まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

飯田線秘境駅号に乗る・2

2011年08月29日 | 旅行記D・東海北陸

Dscn0443飯田線の旅。川を挟んで愛知県と浜松市が向かい合う中にある大嵐(おおぞれ)駅での長時間停車。他の乗客とぞろぞろと外に出る。東京駅をモデルとした駅舎というが、同行の鈍な支障さん、大和人さんともども「東京駅?」といぶかしむ。まさかレンガのようなタイルを使っている外観が似ているということなのか。「東京駅といっても、丸の内ではなく八重洲口のほうですかね」「日本橋口だったりして」。

Dscn0452この駅も駅前には人家(おそらく廃屋?)がポツンとあるだけで、吊り橋の他には何もないところである。普通の感覚で見れば十分「秘境に来た」という感覚だろうが、「秘境駅」の名づけ親である牛山隆信氏のHP「秘境駅へ行こう!」によれば、この大嵐は何と「ランク外」。3人の分析をまとめるに、やはりこの「東京駅を模した」駅舎、そして町営バスも横づけされるだけの道路、このあたりはその筋にとっては大きなマイナスポイントということになるのだろう。

ならば、どのような駅が秘境駅ということになるか。その答えは、トンネルを抜けてしばらく天竜川沿いに走った次の駅にあった。

Dscn0472それが小和田(こわだ)駅。愛知、静岡、長野の3県の県境が接するところにある駅である。この駅名が、現在の皇太子妃・雅子さまの旧姓(読みは「おわだ」だが)と同じ字ということで、ご成婚の折にはそれにあやかろうと、恋愛成就の駅としてブームになったという。

Dscn0467それが時代を経て、今度は「秘境駅」として人気を集めることに。100人以上の乗客がホームにあふれる様はとても「秘境」とは言えないが、ここはランキングの2位に格付けされたところ。この日一番の見どころといっていいかもしれない。

Dscn0462古びた駅舎は開業当時のままなのだろうが、中には十二単姿の花嫁のパネルもあり、かつてこの駅で結婚式が行われたことがあると記されている。これも時代の流れというものだろうか。駅舎が古いのは、秘境駅のランキングポイントとして高いウエイトを占める。

Dscn0459川に下る石段がある。係員が列車の出発時刻のパネルを持って誘導する中、ぞろぞろと行けるところまで行く人たち。真下に建物が一つあるがここも廃屋のようで、近い集落でも徒歩1時間という立札がある。それにしても、なぜこの場所に駅を建てる必要があったのだろうか。最初から「秘境駅」を狙っていたわけではあるまいに。

Dscn0457周りを見渡しても何もないし、そもそも駅に来るだけでも一苦労である。近い道路といえばどこまで離れるのだろうか。そう、秘境駅のポイントにおいては、駅までのアクセスの悪さというのも重要なことである。

Dscn0477小和田の隣が中井侍。ここは秘境駅ランキングの第27位である。ホームに降りると狭い階段が斜面の上に続くだけ。もっとも途中は民家で、係員が「ここから先は私有地ですので立ち入らないでください」とやっている。線路の向こうには茶畑があるが、そこに降りるにはどうやっても線路を横切らなければならない。おそらく、駅上の民家の持ち物なのだろう。

Dscn0481ただ秘境駅号の乗客が一斉に降りるとホームは都心の通勤ラッシュのような光景になる。やはりちょっと異様な光景といえば異様な光景かもしれないな。

Dscn0489次は平岡に到着。ここは秘境駅ではなく、長野県の南の天龍村の中心駅。駅舎は観光の拠点でもあり温泉つきの宿泊施設を備えている。ここで乗客は全員一旦下ろされる。後から来る普通列車の追い抜きもあり、列車を向かいの線路に退避させるために一度引き込み線に入れるというのだ。

ここで30分ほど停車となるが、乗客にしてみればちょっとした買い物時間である。ちょうど物産コーナーがあり、地元の産品を買い求める人の行列ができる。「これだけお客さんが来るの、私初めて」というレジ打ちのおばさんも対応に大わらわである。

Dscn0502私も飯田の地酒ワンカップを買い求め、後半の車窓の友とする。それにしても、豊橋からずっとハイテンションで来ていたコンパートメントのグループ客、列車をバックに記念撮影して気勢をあげたり、やはり元気だ。車内販売も「ビールがほとんどなくなりましたので、お買い求めはこちらの売店で・・・」と言ってたくらいだし。ただ、テーブルの上はビールの空き缶に焼酎の紙ボトル、グラス、割り前の現金が転がっており、観光列車だから目くじらを立てることもないのだがさすがにマナー的にどうかなと思う。

Dscn0500ここで豊橋からの普通列車がやってきて、そのまま秘境駅号を追い越していく。こちらは豊橋発の上諏訪行きで、飯田線から中央本線を7時間かけて、ほぼ各駅に停車して走る列車である。もともと飯田線といえば、長距離を走る鈍行で長時間かけて各駅に停車していく、というので人気のあった路線。

これなら、後から来た列車で追いかけてここで秘境駅号に乗り継ぐこともできるし、普通列車で先行して、この列車に再び乗ることもできる。もっといえば先の小和田なり中井侍で秘境駅号を見送って次の普通列車で平岡まで追いかけて捕まえることもできる。

「これって時刻表トリックに使えませんかね?時刻表の本文に載っていない臨時列車を使うということで」「中井侍駅あたりで死体があがったりとか」「秘境駅なら、気づく人もほとんどいないでしょうしね」などと乱暴なことを言い合って出したのが、

Dscn0484「疑惑の飯田線・秘境駅号」・・・・

これって、全国の路線、あらゆる列車をトラベル・ミステリーとやらで血祭りに上げた西村K太郎氏のC級作品にありそうなタイトルかな。秘境駅で死体があがる・・・ってのもミステリー。ただしその場合は、いわゆる「その筋」の人とか、この列車のコンパートで気勢を上げていたおやっさんたちの一人・・・ということになるかな。

Dscn0509為栗(してぐり)に到着。ここは秘境駅ランキングの28位。駅のすぐ横を天竜川が流れ、100mほどで吊り橋がある。ここでも吊り橋に向けてぞろぞろ歩く光景が見られる。自然と駅が一体となった感じで、実にのどかである。

Dscn0534そしてやってきたのが田本駅。狭いホームはすぐに崖にぶつかる。前は川、後は崖。ここも乗客が降りると身動きが取れないほどのラッシュとなる。ここの見どころは進行方向の後ろ側にあるということで、駅の出入口でもあるのだが、階段を上がると山道。ちょうどトンネルの上に立つ。

Dscn0519そこからの眺めがちょうどこんな感じ。何だろうか、ホームが崖にへばりついているといったところで、これも「なぜこんなところに駅が?」というもの。集落も長い時間歩けばたどり着くようだが、例えばカーナビでこの田本駅や、先の小和田駅というのは検索できるのだろうか。カーナビで検索できない・・・・これも秘境駅のポイントになるかもしれない。

Dscn0538これで飯田線秘境6駅のうち4駅に降り立った。残る2駅のうち一つは金野。ここは停車駅わずか5分ということで、乗客の動きも慌ただしい。それでも行けるところまで行ってみようと、駅の外まで走り出す人もいる。ランキング13位。

