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辺野古埋立は国民一人一人の問題

2023年10月05日 11時30分17秒 | 国を憂う
最高裁で「沖縄県の不服は認められない。国の設計変更を即刻認めなさい」と審判され、国が求めた承認期限が昨日4日だったんですね。しかし玉城沖縄県知事は「承認、非承認の決定に至っていない」として態度を明確にしなかった。 変な話ですよね、最高裁が「こうしろ」と判断したものを、「決定に至ってません」と中途半端な言葉で態度を表明しないというのは。
ここに玉城知事の苦悩がにじんでますよね。「埋立反対」を旗印に過去2回の知事選を勝って来た、2019年には7割の県民が「埋立はNO」と声をあげた。なのに今「承認します」とは言えないですよね。 承認を拒否する手段はもう無い、一方で県民の期待は大きい。 「どうしたらいいんだ」が「至ってません」という表現になったんでしょう。
今優位な国は「県に変わって、国が承認する手続き=(代執行)」を認めるよう訴訟を起こすのでしょう。防衛省が設計変更を認めよと裁判で認めさせ、承認くれないと、国交省が「代執行やります」と言う流れですか。

玉城知事一人がこんなに苦しまねばならん問題なんだろうか。
 ・国家、国民の安全にかかわる問題
 ・膨大な税金を投入する問題
 ・島の自然が破壊される問題
 ・難工事が予想され、はたして完成できるのかという問題
 ・完成した時に普天間飛行場はなくなるのかという問題
 ・いやいやドローンだ無人機だで戦争するようになった時代にこんな飛行場が
  役に立つのかという問題 (20年も30年も前に計画された)
玉城さん一人の、沖縄県民だけの問題じゃないでしょう。 われわれ本土の人間も「他人事」として声上げないですむ問題じゃないですよ。     辺野古の現状(東京新聞)
僕は 「埋め立て工事即刻中止すべき」を 自論とし、訴えていきます。

内閣改造 誰のため?

2023年09月13日 09時25分59秒 | 国を憂う
これすご~く当然で、みんなが考えることを忘れてる「?」ですよ。
答えは一つに決まってる、「国民のため」でないとおかしいでしょう。でも繰り返される内閣改造 ぼくには「国民のために」はゼロで、「岸田さん自分のため」が80で、「自民党のため」が20 そんな目的配分 違いますか?
こんなお遊びされてていいのかを国民はぶつけていかないといかんと思ってます。
だいたいが、大臣を受けるんなら「担当分野のこういう現状をこう変えたい」があって、就任要請を受けるべきでしょう? もうちょっと突っ込んで言わせてもらえば、「現状見えてる悪さは官僚に『こういう方向で改善せよ』でいいんですよ。日頃からそれ位の問題意識持ってる人が適材適所でしょう。大事なのは10年後、20年後を語る能力ですよ。「こう変えていきたい。道筋は付けたい』それが大臣に期待されることじゃないですか」 と言いたいのです。そういう気骨、気概を感じさせる大臣いました? 今回選ばれてる? いないとは言いませんが、「?」の方が多いよね。
例として個人名で書いちゃいますが、お許しいただくとして、永岡文科大臣 旧統一教会問題でややこしい役回りになっちゃった。就任当初はこんなことになるとは思ってなっかったでしょう。解散請求だ、過料だとなって、煩わしかったでしょうね。だから今ほっとしてるんじゃないですか。 まっ当たらずとも遠からずと思いますよ。
こういう大臣多いですよ。そりゃそうなります。派閥間のバランスだし、党議員の箔付け行為な部分もあるわけで。「今度大臣になる人」という「待ち行列」ができてるんでしょう? 結局、国民、国のための仕事をするぞ で大臣になる、する訳じゃない。「一度はやってみたい夢」の実現で有頂天 そういう大臣多いんじゃない?
岸田さん自身の延命、保身そこが第一目的ですよね。自分の次を狙ってる奴を牽制するとか、取り込んで置くとか、全ては権力構造内での駆け引き、そこを主導できる権力を使って己への求心力を高めんとする「政治ごっこ」でしかない。 言い過ぎでしょうか?
国民を無視して という点では プーチンさん、習さん、金さん と同じ穴の狢でしょう。いやいや、地球上の現権力者は大なり小なり同じですよ。 いずこも国民が優しいからね。

