る「Xデー」騒ぎを繰り広げた。韓国の保守系紙・朝鮮日報が4月18日の社説で、「日本の一部メディアは、まるで韓半島ですぐに何かが起こるかのように軽はずみな振る舞いをしている」「(日本の)公職者たちはまるで隣国の不幸を願い、楽しむような言動」をしていると非難するほどの異常さだった。
軍事的選択肢を容認する安倍首相
トランプ大統領が何をするか分からないという怖さがあったのは事実だ。ロシアと共に大量の実戦用の核兵器を保有する米国が、国連メンバーの主権国家である朝鮮を核とミサイルで威嚇、挑発していることこそが、朝鮮半島情勢を緊張させているのだ。
米原子力空母カール・ビンソンが朝鮮半島近くに配備され、原子力潜水艦ミシガンが韓国釜山港に入港。在韓米軍は4月26日韓国に、最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」を強行搬入し5月2日稼働させた。
4月末には、海自のイージス艦と護衛艦が東シナ海でカール・ビンソンと共同訓練を行った。5月1日から2日間、海自の護衛艦「いずも」が米海軍の補給艦を護衛した。憲法違反の戦争法に基づく初めての「武器等防護」命令だった。
元A級戦犯被疑者の岸信介氏を敬愛する安倍晋三首相は、国際法違反のシリアへの侵略行為に対し、「米国の決意を支持する」と表明し、朝鮮に対する武力攻撃を含む「すべての選択肢がテーブルの上にある」との大統領発言を支持し、軍事的選択肢を容認した。
国有地を8億円値引きして安倍記念小学校用地として提供したアッキード事件で苦境にあった安倍官邸は、米国の戦争挑発を歓迎して、朝鮮を「敵国」として危機意識を煽った。
安倍首相は4月13日の参院外交防衛委員会で、「北朝鮮が(化学兵器の)サリンを弾頭につけて着弾させる能力をすでに保有している可能性がある」と指摘した。また、菅義偉官房長官は同日の会見で、「北朝鮮は化学兵器を生産できる複数の施設を維持し、すでに相当量の化学兵器を保有していると見られる」と述べた。
菅官房長官は21日、「ミサイル落下時の対応策」を発表。政府は同日、都道府県の危機管理担当者を集め、「北朝鮮のミサイルに備えた住民の避難訓練」を呼び掛け、秋田県では既に実施された。内閣官房のHPの「国民保護ポータルサイト」には「ミサイル落下時の行動について」と題したマニュアルが掲載された。政府が全国瞬時警報システム(Jアラート)でミサイル落下の恐れを緊急発信した場合にどのような行動をとればいいかが書かれている。
まず、〈弾道ミサイルは、発射からわずか10分もしないうちに到達する可能性もあります〉と指摘。〈武力攻撃やテロなどから身を守るために事前に確認すること〉として、次のように記されている。
〈物陰に身を隠すか、 地面に伏せて頭部を守る。窓から離れるか、 窓のない部屋に移動する〉〈屋外にいる場合:口と鼻をハンカチで覆い、現場から 直ちに離れ、密閉性の高い屋内または風上へ避難する〉〈屋内にいる場合:換気扇を止め、窓を閉め、目張りをして室内を密閉する〉
自民党の茂木敏充政調会長は4月23日のNHK日曜討論で「新たな段階の脅威で、米大統領の断固たる姿勢を評価する」と述べ、ミサイルが発射されたら「ただちに発信する」と発言した。
安倍首相は5月2日付の夕刊フジに載った「独占インタビュー」で、「トランプ氏の北朝鮮への覚悟は本物か」との質問に対して、「間違いない」と断言。「今までとは違う強いレベルの圧力をかけなければならない」と言明した。「軍事的対応もテーブルの上にあるのか」との問いに、「まさに、すべての選択肢がテーブルの上にある」「高度な警戒・監視体制を維持する」と述べ、米国の軍事行動に期待する発言までしたのである。
