まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

横浜港近代建築めぐり・2

2008年11月30日 | まち歩き

再び海のほうに向かって歩く。こちらで出会ったのが「日本郵船歴史博物館」。日本郵船の横浜支店のビルだったそうだが、これも1936年に建てられたもの。正面の柱の造りも、神殿風というか、異国情緒あるものである。

Pb294411日本郵船の歴史を紹介するものだが、日本郵船の歴史といえば、日本の海運の近現代史そのものと言ってもいいだろう。日本が近代国家として成長するとともに航路・船舶を発展させた様子を紹介するとともに(海運の発展が経済の成長を支えた、という見方もできるかな)、経済活動における物流の役割をアピールする展示である。四方を海に囲まれていること、資源のほとんどを海外に依存しなければならないこと、輸出産業が日本経済を支えていることから考えれば、海運業の役割というのはもっとPRされてもいいだろう。

日本郵船といえば、「阿房列車」の作者である内田百閒が一時嘱託を務めていたこともあり、その関係の乗船記がいくつかある。当時の豪華客船による旅行の風情が伝わってきてなかなか面白い。

Pb294422そしてやってきたのは、赤レンガ倉庫。もう、定番の観光スポットですな。先ほどまでの博物館やらと違い、ショッピングモールや飲食店街もあるため、人出も多い。またちょうど「横浜トリエンナーレ2008」というのをやっており、その関係での見学客も多い。

Pb294426ぐるぐる歩き回ったことだし、まずは一息ということで海を見ながら・・・・。

Pb294432しばし海を見ながら休んでいると、倉庫の前に人だかりができ、歓声が上がっているのに気づく。何かいなと行ってみると、そこには無数のシャボン玉が舞っている。これも「トリエンナーレ」のイベントの一つで、大巻伸嗣氏の「作品」という。

Pb294440青空に向かって舞うシャボン玉には子どもだけではなく大人からも歓声が上がる。青空・赤レンガ・シャボン玉の色合いの組み合わせには何だかワクワクする(写真がうまく撮れないのがもどかしいが・・・)。

ちなみに作品の協賛だか後援に「花王」とあったのだが、シャボン玉の元となる石鹸を提供しているのだろうか。

Pb294450近代建築めぐりもここで一応の締めとして、汽車道を歩く。横浜の現代建築のシンボルといえるランドマークタワーを見ながらもうひと歩き。来年は横浜開港150周年ということでさまざまなイベントが企画されているようだが、近代建築と未来型建築が融合する港町横浜の魅力というのはまだまだ奥深いものがありそうだ。また訪れてみたいものである。

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横浜港近代建築めぐり

2008年11月29日 | まち歩き

横浜に行ってみようと思う。目的地は横浜・日本大通りから馬車道にかけてのエリア。ここにある近代歴史遺産の建造物を見て回ろうというものである(中華街とか山の手エリアは今回はパス)。最近の「ヘリテージング」というのが話題になってから訪れるのは私自身初めてではないだろうか。

みなとみらい線の日本大通り駅に現れる。この線も開業して5年、今ではすっかり横浜観光のメイン路線となっている。

Pb294379さてここから建造物めぐり・・・ということで、日本大通り駅の真上にある「横浜都市発展記念館」へ。ここは昭和初期の「旧横浜市外電話局」を保存活用したという。正直、この建物の存在は知らなかった。

ここでは横浜の都市形成や都市生活についての展示がなされているが、このほかに企画展で「横浜ステーション物語」というのをやっていた。日本で初めて鉄道が敷かれたのは新橋~横浜間であるが、その横浜駅も鉄道や都市の発展とともに場所も変わりながら(初代の横浜駅は、現在の桜木町駅のあたりという)、横浜の街を見続けてきたという。当時の資料を見ながら現在のJR線、私鉄線の前身となる鉄道線を確認するのも面白い。目を引いたのは「近い・早い・安い」と、当時の「省線」と徹底比較することで競合意識をむき出しにした東京横浜電鉄(現在の東急東横線)のポスター。もちろんこの企画展の存在も事前には知らなかったから、思わぬところでの収穫である。

Pb294387日本大通りに出る。ちょうどイチョウ並木が鮮やかに黄色く色づいている。カメラを構える人のほか、スケッチブックを広げて写生にいそしむ人たちも多い。歩道の幅も広く、ゆっくりと腰掛けて筆を取るにはもってこいのロケーションである。

Pb294383その中にあるのが「神奈川県庁本庁舎」。中央の塔は「キング塔」という、どっしりとした感じの造りの建物である。どこか西洋の宮殿を思わせるような風格である。最近の庁舎は近代的なビルが多いが、こうした建物のほうが「役所」としての威厳(庶民にとっては高圧的?)が感じらるように思う。もっとも今はこうして観光名所となっているが・・・。

Pb294418少し歩くと「横浜税関庁舎」。ここにはイスラム風の丸いドーム状の塔があり、こちらは「クィーン塔」の名前がある。玄関は海のほうを向いており、さすがは海の玄関である税関らしい。薄い色合いの壁が、異国情緒をも漂わせる。

Pb294397さらに歩いて、「横浜開港記念会館」へ。横浜の時計台とでも言おうか。こちらは「ジャック塔」。普段は中のホールも公開しているようだが、本日はイベントで貸切になっており玄関口までしか入れなかったが、建物の外観を見るだけでもうなるばかりである。キング・クィーン・ジャック、それぞれ独特の味わいがある建物である。

