まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

2008年もお世話になりました。

2008年12月31日 | ブログ

2008年も大晦日。今年ももう終わりなのかと思うとため息が出るような出ないような感じですね。

世間を見渡してもいろいろな出来事がありましたが、経済の不況や政治の混迷(低迷)、あるいは残酷な殺人事件など、どちらかといえば暗い出来事のほうが多かったように思います。

そんな中で私なりにブログをつづってきましたが、今年も最後ということで、「まつなる的」な5大ニュースをまとめてみました(ニュースといってもほとんど自分の趣味の世界ですが・・・)。

P6071415第5位:広島市民球場のラストイヤー・・・6月の交流戦観戦をもって最後の観戦となりましたが。ファンの熱気というのを感じることができました。市民球団の象徴でもあるし、昭和のプロ野球の風情を残していた球場ということで好きな球場でしたね。特に今年は、黒田・新井が抜けた中で選手とファンの「ALL-IN」でクライマックスシリーズに向けて最後まであきらめずに戦った姿が印象的です。来年は新球場に移りますが、エキサイティングなプレーをみせてほしいものです。

第4位:友人の結婚ラッシュ・・・今年は結婚式に出る機会が多かったです。その分祝儀は飛びますが、やはり友人の晴れ姿というのはよいものですな。30代も半ばにさしかかり、そろそろアラフォー世代(男性でもこういう呼び方はありなのかな?)の声もかかる中、ぼちぼち焦らないといけないのかなと思います。

P9203109第3位:JR東日本全線乗車・・・岩泉線の岩泉駅到着をもって、ようやくJR東日本の全線乗車を達成しました。これで本州3社、四国、九州のJRは全線乗車となり、残りは北海道の一部となりました。「乗りつぶし」を意識してから20年以上経ちましたが、あちこち寄り道したり、同じ路線に何回も行ったりしてなかなか距離が伸びませんでしたな。ぜひ来年こそは片付けたいものです。

Pa123690_3第2位:オリックス・バファローズ、クライマックスシリーズ進出・・・合併球団発足4年目でつかんだ快挙(しかも関西初開催)。これまで年々成績が低下し、今年も相次ぐ選手の故障、主力の不振、監督の突然の「政権投げ出し」で、「本当にこのチームはどうなってしまうのか」とふさいでいた時期もありましたが、大石監督就任後から主力の爆発、若手投手の活躍で2位の成績を収めたのは躍進といっていいでしょう。来年はさらに上、そして日本シリーズを京セラドームとマツダスタジアムでやってほしいものですね。

第1位:まつなるの大阪異動決定・・・年末になってから通知を受けたことですし、実際に東京から大阪に移るのは年が明けてからですが、ブログでも書いたことですし08年のニュースとしていいでしょう。年が明けて職場が変わるというのはそんなにある話ではないのですが、それだけに気持ちを新たにして業務に取り組めということでしょうから、頑張らないといけません・・・。

とまあいろいろとありましたが、来る年がよき1年になりますよう、皆様のご健康とご多幸をお祈りしまして、ごあいさつとさせていただきます。

2009年もよろしくお願いいたします。

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時刻表検定試験の結果発表

2008年12月29日 | ブログ

29日は年内の仕事納め。1月からは異動ということになるのだが、業務引継ぎなどまだまだやることは残っている。

さて、年末の時期に投函されるのが、11月に受験した時刻表検定試験の結果通知。事前に自己採点しているので結果はある程度わかっているのだが、第2種は200点中193点(1691人中60位タイ)の3級、そして第1種は200点中142点(1176人中314位タイ)の2級。

うーん、その筋のサイトでは「第1種は例年になく易しい」という評価があり、そうであればもう2,3問正解してせめて1級くらい取らないとな・・・と思う。

まだまだ、「博士号」への道は遠い・・・・。

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出国・帰省ラッシュですね

2008年12月27日 | ブログ

いくら世の中が不景気とはいっても、世間の仕事納めの翌日となった27日、帰省・出国のためのラッシュがあったとの報道。いよいよ、年も押し詰まったかなというところである。

かくいう私は、「元日付」での引越しを伴う異動ということもあり、部屋の大掃除を兼ねて小物の箱詰めなどの準備も行う。

ただいくら単身荷物とはいっても、東京に来て買い足したものもあるし、一方で不要物もいろいろと出てくるという始末で、それらの整理が大変である。その中で思わず「こんなものもあったのか」と思わず見入ってしまうものもあり、それが整理の時間をさらに遅らせることにもなる。よくある話ですよね。

その一方で、かつては直接窓口に出向くか、電話で申し込む必要があったものが、メールやインターネットで完了する諸手続きも増えている。これは助かる。さすがに引越し先での転入手続きなど、直接役所に出向かなければならないものもあるが、それらの手続きに要する時間が短縮されるというのは「IT社会」のメリットだろう(特に単身者の場合、諸手続きは何から何まで自分自身でやらないといけないので・・・)。