Dscn0542これまでの秘境駅と違うのが、駅前に自転車置場があり、何台かの自転車があった。支障さんが「自転車で来る人がおるんや」と言いながら近づくが、それらはいずれも埃をかぶって長年放置されたものばかり。それでも、自転車置場があったということは、まだそれなりに利用客がいるということだろう。天竜峡駅も近くなってきたし、断崖絶壁の続いた区間からそろそろ人家の多いところに近づいてきたことがうかがえる。ホーム脇に花が咲いているのも心なごませる光景である。

Dscn0549続いては隣の千代駅。ここはランキング39位であるが、つい先ほど小和田や田本といった上位駅に足跡を残してきたばかりの目にはおとなしいものに思えた。だんだん感覚がマヒしてきたかな。

Dscn0547_2こちらも自転車置場があるが、きれいに1台も停められていなかった。ここまで来れば乗客もオマケのような感覚で下車していた。豊橋を出発して5時間、そろそろ列車の旅にも疲れてきた頃だろうか。

Dscn055315時05分、この列車の終点である天竜峡に到着。なお列車到着前に添乗員がやってきて、「赤色のワッペンの皆様は駅前からすぐにバスが出ますのでお早めにお降りください。青色ワッペンの皆様はその後ですので、ゆっくり降りていただいて結構です」と触れて回る。そう、折り返しの間、ワッペンの色ごとに行動が分かれるというものである。赤色のワッペンをつけた私たちは先の下車組ということでいそいそと支度をする。

帰りの列車の出発は16時32分。1時間半のインターバルはまずは駅前からマイクロバスに揺られて・・・・。

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飯田線秘境駅号に乗る・1

2011年08月28日 | 旅行記D・東海北陸

「『飯田線秘境駅号』が気になっています」

こういうメールを、このブログでもおなじみの大和人さんから受け取ったのは2ヶ月前のことである。

飯田線、秘境駅・・・昨今のブームとなっている秘境駅であるが、その言葉の生みの親である牛山隆信氏のランキングによれば、飯田線というのはランキングの上位に位置する秘境駅が多い路線である。その魅力を味わいながら列車の旅を楽しもう・・・・そんなコンセプトで走ることになったのが、この期間限定で運転される臨時急行「飯田線秘境駅号」である。普通の列車で秘境駅を訪れ、そこで下車するのは本筋であるが、ただ列車の本数も少ない路線である。それを1日で楽しめるメリットがある。

列車は全座席指定であり普通に購入することができるが、この列車に乗るのはJR東海ツアーズが企画する「飯田線秘境6駅探訪の旅」のプランに申し込むのが確実だという。ツアーは名古屋~豊橋(新幹線こだま利用)~天竜峡までの往復乗車券、秘境駅号の指定席券、車中での弁当、天竜峡でのりんご狩り体験と土産りんごの持ち帰りがセットとなっている。座席もこのツアー用に多く割り当てられているようだ。というわけで、大和人さんが早くから動いていただいたおかげで、鈍な支障さんも交えて「混戦BB会」として初めての宿泊を伴う旅行が実現することとなった。

Dscn03868月27日、朝の新大阪駅に集合。7時50分発のこだま638号に乗車。雲は多少あるものの青空が広がっており、この先の旅が楽しいものになると予感させる(この日、午後から夕方にかけて大阪市内をゲリラ豪雨が襲い、新幹線のダイヤも乱れることになったのだが、その時は知る由もなかった)。名古屋を過ぎてここからがツアー用の切符が有効になる。

Dscn03859時29分、豊橋到着。ここで飯田線に乗り換える。すでに特急型の3両編成の列車が入線しており、「魅惑の飯田線 秘境駅号」のマークをかかげた先頭部には大勢の人がカメラを向けている。

Dscn0387「飲み鉄」の「燃料」もここで補給して乗り込む。2人がけシートを向かい合わせにして支障さん、大和人さんとともに座る。車内がほぼ満席となったところで出発。次の停車駅は新城で、沿線の主要駅である豊川を通過するのは意外だった。

Dscn0389豊橋を発車すると添乗員が切符の確認と行程表とワッペンの配布にやってきた。3両編成のうち半分がツアー客、残りが一般客といった感じ。一般客にはいかにも「その筋」をいった方たちが多いが、ツアー客は家族連れ、女性グループなどの姿が目立つ。その中で車端部のコンパート席では早くも酒が入って盛り上がるグループもいる。燃料も豊富なようだし、車内販売のワゴンが自動ドアを開けてやってくると「お姉さん、待ってました!」とばかりに拍手をしてビールなど買い求める。ありがたいお客ではあるが苦笑を浮かべての対応である。そのボルテージは上がる一方で、そのうち六甲おろしでも歌いだすのではないか?と思う。

かくいうこちらも、だいたいこの3人が集まれば毒舌になるというか、話の幅は広がっていくのだが・・・・。

Dscn0390新城で列車行き違いと特急追い抜きのために18分停車。添乗スタッフが発車時刻を記したプレートを掲げ、乗客もほぼ全員が車外に出る。ホームでは地元の人とゆるキャラもお出迎え。地元産品の販売も行われた。

Dscn0392私は団体旅行の類はあまりしないものであるが、それだけにこういう賑わいが新鮮に感じられた。なかなか悪くないぞ、と思う。

Dscn0411新城を過ぎると車窓も渓谷ムードが出てくる。長篠の古戦場のあたりを過ぎ、まずは宇連川の流れ。愛知県民の憩いの場として整備されているようで、川遊びを楽しむ子どもたちの姿も見える。乗客からも歓声が起こる。

Dscn0400乗客に乗車証明書とツアー弁当が配られた。秘境駅のイラストがデザインされた、なかなかおしゃれなカードである。弁当も幕の内であったがなかなかの味で、車窓ともよくマッチしていた感じ。

Dscn0423東栄に到着。昔から鬼の面をかぶった神楽が盛んなところとかで、駅舎も鬼の面をかたどったデザイン。こちらでも20分停車してホームは賑わう。そろそろ、秘境駅への助走といったところか。このあたり、愛知県と静岡県の県境に近いところで、その境界線を縫うように走っていく。

Dscn0434第六水窪川橋梁を渡る。ここは「S字鉄橋渡らずの橋」で、断崖を避けるように鉄橋で対岸に渡る・・・と思いきや、対岸には完全に渡らず川の上でS字カーブを取り、再びこちら側に戻る。こういう案内に列車の先頭部、あるいは最後部にぞろぞろと人が集まる。普段の鈍行列車ではなかなかない光景である。

Dscn043812時14分、トンネルとトンネルに挟まれた大嵐に到着。トンネルからは涼しげな風が流れてくる。こちらは静岡県の浜松市。駅前に吊橋があり、これを渡れば愛知県である。

Dscn0445せっかくなので橋を渡って県境をまたいでみる。「この駅が政令指定都市にあるというのは違和感ありますねえ」「愛知県民を取るか、政令指定都市の市民を取るか、結構このあたりの人は複雑な心境なんでしょうね」などという話をする。

ここからがいよいよ秘境駅ゾーンに入る。乗客からも「そろそろだね」という声が上がる・・・・。

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菅首相退陣表明、次期代表選には5名出馬

2011年08月26日 | ブログ

ここに来て菅首相が退陣を表明した。まあ、東日本大震災の発生以降の混乱の責任を取ってということになるが、果たして、東日本大震災が起こらなかったらこの政権はどのような道筋をたどったのかな、という思いもある。確かその日は、菅首相に在日外国人の献金問題が疑惑として国会で取り上げられるところではなかっただろうか。そういう政治とカネの問題でもめていたか、はたまた別の展開になっていたか。