Pb294405いつしか馬車道まで出る。この道に沿って「旧横浜正金銀行本店本館」がある。こちらもイスラムのモスク状の屋根を持つ重厚な建物。関東大震災の時にも耐えたという。うーん、昔ながらの銀行の建物というのも威厳があるもんですな・・・。

Pb294404もっとも現在は神奈川県立歴史博物館として、神奈川県内から出土された土器・石器類、中世都市・鎌倉、近世の東海道を中心とした庶民文化、横浜開港からの近代化・・・と、神奈川県の歴史が資料も豊富に展示されている。こちらも興味深く回ることができ、結構長い間滞在してしまった。

Pb294401横浜というところ、これだけ多くの近代歴史建造物が残っているのはどうしてだろうか。これは街の気質とでもいうものだろうか。いや横浜に限らず、函館、神戸、呉、門司など、港町にはなぜかこの手の建物が多く残っているように思う。とすれば、海に生きる街の人たちの思いというか、「海外的なもの」への憧れとでもいうものだろうか。

やはり海を見たい、ということで、海岸のほうに向かって再び歩く・・・・。

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カレンダーの時期ですね

2008年11月28日 | プロ野球(バファローズ・NPB)

11月ももうすぐ終わりで、今年もとうとう師走が訪れようとしている。この2文字が目の前に来ると世間が賑やかになるのが毎年の歳時記である。

そろそろいろんなところで来年のカレンダーを目にすることになる。書店に行けばアイドル・タレント・女優のカレンダーがいろいろと並んでいるし、「笑点」では来年のカレンダーのPRをやってたりと、この時期ならではのこと。もっとも、自分で「このカレンダー!」といって購入するものもあれば、年末の挨拶回りで取引先からカレンダーをいただくなど、12月といえばカレンダーである。

こういうのが年末になるとオフィスにたまり、仕事納めの時期になると「好きなのを持って帰ってください」ということになるのだが・・・・。

Pb284373私の場合、通販で注文していたオリックス・バファローズの2009年のカレンダーが手元に届いた(バファローズのことを書くのは久しぶりですね)。今年途中から就任して、見事にクライマックスシリーズまで勝ち進んだ大石監督を筆頭に、活躍した選手たちの躍動する姿が各月に織り込まれている。

ただ毎年のことだが、プロ野球につきものの移籍、退団などがつきまとい、来年の実際の戦力とカレンダーの面子が変わっていたりするのを見るのも面白い。特にオリックス・バファローズの場合、「合併球団」といういきさつもあり、初年度から主力が入れ替わっていて・・・。

2005年→楽天行きを選んだ岩隈が1月の「イラスト」。

2006年→2005年オフの契約がこじれて結局巨人に行ったパウエルが3月とか4月に出ていた。その代わり、カレンダー発売後に、清原と中村ノリが入団。

2007年→中村ノリが自由契約、谷が巨人に移籍。3月はこの2人が占めており、何とも締まらないことになったものだ。

2008年→コリンズ監督が途中で解任、ちなみに11月は、横浜に移籍した大西。カブレラは出ていない。

2009年→10月の村松はトレードで福岡へ。

まあ、こういうのも球団内の選手の移り変わりを見るようで面白い。

Pb284375合わせ技で、2008年のバファローズの「躍進」と、清原の引退までの軌跡を描いたDVDも購入。まだ鑑賞していないが、いろんな意味で印象に残ったシーズン、やはりこれは年がおし詰まって、いろんな面で2008年を振り返る時に観たほうがよいかな。いずれにしても楽しみである・・・・。

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新大関・安馬改め日馬富士

2008年11月26日 | ブログ

白鵬と安馬の優勝決定戦で盛り上がった大相撲九州場所。この場所での大関昇進を決めた安馬だが、大関昇進が正式に決まったということで、かねてからの言葉通り、しこ名を変えることになった。

その名も「日馬富士(はるまふじ)」というそうだが・・・・。

事前の予想では師匠にちなんで「旭」の文字を入れるとか、伊勢ヶ浜部屋の大関「清国」を継がせるという話もあったのだが、これは予想外だった。

まだ馴染んでいないからだろうが、パッと見た感じとして、字の座りがあまりよろしくないように思えた。音で5字というのは座りがよいが、4文字のしこ名というのもあまり例がなく、「日」と「馬」の組み合わせというのもね・・・。でも、実力を発揮して好成績を挙げれば名前というのは後からでもついてくるものである。

大関というのは微妙な地位で、横綱になるには「2場所連続優勝」というノルマが課される一方で、一場所負け越しても「カド番」で次の場所に勝ち越せば地位は保てる。朝青龍や白鵬のようにトントンと横綱になればよいが、いつまでもその地位にいられるという魁皇や千代大海のような悪い例もある(余談だが、角界をめぐる八百長疑惑の裁判の中で、九州場所千秋楽の琴欧洲と千代大海の一番、千代大海がヤル気なくあっさり負けたことで琴欧洲の負け越しがなくなったという、ああいうのを馴れ合い大関同士の八百長というのだろう。週刊誌の報道もわからんでもない)。

日馬富士には、大関の地位に固執するのではなく、師匠・旭富士にも、モンゴルの先輩・朝青龍や白鵬と肩を並べてほしいものだ。

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ネオ・トロピカリア

2008年11月24日 | まち歩き

「BRICs」の一員として注目されているブラジル。2008年は、日本人がブラジルへの移住を開始してちょうど100年目にあたるとかで、「日本ブラジル交流年」という事業が行われているようだ。