年末年始と自分の異動がごっちゃになって慌しくなっているが、こういう形での年末年始というのも、後になってみれば印象に残ることになるんだろうな・・・。

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大阪に異動となりました

2008年12月25日 | ブログ

東京に移り住んでから3年半あまりが経過しますが、このたび、東京から離れるということについて書くことにします。

私事ですが、「1月1日付」という異動の発令がありまして、東京から大阪に移ることになりました。

4月とか5月とか、10月とかに異動が多い中で「元日付」というのは異例なことかとは思いますが、全くないということでもなく、それはそれで「年が変わるキリのいい時期」という受け止め方をしています。

東京に来たときは「オレが東京か?」という違和感もあったのですが、やはり住めば都ということでそれなりの愛着も出てきたところです。ただ、今回の異動というのがいろいろな意味で「チェンジ」を伴うということであれば、その機会を与えてくれたことには感謝しないといけません。

これまでこんな感じで雑文を綴ってきましたが、大阪に移った後も「まつなる的雑文」は「@関西」で書き込みは続けていくつもりですので、今後ともご愛読ご支援のほどよろしくお願いします!!

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東京~会津周回紀行・2

2008年12月23日 | 旅行記B・東北

鶴ヶ城を出て、駅に続く道を歩く。会津若松には結構古い建物も多く、それらを観て回るのも面白い。

Pc214768まずは会津の酒「宮泉」の蔵元でもある会津酒造博物館へ。ちょうど仕込みの最中で、ほのかなアルコールの香りが広がってくる。大きな貯蔵タンクにはまだ2杯分の原酒しか出来上がっていないとのことだが、来年の秋の新酒発売が待たれる。

Pc214772会津で酒といえば「小原庄助」さん。実在した人物なのか定かではないところがあるが、世の酒飲みの象徴として伝説化された人物である。それにちなんだ展示コーナーがあり、杯や人形、石風呂などというものが飾られている。それとともに、酒を飲む時のグラスの持ち方、仕草、酔った時の行動でわかる性格分析などもあり、「確かに当てはまるところがあるな」とうなるものである。見学後はこの手の博物館につきものの試飲・・・・。

Pc214777昔ながらの外観を保つ会津若松市役所前を抜け、七日町方面を歩く。大正時代から町の中心として栄えた一帯で、野口英世にもゆかりのあるところである。

Pc214782ここでさまざまな蔵やら、石造りの商店の建物を見物する。こういう建物を歩いて見て回るのも面白い。会津若松といえば鶴ヶ城に白虎隊というのが有名であるが、こうした建物群が並ぶ町並みももう少しアピールしてもよいのではないかと思う。西若松駅から鶴ヶ城を経て会津若松駅まで5キロほどの散策コース。

会津若松駅前のスーパー銭湯「富士の湯」で汗を落とした後、磐越西線で郡山に向かうべく駅に向かう。すると何やら大勢の人だかり。ホームにはカメラを構えた「その筋」の人たちの姿も見える。

Pc214788そこにやってきたのが、SLばんえつ物語号の客車を牽引するC57。今年のばんえつ物語号の運転は終了したはずだが、「クリスマス号」として新潟から会津若松まで臨時運転しているとのことである。ヘッドマークも「クリスマス仕様」。

Pc214802この駅というのは、SLの存在がよく似合う。そんな中、郡山行きの快速「あいづライナー」の車両が到着。こちらは会津の赤べこのイラストをまとった485系。こちらも今となっては貴重な存在となりつつある車両である。会津の看板列車が合い並び立つ光景に多くのシャッターが向けられる。子どもたちにも大人気だ。

Pc214810その「あいづライナー」に乗り、郡山に向かう。指定席に乗車したがなかなかの盛況である。おそらく、SL乗車との組み合わせで乗る客が多いのだろう。車内で「会津う米う米弁当」での昼食。おにぎりにはそれぞれ会津各地の米を使い分けるとともに、おかずも会津の食材を使った「地産地消」弁当である。これがなかなかいける。

Pc214812磐梯山の雄姿もいつしか後方に去り、列車は郡山を目指して走る。

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東京~会津周回紀行

2008年12月21日 | 旅行記B・東北

会津若松へ行ってみよう。東京からでも「青春18」を使うなどして日帰りでも十分に行けるところである。

Pc214735早朝の東武浅草駅。まだ夜が明けない中、快速列車のボックスシートに身を置く。東武日光へ向かう車両と、鬼怒川温泉を経て野岩鉄道・会津鉄道の会津田島まで行く車両とに分かれている。そう、「青春18」があるといっても東北線~磐越西線や、上越線~只見線のルートではなく、通常運賃を払って東武鉄道ルートで会津まで行くというものである。私鉄でボックスシートの車両に揺られるのも面白いし、車窓の変化にも富んでいる。時間は4時間以上かかるが、このくらいがちょうどいいペース。