朝鮮が4月29日早朝に行った弾道ミサイル発射実験では、日本では東京メトロが約10分、運転を見合わせた。北陸新幹線も約10分間、一部区間で安全確認のためストップする過剰反応を示した。菅官房長官が2回も記者会見して、政府の危機対応をアピールした。
メディアの体制翼賛体制
安倍官邸の過剰反応を批判すべき報道機関は、真正面からの批判を避けている。戦争法、共謀罪では政権に批判的なメディアも、朝鮮情勢については、体制翼賛体制だ。
日本のテレビに元自衛隊トップが評論家としてこれほど登場したのも前例がない。元自衛艦隊司令官(海自海将)の香田洋二氏と伊藤俊幸・金沢工業大学虎ノ門大学院教授が朝米戦争勃発でこうなるなどと解説した。香田氏は「週刊文春」5月18日号の〈元海自司令官らが断言 米朝もし戦わば「1時間で平壌制圧」〉と題した記事で言いたい放題だ。
2001年からのアフガン・イラク戦争で、米テレビに元軍幹部たちが解説者を務めていた光景を思い出した。
軍事ジャーナリスト・黒井文太郎氏は「北朝鮮の兵力を徹底分析!」などのタイトルで解説。TBSテレビで、「みなさん誤解しているのだが、(朝鮮は)ミサイルを発射しているのではなく、先端に爆弾は搭載していない実験だ。ただ、誤って日本本土に落下する危険性はある」などと迷走コメントした。ロケット発射で飛翔体が落下する場合、燃え尽きるので本土に「落下」することはない。黒井氏は、日本や韓国のロケット発射の際にも「本土への落下」を云々するのだろうか。
テレビやネットでの御用文化人の戦争待望コメントは日本の文化水準の低さを表している。辛坊治郎氏は4月15日の読売テレビの「ウェークアップ!ぷらす」で、「北のミサイルが怖くて、大阪では地下街を歩く人が増えている」と述べ、田崎史郎・時事通信特別解説委員は「今、安倍政権で良かったと思っているんです。他の政権だと心配ごとが多かったんじゃないかと…」とコメントした。安倍政治だから危ないのだ。
官邸広報官とも言うべき山口敬之氏(元TBS記者)は「今は森友問題にかまけている場合じゃない」「VXガス搭載のミサイルが日本列島に撃ち込まれる」「(朝鮮情勢を)騒ぎすぎという奴は全員北朝鮮で毒饅頭を食らっている」などの妄言を連発。山口氏は日ロ首脳会談の際は、「北朝鮮問題で対立するトランプ米大統領とロシアのプーチン大統領の双方と親しい安倍首相が、両国の橋渡し役になれる」と発言した。
元韓国大使の武藤正敏氏、元外務省北米課長の岡本行夫氏、元防衛相の小野寺五典・中谷巌両氏ら首相に近い人物たちがテレビに出た。
歴史に無知なテレビ局は「朝鮮戦争勃発か」「第二次朝鮮戦争の危機」などと煽ってきた。朝鮮戦争は1953年に停戦になっており、終わっていない。「第二次」ではなく、朝鮮戦争の再開だ。朝鮮が求めているのは朝鮮戦争の終結と朝米平和条約の締結であり、朝鮮半島の非核化であることを報道しない。
朝鮮の場合だけ、ミサイル発射と表現し、「ミサイル実験」とは言わない。リベラルな記者でさえ、米軍のシリア攻撃について、「国際法違反の疑いすらある」という控えめな表現を使っていた。なぜ、米国がアラブで主権国家にミサイル攻撃をする権利があるのか。国連決議もない武力攻撃は国際法違反の侵略行為だ。
米国の大学のジャーナリズム論の教科書に最初に書いてあるのは、双方の言い分を聞くことと、できるだけ多様な事実、意見を提供することだが、日本の朝鮮報道は100対ゼロだ。朝鮮の主張に耳を傾ける姿勢がない。
日本政府とキシャクラブメディアは15年前から、それまで朝鮮の呼称を「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」(新聞)、「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国」としていたが、正式国名を省き、「北朝鮮」とか「北」と呼ぶようになった。