Pb244368深川にある東京都現代美術館のホームページで、「ネオ・トロピカリア:ブラジルの創造力」という企画展示をやっているというので出かけてみた。「トロピカリア」というのは1960年代に起こった芸術運動というが、その流れを受け継いで1990年代から現れたのが「ネオ・トロピカリア」というものとか。いずれにしてもブラジルのアーティストによる作品というのも珍しいので、のぞいてみることにした。

うーん、私の鑑賞力では、「だからブラジルの創造力なんだ」ということを作品から感じるのは難しかったが・・・・。「これはフランス人作家によるものです」とか「作品にはラテン系のモデルがいますが、この作家はスペイン人です」と解説されれば「なるほどですなあ」と疑わないだろう。それはさておき、現代美術らしくさまざまな素材を使用した作品や、映像・CGを駆使した作品を観るのは面白い。

この展示では、「マントを着てブラジルの音楽にのって踊る」「クッションに寝転がって天井からぶら下がる作品を見上げる」などという体験もできる(さすがに踊っている人は見かけませんでしたが)。いろんな楽しみ方ができそうだ。

Pb244369それよりも訪れて面白かったのは、同時開催されている「森山大道 ミゲル・リオ=ブランコ写真展:共鳴する静かな眼差し」。森山が、100年後の日系人が多く住むサンパウロで、ミゲル・リオ=ブランコが日系ブラジル人が住む日本の中でさまざまな事物が集まる東京を舞台として撮影した写真が対比されるように展示されている。それぞれが街を歩きながら、通過者(歩行者)の視線で撮ったもので(別室では今回の撮影のメイキングDVDも流れていた)、少なくとも先の現代美術よりは、日本、そしてブラジルの息遣いというのは伝わってくる。その中でも、ミゲル・リオ=ブランコの作品は日本の事物を焦点としてとらえており、「こんな日本の描き方もあるのか」と思わせた。両者の「作風」も対照的である。

森山大道という写真家のことはこの企画展で初めて知ったが、街の風景をテーマとした作品はいろいろとあり、機会があればまたのぞいてみたいなと思う。

Pb234348・・・・ブラジルということで、私が訪れたところで出会った「ブラジル」の写真を一枚載せておきます。さて、場所はどこでしょうか・・・・(ヒント:とあるローカル私鉄の駅前)。

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練馬・中野界隈を歩く

2008年11月22日 | まち歩き

11月の下旬といえば冬型の気圧配置が強まる時期。東京は空気が澄んで、雲ひとつない快晴となった。

いくらか暖かくなった昼下がり、西武池袋線は江古田駅に現れる。「お散歩だんらんの会」というところの、まち歩き・お散歩のイベントに参加するためである。このサークル、東京近郊を中心に散歩を楽しむ活動を行っており、東京に来てからというもののなかなか限られたスポットしか訪れることのない私にとってみれば、東京近郊のさまざまなスポットを歩いてみたり、またいろんな方との交流を深めることができるのではということから、今回初めて参加申し込みしたものである。

Pb224270この日のコースは江古田駅を基点として、練馬、中野、新宿の3区に渡る「紅葉スポット」を眺めつつ、JRの中野駅まで歩くというもの。私を含めて総勢7名の一行で出発。

西武鉄道といえばほとんど西武ドームに野球観戦に訪れる時くらいしか乗ることがなく、途中駅での下車・散歩となるとほとんど初めて(そんなに印象のありそうなスポットも思い浮かばない・・・)。ただグループで歩くことで、これまで見えなかったものが見えてくるだろう。

江古田の駅を出て、駅の南側に広がる住宅地を歩く。敷地の広い家があるかと思えば、昭和の風情を残す住宅、一方通行の幅の狭い道や、そこを通行する最近の大きなワンボックスカーなど、古いものと新しいものが混在しているような一角である。

Pb224279中野区に入り、北江古田公園で一時休息。ここでは親子づれがのんびり歩いていたり、バドミントンなどで楽しむ家族連れの姿も見られる。穏やかな天候と合わせて、都会の中の憩いの場である。

Pb22428123区内といえばゴミゴミしたイメージがあるのだが、結構こうした公園もあるものだ。参加者の皆さんも「のんびりしているね」「都内にもこんなところがあるんだ」と、しばし芝生に腰を下ろして公園の雰囲気を楽しむ。元国立療養所中野病院の跡地に整備された公園とあるが、地図などをみると何だか戦国時代の城郭のような形をしているようにも見える。

Pb224284再び住宅街。比較的早い時期に整備されたのか、ゆったりした空間に個性豊かな住宅が並ぶ。中野区といえばマンガ文化をはじめとしたアートがさかんというイメージがあり、この地に住む人も芸術性というか、個性というものをどこかに表現しようとしているのか。

Pb224287住宅街を歩くといきなり前方に巨大なモスク状の建物が姿を現す。なんだこれは?? 同行の人たちによればここは「水の塔」公園の建物で、かつては配水用の塔、そして現在は災害時の給水施設として使用されているとか。昭和初期の建築というが、その当時にこういうデザインにしたという人々のセンスには拍手ものである。

Pb224302Pb224307中野区にあって京都の風情をかもし出すという、哲学堂公園へ。哲学博士であり、東洋大学の創設者でもある井上円了の手によって整備されたというが、建物や森の名前などが哲学によるネーミングで、一般の凡人には何のことやらわからない。哲学をいろいろ考えるよりは、説明文を読んで余計に「モヤッと」してしまいそうである。ただ、まだ時期が早いものの紅葉との取り合わせは、見方によっては確かに京都の風情と言われてもおかしくないほどである。

東京の公園に紅葉を求めての散歩だったが、さすがに紅葉にはもう少し早かったかなと思う。でもまあ、紅葉の予測というのは桜前線よりも難しい面があり、日程を組むには難しいところなのかと思う。