シーズンオフのためか日光行き・会津田島行きとも空いており、ゆったりと走る。鬼怒川温泉を過ぎれば、山々を突き抜けるトンネルも増え、長いトンネルを抜けると福島県。日陰に霜は降りているものの雪は全然なく、穏やかな冬の青空が広がる。

Pc214749会津田島からは向かい側の会津若松行きに乗車。ところどころに霧が発生しているが、冬の車窓を淡々と北上していく。途中、藁葺き屋根の駅舎を持つ湯之上温泉や、最近話題の「猫の駅長」がいる芦ノ牧温泉を過ぎる。「猫の駅長」は、鉄道の駅なのになぜか「バス」という名前で、こちらの列車が着くと反対側のホームに出てきての「お見送り」。猫は嫌いではないのだが、「品種」でいえば三毛猫のようなのが好みかな・・・・。

西若松着。ここで列車を降りる。市街地の南西部に位置するこの駅から歩いて20分ほどで(路線バスの便もあるようだが)、街のシンボル・鶴ヶ城の天守閣の下に出ることができる。

Pc214752再建されたものをまた改修したこの天守閣。往年のものではないとわかっていてもその形というのは、何度訪れてもいいものである。優雅というのかな。

Pc214766本丸広場の松の木に雪対策の三角形の囲いがされているが、果たして雪はどのくらい降るのだろうか。以前に「雪ほたる」という、会津ろうそくの灯りと雪灯りを楽しむイベントを見たことがあるのだが、2月だったにも関わらず鶴ヶ城や市街地にはほとんど雪がなかったのを憶えている。

Pc214763Pc214762天守閣の最上階から市街地を望む。北東には磐梯山、北西には飯豊山地。こちらはいずれも雪をかぶっており、雄大な景色を見せてくれる。

Pc2147512009年の大河ドラマは直江兼続が主人公の「天地人」であるが、ここ会津は一時期上杉景勝が支配するところであった。となれば兼続も登場するということで観光キャンペーンである。天守閣の資料展示も、上杉氏による支配にちなんだものを企画展示で紹介するという。白虎隊のイメージが余りにも強い会津だが、新たな面をアピールすることができるかどうか・・・・。

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「廃止」の話題が続きますな

2008年12月20日 | プロ野球(独立リーグほか)

「廃止」といえば、来年3月のダイヤ改正にて、ブルートレイン「富士・はやぶさ」の廃止、「ムーンライトながら」、「ムーンライトえちご」の臨時列車への格下げ(これも廃止への布石か)という発表があり、鉄道や旅行系のブログでもいろいろと取り上げられているようだ。

特に「富士・はやぶさ」の廃止は、東京駅からブルートレインが姿を消すということで扱いが大きい。まあ、「あさかぜ」の廃止からこうなることは既定のことだったようで、その時期が来年の3月に決まったということだろう。「ブルートレイン」という言葉も死語になりつつある。まあ、旅客鉄道の「限界」ですね。

さて、今回は鉄道のことではなく、相次ぐスポーツの社会人チームの廃部のこと。アイスホッケーの西武プリンスラビッツと、アメフトのオンワードオークス。それぞれの競技において日本一の経験を持つ、日本を代表するチームである。

Pa193840米国発の金融危機が日本に及ぼす影響はものすごいことで、改めて日本のスポーツの底辺の薄さと、企業がチームを持つことの限界を感じた。これが野球やサッカーならまだ「地域密着」をキーワードとしてチーム活動ができるだけの人気があるスポーツであるが、アイスホッケーやアメフトとなると完全に「季節もの」だし、米国では「4大プロスポーツ」であるが日本ではプロチームが生まれるまでの人気がない。

残念な気もするが、これも、企業の「限界」かな。

話変わって、来年から野球の「関西独立リーグ」が始まる。NPBへの選手送り込みを第一義とする四国・九州、地域密着を第一とする上信越・北陸に次ぐ独立リーグであるが、正直、関西という地盤で何を目指すのかが見えない。神戸のチームに女子高生が入団したことくらいが話題で、あとはどうなっているのか。現時点では「興行としては失敗に終わるだろう」というのが私の予想。

でもまあ、地元関西でどのような扱いになっているのか、また実際の興行は観ていないのだが、おそらく来年、このリーグの動きをこの目で追いかけることになるだろう・・・・。

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〈満洲〉の歴史

2008年12月18日 | ブログ

日本と中国との関係(特に近現代史において)で重要な舞台となった「満洲」。今では「中国東北部」と呼ばなければ不都合らしいのだが、かつて清国を起こした女真族からすれば「満洲」は「広州」とか「杭州」といった「○○州」のひとつではなく、民族名であり国名である「満珠」から来たものという。