それにしても、小泉元首相の勇退以降、安倍~福田~麻生~鳩山~菅と、オリックス・ブルーウェーブ~オリックス・バファローズの監督も顔負けの「年中行事」での監督交代(まあ、オリックスのことでいえばそろそろ「イラ菅」ならぬ「イラ岡田」さんの退陣の声も聞こえてきそうな気がするが)。こういう、首相が1年やそこらで次々と変わる情勢って、いったいどうかと思う。例えは別としても、内閣がいくら代わったところで、Aクラスには一度も上がれていないのである。

そして後継選びがわずか数日の間を置いて、国民不在での選挙による投票で「内定」を得られ、国会でのセレモニーを通してこの国のトップになれる・・・・。どこぞの国の独裁体制と似ていないか。トップを選ぶのに院政だか、裏社会の実力者だかの一言一句に左右されるということも。

前原、野田、海江田、鹿野、馬淵・・・やはりどれも小粒だと思う。彼らがいっそのこと内閣を布陣し、それぞれの得意分野で本当にこの国のためになる政治を行ってくれてもいいのだが・・・。小粒なら小粒でもそれなりのことはできると思うが。

ともあれ、この週末に立候補受け付け、週明けには投票という。有権者は、きちんとその人の政治理念なり政策なりを聞いているのだろうか。それもまた楽しみである・・・・。

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城崎にて

2011年08月25日 | 旅行記E・関西

Dscn0311鎧から餘部までの遊歩道を散策。鉄橋は明治時代に完成したが、この餘部の駅ができたのは1959年と比較的新しい。餘部の人たちはそれまでの間、この遊歩道を1時間かけて歩くか、ただ多くは鉄橋の上、そしてトンネルをくぐって鎧駅まで歩いたという。41メートルの高さの上を歩くなどとは、私にはとてもできないこと。それだけに駅ができたことの喜びはひとしおだったことだろう。

このたび、『余部鉄橋物語』(田村喜子著、新潮社版)という一冊を手にすることとなり、またこれで餘部鉄橋のことに思いを馳せたいと思う。

Dscn0340さて、列車は城崎温泉に到着。先ほど歩いた後で結構汗をかいたこともあり、ここで途中下車して名物の外湯を楽しむことにする。時刻は17時、日曜日ではあるが結構宿泊客も多いようで、駅前から浴衣姿の人たちを多く見る。やはり、浴衣美人というのはよろしいようで・・・・。

Dscn0337城崎温泉の外湯。これまでなら駅のすぐ横にあるさとの湯とか、シンボル的存在である一の湯に行くことが多かったのだが、今回はもう少し歩いた御所の湯まで行く。建物も御所風というか、お屋敷のような造りで風情がある。結構混雑していたが、ガラス張りの天井、石で滝の流れをつくった露天風呂など、ゆったりした気分を味わう。汗が引くとようやく風が涼しげに感じられた。

Dscn0343さて、温泉の後となればやはりビールがほしくなる。ただ山陰の海の幸もつまみたいなというのもある。そこで見つけたのが大幸商店。1階のガラス戸にこれでもかというくらい魚介メニューの写真が貼られている。あれ?ここは2階が食堂で1階は魚屋ではなかったかな??

Dscn0341ここで注文したのは、最近夏の味覚としてハマっている岩ガキ。やはり独特の甘味があってよろしいですなあ。思わず生ビールをもう一杯注文してしまう。

この後のこともあるので今回は岩ガキをつまんだだけにしたが、メニューを見てみると観光地価格とはいえ、大阪の居酒屋ではなかなかお目にかからない魚も結構あり、どうだろう、これはその人の価値観にもよるのだろうが、温泉旅館でさほど特徴のない料理を食べるよりは、こちらで酒でもあおりながらお好みの魚介類を注文したほうが面白いと思う。決して旅館の夕食を否定するものではないが、少なくとも飲み物についてはこういう店のほうが適正価格で出しているのではないだろうか。

そろそろ時間になったので駅に戻り、豊岡まで気動車で移動。ここから113系の2両編成に乗り継ぎ。ボックス席に腰かけ、ここで満を持して?リュックの中から品物を取り出す。

Dscn0351そう、昼に鳥取で購入した駅弁「とっとりの居酒屋」。前回はホテルの部屋でじっくりと味わった一品であるが、やはり駅弁である。これは列車の中で味わってこその駅弁だろう。

・・・ということで包みを開けたのはいい。鳥取の海山の幸をあしらったおかず類もいい。ただ、列車の揺れが尋常ではない・・・・。線路が悪いのか、車両がボロいのか(113系はそんなもんじゃなかった、と思いたいが)、「何もそこまでせんでもええやないか」と言いたくなるくらいモーター音をうならせ、上下左右に揺れる感じ。弁当箱を常に持っておかないとひっくり返ってしまうのではないかとヒヤヒヤする。

Dscn0358そうなると、せっかくの「スルメの杯」も危ないものだ。テーブルがあったのでこちらで酒を注ごうとしたのだが、瓶を近づけると杯が遠ざかり、杯を寄せると瓶が後ずさりするというもので、なかなかうまくいかない(そりゃあんたが酔っぱらっているだけやろ!と言われればそう言えなくもないかな)。ローカル列車を乗り降りする人たちから見れば「何をやっとるんやこのオッサンは」と思うかもしれない。いかんなあ、「飲み鉄」。

Dscn0365結局この後は和田山で下車し、播但線の気動車に乗る。先ほどの激しい揺れに辟易したこともあるが、夜の播但線も面白いかということで。2両つないだ列車はガラガラで出発。こちらのほうが落ち着いた走りをしており、これなら先の駅弁はこちらで開ければよかったかなと少し後悔する。人が少ないのをいいことに窓を開け、外の空気を入れる。この日は比較的気温も低く、外の風のほうが涼しく感じる。ナマの走行音を聞くのも悪くない。

Dscn0204生野の峠もエンジン音高らかに走り抜け、寺前に到着。ここで電車に乗り継いで姫路に到着。ようやく山陽側に戻り、やれやれということでホームの「えきそば」で締めることに。この姫路の「えきそば」、大阪にも進出したとか。阪神百貨店の地下スナックコーナーとのことで、梅田まで遊びに行った折に食べるのもよさそうである。

Dscn0253長い一日となった日帰り旅であるが、内容そのものは十分楽しめたと思う。当初の予定通りに夏休みを消化しておれば、この日は朝に下関に降り立ち、午前中は下関散策、午後から移動して湯田温泉に入浴・・・というものであった。その通りに動けばその面白さは楽しめたことだろうが、実際のこの日の動きのほうがバラエティに富んでいたのではないかと思う。災い転じて何とやらではないが、これでより充実した休日になったのではないだろうか。また次の機会を楽しみにして、普段の仕事も乗り切っていくことに・・・・。