Pb224311この後は西武新宿線・新井薬師前駅に出る商店街を歩く。途中、昭和の頃の懐かしいおもちゃや駄菓子を扱った店をのぞいてみたり(テレビ朝日の「ちい散歩」で訪れた俳優の地井武男さんのサインもしっかりありました)、世界中から集めた、子どもの情操教育用のおもちゃの店やら、輸入雑貨の店などをのぞき、JR中野駅につながる昔ながらの商店街に出る。

新井薬師から中野駅にかけての通りではそれぞれの店が独自の商品を扱い、地元の人たちで大いに賑わっている。郊外型の大型店などこの地にとっては無用なものなのだろうか。この時期は日が落ちるのが早く、テレビではまだ大相撲の幕内前半の取組の時間だがすでに店を開けて、カウンターに座ってグラスを傾ける人の姿も見える。なかなかディープな一角である。

Pb224330Pb224334少しずつ暗くなり、街灯や看板に灯りがつくようになる。この昭和の通りと、筋一本横に入った「中野ブロードウェイ」を散策し、新宿の西にあって多くの人たちを受け入れ、また独特の文化を発信しつつある中野の界隈を十分に楽しむことができた(私の場合どうしても「一杯飲み屋」の佇まいで街の様子を見ることがあるのだが、ここ中野の場合は、こちらのほうに自宅があったら途中下車して開拓してみたいなという気にさせる)。

予定の17時ちょうどに中野駅に到着。ここで一時お開きとなり、希望者については駅近くで慰労を含めて一席設けられた。その場でもさまざまなことを話しあったりしたが、話の中身とか、参加者同士の波長とか、結構合っているものを感じた(意見がぶつかるところもあったが、それはそれで後に引くようなものではないし)。またこれからも会員同士の話などから散歩の行き先を決めるとのことで、そうとなれば私もできる限り参加してみたいものである。身体を動かすことで気分転換にもなるし。

やはり、鉄道や自動車での移動ではなく、歩行者の視線でないと気づかない「面白モノ」がたくさんあるものだな、と実感できた一日であった・・・・。

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みやぎの明治村・登米

2008年11月21日 | 旅行記B・東北

若柳から東へ走り、やってきたのは「みやぎの明治村」として名高い登米。ここを訪れたのは、明治に建てられた「旧登米高等尋常小学校校舎」の見物が目的である。

Pb154210その前に、隣接する観光物産センターのレストランで昼食。「はっと汁」というものをいただく。「はっと」というのは登米の郷土料理とかで、小麦粉に水を加えて練り、その生地を薄く延ばしたものを醤油仕立ての汁に入れるというもの。宮城といえばササニシキをはじめとした米どころというイメージがあるが、昔の農民にとっては米は年貢であり売り物であり、毎日食べられるというものではなかったのだろう。こうした小麦を代用した郷土料理というのが生まれることになったのかな(今なら逆ですな)。

Pb154231隣接する校舎へ。今も登米小学校の敷地の中にあり、「教育資料館」として、登米観光のシンボルとなっている。中央に白いバルコニーを配し、左右に広がる校舎。建造物としても目を見張るものがある。

Pb154218中には明治以降の教育に関する資料が展示されている。昔からの教科書とか、国境線や国名が現在とは大きく異なる世界地図などをうなりながら眺める。この手の展示、好きな教科でもあるためか社会科の教科書に目が行く。時代によって教えられていることがこれだけ異なる教科もなく、それだけに歴史を感じることができる。

Pb154227その教室もノスタルジックな感じだ(イスに座ることもできるが、私のような図体がデカイのが座ったら壊れそうなのでやめておく)。

Pb154235登米にはこの教育資料館をはじめとして、明治時代の建物やら武家屋敷が点在する。かつては宮城県北部と岩手県南部が「水沢県」と呼ばれていたとき、一時的に県庁が置かれた建物やら、400年以上前の武家屋敷「春蘭亭」などを観て回る。秋空の下の散策である。

Pb154245少し行くと「警察資料館」というのがある。ここも明治に建てられた警察署の建物であるが、警察のことを扱った資料館は全国でもここだけという触れ込みである。本当、岐阜の明治村にあってもおかしくない建物が存在するとは、さすが「みやぎの明治村」である。中は歴代の警察の制服とか、本物のパトカー(乗車してサイレンを鳴らすことができるのだが、どうやって部屋の中に入れたんだろう)もある。

Pb154242また「警察資料館」らしいのは、「牢屋」の展示まであって・・・。何かを間違えて牢屋に入れられる時に備えて?一度入っておくのもよいだろう。ちなみに、ここの説明文では、牢屋の食事を「臭いメシ」というのは、食材が臭いというのではなく、狭いところに大の男たちが押し込められ、風呂もなくトイレも部屋の隅に穴があるだけで、臭いところで取る食事だからというのが語源だと書いてある。

見物していると時間が過ぎるのが早い。そろそろ出発することにする。この登米、岩手から来る北上川に面している(川べりにあったとは現地に来て初めて知った)。この水運があったからこそ洋風建築が入り込む要素があったのだろう。

仙台へはこの北上川に沿って石巻を経由するのが近いようで、ゆったりと流れる川に沿って走る。日の短い時期、石巻あたりでは日が西に傾き、渋滞していた松島では島の影もぼんやりとしていた。とっぷりと暗くなり、この日の宿泊地・仙台駅前にようやく到着。

