まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

『最長片道切符の旅』をたどる机上旅行~第8日(大館~米沢)

2018年06月30日 | 机上旅行
宮脇俊三の『最長片道切符の旅』を40年後に同じルートでたどるとどうなるかの机上旅行。本州に入ると、第三セクター線に移行した路線や区間はあるものの、多くは当時と同じ鉄路をたどることができるのかと思う。

さて『最長片道』では夜行列車で盛岡入りしたこともあり、第7日の時点で秋田まで進んでいるが、2018年版机上旅行は「通し打ち」のため、旅程の半分にも至っていない。この先、『最長片道』との差が縮められるかどうかである。

大館を早朝に出発して、奥羽本線で弘前を目指す。この辺りの鈍行もロングシートの車両が走るようになった区間である。まあ、この辺りは助走という感じで走ることになり、再び青森県に入り、弘前に到着する。城下町ということで見どころもあり、宮脇氏も『最長片道』では1時間半の待ち時間で弘前城と町並みを見物している。ただ、前夜の夜行列車の遅れや、花輪線の車内にカメラを置き忘れたことで気が滅入っていたのか、弘前の町も単に古い建物ばかりとあっさりと切り捨てている。

2018年版では早朝の弘前は乗り換えだけで、五能線直通の東能代行きに乗り換える。五能線といえば現在では超がつくくらいの人気ローカル線である。リゾートトレインも運転されている。夏の穏やかな景色もよいが、冬の厳しい日本海の景色というのも旅する魅力である。まずは岩木山とリンゴ畑の中を行き、鰺ヶ沢から海の区間となる。乗ってきた列車は鰺ヶ沢からは快速運転で、途中の小駅は通過してしまう。鈍行でトコトコと行く方がより風情を感じることができるが、全体の本数が少ないので致し方ない。秘境駅としても知られる驫木も通過してしまう。以前に、五能線に乗らずに、五能線の列車を外から見たり、途中のスポットに立ち寄りたいということで、この区間をレンタカーで走ったことがある。世界遺産の白神山地、十二湖、千畳敷、不老不死温泉など、素朴な魅力があるところも多い。

午前中を五能線の車窓で楽しみ、東能代に到着。次に乗るのは10時56分発の特急「つがる2号」。弘前を9時40分に出た列車で、五能線のぶんだけ3時間大回りしてきたことになる。次の鈍行でも秋田からの乗り継ぎに間に合うのだが、どうせロングシートの車両だろうからここは特急で行ってしまう。八郎潟の景色を見た後で秋田に到着する。次の13時00分発の特急「いなほ10号」まで1時間あまりあるので、昼食とする。秋田の郷土料理といえばきりたんぽやしょっつる鍋を連想するが、昼でもいただけるだろうか。宮脇氏は第7日は秋田で宿泊しているが(ホテルは事前に予約していた模様)、夜は川反で「鱩のちょっとしか入っていない塩汁鍋をつつき」とある。弘前での昼食でも食べに入りたい店が見つからなかったようで、この日の行程は前夜から当日夜までなかなかついていないものだった。

さて、2018年版では秋田で郷土料理のなにがしかを昼食でいただいたことにして、特急「いなほ10号」に乗り込む。乗り換えとなる坂町では3時間。おそらく、秋田の地酒を持ち込んで日本海を眺めながら「呑み鉄」に浸ることになるだろう。

車窓としてはまず象潟、鳥海山が挙げられる。酒田も北前船がもたらした都の文化が残る町である。『最長片道』では、朝秋田から乗った特急を鶴岡で下車している。次に坂町から乗る米坂線の列車までの時間があり、1時間半後に出る鈍行で行っても間に合うからである。鶴岡では鶴岡藩主だった酒井家の屋敷である致道博物館を見物している。2018年版でも同じことができるかなと時刻表を開けるが、鶴岡では次の鈍行は20分後に出て、坂町では1分しか待ち時間がない。無理して下車することもないか。

あつみ温泉を過ぎると再び日本海となり、笹川流れの景勝も過ぎる。一度、この沿線の民宿に泊まったことを思い出す。夕食にはさまざまな日本海の幸が並んだが、夏場ということで岩ガキもあった。生まれて初めての岩ガキで、夏でもカキが食べられるのか(どうしても広島の冬場のカキのイメージが強いもので)と驚いたものである。そう滅多に味わえるものではないが、たまに居酒屋のメニューで見かけると注文する一品である。

鮭の町で知られる村上を過ぎ、15時59分に坂町に到着。次の米坂線は17時12分発と、季節によっては最初から暗い中を走ることになるが、坂町は泊まるには淋しいだろうからもう1本、米沢まで行くことにする。新潟県から再び山形県に入る。

羽前椿という駅がある。私の勤務先企業で、CSR活動の一環としてこの駅から少し山に入ったところで森林育成活動を行っている。従業員や家族も植林作業や農業体験を楽しむことができる。以前にそこの田んぼで獲れた米をいただいたことがあったが、なかなかの味だった。

今泉を通る。宮脇氏が1945年(昭和20年)8月15日の終戦を迎えた駅である。当時18歳だった宮脇氏は父とともに駅前で昭和天皇の玉音放送を聞いたのだが、しばらくした後で米坂線の列車が普通に入って来たのに驚いたと後に振り返っている。そのような時でも時刻表どおりに列車が走っていたことに驚きとともに後々まで強い印象に残している。戦後から73年なので何とでも言えるのだが、8月15日の正午といえば全ての日本国民が玉音放送を聞き、ひれ伏して号泣したかのように綴られるが、実際には日々の仕事をしているなどで聞いていない人も結構いるのではないかとも思う。後から人づてに「戦争が終わった」と聞いた人もいるのではないだろうか。

19時15分、米沢に到着。『最長片道』では米沢に夕方に着き、その後で特急で一気に奥羽本線の横手まで行っているが、2018年版はここで第8日を終了。米沢といえば米沢牛ということで、これも美味しくいただける店があるだろうということで・・・。

※『最長片道』のルート(第7日~第8日)
(第7日)盛岡9:05(定刻8:45)-(花輪線)-12:22(定刻11:52)大館12:29-(急行「こまくさ」)-13:13弘前14:45-(奥羽本線・五能線)-19:34東能代20:19-(急行「むつ4号」)-21:17秋田
(第8日)秋田6:41-(特急「いなほ2号」)-8:35鶴岡10:16-(羽越本線)-12:30坂町12:42-(米坂線)-米沢16:09-(特急「つばさ3号」)-18:55横手

※もし行くならのルート(第8日)
大館5:48-(奥羽本線)-6:31弘前6:46-(奥羽本線・五能線)-10:41東能代10:56-(特急「つがる2号」)-11:44秋田13:00-(特急「いなほ10号」)-15:59坂町17:12-(米坂線)-19:15米沢
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