浜坂駅から湯村温泉行きのバスに乗る。乗客は私以外は地元の高校生3人。ここから岸田川に沿って山の中へ分け入っていく。道路は普通に走れるが、周りの雪は先ほどよりも深くなっている。駅から湯村温泉までは30分で、高校生たちは途中で降りたので最後は私一人だけだった。
終点一つ手前の薬師湯で下車する。鳥取への移動のため湯村温泉の滞在時間は1時間半あまり、まずは外湯に入ろうと思う。
そこで向かったのが薬師湯。地元の人も気軽に入る公衆浴場で、入浴料も一般が500円のところ、新温泉町の町民は半額の250円で利用できる。ただし、新型コロナ対策として営業時間が短縮され、サウナと2階の休憩室の利用も休止している。まあ、純粋に温泉につかる分には問題なく、利用客も少ないので中の浴槽、外の露天風呂も広く使うことができた。
そのまま温泉街の中心に向かう。春来川の横にある荒湯からは強烈な湯気が上がっている。こういうのを見ると温泉に来たなと実感する。荒湯は平安時代、慈覚大師円仁により発見された湯村温泉の源泉で、温度は98度ある。荒湯には高温の湯壺を使ってさまざまなものを茹でることができる。
ということで、前日の城崎に続いて、ゆでたまごに挑戦だ。2つある湯壺の片方が特に温度が高く、短い時間で固めのゆでたまごに仕上がるという。時間にして12~13分ということで、その間に春来川沿いの足湯「ふれあいの湯」を散策する。
散歩道にもなっており、2000年前後に寄せられた芸能人、文化人たち約60人の手形が飾られている。さすがにこの時季、手形に手を合わせるとひんやりする。
全部を取り上げるだけの余裕はないが、いくつか紹介すると・・
火野正平さん、尾車親方、武田鉄矢さん、北大路欣也さん、田中邦衛さん、桂三枝(当時)師匠
橋幸夫さん、宗滋選手、掛布雅之選手、西本聖投手、パンチ佐藤選手、アグネス・チャンさん
服部幸應さん、ゼンジー北京師匠、衣笠祥雄選手、平尾誠二選手、西川きよし師匠
そして、橋の上には夢千代公園がある。湯村温泉が全国的に有名になるきっかけとなったドラマ「夢千代日記」の放映を記念してのもので、脚本家・早坂暁、主演の吉永小百合さんなどの手形もこちらに飾られている。湯村温泉の紹介というと「夢千代日記で知られる・・」という言葉がつくことが多く、私もさぞ知っているかのような顔でそう書いているが、実際のドラマを観たわけではない。
ネットで検索すると、早坂暁が「夢千代日記」を書いたのは、広島を訪ねて「いつか原爆のことを書こう」と心に決めていた中で、温泉街の色物の世界に被爆した女性を芸者として登場させたほうが、「原爆反対」と声高に叫ぶよりも人の心に訴えるのではないかと考えたから・・とある。また、高度経済成長に乗り遅れた「裏日本」(当時はまだこの表現が当たり前だった)に日本人が落とした大事なもの、それを癒すものが山陰の小さな温泉町に残っていて、心に傷を負った人たちが助けられてまた帰っていく理想郷を描いた・・とある。どこかで映像を探してみようか。
そろそろ、ゆでたまごの時間である。近くに適当な食事処が見当たらなかったので、昼食は荒湯の横でこのゆでたまごと、一緒に買ったビールである。「ゆで上がったら、湯壺の横の水道で冷やして」というアドバイスがあったが、そうすると皮がスムーズにむけ、また白身が皮にくっつくこともなかった。雨で濡れているのでベンチに腰掛けることができず、立ったままの食事である。5個入りをゆでたので、2個をここで食べ、残りは土産物として持ち帰ることにした。
バス停に向かうまでの間に薬師堂がある。湯村温泉を開いた慈覚大師円仁を慕い、薬師如来が祀られている。薬師如来は病気平癒や延命のご利益がある医薬の仏ということで、湯治客からも信仰されている。西国四十九薬師の札所の寺ではないが、城崎同様、温泉地に薬師如来が祀られているのに出会うのも巡り合わせということで、改めて手を合わせる。
13時30分発のバスの乗客は私一人。そのまま浜坂駅に戻る。列車までの時間、観光案内所に入る。そういえば数年前に浜坂、湯村温泉に来た時、観光案内所で「セコガニの味噌煮」という一品を見つけ、美味かった記憶がある。
それがあるかなと案内所をのぞくと、冷凍庫にパックが残っていたので一つ購入。この辺りの山間部の冬の保存食で、セコガニの胴体や足を殻ごとぶつ切りにして、外子、内子と一緒に味噌やみりん等で味付けして煮込んだもの。ご飯にも合うし、酒のお供にもなる。休みの前の日などに心置きなく一杯やってみたいものだ・・ということで、この記事の下書きはその通りに。
また、駅建物内に「鉄子の部屋」というのがある。山陰線を中心としたさまざまな鉄道グッズが展示されている。餘部鉄橋の橋脚の一部もここで保存されている。
浜坂14時20分発の鳥取行き快速に乗る。直前になって急遽決めた浜坂途中下車、湯村温泉行きだったが、楽しむことができた。
鳥取行きはこれまでとは異なるキハ121。ボックス席の向かいのシートとの間隔が広く取られている。
兵庫県から鳥取県へと入り、東浜に到着。なお、写真がひどく汚れているように見えるが、これは気動車の窓ガラスに実際に泥がついているためである。鳥取砂丘の中を走って来たのかと思う蔵代。