レンタカーを返してホテルにチェックインし、ようやくアルコール解禁となる。仙台の名物はということで、牛たん料理とする。

Pb154248市内に名店はいろいろとあるが、私が訪れたのは「利久」。定番の牛たん焼きも他店より分厚いのが特徴。カウンターの前で、炭火で焼かれているのを見ると食欲がそそられる。

Pb154252「利久」の牛たん料理はこのほかにもいろいろなアレンジがあり、ハンバーグ、プロバンス風ソース料理、テリーヌ、角煮にピロシキなんてのもある。その中で「新商品」として張り紙があったのが「牛たん包(パオ)」。とんこつ風テールスープの鍋の中に牛たんのひき肉を詰めたパオが入ったおり、もちっとしたパオと牛たんがよく合っている。仕上げにラーメンが入れば「仙台と中国と博多」のコラボレーションである。

長い一日だったこともあるし、翌日は時刻表検定。この日はそのままホテルに戻りゆっくりと休んだ・・・・。

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東京タワー、後、くりでん

2008年11月19日 | 旅行記B・東北

細倉金属鉱業の見学を終え、映画『東京タワー』のロケ地ともなった細倉鉱山の旧佐野社宅に現れる。

Pb154191『東京タワー』とか『三丁目の夕日』とか、昭和30~40年代を背景にした映画が一時ブームを見せていたことがあったが(それらを映画館やレンタルで観たりということはないのだが)。先ほど話した細倉金属鉱業の総務課の方も、『東京タワー』が公開された時は「ロケ地めぐり」で町が賑わったり、実は細倉金属鉱業の敷地や建物そのものも、映画の舞台となった「炭鉱」のイメージやら、その当時の面影を残すということでセットで使われたとかいう話をしていた。

Pb154184よく映画のロケ地めぐりも「旅」の要素として使われるが、こういうのって、先にロケ地となった場所を観ておいたほうが「この場面って、あそこで撮影したんだよね」と親しみを持って作品に入れるのか、鑑賞後に「この場面って、ここで撮影されたんだ~!」と、手品の種明かしを見るように訪問したほうがよいのか、どちらなんだろう・・・?

Pb154186それはさておき、旧佐野社宅の敷地内は、当時の建物がそのまま残されていたり、往年の商店の店先のレイアウトが微妙に再現されており、訪れる者の目を楽しませてくれる。屋内に入って見学できる建物は限られているが、ロケ時の写真が展示されていたり、看板も当時のものを再現したりと、作品を観ていない初めての者でも十分楽しめるつくりになっている。作品の舞台は筑豊の炭田らしいが、産物は違えど当時の「鉱山の町」の風情を伝えるにはうってつけの場所だったのだろう。

『東京タワー』はまたレンタルでもして鑑賞するとして、この先どのようなコースをたどるかである。細倉から南下すれば、伊達政宗の居城があった岩出山(当時の甲冑が町のあちこちで展示されているとか)にも出られるのだが、細倉鉱山ということを考えれば、旧くりでんの遺跡を観るのもいいかなと、当時の車両などが現在も展示されているという旧若柳駅を目指す。カーナビには廃止後の路線もまだ表示されており、道には迷わずにすむ。

Pb154200ちょうどこの日はイベントがあり、旧若柳駅では車両の展示だけではなく物品の販売も行われていた。中には踏切の遮断機や警報機の入札なんてのもある(やはり入手する人がいるんでしょうな)。どこから来るのか、その筋の人やら、ボランティアの人の姿も目立つ。先の地震で亡くなった方もくりでんの再生と地域活性化の活動をされていた方で、それだけ視線が寄せられているということ。

暖かくなってきたので、しばし日向ぼっことする・・・。

Pb154209

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細倉鉱山近代化産業遺産見学

2008年11月17日 | 旅行記B・東北

時刻表検定試験の受験地を仙台ということにしたが、ちょうどJRで「仙台・宮城ディスティネーション」というのをやっている。駅にもパンフレットが置かれていたので回るところを物色する。最初はこの秋に陸羽東線に登場した「みのり」号と鳴子温泉を絡めて・・・と思ったのだが、あいにくと指定席券は秒殺で売り切れており(だからいやなんですね・・イベント列車って)、こちらは断念。

すると、同じ県北エリアで「細倉マインパーク」というのを見つける。昨年まで栗原電鉄(後には「くりはら田園鉄道」に名を変えたが、「くりでん」の愛称で親しまれていた)が走っていたところで、鉱山めぐりというのも面白いかと思う。ちょうど現在の細倉金属鉱業の施設や坑道跡などが「近代化産業遺産」として認定されたとあり、事前の予約により見学者を受け入れているとのこと。問い合わせたところOKをいただき、これで予定は決まった。古川駅からレンタカーで細倉に向かい、その後は現地で決めることとしよう。

Pb154143古川駅から1時間弱で細倉鉱山に到着。交差点には「近代化産業遺産認定」の看板が立ち、その一角には旧くりでんの終点、「細倉マインパーク前」駅がある。細倉鉱山で採掘された亜鉛鉱を東北本線の石越まで運ぶために敷かれた路線であるが、ご多分に漏れず鉱山の閉山→人口の減少→利用者の減少→赤字に苦しむ→廃止という流れをたどったもの。

Pb154144ただこのマインパーク前駅、扉に鍵はかかっているものの、駅舎はまだ残っている。それだけではなく、古い機関車やホーム、そして線路まで残っている。これは残しているのか放置しているのかはわからないが、これも「近代化遺産」なのかなと思う。しばし線路の上を歩いて、結局乗車する機会のなかった鉄道の風景を空想する。