4062879662それはさておき、政治、戦争、経済、文化、産業などさまざまな面からこの地域(「満洲国」という「国家」があったことも含めて)の歴史をまとめたのがこの『〈満洲〉の歴史』(小林英夫著 講談社現代新書)である。これまではその中のある面に焦点を置いた書籍を目にすることがあったのだが、これだけ幅広く触れた著書というのはなかなかないだろう。その中でも、人的・物的資源に恵まれない日本が軍事力にあかせて進出したものの、結局は広大な大地に根付いた中国の政治・文化の力に飲み込まれてしまったという流れが詳しく書かれている。

歴史に詳しい人なら「総花的」という感想を抱くだろうが、逆にこの地域の歴史をいくつかの段階に分け、その中でさまざまな観点から触れてみるというのは、焦点を一本に絞った専門書より難しいのではないだろうか。

中国東北部。経済発展が著しい中国にとっては資源豊かな地域であるし、ロシアにとっても極東経済戦略の上で重要なところ。モンゴルにも接している。北朝鮮でさえも、いつの話かわからないが開放経済政策を行うということになればまずこの地域相手ということになる。韓国の黄海をまたいだ経済活動もある。日本も「環日本海経済圏」を進める向きからは重要なスポットである。そういういろんな国と接する、地政学的にも重要な地域だけに、過去にさまざまな争いが繰り返されたという面もある。それだけに腰を据えてかからなければならないかな。

「日本経済が行き詰っているから満洲へ進出・・・」といえば明治以降の歴史を繰り返すようだが、アメリカ一辺倒ではなく、もっとアジアに目を向けた経済活動、文化交流というところにも、経済活性化の手がかりがあるように思えるのだが・・・・。

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プラスチックを舐めると環境ホルモンが・・・

2008年12月16日 | ブログ

身体の中に入って恐ろしいことになるらしいですね。怖いですね。

私も、ペンの後ろは舐めませんが、子どもの頃などは爪を噛むとか、鉛筆の後ろを舐めるとか、新聞紙や書籍の端っこを齧るとか、そういうクセはありましたね。それらは環境ホルモンが身体に入って恐ろしいことになる・・・・確かに、今現在の身体を見ると当てはまっているかもしれません。この恐ろしさを伝えてくださった民主党の議員さんにはお礼を申し上げます。

・・・・って、こういう話が黒海もとい国会の中で行われているんですから!!

麻生首相が民主党議員の質問中、ペンをくわえて聞いている姿を見咎めてか、次に質問にたったA議員が「環境ホルモン」のことを質問にくわえ、そのうえ、H幹部もそれに追従するような発言をしたとか。

日本には易姓革命もクーデターも下克上も起こらないわけが、このやり取りにも見えますね。おそらく次の総選挙で政権を獲るであろう党の国会議員にして、この程度のやり取りしかできないわけですから。日本という平和国家に産まれてよかったと改めて実感しました。

これって、ボケのタイミングをずらし、ツッコミも的外れな前座の芸人の舞台よりもしょうもないね。演芸場の入場料より高い税金を払ってこの「出し物」かいな。

ペンをくわえようが、それは瑣末なことでしょう。所詮国会議員って、もっといびつなものをくわえたり、くわえさせたりしている人たちなんですから・・・・。

鬼の首でもくわえたかのようなA議員、大分の選挙区らしいですが、彼の在職中の実績は、この下手なツッコミだけでしょうね。あなたも、いびつなものをくわえているんでしょ?

自民党もそう、民主党もこの程度なら、次の選挙ではどこに入れたらいいんですか?いっそ「K党」・・・・?

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全国「一の宮」徹底ガイド

2008年12月15日 | ブログ

先の記事に「全国の一の宮を訪ねる旅というのも面白そうだ」という内容のことを書いたが、こういう本があったんですな。

Isbn9784569669304『全国「一の宮」徹底ガイド』(恵美嘉樹著 PHP文庫)。現在の都道府県制が敷かれる前の旧分国というのが68あり(この中には、現在の北海道、沖縄といった、当時「日本」に含まれていなかった地域はカウントされていない)、それぞれの国の「一の宮」(中には、複数の神社が「我こそが一の宮」という主張をしている国もあるようだが)について、その祭神や由来を紹介するというものである。

紹介されている個々の神社を見ると、現在でも観光名所で、私自身も訪れたことがある神社や、この本で初めてその存在を知った神社もある。誰もが知っている神社が必ずしも「一の宮」というわけではなく、「一の宮」が定められた奈良時代~平安時代の頃と現在の規模の大きさがそっくり対応しているというものでもないようだ。

日本は昔から「八百万の神」がいるという伝説がある。かつて森元首相が「日本は神の国です」と発言したことが大きな批判を招いたが、多くの神社があっていろいろな神様が祭られており、初詣を初めとしていろいろな節目で神社に参拝するのは日本の文化であるということは、否定できないのではないだろうか。まあそれはさておき、この一冊は「なぜこの国、この地でこの神様が祭られているのか」ということと、その土地の歴史、文化、風土が結びついていることを的確に解説してくれている。