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鎧から餘部鉄橋を歩く

2011年08月24日 | 旅行記E・関西

Dscn0239鳥取からは13時22分発の浜坂行きに乗車。先ほどからだんだん雲も薄くなり、もうこの後で雨は降らないのではないかという確信に変わる。

Dscn0242鳥取の市街地を抜け、また深い山、そして途中でパッと現れる日本海の風景に目を奪われる。

Dscn0247浜坂からは14時20分発の豊岡行きに乗り継ぎ。こちらも冬場のカニが名物で、私も当時浜坂のユースホステルで行っていたカニづくしのパックで楽しんだことがある。カニの甲羅酒も美味かったよなあ・・・。また冬の日本海を訪れるのが楽しみである。

Dscn0255餘部に到着。昨年架け替えられた餘部鉄橋。橋梁そのものは昨年通過したことがあるが、今日はぜひ降りて、改めて橋の全体を見てみたい。ただここは一度通過する。浜坂側にはかつての橋脚と線路が残されており、それが切れると餘部の集落の眺めが広がる。ただの高架橋を通っているのと同じような感じでしかないが、前を海、両側を山に挟まれた餘部の集落の佇まいは、橋の形が変わっても落ち着いた雰囲気を残しているように見える。

Dscn0260Dscn0263トンネルを抜け、4分ほどで次の鎧に到着。ここで下車する。こちらも駅のホームから静かな小さな港を見下ろす佇まいが好ましい。日本海、山陰という言葉をそのまま絵にしたかのような、私の好きな駅の一つである。宮本輝の『海岸列車』のイメージが強いし、テレビドラマ版の『砂の器』でもこの駅が登場するシーンがある(すんません、『ふたりっ子』は観ていないのでイメージが沸きません)。

Dscn0256この日の後半戦でやろうと思っていたのが、「鎧駅から餘部駅まで歩くこと」である。もちろん、トンネルの中や鉄橋を歩いて渡ることはできない。

Dscn0265ただ、最近見つけた情報で、両駅の間で「たかのすの森遊歩道」というのが整備されているという。道そのものは昔からあり、地元の人たちの生活道路(というか山道)として使われていたものを、橋梁の架け替えに合わせて遊歩道に整備したとのこと。全長で3キロ弱いということで、次の餘部発の列車まで1時間40分ほどあるので十分歩ける。それにしても、うまい具合に天気予報が外れたものだ。

駅から歩いてすぐ、船板を外壁に使った民家の間に遊歩道の入口がある。結構上り坂が続く。沿道はスダジイやアカマツ、ケヤキが茂る。

Dscn0271歩道そのものは一部舗装されているが、あとは砂利道。ちょっとしたハイキング感覚で楽しめるのがよい。他にすれ違う人もなく、セミの声や、時折見かけるチョウのつがいが歩きの友。

Dscn0274遊歩道のピークに来たか。海を見下ろすスポットに出る。手前には線路が顔をのぞかせている。ちょうどトンネルとトンネルの間の区間。こういうアングルがあるのかというのは驚き。知る人ぞ知るスポットだったのだろう。

Dscn0276たかのす展望台に出る。ここも高台の木々を切り開いて展望台として整備されたところ。ここからは、海を隔てた向こうに餘部の駅を見ることができる。両側から風を受けて実に涼しい。

Dscn0278耳を凝らすと、カタコトいう音が聞こえてきた。どうやら鎧方面から列車がやってくるようだ。周りが静かなだけに気動車が線路を刻む音もよく響く。一瞬音が止み、再び音が聞こえた。トンネルを抜けて鉄橋を渡っているところだろう。そして餘部駅に到着した気動車。鉄道模型のレイアウトを上から眺めているかのようである。

Dscn0285うーん、こういう餘部の楽しみ方もありってことか。

Dscn0289ここからは下りに入る。その間にトンネルの上を通ることになり、続いては五反畑展望所に出る。こういう角度から鉄橋を見るのも、私としてこれまでなかったアングルである。

Dscn0291ここまで来ると餘部の集落は近い。ちょうど1時間ほどで到着。改めて、新旧の橋梁を観察してみる。

Dscn0294Dscn0298Dscn0304

Dscn0309Dscn0312Dscn0310 こうして見ると、やはり元の橋梁がなかったらただのコンクリート橋にしか見えない。その意味で、一部とは言え近代産業化遺産として橋梁を残すことにした関係者の判断は正しいと思う。当時の鉄道を通すこと、これだけのものを建造した技術については後世まで受け継いでいく必要があるだろう。

Dscn0313いい汗をかくことができ、もう一登りして餘部駅に到着。将来的には鉄橋と合わせて観光スポット的なものがつくられるという話であるが、日本海を見下ろすこの素朴な風情を損なうことのないように願いたいものである。あまり派手なものは、似合わない。

Dscn0320やってきた16時16分発の列車に乗り、再び餘部鉄橋を渡る。そして鎧駅も過ぎ、そのまま東へ。二つの駅の訪問は大変充実したものになった。ただ、さすがに汗をかいたなあ・・・・。

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鳥取への道

2011年08月23日 | 旅行記F・中国

8月21日、早朝に出発。この日は「行き先をサイコロで決める青春18きっぷの旅」ということで出た目に従って、鳥取に向かう。経路とするのは大阪から上郡まで山陽線で行き、智頭急行から因美線に入るというコース。途中で第三セクターを挟むが、大阪から鉄道で鳥取に向かう場合の最短ルートである。ただ、今回は鳥取はあくまで折り返し点に過ぎず、ポイントとなるのは後半になるかもしれないが、それはまた後の話ということで。

というわけで、大阪駅から快速で姫路に向かい、山陽線の列車で上郡に到着・・・・と行きたかったところだが、実は天王寺から大阪に向かう途中にアクシデントが起こり、結局予定していた快速に乗れなかった。これを逃すと上郡からの智頭急行の列車に間に合わなくなる。

アクシデントの原因?・・・まあ、いわゆる「生理現象」ですわ。朝の環状線って案外本数が少なく、思わぬところでロスタイムを発生させてしまった。ベンチに腰かけて次なる作戦を考えるが、ここは新大阪から新幹線という飛び道具を使って一気に姫路に向かうことにした。ただでさえこの夏の「青春18」は元を取るのに苦労しそうなのに、最初の区間で特急料金を含めた持ち出しをしてしまうことに。これは誰かに文句をいう筋合いのものではない。おまけに、雨も強くなってきた。傘マークが並ぶ天気予報。「何もそんな日に遠出しなくても・・・」という声もあるが、一度出てしまったら引っ込みはつかない。

Dscn0198このまま新大阪駅に出る。ホームに上がると停まっていたのは、九州新幹線「さくら」鹿児島中央行き。車両も、九州新幹線仕様のN700系である。

Dscn0201九州新幹線、ちょうど東日本大震災の翌日に全線開通なった路線であるが、未だ新規開業区間には乗車できずにいる。いずれは、と思っていたがそれが思わぬ形で(30分走った姫路で降りるのだが)プチ体験することができた。東海道を走るN700系、内装もちょっと無機質で冷たいというのが私の印象だが、内装のところどころに木目調のものを使うだけで、結構印象が違ってくる。心温まるものを感じる。

Dscn0200後は、「さくら号、鹿児島中央行きです」というアナウンスに九州への思いを新たにする。鹿児島かあ・・・遠いと思っていた日本最南端(沖縄は除きます)の都市が一本で結ばれるとはね。そういう思いができたことでよしとする。