Pb154150約束の時間になり、細倉金属鉱業を訪ねる。応対してくれたのは総務課の方で、見学者は私一人。午後からは観光バスの団体が来るとのこと。普段は同社のOBの方がガイドをされるそうだが、私が訪れたときは地元テレビ局の番組収録があったために、総務課の方の案内となった。「栗原もあの地震で温泉がやられたから、こういう遺産をいろいろとPRしているんです」という。そういえば、この地域を襲った岩手・宮城内陸地震というのは今年の話だった。日夜さまざまな出来事が起こる中、この地震が起きたのが随分前のことのように思っていたのは恥ずかしい限りだ。

栗駒山の麓にある温泉地は大きな被害があったが、細倉鉱山のあたりは岩盤でできているために地震の揺れも大きなダメージにはつながらなかったという。ただ、三ヶ所ある自社用の水力発電所の一つが、周囲の土砂崩れで操業を停止しているという。

Pb154157時代を感じさせる事務所建物に招じられ、入り口に「近代化産業遺産」の認定証が飾られているのを見た後に、建物の中で同社の歴史を案内してもらう。細倉鉱山は平安時代に発見され、江戸時代には亜鉛の鉱山として仙台藩の財政を支えたという。明治になり所有者が変わる中で最後は三菱の経営となり、閉山後は分社化され亜鉛の精錬などを行う工場として稼動している。最近では自動車のバッテリーのからの鉛のリサイクルが主要業務で、環境保全にも一役買っているとか。こうした施設見学や、鉱山のハゲ山への植林活動もそうした活動の一環とのこと。

Pb154159ヘルメットをかぶって場内を歩いて回り、バッテリーのリサイクル工程や鉱廃水処理の工程(閉山後も鉛を含んだ地下水が湧き出ており、これを処理するのも事業の一つ)の説明を受けた後、クルマで裏手の鉱山に移動する。この山を舞台に植林活動を行っており、ところどころに若い木々が見える。

Pb154170工場を見下ろす景色はなかなかよいものである。ただ残念だったのが、ちょうどテレビ局のクルーが来ており、OBの方が説明をする場面を何回もカメラを回しながら撮影していたため、じっくりと見ることができなかった。その代わりというわけではないが、見学者が私一人のため、工場のさらに奥にある昔の採掘跡に案内していただいた。クルマ一台がやっとという道幅で、バスでやってくる団体客は入れないというところ。昔の手堀の名残を残す「たぬき堀跡」や、鉱山の守り神である「山神社」を案内していただく。見た目では小さなお堂だが、現在も毎年の仕事初めの日には社長などが安全祈願を行うという。

1時間半ほどのコースで案内していただき、工場を辞する。近代化産業遺産の説明もだが、「公害」と結び付けられやすい産業ならではの環境活動の説明というのも、現地に来て初めて知ったことで思わぬ収穫となった。この後で「細倉マインパーク」に行こうかとも思ったが、ナマの話を聞いた後でテーマパークというのもな・・・と、パスすることに。その代わり、説明の中にも出てきたのだが、映画『東京タワー』のロケ地となった細倉鉱山の旧佐野社宅にオープンセットが保存されているというので、そちらをのぞくことにする・・・・。

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時刻表検定試験受験

2008年11月16日 | 旅行記B・東北

今回第14回目を迎える「時刻表検定試験」。毎年「博士号を目指す」といいながらそれが実現できないでいる状況であるのだが、今回は受験の舞台を仙台に求めた。

あいにくの雨模様であったが、午前中の第2種は50人、午後からの第1種は40人ほどのエントリーとなった。まあ、参加者の規模はこんなもんだろう。

Pb164257今回の出題を見るに、いつもながら「時節ネタ」がいろいろと盛り込まれており、「なるほどな」と思わせるもの。毎回思うのだが、問題として取り上げられるのは全国各地のことに亘っており、時刻表検定といいながらも、時刻表を引かずに答えられる問題がいくつあるか(言ってみれば、自分の地元に近いネタなどは「ホームアドバンテージ」で短い時間で回答できるのではないかということ)も結構時間配分への影響が大きい。そこでいかに時間を稼ぐかも大切なポイントだろう・・・。

これから自己採点。結果は年末に通知されるというが、果たして・・・・?

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ムーンライトながらの指定券転売で逮捕

2008年11月12日 | ブログ

ムーンライトながらといえば、東京と大垣を結ぶ夜行快速列車で、特に「青春18」のシーズンなどは、格安で旅行をしようという人たちで指定券が「秒殺」で売り切れるという人気。もっとも、毎日運転を取りやめて、客の多いシーズンだけの臨時列車に「格下げ」するという動きが濃厚だとか・・・・。

私も「ムーンライトながらで西のほうに出かけてみようかな」と駅の指定券発売機を叩くことがあるのだが、常に売り切れを示す「×」印。たまに「△」が表示されたとしてもそれは臨時便だったり、ごくまれに「△」で入手しても今度は自分の都合が悪くなってしまったりで、実は上り下り含めて「ながら」定期便にはこれまで一度も乗車したことがない(結局、空席のある「えちご」や「信州」で、あちら方面に出かけることが多くなる)。

だからというわけではないが、このニュースを聞いた時には「やっぱりそういうヤツがいたのか」という感じ。1枚510円(閑散期310円)の元手だがこれを数千円で転売して、それを数年にわたり繰り返して利益が250万円になったとか。自分の分を購入して「行けなくなったので誰か買いませんか?」というのではなく、一度に大量に購入していたとか、身障者用の座席を狙い撃ちして購入したとか、いかにも悪質な行為が逮捕につながったという。こういうのが邪魔をしていたのかと思うと、ちょっとなあ・・・・。