これをガイドとして、これまで訪れたことがある神社も含めて、改めてその土地を味わう旅に出るのも面白いだろう。この68ヶ国の中には「隠岐」「壱岐」「対馬」という国が含まれていたり、奥社は重装備をして登らなければならない山の上にあるという国もある。改めて思い立って回るにはかなりの労力を必要とするが、こういう切り口で各地を見て回る、そしてこの国の多様性に触れるというのも、なかなか面白いのではないだろうか。

それにしても、著者の肩書きというのが「作家・歴史旅コンサルタント」。いろんな商売があるもんですな。

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「さよならEF55みなかみ」号

2008年12月13日 | 旅行記C・関東甲信越

EF55という電気機関車がある。特徴的な流線形の前面部分の茶色の機関車である。その1号機が製造されたのは1936年(昭和11年)というから、2・26事件が起こったり、日本にプロ野球のリーグが発足したりと、そのくらい前の話である。

Pc134626そんな年に製造された機関車、一旦第一線を退いて「廃車」扱いとなった後に復活を果たし、機関車の撮影会やイベント列車などでその姿を見せていたが(私も、尾久機関区での撮影会で見たことはあったが・・・現役で走ってたんですね)、とうとう2009年の1月をもって完全に「引退」ということになった。この冬は最後の運転ということで、高崎から水上まで走る「さよならEF55みなかみ」号に乗車することにした。

指定席券はもちろん「秒殺」で売り切れており、ネットオークションで割高料金でようやく手に入れたというありさま。本当、最近列車の指定席券が取りにくくなりましたな・・・。

高崎駅に現れる。ホームにはすでに多くのギャラリーというか、その筋の人たちが多く群がっている。上越線のイベント列車といえばこの夏にD51のSL列車が走ったが、その時と比べてギャラリーの「鉄分」が濃いように感じる。SLといえば一般の観光客も注目する乗り物であるが、「戦前の流線形機関車」というのはちょっと一般向けではないかな・・・。

Pc134617機関車が入線し、「ばんえつ物語」号用の客車と連結。高崎駅ホームではこんな感じ。まあ、人間が入るのはどうしても避けられないか。

気がつけば出発の時間となり、指定席に座る。指定席ではあるが、通路には長い行列ができている。売店コーナーでオリジナルグッズ(おそらくサイドボードかな)を買い求める列である。行列が何両にも亘るとは、ちょっと異様な光景である。

Pc134645渋川で30分弱の停車。ここでも撮影タイムとなり、カメラの放列。中には他の撮影者に対する罵声や怒声も聞こえ、なかなか険悪なムード。それにしても、この流線形というのは独特な感じで、その形状から「カバ」とか「ムーミン」とか呼ばれたのもうなずける。同じく今年引退した「0系」の形状にも通じるものがあるように思える。

渋川からは利根川をさかのぼるように走る。稲刈りも終わり、晩秋から初冬の乾燥した風景が広がる。川の流れも冬らしく大人しい感じ。

それにしても、沿線のカメラのギャラリーがすごい。人気とされるスポットでは数百人はいたか。農道には駐車するクルマの列、あぜ道や田んぼの中にも三脚が立ち並ぶ。改めて、「見せる」列車なのだなと思う(他の人のブログなど見ても、「乗った」より「撮った」のほうが圧倒的に多いですな)。こうして乗っている分には「普通の客車列車」としか感じられないし・・・。それでも、70年以上前に製造された機関車とは思えない力強さが感じられる。

Pc134637やはり「その筋」の人ばかりが乗る列車というわけか、車内では観光案内やらイベントもなく、せいぜい乗車証明書とEF55の解説パンフレットを配るくらいのあっさりしたもので、高崎から2時間で水上に到着。利根川の流れと沿道のギャラリーを見ていると時間が経つのが早く感じられた。

Pc134656さて水上に着いてからがまた大変。まずは反対側のホームに移動して、逆方向からの機関車撮影(同じホームからだと、全体像がなかなか撮りにくいので)。

Pc134697続いて、改札を出た客が群がったのが、水上駅の先にある転車台。前後非対称の形状のため、SLと同じように向きを変える必要があるのだ(この手間が、EF55が3台しか製造されず、早々に廃車になった理由である)。こちらも大変な人出で、中には脚立持参の剛の者もいる。やはり「少しでもいいショットを」という執念はものすごいものがあるだろう。結構「殺気」を感じましたぞ。

Pc134669少しずつ向きを変えていく。こうした手間というのも現在の鉄道の現場ではなかなか見ることができないものだ。向きを変えたEF55は、3時間後の折り返しまでしばらくの休憩と撮影タイムということになる。

その折り返しだが、私は指定席券を持っていないので乗車はあきらめている。ということで、これが最初で最後の「EF55牽引の客車乗車」ということになるのかな。まあ少しでも戦前の風情に触れられたということで(渋川停車中に文字通り現物にも触っているし)、よしとしよう。

