飯田線の旅。川を挟んで愛知県と浜松市が向かい合う中にある大嵐(おおぞれ)駅での長時間停車。他の乗客とぞろぞろと外に出る。東京駅をモデルとした駅舎というが、同行の鈍な支障さん、大和人さんともども「東京駅?」といぶかしむ。まさかレンガのようなタイルを使っている外観が似ているということなのか。「東京駅といっても、丸の内ではなく八重洲口のほうですかね」「日本橋口だったりして」。
この駅も駅前には人家(おそらく廃屋?)がポツンとあるだけで、吊り橋の他には何もないところである。普通の感覚で見れば十分「秘境に来た」という感覚だろうが、「秘境駅」の名づけ親である牛山隆信氏のHP「秘境駅へ行こう!」によれば、この大嵐は何と「ランク外」。3人の分析をまとめるに、やはりこの「東京駅を模した」駅舎、そして町営バスも横づけされるだけの道路、このあたりはその筋にとっては大きなマイナスポイントということになるのだろう。
ならば、どのような駅が秘境駅ということになるか。その答えは、トンネルを抜けてしばらく天竜川沿いに走った次の駅にあった。
それが小和田(こわだ)駅。愛知、静岡、長野の3県の県境が接するところにある駅である。この駅名が、現在の皇太子妃・雅子さまの旧姓(読みは「おわだ」だが)と同じ字ということで、ご成婚の折にはそれにあやかろうと、恋愛成就の駅としてブームになったという。
それが時代を経て、今度は「秘境駅」として人気を集めることに。100人以上の乗客がホームにあふれる様はとても「秘境」とは言えないが、ここはランキングの2位に格付けされたところ。この日一番の見どころといっていいかもしれない。
古びた駅舎は開業当時のままなのだろうが、中には十二単姿の花嫁のパネルもあり、かつてこの駅で結婚式が行われたことがあると記されている。これも時代の流れというものだろうか。駅舎が古いのは、秘境駅のランキングポイントとして高いウエイトを占める。
川に下る石段がある。係員が列車の出発時刻のパネルを持って誘導する中、ぞろぞろと行けるところまで行く人たち。真下に建物が一つあるがここも廃屋のようで、近い集落でも徒歩1時間という立札がある。それにしても、なぜこの場所に駅を建てる必要があったのだろうか。最初から「秘境駅」を狙っていたわけではあるまいに。
周りを見渡しても何もないし、そもそも駅に来るだけでも一苦労である。近い道路といえばどこまで離れるのだろうか。そう、秘境駅のポイントにおいては、駅までのアクセスの悪さというのも重要なことである。
小和田の隣が中井侍。ここは秘境駅ランキングの第27位である。ホームに降りると狭い階段が斜面の上に続くだけ。もっとも途中は民家で、係員が「ここから先は私有地ですので立ち入らないでください」とやっている。線路の向こうには茶畑があるが、そこに降りるにはどうやっても線路を横切らなければならない。おそらく、駅上の民家の持ち物なのだろう。
ただ秘境駅号の乗客が一斉に降りるとホームは都心の通勤ラッシュのような光景になる。やはりちょっと異様な光景といえば異様な光景かもしれないな。
次は平岡に到着。ここは秘境駅ではなく、長野県の南の天龍村の中心駅。駅舎は観光の拠点でもあり温泉つきの宿泊施設を備えている。ここで乗客は全員一旦下ろされる。後から来る普通列車の追い抜きもあり、列車を向かいの線路に退避させるために一度引き込み線に入れるというのだ。
ここで30分ほど停車となるが、乗客にしてみればちょっとした買い物時間である。ちょうど物産コーナーがあり、地元の産品を買い求める人の行列ができる。「これだけお客さんが来るの、私初めて」というレジ打ちのおばさんも対応に大わらわである。
私も飯田の地酒ワンカップを買い求め、後半の車窓の友とする。それにしても、豊橋からずっとハイテンションで来ていたコンパートメントのグループ客、列車をバックに記念撮影して気勢をあげたり、やはり元気だ。車内販売も「ビールがほとんどなくなりましたので、お買い求めはこちらの売店で・・・」と言ってたくらいだし。ただ、テーブルの上はビールの空き缶に焼酎の紙ボトル、グラス、割り前の現金が転がっており、観光列車だから目くじらを立てることもないのだがさすがにマナー的にどうかなと思う。