もっとも、実際に夜行列車に乗ると、窓口では「満席」となっていても空席がところどころにあったりする。キャンセルするといっても払い戻し手数料が320円かかるとあっては「どうでもいいや」と席を放棄する人もいるだろう(私も経験あります)。そこは度胸のいいのがいて、指定券を持たずに列車に乗り込み、「ここの席は来ないな」と見るや座り込んで、車掌がやってきたら指定席料金を払うという人種もいる。

「ムーンライトながら」のような列車だからこそこういう「犯罪」が起こり、ニュースとして取り上げられるのであろう。ただ、こうした行為がより幅広く行われているとなれば、「ながら」を廃止して一件落着というだけではなく、大げさな話だろうが列車の指定席も航空機と同様「記名式」になったり、「乗車券と一緒でなければ指定席は発売しない」とか、JRが何らかの規制に乗り出しそうな気がする。そうなれば列車の旅も気楽なものではなくなるかな。

「きっぷは正しく、目的地まで」か。

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東京一極集中打破は、関東大震災がチャンス

2008年11月11日 | ブログ

・・・ということが、公的な場で言われたらしいですな。

しかも言ったのが、兵庫県の井戸とかいう知事。

経済や文化の東京一極集中のせいで関西の地盤が沈下しているという事実はわかるにしても、その打破策が「関東大震災」って・・・。気持ちはわからないこともないにせよ、それが阪神大震災で大きな打撃をこうむった(彼はその当時の知事ではなかったか?)自治体の長が言うことだろうか・・・・。

「ワシんとこは震災で痛い目におうたんやから、東京もそないなったらええねん」という程度の考えで言ったことだろう。まあ、この人は憐れむべき「関西中華思想」の持ち主と思えば腹も立ちませんな。

確かに東京一極集中の現状で「万が一」ということがあれば国家に大きな打撃を与えることになり、そのための予防策として他の地域に「国の機能」を持たせることは今後検討していかなければならないことだが、この発言が本音として述べられたのであれば(部分的にここだけが切り取られたというのでなければ)ゆゆしきことだろう。

関西出身者として、関西の各都市には力をつけてほしいと願うのだが、「東京が震災に遭って」という他力本願を期待するのではなく、関西自身が地力をつけることで一極集中を打破するくらいの取り組みをやってほしいものである・・・・(だからといって「タレント」や「お笑い」を首長にする風潮だけはやめてくれ!)。

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日本シリーズ終戦の後は・・・

2008年11月10日 | プロ野球(バファローズ・NPB)

最終戦までもつれ込んだ西武対巨人の日本シリーズは、西武が終盤の逆転勝ちで制し、4年ぶりの日本一を勝ち取った(4年前といえばいわゆる「球界再編」で世間が揺らいだシーズンで、正直、落合・中日と伊東・西武の日本シリーズの影が薄かったのだが・・・)。レギュラーシーズンの評価も低かった埼玉西武ライオンズの皆さんには、パ・リーグファンとして祝福の言葉を贈りたい。

私が応援するバファローズのファンの中にはいまだに「打倒西武」という向きがあるが、当時の西武ライオンズと今の埼玉西武ライオンズは全く別のチームなのだから、その当時の感情を持って向き合うのはいかがなものかと思う(いまだに、西武の選手を中傷したり、選手ではなく球団のサービスそのものに嫌悪感を持ってよしとする「赤いハッピを着て特別身分の入場許可証をぶら下げている関西弁のヤンキーども」とか、身体に「打倒裏金球団」というのを纏っているヤツがいて、それこそ西宮球団の一部キ○ガイファンと同レベル、いやそれ未満の方々がいて不快なのですが・・・)。

さて、日本シリーズが終わり、各球団の有力選手が続々FA宣言をしてメジャーリーグに行ってしまう時期が来ましたが(こういう中で、いまだに「私は巨人にしか行きません。それ以外の球団の指名は拒否します」という、2年前に日本ハムの指名を拒否し、今年のロッテからの指名も蹴ろうとしているナガノだかチョーノだかよく知らんが、巨人の試合しか観ることができなかった昭和40年代の野球環境で育ってきた某自動車会社の人間がいますね――こういうゴネ特を通したヤツは、プロに入っても打率は2割5分未満で終わるというのはプロ野球の歴史が証明しています――とかいう今や化石ものの選手もいますが)、どうなんでしょうね。

この週末には「アジアシリーズ」が行われるが、残念なのは韓国代表がサムスン・ライオンズではなく、SKワイバーンズということ。もしサムスンが韓国チャンピオンになっておれば、埼玉西武ライオンズ、台湾の統一ライオンズ、中国で今年初めて単独チームでの出場となる天津ライオンズとともに、「ライオンズ」同士によるアジア最強決定戦が行われたのにな・・・・というのが理由なのだが。

今年は「時刻表検定試験」受験のため恒例の「韓国対台湾」の試合を観戦することができないのだが、来年のWBCも見据える中、レベルの高い熱戦を繰り広げてほしいものである・・・。

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低額給付金

2008年11月07日 | ブログ

・・・「定額給付金」が正しい名称でしたね。本文中のみ訂正します。

米国の金融危機を受けて、景気対策の一環としてこういう給付金を支給する、その一方で高額所得者の方には「辞退」していただくという制度が実現しようとしている。

まあ、給付金という制度は「もらえるものはありがたい」という感情からすれば「善政」なのだろうが、実際どのような形で給付してもらえるのかしら。「定額給付金の手続きに必要なので、携帯片手にお近くの銀行のATMにお越しいただき、手数料の振込み手続きをお願いします・・・」という、振り込め詐欺の手口で給付されたりして。