・・・とまあ、そういうことを考えるうちに姫路到着。気が付けば、当初乗る予定にしていた快速は追い越しており、一本早い列車に乗り継ぐことができた。まあ上郡からは同じ列車になるのだが、せっかく新幹線を使ったのだからここは少しでも先に駒を進めておく。

Dscn0207上郡着。ここで雨が本降りになった。日曜の朝の駅前は、高校に向かう生徒がいなくなるとガランとしている。わざわざ傘を差してまで歩きに出ようとまでは思わず、早々に智頭急行のホームに向かう。「青春18きっぷは使えません」「智頭急行はJR線ではありません」という張り紙が目立つ。そう理解している客がそれだけ多いということだろう。その代わりといっては何だが、上郡から智頭までは普通運賃で1,260円のところ、一日乗車券が1,000円で発売されている。それだけ、ローカル列車の利用客を取り込もうということだろう。

鳥取まで直通する列車はすでに入線しており、ボックス席に足を投げ出してようやく落ち着く。これで遅れは取り戻したが、雨が気になる。このまま強く降り続けると、後半の予定を(サイコロで決めたコースとはいえ)組み替えなければならないなと懸念する。

智頭急行。関西と鳥取を結ぶバイパス線として建設されたこともあり、ほとんどが高架区間。踏切というもの見ない。ローカル線にしてはスピード感もあり、なかなか快適である。

Dscn0209いつしか兵庫県を抜け、岡山県に入る。「宮本武蔵」という駅を通る。あの剣豪・宮本武蔵の出生地とされるところで、私もかつて訪れたこともあるが、武蔵ゆかりのスポットもあちこちあるし、日帰り温泉施設もある。田園風景をのんびりと散策するのにはお勧めのところかな。この日はそのまま素通りするが、いずれ「サイコロ」の出目表に加えてもいいかな。

Dscn0212次の大原で列車追い越しと行き違いで20分近く停車する。一度列車を降り、木造の堂々とした駅舎を見る。「なでしこジャパン」の合宿地でもある岡山・湯郷温泉を通るバスが停まっていた。智頭急行、岡山北部へのアクセスとしても活用方法はあるようだ。

このまま智頭を経由して因美線に入り、鳥取に到着。ここでは2時間あまりのインターバルを設けているが、さてどう過ごすか。智頭急行では強く降っていた雨もいつしか止んでいる。2時間もあれば鳥取砂丘まで行ってゆっくり見物して帰ってくることも可能であるが、水を含んだ砂丘というのもあまり面白くないなと思い(単なる雨上がりの砂浜にしか見えないだろう)、ここはパスすることに。何となく駅前商店街を歩く。「ガイナーレ鳥取」の幟が目立つ。J2のサッカーチームで、ちょうどこの日は鳥取で横浜FC戦が行われた(結果は0対1で敗戦)。

ふと思ったのだが、鳥取には何回か訪れている中で、仁風閣には行ったことがなかったなということ。鳥取を代表する洋風建築であり国の重要文化財であるが、ちょうどこのくらいの時間なら見物にはちょうどいいだろう。市内を回るループバスもあるようだが、もう歩きかけたことだしそのまま20分あまり歩くことに。この日は猛暑も一段落しているが、それでも続けて歩けば汗も出てくる。

Dscn0221やってきたのはかつての鳥取城のあった久松山の麓。ここは城跡の石垣をシンボルとして、博物館や高校もある文教地区。その中にあって白亜の建物が目を引く。明治40年、時の皇太子(のちの大正天皇)の山陰行啓にあって宿舎として使用されたとある。

Dscn0227中に入る。当時の鳥取市の予算のおよそ1年分を費やして建造されたとあり、「これで鳥取にも文明開化」といえば大げさだが、当時の鳥取の人たちの期待の大きさというのがわかる。その後は公会堂、迎賓館としても使用されたという。

Dscn0223Dscn0219支柱を使わないらせん階段を見上げ、行啓の時に使われた御座所、謁見所などを見る。豪華絢爛とまでは行かないが落ち着いた感じがしており、心落ち着かせてくれる。なかなか充実した一時である。

帰りは市内循環ループバス「くる梨」で鳥取駅に戻る。20分ごとに出ており1回100円。地元の人の利用もそこそこあった。

ちょうど昼食の時間帯。せっかく鳥取に来たのだから海の幸を・・・と思うが、鳥取のシンボルともいえる松葉ガニはご案内の通り夏はシーズンオフ。冬場ならこれでもかというくらいカニカニカニ・・・であるが、夏場の土産物売り場もどこかさびしげである。

Dscn0236駅建物内にいくつか飲食店がある。その中でこれで行こうと入ったのが回転寿司。地元の港で上がった魚が売り物で、いろいろなネタが並ぶ。いずれも値段はそれなりにするが、まあ旅先ということで・・・。カニの身を軍艦にてんこ盛りしたものや、あれこれ種類の違うイカなど。なかなか美味かったですぞ。

次の列車に乗るべく駅弁コーナーをのぞくと、ありました、「とっとりの居酒屋」。鳥取の海山の幸をふんだんに盛り込んでおり、居酒屋ムードが味わえる。また、スルメイカでできた杯が入っており、これで地酒をやるのもいいものだ。以前に鳥取を訪れて、ホテルでこれをいただいたことがあるのだが、実によかった。今回もこれを購入して、昼食は先ほど食べたばかりなので、大阪に戻る列車の中での夕食用にする。

さて、旅の後半戦は鳥取から山陰線を東へ進むことに・・・・。

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本日は・・・・

2011年08月22日 | ブログ

昨日訪れた鳥取~但馬の日帰り旅のことを書き始めるつもりだったのですが、出勤して疲れました。今日は寝ることにします。

また明日以降でぼちぼち書いていきますので、御用とお急ぎの方もそうでない方も、お目に留まりましたらご覧いただければ幸いです。よろしくお願いします!

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サイコロの出目は・・・

2011年08月21日 | 旅行記E・関西
青春18きっぷを使っての旅。前の記事にあるようにサイコロで行き先を決める。

そして出たのは・・・「2 鳥取」。


大阪から上郡、智頭急行経由で向かうが、朝はハプニングで列車に乗り遅れて新幹線で追いかけて追い越したり、兵庫県にて早くも強い雨。このままだと一部プランの見直しもありかな・・・?