ここで豊橋からの普通列車がやってきて、そのまま秘境駅号を追い越していく。こちらは豊橋発の上諏訪行きで、飯田線から中央本線を7時間かけて、ほぼ各駅に停車して走る列車である。もともと飯田線といえば、長距離を走る鈍行で長時間かけて各駅に停車していく、というので人気のあった路線。
これなら、後から来た列車で追いかけてここで秘境駅号に乗り継ぐこともできるし、普通列車で先行して、この列車に再び乗ることもできる。もっといえば先の小和田なり中井侍で秘境駅号を見送って次の普通列車で平岡まで追いかけて捕まえることもできる。
「これって時刻表トリックに使えませんかね?時刻表の本文に載っていない臨時列車を使うということで」「中井侍駅あたりで死体があがったりとか」「秘境駅なら、気づく人もほとんどいないでしょうしね」などと乱暴なことを言い合って出したのが、
これって、全国の路線、あらゆる列車をトラベル・ミステリーとやらで血祭りに上げた西村K太郎氏のC級作品にありそうなタイトルかな。秘境駅で死体があがる・・・ってのもミステリー。ただしその場合は、いわゆる「その筋」の人とか、この列車のコンパートで気勢を上げていたおやっさんたちの一人・・・ということになるかな。
為栗(してぐり)に到着。ここは秘境駅ランキングの28位。駅のすぐ横を天竜川が流れ、100mほどで吊り橋がある。ここでも吊り橋に向けてぞろぞろ歩く光景が見られる。自然と駅が一体となった感じで、実にのどかである。
そしてやってきたのが田本駅。狭いホームはすぐに崖にぶつかる。前は川、後は崖。ここも乗客が降りると身動きが取れないほどのラッシュとなる。ここの見どころは進行方向の後ろ側にあるということで、駅の出入口でもあるのだが、階段を上がると山道。ちょうどトンネルの上に立つ。
そこからの眺めがちょうどこんな感じ。何だろうか、ホームが崖にへばりついているといったところで、これも「なぜこんなところに駅が?」というもの。集落も長い時間歩けばたどり着くようだが、例えばカーナビでこの田本駅や、先の小和田駅というのは検索できるのだろうか。カーナビで検索できない・・・・これも秘境駅のポイントになるかもしれない。
これで飯田線秘境6駅のうち4駅に降り立った。残る2駅のうち一つは金野。ここは停車駅わずか5分ということで、乗客の動きも慌ただしい。それでも行けるところまで行ってみようと、駅の外まで走り出す人もいる。ランキング13位。
これまでの秘境駅と違うのが、駅前に自転車置場があり、何台かの自転車があった。支障さんが「自転車で来る人がおるんや」と言いながら近づくが、それらはいずれも埃をかぶって長年放置されたものばかり。それでも、自転車置場があったということは、まだそれなりに利用客がいるということだろう。天竜峡駅も近くなってきたし、断崖絶壁の続いた区間からそろそろ人家の多いところに近づいてきたことがうかがえる。ホーム脇に花が咲いているのも心なごませる光景である。
続いては隣の千代駅。ここはランキング39位であるが、つい先ほど小和田や田本といった上位駅に足跡を残してきたばかりの目にはおとなしいものに思えた。だんだん感覚がマヒしてきたかな。
こちらも自転車置場があるが、きれいに1台も停められていなかった。ここまで来れば乗客もオマケのような感覚で下車していた。豊橋を出発して5時間、そろそろ列車の旅にも疲れてきた頃だろうか。
15時05分、この列車の終点である天竜峡に到着。なお列車到着前に添乗員がやってきて、「赤色のワッペンの皆様は駅前からすぐにバスが出ますのでお早めにお降りください。青色ワッペンの皆様はその後ですので、ゆっくり降りていただいて結構です」と触れて回る。そう、折り返しの間、ワッペンの色ごとに行動が分かれるというものである。赤色のワッペンをつけた私たちは先の下車組ということでいそいそと支度をする。
帰りの列車の出発は16時32分。1時間半のインターバルはまずは駅前からマイクロバスに揺られて・・・・。