Pc134702客車がずっと停まっているので車内で食事をしていたり、早々と線路脇に三脚を立てて撮影準備に入る人たちの間を抜け、歴史民俗資料館見学などでしばし水上での時間をつぶした後、清水トンネルをくぐってさらに北へ向かう。12月も半ばであるが、国境のトンネルを抜けると・・・・雪など全くなくカラッと晴れていた・・・・。

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今年の漢字は「変」

2008年12月12日 | ブログ

年末になると清水寺のお坊さんが「今年の漢字」ということで達筆を披露するのだが、今年の漢字は「変」が選ばれたという。

日本の首相交代や、アメリカの大統領選挙でオバマ候補が「チェンジ」をアピールして当選したり、急激な景気の悪化という経済情勢の変化や、ゲリラ豪雨など急激な気候の変化とか、とにかくさまざまな情勢の変化があったということが、選ばれた理由という。

ただその一方で、「変なこと」が多かったというのもあるだろう。政権投げ出し、不可解な理由での殺人、食の衛生問題(中国製ギョーザの毒物混入も結局原因が特定できていないし)など。

さらには、新たな年に向けて「この暗い世相がいい方向に変わってほしい」というのもあるのかな。いいようにも、悪いようにも取れるこの漢字。なるほど、言い得ているかもしれないな。来たる年こそ、明るい方向に変化できるようにしないとね。

ちなみに私は、いろんなものが破れかぶれになっているということで「破」という字かなと思っていたのですが・・・・。

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「ガチャコン」で日野商人

2008年12月10日 | 旅行記E・関西

多賀大社参拝後、列車で高宮まで出る。ただこの後、八日市方面に向かう列車の接続が悪く、それならばと「SSフリーきっぷ」のメリットを生かして、一旦彦根まで戻る。

Pc064513今回は「日のあるうちに」近江鉄道を乗ろうということで、途中下車ポイントもいろいろと考えたのだが、「世界遺産候補」にも挙がった彦根城については、残念ながら駅の跨線橋に設けられている展望ポイントからの遠景にとどめる。彦根城が嫌というわけではなく、逆に一度そちらに足を踏み入れてしまうとさまざまな観光ポイントや復元された町並みの見物に時間を費やすことになり(ゆるキャラの元祖である「ひこにゃん」も見ないといけないし)、そのために他のところに寄れなくなるというのがあって・・・・。今回は長浜、彦根、安土、近江八幡など、琵琶湖の沿岸に並ぶ町を無視することにする。

Pc064512その代わりというわけではないが、次の八日市行きの列車が来るまで、駅横の車庫に眠る車両群を撮影。かつては貨物の営業もやっていたとのことで、「いかにも私鉄風やな」という小ぶりな機関車も多く並ぶ。11月までなら「近江鉄道ミュージアム」として開放しており、もっと間近で見られたというが、今の距離でも十分にうならせるくらいの魅力はある。

やってきた列車に乗り込み、刈り入れも終わりそろそろ冬の風情をみせる田園風景に、すぐ間近の新幹線の高架を見ながら南下する。こちらはガタゴトと(列車が走る音というのが「ガチャコン」の由来とか)走るのに対し、新幹線はこれでもかというくらいにぶっ飛ばす。その対比を感じるのもこの路線の面白さ。冬の日差しが近江盆地に温かく降り注ぐ。

Pc064519八日市着。ここからバスに乗り継いで、近江商人の屋敷も残る五箇荘を見物するか、八日市線に乗り換えて近江八幡に出るか、いずれにしても「近江商人」に関するところに行こうかと思ったのだが、ちょうど貴生川方面からやってきた車両をみて心変わり、そちらに乗って貴生川方面に向かうこととした。700系という、これまで見てきた旧西武鉄道の車両に比べても斬新なデザインで、車内も転換クロスシート。これを見た瞬間に近江商人はぶっ飛んでしまい、またも田園風景の車窓が広がることになった。この系統の車両は1編成しかなく、トラベルライターも旅行記の中で「この車両に出会うチャンスがなかったのが残念」と記していたくらいだから。

さすがにこのまま貴生川に行くのも芸がないので、どこかで途中下車ということで、日野に降り立つ。ここも近江商人発祥の地ということで知る人ぞ知るスポットなのだが、知らない人は全く知らないというスポット。近江八幡、五箇荘に比べてもマイナーなイメージかな。

Pc064521日野の中心部は駅から少し離れており、西武ライオンズカラーのバスで10分ほど揺られる。大窪という停留所で降りて少し歩くと「日野商人屋敷」というのがある。かつて財をなした日野商人の本宅だったという建物である。

Pc064522ちょうど見学客が私だけだったこともあり、係の人に展示物の解説をしてもらいながら見物する。日野は製薬が盛んだったところで「万病感応丸」という、もともとは心臓の薬だったのがそれが万病に効くとされて大いにはやったとか、日野商人というのは日野で商家を構えるというよりは、出先に店を構えて日野商人のネットワークを構築したとか、そういう話を聞く。