ともかく、鉄道に揺られて今日はのんびり過ごすことに。

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あまり不平を並べても仕方なく・・・

2011年08月20日 | まち歩き

それにしても、「オリックスがここまで日本ハムに勝てないのは何でか?」とでも言いたくなる。今日の試合でもスタメンを見たら「何やこれ?」と言う感じ。このチームも結構名前のある選手がいたのではと思うが、どうかな。まあこの打線なら、斎藤佑樹でも軽く抑えるところだろう。案の定、なすすべなく敗退ということで。

岡田監督が前日の試合で審判の抗議に「八百長」という表現をしていたのが掲載されていたが、このチームの日本ハムとの戦いぶりを見るに、あんたらこそ「無気力相撲」ならぬ「無気力野球」でもやってるのかと疑いたくもなる。まさかそんなことはないと思うが・・・。

さて、前の記事で夏休み返上のことを書いた。実は20日の夜から出発して中国地方のローカル線めぐり、そして広島・マツダスタジアムでの「80年代の青いビジターユニフォーム」の復刻試合というのを予定していた。まあそれが流れたについては仕事の段取りや予定のあることなので、あまり不平を並べても仕方ない。一晩経てばそちらの気持ちの整理はついたこと。

ただ、それよりもっと不満なこと。実はこの旅行に合わせて新たなバッグを通販で注文したのだが、某業者が誤配をした。名前はちゃんと私のものだが、どこでどう行き違ったか全く別の人の受け取りサインをもらっているようで(業者は私の名前を確かめた、と言っているようだが、どこまで本当のことやら)。「引き取ってお届けしなおします」と言われてかれこれ1週間近くなるが、まったく音沙汰がない。そんな、他人の手に渡った品物を受け取る気にはなれず、引き取って販売元に返品し、その分を賠償してほしい旨を伝えている。まあ、このバッグも来なかったということもあり、今回の旅行はご破算になって精神的にはよかったのではと思うことにする・・・。

とはいうものの、手元の「青春18」は何とか消化しなければならない。明日21日は通常の日曜日休みということもあり、ともかく出かけることにする。あまり不平ばかり並べても仕方がない。

・・・ということで、先月と同じように「行き先」をそれぞれサイコロの目に当てて、明日の朝、それを振って出たところに行くことにする。天気予報では雨のところばかりであるが、それは仕方がない。今回の「出走表」は・・・。

1・・・敦賀、今庄。港町敦賀の散策と、北陸トンネルの向こうの宿場町・今庄を歩く。

2・・・鳥取、餘部鉄橋。新しく架け替えられた餘部鉄橋を観察する。

3・・・白浜。雨天ならば海の景色も今一つ。ならば温泉にゆっくりつかるか。

4・・・宇野・高松。フェリーに乗るのもまた面白そう。直島に行ってもいいかな。

5・・・赤穂・日生。赤穂線の途中下車。帰りは久しぶりに岡山の居酒屋を訪ねるか。

6・・・美濃から下呂。そういえば下呂温泉には行ったことがなく。山間の景色も楽しむか。

天気が雨というのが気になり、当初のもくろみどおりには楽しめないかもしれないが、果たしてどうなるか。いずれにしても明日は早い出発なので今夜は早めに寝ることに・・・・。

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夏休み没収

2011年08月19日 | ブログ
結局、こういうことになりました。


まあ、その原因を突き詰められれば、ちゃんと仕事の段取りができなかった自分が悪いんだから、会社や上司を責めるわけにはいきませんな。結局休暇は職場で私だけが全て返上です。懲罰やな。情けないわ。


だいたい、世間含め、社内でも休みを取っている人が多い中で出勤して、休みをずらしますと言ったところで、お盆以外オンタイムで進んでいる仕事にあってどう休むんや?と言われればそれまで。休むて言えば「何を考えとんねん」と言われるのが必至だし。


本来なれば青春18を使って中国紀行を目論んでたが水の泡。ホテルは全てキャンセル。指定席はお蔵入り。野球のチケットはゴミ箱行きです。でもまあ、世間から比べれば甘いね。やってることガキやね。


まあせめて、日曜日だけが辛うじて普通の休みなので、大阪からもう一度戦略練って日帰り旅でもしますかな?サイコロあるし。


でも天気悪いし。もうどうでもええわ。


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民主党代表選挙ねえ・・・

2011年08月18日 | ブログ

このところの政治ニュースはまたも「政局」がらみである。

菅首相が退陣を発表してから(・・・いや、その口ではっきりと「辞任」を表明しているのか疑わしい限りで、ひょっとしたら「そういうことは言っていない」と言うかもしれないな)、国会での討議もまたうやむやになってしまったようだ。

次の民主党代表は誰になるのか。現在のところ、次の代表が首班指名を受けるのが順当なところであるため、次の首相が誰かということになる。まあいろんな人の名前が出ているが、結局は党内の力関係で野田財務大臣ということになるんだろうな。

そして自民党や公明党との「大連立」を組むことになるのか、そちらにも関心が行っている。

まあ、どうなんだろうな。

野田財務大臣という人をよく知らないのだが、この国難にあたってどのような姿勢で取り組むのかというのがはっきりと見えてこない。自分が表に立って・・・というタイプでもないような気がする。じゃあ誰か有能な軍師なり何なりがいればいいのだが、今の政界にはそういう人材も見当たらないし。

何だか、先の希望が見えてこないなあ。また国会の中がぐちゃぐちゃになって、結局何も前に進まないということに。

こういう時だからこそ前例にとらわれず、大胆な改革が実行できる人。世間はそういうリーダーを求めているのではないだろうか。自分の国のリーダーを選ぶのに、200人やそこらの議員の思惑だけで決めてしまう。果たしてこれは民主的と言えるのだろうか。議院内閣制にも限界があるのではないか。首相が辞任した際にはもう一度解散総選挙を行い、少しでも民意に近いリーダーを選ぶべきではないかと思うが、どうだろうか。

マスコミも議員の票読みとか、そういうことを前面に報道するのではなく、かといってスキャンダル的なものばかり追いかけるのではなく、もっと建設的な論説や提言を行ってほしいものだが・・・・。

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「ミラクル近鉄」の復刻・2

2011年08月16日 | プロ野球(バファローズ・NPB)

試合から2日を経過しての観戦記ということになる。ネタとしての鮮度は落ちるが、やはり「近鉄復刻」のメモリアル試合なれば自分の視点で書き残しておいたほうがよい。

それにしても、せめて昨日に書けばよかったのだが、先の記事の通り、居酒屋で意気投合した2グループと2次会まで行って終電で帰るというザマで(もし翌日が休日だったら遠しで行っていたかもしれません)、その上彼らの連絡先だの何だのというのは聞いていないのだから、本当に何をしているのやらという感じである。このブログの先のコメントにも酒飲みに関するご意見を頂戴したばかりというのに、あきませんなあ。

Dscn0001さて試合に戻る。近鉄のユニフォームに袖を通して1塁側指定席へ。ここかしこに近鉄ユニ姿の人が目立つ。今年行われた阪急、近鉄の復刻試合。まあ対戦相手の違いやお盆時期というのもあるのだろうが、阪急復刻試合で阪急のグッズに身を固めた人と比べて、ファンの盛り上がりとしては近鉄のほうが多いような雰囲気。やはり「大阪」での試合、そして消滅した球団の復刻ということもあるのだろうが、これはそれぞれのファンの思い入れ、言い分のあること。ただ元近鉄ファンの私からすれば、そりゃ、今日の試合のほうが身が入るというものだ(阪急復刻の時は相手がカープだったこともあり・・・)。

Dscn0003グラウンドに目をやると西武の打撃練習中。そこには往年の近鉄の4番・土井正博コーチの姿もある。かつての秋山、清原、そして現在の中島、中村らに代表される西武の強打者を育てた名コーチ。この人の「背番号3」、それなりにバファローズの歴史に受け継がれていっている。

Dscn0063先の記事で鈴木啓示氏のメモリアルピッチのことを書いたが、その時「バッター後藤」としたのは誤り。正しくはキャッチャー後藤、バッターは坂口。

Dscn0068その後、当時の懐かしい映像が流れる。70年代、阪急は常勝軍団としての栄光に包まれた歴史の映像が中心だったが、近鉄の場合は弱小球団から力をつけて這い上がっていく時期。若手選手が西本監督の熱血指導の元で成長していくのを振り返る映像である。