汚染水放出 中国 日本政府

2023年09月01日 08時25分14秒 | 国を憂う
福島のトリチュウム汚染水を沖合に放出している。これに対して中国と日本の両政府のやり合いは子供の喧嘩を見るようで、滑稽でさえある。 嘆かわしい両政府だ。
今の両政府への感想を書く前に、海洋放出をするにあたっての日本政府の事前説明は必要十分だったのかについて思いを書いておく。  僕は「不十分で、間違ってた」と見ています。 一番大きいのはそのスタンス。 全世界に向かって「我が国内での不始末で、大変申し訳ないことだが」の謝罪から始めたか、謝罪の気持ちがあったか です。 今から振り返れば、「こっち都合で、これしかないんです。よろしく。」と しかも賛成してくれるであろう主要国に対してのみ協力要請したにすぎなかったのじゃないか? さらにその裏付けに「IAEA」にお出まし願った という経緯ではなかったのか? と推測すると出発点がズレてたわけで、手前勝手に過ぎたんだと思ってます。日本人の謝り下手、無反省性格が出たかな。
で、今の両政府だが、 中国は只々「大人気ない」反応で、他国ながらこんな政府で国民のみなさんよく支持されてますね です。ひとの揚げ足をとって、少しでも優位を得たいと考えてるだけじゃないですか。こんな中国政府は只々論外です。
一方日本政府 そんな中国政府相手にわざわざ反論申し上げてる。 「遺憾です。中国政府に抗議申し上げた。」と反応。「何それ!」です。 言いたい者には言わせておけばいいじゃないですか。堂々としていてほしい。外交もこれまでのままでいいんですよ。粛々と継続していればいい。相手にするから向こうはさらに大きい態度になる。時間経過の中で、どちらの言い分が正しいかが明確になってくるものでしょう。中国に対する賛同が大きくなっていったとしたら、こっちが何か間違っていたのでしょう。
日本政府が中国にいちいち反応するのは、事前説明で「ああしておくべきだった」との反省の念があるんじゃないかな。そんな勘繰りをしてます。
両者とも大人の政府であってほしいものです。

学術会議 核燃サイクル

2023年08月30日 09時28分18秒 | 国を憂う
日本社会で懸案になってる事案は多々ある。(僕は執念深いので特に阿部さん時代からの事に異様に執着してます。忘れちゃいかんと思うからね。)  昨日そんな懸案事項のうちタイトルに書いた2点で動きがあったよう。新聞記事を読んでの思いを。

学術会議問題 菅さんが学者側が新規会員として推薦した105名の内6名を認めず、拒否したことに端を発し、いまだにその理由さえ説明されてない問題だ。学者側は拒否理由の説明を求めつつ、「現状に問題があるというなら、双方で協議して変えるべき点は変えていきましょう」と懐大きく対応してる。
でもこの問題は政府と学者の間で考え方が全く水と油状態だからまとまらないと思いますよ。要は 政府は政治と全く無関係で科学的正論を述べてくる組織が邪魔なわけでしょう。できたら無くしたい。無くせないまでも、政府の意向を汲んで行動してくれる学者の集団にしたいのでしょう。一方学者側が「政治とは全く無関係で、その時の正論を語る公的組織が必要」「最終決定は政府の専権事項」という論理を守らんとしてる。 相容れないでしょう。
我々国民から見て、菅さんが「なぜ6人を拒否したのか」正式な説明聞いてないですよね(想像はしてますが) 。 まずそこをきちんと国民に説明することからですよ。その上で現状がどう悪いのかを国民に解説することです。政府のための学術会議じゃないし、学者のためのものでもない。  国民のための組織なんですから、国民がまずその良し悪しを知らないと。