Pc064528同じ近江商人でもいろいろと特徴があるようで、近江八幡は大都市中心にネットワークを広げ、全国各地や海外を相手とした商売を手広く行い、五箇荘は繊維産業から始めて近代産業にも手がけるようになったのに対し、日野は売薬を中心に江戸幕府の保護を受けつつも、展開したのは中山道のその先、今の群馬県や埼玉県を中心としたエリアで、酒や味噌などの醸造業を手堅く行ったという対比があるようだ(係の人は、近江八幡や五箇荘の間を縫ったところに目をつけることが生き残りの術と心得ていたのではないかという分析をしていた)。北関東にも日本酒の蔵元がいろいろとあるが、その多くが日野商人が手がけたというらしい。まあ、地味といえば地味なのかな。

そんな日野商人の家訓というか、経営理念が残されており、見学後にはコピーをいただいた。それによれば、「謙虚な人間となれ」「不正・粗末な商品を売るな」「貪欲に儲けることを慎め」「投機的な相場で一攫千金を狙うな」「見栄を張るような派手な商いをするな」・・・など、心にグサっとくるような言葉が並んでいる。近江商人は堅実というイメージがあるが、その中でも特に「慎み深く」というのが日野商人のモットーだったようだ。現在もやれ食品偽装だの何だのという問題が世間を賑わせる中、含蓄のあるものである。

Pc064534展示にうなった商人館を後にする。元々城下町だった日野の街並みはそれなりに風情があるが、日野商人そのものは特に日野で大規模な店舗を構えていたというわけではなく(本宅は日野だが出先に単身赴任していたとか)、そのために昔ながらの建物がゴロゴロ並ぶ・・・というほどではない。そのあたりが、他の2ヶ所と比べて観光客的にマイナーな印象があるのかもしれない。

Pc064538バスの時間が合わないので、結局3キロほどの道のりを歩いて日野駅まで戻る。この駅も昔ながらの風情を残しており、年配の駅員が昔ながらの出札口で硬券を売る光景も今では滅多に見られないものだ。

冬の日差しは短いもので、近江盆地も日が暮れようとしていた。西日が田園風景の中を走る車両を鮮やかに照らし出してくれる。水口経由で貴生川まで出て、この日はJR草津線で大津まで向かった。

Pc064547大津では友人と合流し、とりあえず大津といえば琵琶湖ということで、湖岸まで行ってみる。ちょうど噴水のショーが行われており、なかなか鮮やかなものであった。また遊覧船「ミシガン」の到着を見ることができ、「何でコイツと一緒に見物しなければならないのか」という思いはさておき、冬の琵琶湖の湖上もなかなかいいムードだったなと感じたものだった・・・。

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「ガチャコン」で多賀参り

2008年12月08日 | 旅行記E・関西

京都まで行く所用があったので、その前段としてなかなか足を踏み入れることがない滋賀県を訪れることにした。

滋賀県といっても琵琶湖を中心に広い地域であるが、今回は久しぶり&未乗車区間が残る近江鉄道をターゲットに回る。

朝の新幹線で東京を発つ。米原に停車する「ひかり」を選んだのだが、指定席もほぼ満席という盛況。手には京都観光のパンフレットを持った団体客が多く、紅葉シーズンが年々後にずれこむ中、まだまだ嵐山をはじめとした紅葉スポットを訪れる客は多い。

Pc064472東京を出たときもそうだったし、神奈川県内でも雪をかぶった富士山の姿がくっきりと眺められたが、新富士のあたり、富士の眺望がもっとも大きく望めるところだけが雲がかかっており、富士の姿がすっぽりと隠れた。これが静岡近くになるとまたくっきりと晴れただけに、あの辺りだけ、気候的な特徴というのがあるのかなと思う。寒気がたまりやすいとか。

Pc064479そんな中、米原に到着。ここで乗り換えるのは近江鉄道。駅前が改装工事中の仮駅舎のような建物である。ここで、「SSフリーきっぷ」を求める。土日休日限定の発売で、550円で近江鉄道の全線が一日乗り放題というもの。550円分を乗るのも難しいことではなく、大きな駅間を往復するだけで軽く元がとれるし、ちょいと遠出をするものなら、運賃割高の地方私鉄ゆえ、かえって割安になるというもの。後で降り立った彦根駅のごとくは、自動券売機の550円を上回る区間のボタンを目隠しして「SSフリーきっぷをお買い求めください」とあるし、駅員もきっぷの束を片手に乗客に売りさばいていた。客のほうもこれあるを知って慣れたものである。

Pc064482近江鉄道といえば、言わずと知れた西武グループの一員。西武の総帥・堤家の出自が近江ということもある。というわけで、駅のホームや列車の中吊り広告には「日本シリーズチャンピオン 埼玉西武ライオンズ」というのがあったし(これ、この後通る無人駅を含めた全ての駅のホームに掲示されていた)、車両側面には「NO LIMIT 2008」のチームスローガンのステッカーが貼られていた。まあいいじゃないですか、こういうのは。