Dscn0067当時の捕手であった日本ハムの梨田監督が、現在の日本ハムのユニフォーム姿でコメントを寄せたのはなかなか粋な対応だった。かつて在籍した球団とはいえ、ペナントレースを戦っている最中に敵チームのイベントに登場するなんてなかなかないこと。そのあたりも梨田監督の人間性なのかな。

Dscn0075バファローズ先発は一度先発を回避した寺原。復調具合はどうかというところだが、ひげをはやしたふてぶてしい顔、このユニフォームも結構似合っている。

Dscn0083ただ初回、打ち取った当たりもあったが原、中島、中村の3連打で一死満塁のピンチ。ここでフェルナンデスに犠牲フライが出て1点先制。ただここをこの1点だけでしのいだのが後に大きかった。

Dscn0036一方の打線。この日はかつての近鉄選手の応援歌も復活。前半は藤井寺時代、中盤は現在のバファローズ各選手の応援歌、そして後半は大正ドーム時代の応援歌が続く。ただ個人的には藤井寺球場でのアカペラ応援が懐かしく思う。外野スタンドには岡本太郎デザインの猛牛マーク、そして近鉄特急「ビスタカー」の「V」の字をかたどったデザインの旗も翻り、「まだあったんや」と感心する。

Dscn01032回裏、バルディリスが西武先発・石井一から四球で出塁し、続く荒金。フルカウントからのボールをハーフスイングで見送り、球審はボールと判定して一塁に行く仕草を見せた。ところが西武側が一塁塁審に判定を求めたところ、スイングの判定。結局荒金は三振。バルディリスもスタートを切っていたものの四球と判断して二塁直前でスピードを緩めていた。西武の野手が一応タッチしていたのが、判定が四球ではなく三振となったためにタッチアウトが認められ、結局「三振ゲッツー」となってしまった。これには岡田監督も抗議。応援席からもきびしいヤジが飛ぶ。先の試合でもボークの判定をめぐる抗議もあったとかで、正直「またか!」というところだろう。

Dscn0112これで打線も奮起したか、次の3回に二死満塁と攻め立て、T-岡田がショートへのゴロ。ただ深いところだったのが幸いして内野安打となり、1対1の同点に追いつく。

Dscn0118続く4回はこのところ打撃好調の赤田がレフトへ。2対1と逆転に成功してスタンドも大いに沸く。

Dscn0120私の席の前のほうに近鉄ファンのグループが陣取っていて、ほとんど毎回応援コスチュームを変えるおじさんが仕切っている。三色のユニフォームになったかと思えば、「大阪近鉄」時代の法被姿になったり、背番号1のTシャツ1枚になってみたり、ヘルメットをかぶったりと忙しい。寺原が三振を奪うと、かつての野茂が三振を獲った時にスタンドで掲げられた「K」のボードをかざしたりと、実に熱心かつあわただしい。おそらくこの機会に持っているグッズをすべて虫干しにするか、お盆だから供養でもしようというのか。そして勝ち越しの時は大きく万歳三唱。いや~、見ていて楽しいもんですなあ。

Dscn0086そういう声援もあってか、先発の寺原、ピンチを迎えることもあったが粘り強い投球を披露して西武打線に追加点を許さない。スコアだけ見れば寺原-石井一の締まった投手戦のように見える。

Dscn0126西武のほうも70年代当時の、あれは西鉄なのか太平洋なのかのライオンズの応援歌が流れ、ラッキー7。この回は寺原を捕まえ、栗山のタイムリーで2対2の同点となる。今年のライオンズ・クラシックで着用している初代ライオンズのユニフォーム姿の人も目立つレフト側、三塁側からも大きな歓声が沸く。さて、「混戦BB会」らしく試合の行方はわからなくなった。

Dscn01358回からはバファローズは平野、西武は途中からミンチェが登板。それぞれが勝ち越しを許さない投球でがっぷり四つ。9回がまさにそのような感じで、西武がヒットと2四球で満塁のチャンスをつくったが、原が三振に倒れ勝ち越しを逃す。

Dscn0151一方のバファローズ。先頭の代打・イ・スンヨプ、続く竹原は倒れるものの、鈴木、赤田の連打でサヨナラのチャンス。ここで迎える坂口。ショートへのゴロとなるが、バウンドが高かった分ショート中島の捕球が遅れ、どこにも投げられず内野安打。鈴木は三塁を回っていたがきわどく帰塁する。

Dscn0156二死満塁。スタンドからは「ぶちかましたれ!いてこましたれ!大引根性見せたれ!」の大声援。大引も粘る。ライト線に際どいファウルもあった。そして打ったあたりは一・二塁間を抜けてサヨナラ!!・・・と思いきや、西武のセカンド・原が必死に追いつき、これを一塁でアウトにした。歓声の後の悲鳴が起こるが、ここは原のファインプレーである。

Dscn0161そして延長戦。私の今季4回の観戦のうち、延長戦は2回目。前回はナゴヤで岸田が小池にサヨナラ本塁打浴びたよな・・・とか、その前は岸田が9回に決勝本塁打打たれたよな・・・とかいうことがあり、下手したら「私がナマ観戦に来ると岸田が本塁打を打たれる」というジンクスができかねないところ。何とか踏ん張ってほしい。

Dscn0159もっとも今回は下位打線ということもあり10回表は岸田がきっちりと3人で打ち取る。9回を終えた時点で3時間20分近くなっており、実質延長はこの回まで。これでバファローズの負けはなくなったが、やはりここで押し切って試合をモノにしていかないと、CS争いは難しいなというところ。

Dscn016610回裏、守るだけの西武はマウンドに抑えの牧田投入。牧田ねえ。サヨナラも見たいし、牧田にきっちり仕事をしてほしい気持ちもあり。複雑なところである。

バファローズは後藤、T-岡田があっさりと倒れ、これは引き分け濃厚かなというところ。バルディリスがヒットで出塁し、続くは途中出場のイ・スンヨプ。さて、現在の「背番号3」はどう打っていくのか。

Dscn0169その初球。高々と舞い上がる打球。そのまま何かに後押しされるかのように、スタンドの前列に吸い込まれていった。サヨナラ本塁打!

Rscn0180Dscn0173うーん、近鉄という球団には「ミラクル」の色があったが、この日の最後はまさにそうだった。往年の「背番号3」のスラッガーたちが後押ししたといえば言い過ぎだったか。

Dscn0181インタビューに答えるイ・スンヨプ。恐らく当時の近鉄球団のことなど知らないだろうが、いろんな人たちの思い出や期待というものを背中に感じたのはあっただろう。「背番号1」が投げて、「背番号3」が最後を締める。復刻イベントにふさわしい試合であったと思う。

Dscn9977やはり「投げたらアカン!」というのが選手に伝わったのかな・・・?

Dscn0196スタンドでは先ほどの近鉄ファンのおじさんのところに、黄色ベースに赤色という、かつての応援団のいでたちの男性も。藤井寺の内野にいたなあ、この格好の人たち。当時はバリバリだったと思われる男性。感極まったように一緒に万歳。私も思わず万歳!