ただ、「給付」というのが景気対策になるのか。お上から下されるのではなく、民間の地力を強化して利益を産み出すのが経済対策ではないだろうか。

景気というのが何年周期で動くものであるならば、対策も何年周期で実施するものでなければ効果がないのではないだろうか。そりゃ、給付金が下されるなら「ありがたき幸せ」と受け取るのだろうが、関西出身のくせに江戸っ子のようなカネの使い方をする私のような者からすれば、「宵の口」も持たないような結果にしかならないと思う。そういうことより、国家が経済計画をしっかり立てて、それに向けて産業界をどのように動かすかを考えないと(←こういうことを言うのは社会主義国家そのものの考え方やな)・・・・。

こういう時こそ、経済ジャーナリストとか名乗って毎晩豪遊しているオッサンオバハンどもが建設的な提言をしなければいけないのではないか???おまえらのギャラを削ることこそが、経済対策につながると思うのだが如何??

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鶴見線に降りたアートたち展・3

2008年11月05日 | まち歩き

Pb024092海芝浦から鶴見行きの列車に乗り、降り立ったのは鶴見の一つ手前、国道駅。「国道」という名前は、旧東海道と、第一京浜国道(国道15号線)に挟まれた駅というところからついたようだが、今はその変わった名前とともに、独特のロケーションで鶴見線散策には欠かせない駅である。

Pb024105鉄骨のアーチのある高架ホームから階段を降りる。そこには今回のオブジェの一つである、韓国の高明根(KOH-Myung-Keun)氏による「フィルムプラスチック」という作品がある。駅の近くを流れる鶴見川の情景をモチーフにしたものというが・・・。

Pb024098この国道駅が有名なのは、やはり改札を出てからの情景。これこそが本当の「ガード下」というんだろうな・・・。昔はいろいろな商店で賑わっていたようだが、今となっては、昔商店を営んでいた人たちが日々の暮らしだけを送っているような、時間が取り残されたかのような情景。ただこれはこれで、「昭和」を今に映す光景として、見物する人が多いのだが・・・・。

ただ現地に住む人にとってはどうなのだろう。現に、私が歩いているときに、とある一軒の扉が開いて、どこかに出かけるのであろう、お婆さんが出てきたが、カメラ片手の私のほうを一瞥して「何を珍しそうに見てるんだよ!」という表情であっちのほうに歩いていったしな・・・。

時折上から響く電車の騒音を聞いた後、浅野寄りのホームに立つ。無人駅のはずの改札口になぜか駅員が立っているので、Suicaの入場機にちゃんとタッチしてからである(おそらく、鶴見線目当てで乗降する客が多いので、臨時に人を立たせているのだと思う)。

やってきたのは扇町行き。このまま乗車すれば、鶴見線の全線制覇ということになる。昼近くなって時間帯もよくなってきたせいか、「その筋」の客も含めて乗客も(普段に比べれば)多い。

Pb024113扇町着。横は貨物線という、貨物駅に間借りしたような旅客駅。辺りを見渡しても、一杯飲み屋とかいうのはあるがこれは仕事の終わった鉄道マン向けの店だろう。それ以外は・・・という駅である。看板も「JR貨物 扇町駅」のほうが目立つ。

Pb024117この終着駅、鶴見線アートのオブジェもあったのだが、それよりも目立つのは猫の一族。和歌山の私鉄に猫の駅長で人気の終着駅があるが、ここの猫は貨物の駅員たちが飼っているのだろう、駅長という肩書きとは無縁であるが訪れる人たちを和ませてくれる。貨物駅の詰め所の入り口にはキャットフードと牛乳を入れたアルミの皿が置いてあり、ちょうど食事中のようである。

Pb024123中には、独り身の私に見せつけるかのような光景もあり・・・・(サカるで、ほんま)。

Pb024125駅横にMana氏の作によるオブジェもあるのだが、やってきた人たちがカメラを向けるのは猫ばかり。花壇があろうとなかろう気に留めない感じ。それにしても、よほど人慣れているようで、近づいても逃げるそぶりもなく落ち着いたものだ(左の写真は望遠ではなく数十センチの距離から撮ったものです)。犬よりは猫派の私としても、これには心和むものである。

Pb024129扇町駅訪問で、これで鶴見線アートはひととおり見たことになる。この後は浜川崎まで戻り、一度ホームを出て南武線の支線(貨物線からいえばこちらが本線になるが)のホームに出て、尻手経由で南武線に出る。これで横浜~川崎をめぐる鶴見線のミニ乗り継ぎは終了。

さて鶴見線のアートだが、うーん・・・・。試みとしてはよかったのだろうが、やってきた人たちがアートを理解するまでにはなかなか至らなかったのかな、という気がする。ただでさえ現代アートは一般人が理解するには難しいし、鶴見線という舞台の目のつけどころはよかったのだが、作品が「鶴見線」という路線の雰囲気に負けていたようにも思う。もっともこれは鉄道の側から観た感想であって、アートに造詣の深い人たちならもっと高い評価を出すところであろう。

Pb024121ただ、会期はまだ1ヶ月あることだし、PR次第でもっと多くの人たちに鶴見線ならびにアートの魅力を感じてもらうことができるだろう。昔ながらの田園地帯とは違った、鉄道の雰囲気をかもし出す路線として最高の舞台なのだから、作品をもっと・・・ね。

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