米原からの列車はその彦根を過ぎ、高宮着。「たかみや」の「た」の音にアクセントを置く放送。終点の貴生川も「きぶかわ」の「き」の音にアクセントが置かれており、広く関西弁という中の近江地方の言い回しかと思う。

Pc064486ここで支線の多賀大社前行きに乗車。新幹線の高架をくぐり、しばらく走ると「スクリーン」という名前の駅に着く。「スクリーン」という、大日本印刷関連の会社の工場があるのだが、それにしてもそのまんまですな。近江鉄道にはこのほか「京セラ前」とか「フジテック前」とか「大学前」とか、一見バス停かいなと思う駅名があるのだが「スクリーン前」ではなく、「スクリーン」とそのものズバリなのは変わっている。

多賀大社前着。せっかくなので多賀大社にお参りすることにする。

Pc064493参道はなかなか伝統ある建物が軒を連ね、昔ながらの風情を残す。「絵馬通り」という愛称もあるようで、ほとんどの軒先に絵馬がぶらさがっている。それも正月のしめ縄のようなものをつけ、絵馬には「笑門」と書かれている。「笑う門には福来たる」を表しているのだろうが、それにしても全てが「笑門」の絵馬というのはそれほどの言い伝えがあるのだろうか。

Pc064495歩いて15分ほどで多賀大社に到着。早速参拝を済ませる。開放的な雰囲気なのだがなかなかどっしりした構えの神社である。「お伊勢お多賀の子でござる」という都都逸があるように、多賀大社というのは天照大神の両親であるイザナギ・イザナミの神を祀った神社という。そのためか縁結びの神様として古くから信仰を集めているとか。

Pc064501「多賀講」というのもあり、最近ではその集まりが縁で結ばれる夫婦もいるとか、なるほどありがたい神様のようではある。

しばし清々しい気分になって、再び駅に戻る。多賀大社を模した駅の待合室には、全国の有名な神社の絵馬が飾られている。それらを見るのも面白い。その中で「○○国一ノ宮」という肩書をつけているのも多い。昔の国の中で中心的な神社、多くの信仰を集めた神社、定義はいろいろなのだろうが、代表的なところが多い。

Pc064487この中のいくつかは参拝したこともあるが、ふと思ったのが「全国の一ノ宮を回るというのも、旅のテーマとして面白いかな・・・」というもの。四国の八十八ヶ所や西国の三十三ヶ所などに代表される巡礼もそうだし、全国の鉄道乗りつぶしもそう。これには日本の百名山や百名城めぐりも含まれるかな。その中で「一ノ宮めぐり」。神社というのは地域により深く根付いているものであるし、その土地の特徴も現していると思うので、これはいずれライフワークに入れてもいいだろう(これまで訪れたところも、新たにお札を求めるとか何かで改めて足跡を残したほうがいいな)。

何年先の話になるかはわからないが、いずれこういうのも面白いかと・・・・。

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イルミネーション

2008年12月04日 | ブログ

ロッテ入りを拒否した長野のことを書いたら、ガラガラの拙ブログにもいくばくかのギャラリーが出たようで・・・・。

それはさておき、12月ともなればあちらこちらでイルミネーションの点灯が行われていますな。

イルミネーションというのは冬の風物詩、夏場にはさほど出ません。やはり、灯りが醸し出す「暖かさ」というのは、冬ならではのことだろう。夏場なら暑苦しいが、冬ならば灯りを前にして好きな人同士が体を寄せ合うのに何の違和感もないわけで・・・。

さて、私の職場に行くまでの道筋にもイルミネーションが出ており、道行くカップルが記念撮影したり、携帯電話のカメラで写真を撮る人の姿が多い。今は仕事帰りの人たちが多いようだが、これが週末ともなればもっとごった返すのであろう。

私の携帯、一応ワンセグでテレビなど観ることができるのだが、図体ばかりデカくて写真を撮るとなると屁の役にも立たない(画像がピンボケで、2歳児が何も考えずにシャッターを押して出来上がった写真よりもボケてしか写らない)という最悪の代物なので、とてもではないがブログに画像として載せることはできない。

ならばデジカメを持ち込んでということになるのだが、これがまた夜景と速いスピートのもの(列車の走行場面とか、スポーツの決定的瞬間とか)が被写体になると、2歳児が撮った写真よりも下手くそで、どないもならないしょーもないものしか写せないという体たらく。

もっとも、私が不器用なんですがね・・・(今日びのデジカメや携帯のカメラなど、2歳児のほうがよほど使いこなせるでしょう)。これって、「バカチョン」の風下にも及ばないでしょう? ああ・・・こう書いたら「彼ら」から制裁を受けて荒川に簀巻きにされて流される・・・・。

一緒に写る人がいない分、何とか写真だけでもちゃんとしたいのだが・・・この冬も絶望的ですな。

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