Dscn9997この近鉄復刻試合、今月の26~28日のロッテ戦でも行われるが残念ながら観戦はできず、私としては今季最初で最後の観戦ということになる。「近鉄を合併で消したうえで何が近鉄復刻やねん」と、この手のイベントに否定的な声は少なからずあったようだが、やはり実際に観に来て、選手たちのプレー一つ一つを目にすると、そういう過去の経緯は頭から消える。やったことが無意味ということはないだろう。これからも少しずつ、いろいろと違った視点からの歴史探訪ということで、近鉄、阪急、オリックス問わずこういうイベントが続けばなと思うのである。

これからますます熱くなるクライマックスと勝率5割をかけたペナントレース。これを契機に「いてまえ魂」「青波魂」で戦い抜いてほしいものである・・・・(って16日は負けたか)。

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こんなはずではなかったんですが・・・。

2011年08月16日 | ブログ
15日は出勤していたが、お盆中ということで何か慌ただしいことがあったわけではなく、夕方には早々と店じまい。

そういうこともあり、天王寺まで戻った後、カウンターの居酒屋でちょいと一杯という感じで立ち寄る。

すると、隣り合ったご夫婦のうち、奥さんのほうが東京下町の出ということで、ふとしたことからご夫婦と意気投合することに。

そこへ私の左手のカウンターに来たのは、女性2人連れ。いきなり冷酒を頼みつつ、こちらの会話にもいろいろ食いついてきて、こちらとも自然に意気投合。正直、ルックスでは勝負できないとは思うが、性格というのか、社会経験的には上かと思う。

その奥さんとか、後で合流した偶然組の女性との話はなかなか含蓄あるやり取りで、楽しむことができた。二次会ではカラオケに移って、普段は唄わないナンバーを中心に置き、楽しいひとときを過ごせた。

いや実は、彼女たちとメアド交換したわけではないんですね。やはり私の立ち位置はこれで相応しいのではと・・・。







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「ミラクル近鉄」の復刻・1

2011年08月14日 | プロ野球(バファローズ・NPB)

Dscn9964「LEGEND OF Bs 2011」のイベントとして近鉄バファローズのユニフォームでの試合となったオリックス・バファローズ対埼玉西武ライオンズの3連戦。その3戦目をナマで観戦することができた。ちょうどお盆の最中、かなり早くに指定席券を押さえたものである。ようやくにあの赤と白のユニフォームに袖を通すことができた。

この日の入場前、特設ステージで行われたのは近鉄の大エース・鈴木啓示氏のトークショー。近鉄のユニフォームやTシャツ姿のファンたちが早くから陣取っており、その出番を楽しみに待つ。

Dscn9967そして颯爽と登場した「近鉄の背番号1」。やはりお年を召したなという印象だが、長年エースを張ってきたオーラのようなものを感じる。

Dscn9978話では現役時代のエピソード、思い出、いろんなことが出てきた。「熱将」という言葉で表現した西本監督の下、それまでのお山の大将的な投球から、チームの勝利に貢献する真のエースとしての指導を受けた鈴木投手。勝つためには何が必要か、勝つためには練習と自己管理が必要ということで、徹底して地道な努力に取り組んだ投手生活。

Dscn9986それがあってこその317勝ということだが、鈴木投手の言うには「ええことなんて、あんまり覚えてないもんですわ」と。「ええことばっかり覚えているうちはアマチュア。やはり苦い経験や苦労したことというのがプロとしての自分を育ててくれる」として、一番の勲章として「560本のホームランを打たれたこと」を挙げる。この被本塁打数は世界記録でもあり、通算78の無四球試合と合わせて、常に真っ向勝負を挑んだ投球スタイルを物語る。

Dscn9983「日本一のピッチャーになるんや」ということを目標としてつけた「背番号1」。新人の頃はノーコン、打たれまくって「大阪城公園で投げて来い!」と、その背番号のこともあって結構野次られたそうだが、それが最後はパ・リーグ唯一の永久欠番となった。球団合併の後で、「バファローズの背番号1」の扱いについて打診を受けたそうだが、「これは近鉄からもらったもの。新しい球団になったのだから、それは新しい人につけてもらったらええこと」ということである。心中複雑というか、球団そのものがなくなったのだから仕方ないということか。

Dscn9991参加者からの質問で「鈴木投手といえば梨田ではなく有田捕手とバッテリーを組んでましたが、あれは鈴木投手が決めたことですか」というのがあった。「あれは西本監督が決めたこと。別に梨田が嫌いというわけではない」と。2人のレギュラー捕手、それぞれ投手への接し方に特徴があるようで、「家におる古女房なら有田、外で恋人として連れて歩くなら梨田」という例え。相手を持ち上げるのがうまい梨田スタイルは、その後の近鉄・日本ハムの監督となって好成績を収めていることからもうなづける。ただそれでも、鈴木投手には有田捕手のほうが合っていたんだろうな。

Rscn9999あっという間に過ぎたトークショー。私にとっても懐かしい(藤井寺球場での300勝の試合をナマで観戦したのが思い出)一時に、これだけでもやってきた甲斐があるというものだ。いつまでもお元気でいてほしいものである。

Dscn0051そして鈴木投手は試合前のメモリアルピッチにも登場。「近鉄の背番号1」がマウンドに帰ってきた。

Dscn0058対する打者は、現在のバファローズの背番号1・後藤。ダイナミックなフォームで投じられた一球にスタンドが大いに沸いた。新旧の背番号1同士のショットも実現した(オリックス・ブルーウェーブから背番号1を張ってきた(一時、シルク姐さんと熱愛報道も出たあの監督に取られましたが)後藤としては複雑な気分だったかもしれませんな・・・)。

Dscn0062さて試合のほうは鈴木投手に後押しされてか、最後までもつれて大いに熱戦となったのだが、いつの間にか往年の大投手の話だけでここまで来てしまった。ということで観戦記についてはまた稿を改めることに・・・・。

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お盆で当番出勤

2011年08月13日 | ブログ

13日は高速道路、新幹線とも渋滞・ラッシュのピークで、朝から長い渋滞情報を伝えていた。やれやれ、帰省、行楽で移動された皆さん、お疲れ様です。

さて私は会社の当番で朝から出社。職場へはクルマで向かったのだが、阪神高速も一部ジャンクションを除けば大阪市内はガラガラ。こういう時に普段より短い時間で到着できるのも気持ちのいいものである。

職場自体が土日関係なく動いているため、土日は当番制を敷いていろいろな対応にあたっているのだが、13日の番は私から志願したようなものである。

それにしても静かだった。普段の土日当番なら必ず上司を含めて他の社員も出社してきており、落ち着かないところがあるのだが、さすがに今日は世間並みに盆休みモード。工業地帯の周りの一帯を見渡して、「この日、この一帯で出勤しているのは果たして何人いるのやら」というところ。現場作業に出る1組を朝に送り出してからはシンとした時間が待っている。若干普段の残務処理もあったが、それが終われば後は特段急いでやることもない。これを見越してなかなか進まなかった書物をいくつか持ってきており、応接スペースのソファーに横になってそれらをむさぼり読む。電話がかかるわけでもなく、空調の効いたところで逆に普段の休日よりはのんびりとした時間を過ごすことができた(このブログにもあるように、普段の休日はバタバタ動きまわっているので)。

作業組も夕方少し回ったが何事もなく帰ってきたところで勤務終了。途中で食事でもして帰ることに。

こういう盆の過ごし方、独り者だからできることなのかもしれないが、結構ありかなと思う・・・。

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