朝鮮が米韓の軍事的圧力に対し防衛力を整備することに対しては「挑発」とか「瀬戸際外交」と呼ぶ。米韓の軍事演習は「圧力」と表現する。
米空軍が4月26日、ICBM(大陸間弾道ミサイル)ミニットマンIIIを数千キロ離れた南太平洋に着弾させる発射試験を実施した。日本のメディアは、「核抑止力のテスト」と報じた。朝鮮のミサイル実験を非難しながら、米国の試射は国防のためだと正当化するのは明らかなダブルスタンダード(二重基準)だ。
日本の報道機関の報道に接するのは日本国籍者だけでなく、在日朝鮮人、外国人もいるという視点が全くない。日本の報道機関の悪いところが全部出ているのが朝鮮に関する報道である。
安倍官邸とメディアが朝鮮有事を煽っていた5月1日、トランプ大統領は米通信社のインタビューで「これはニュースになるだろうね」と強調したうえで、「環境が適切なら金正恩委員長と会ってもいい」と発言。また、3日にはティラーソン国務長官が講演で、「(米国)北緯38度線の北側に入る理由を探しているわけではない」と侵攻の意図がないことを明言し、米政権が対話路線を取った。5月9日から2日間、オスロで朝米非公式協議が行われた。戦争を煽ってきた日本メディアは戸惑いを隠さない。
日本政府と政権党とキシャクラブメディアに洗脳された国民のほとんどは、日本が40年間にわたって朝鮮を侵略・強制占領した過去の人倫に反する罪を謝罪し、過去清算をしていないことを忘却している。国交正常化を目指すと公約した日朝首脳による2002年の平壌宣言のことも無視している。小泉元首相が平壌宣言に署名した時、小泉氏のすぐ隣にいたのが安倍氏(官房副長官)である。
過去の侵略の加害者側が、被害者側の朝鮮が日本を攻撃してくると騒ぎ立ているのである。
日本は、2000万人以上のアジア太平洋地域の無辜の市民を死に至らしめた過去の歴史を反省し、70年前に施行した日本国憲法前文で、〈政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意〉〈平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意〉したはずだ。
この非戦・平和主義を日本国憲法の前文と第九条で誓約した日本の首相が、米大統領との電話会談で、米国に先制攻撃をやめるよう要請せず、対朝鮮攻撃を煽る発言を繰り返してきたのは異常な事態だ。
朝鮮を嫌悪する日本の報道界は、民衆メディア、野党、市民運動が腐敗政権を打倒し、韓国大統領に選出された文在寅氏を新大統領に選んだ韓国に対し、素直に評価しない。新大統領は最初の会見で、「条件が整えば平壌にも行く」と表明し、南北融和路線を示した。開城工業団地、金剛山観光の再開も始まる。日本の政府与党、反動文化人は新大統領にも因縁をつけている。日本軍「慰安婦」問題での日韓合意の見直しが気に入らないのだ。
韓国の大学講師をしている元ゼミ生は「韓国ではいつもと変わらない。どうして日本ではそんなに騒ぐのか分からない。韓国では新大統領が これから南北の緊張も緩和していくと思う」と話している。
共同通信によると、マニラで4月29日開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議で、フィリピンのドゥテルテ大統領(議長)は「米国は朝鮮半島から手を引くべきだ」「核戦争に勝者はいない。(派遣された)米国の軍艦は恐怖を呼んでいるだけだ」などとも述べた。日本の記者たちは、こういう視点ぐらいは持つべきだろう。
(同志社大学大学院メディア学専攻教授=大阪高裁で地位係争中、元共同通信記者)