核燃サイクル 昨日政府と青森県が使用済み核燃料の再処理政策についての意見交換を行ったようです。 とりあえずの方針として、
 青森県を放射性廃棄物の最終処分場にはしない。
 核燃料サイクル技術の研究はこれまで通り進める。
 新しい協議会をつくって検討会を続ける。
そんなことが大まかに決まったようだ。
最終処分場問題はどうするのかね? 新規に処分場が決まらない限り、なぁなぁで「六ヶ所村あたりにすればいいんじゃねぇ」が政府の腹じゃないですか。どうせ自分たちが閣僚でいる時代じゃないし、責任だってとりようがない と考えてますよ。
今真剣に国民が考えないといけないのは「核燃サイクル構想」をどうするかですよ。これまで膨大な金を注ぎ込んできた。しかし光は見えてこない。他国では諦めた国もでてきた。 まだまだ続けていっていいのか? ですよ。
僕は 政府は確固たるロードマップを示すべきだと考えます。そしてチェックポイントを設けて、その時までにその技術が開発されなかった場合は撤退するという英断が必要な時期にきてると見てます。現状は原発利用に関する諸所の問題をこの曖昧な施策の中に閉じ込めて、「大丈夫感」を匂わせてるだけでしょう。

「年収の壁」を考えると

2023年08月24日 10時15分56秒 | 国を憂う
主婦がパートなどで収入を得た場合、年収が106万円を超えると、夫の扶養家族から外れ社会保険料の負担が発生し、かつ配偶者控除を受けられなくなり、夫の勤め先にもよるが配偶者手当が貰えなくなる というのが我が国の今の制度です。
一方国は働き手不足で主婦にも働いてもらいたいし、老人福祉、子育て支援等社会保険料の増大で保険料は増やしたい。つまり、国は働いてもらいたいが、望まれる主婦側にはデメリットがあるのですね。これが「年収の壁」と言われてる社会問題。主婦側にだって働いて、家計を潤したい気持ちがあるのにです。年末に年収の調整をする人もいるとか。
ちなみに、年収がある額を超えれば上記デメリットは解消されるわけで、その額はおよそ125万円といわれてます。主婦からすると、「真剣な仕事」でちょっと重くも感じるのでしょうね。
「自由に自分らしい幸せを作っていける社会」が理想だとするならどこか歪んだものを感じます。こんなことで生活(幸福)スタイルを左右されるのはおかしいと思います。
「夫婦生活が基本形」とする概念自体が矛盾の始まりじゃないでしょうか。生き方、働き方の多様化は本質的なことで、この原点に遡って、システムの根本から作り直す時にきてるのと違いますかね。「連合」も「第三号被保険者制度」の廃止を検討してるようです。
簡単じゃないですよ、これ本気でやり出したら明治維新に匹敵するような社会変革でしょうからね。でもやらんといかんのじゃないでしょうか。おそらくこのままだと歪みがさらに歪みを生産するようになりますよ。
夫婦別姓問題、LGBTQ問題、子育て支援問題、老老介護問題 これらも元は一緒じゃないか。
「個人が個人として生きる」だけをベースにしてシステム設計すればいいんじゃないかな。

国がもっと関与すべきでは

2023年08月19日 16時28分33秒 | 国を憂う
昨日山口県上関町で使用済み核燃料の中間貯蔵施設建設調査受け入れ表明があった。町議会で町長の受け入れ意思の表明があり、10人の議員がそれぞれの考えを述べ、その後議決をせずに、町長が中国電力に受け入れ表明を通知したという流れだった。
えっ議決しなくていいのか?の疑問があるが、上関町は原発の新設工事を進めていた(福島事故で中断中)経緯がある町で、今回の決定に至る過程を詳しく知らないのでそこはとやかく言えない。
しかし、国としての進め方にはクレームを言いたい。僕は原発行政は「国策」と捉えている。最後の後始末まで国がしっかり策を練り、国民の協力を取り付けて進めて行くべきではないのか。発電して、産業を活性化するところまでは「いい顔」して、後の面倒な話は地域の行政に任せ、裏から「交付金」で釣るようなやりくちはおかしい。逼迫しそうな町の財政を理由に国の希望を受け入れるという選択も出てくると国は踏んでるのでしょう。そういう地域では住民の分断がうまれるのではないか。こういうやり方はいけないよ。
もうひとつ。 今回町長が「人口が減って町がなくなる危機なんだ」と言ってる。さてそれを交付金で止めて国としていい政策なのか?
さらに、中間貯蔵施設を整備したって、最終処分場が全く決まってないのでしょう。
ついでに、核燃料サイクルを「できる」というだけで、その実態たるや可能性ゼロなんですよ。
あまりにも国は他人事にし過ぎだ。これで仕事してるならオレでもできる。

終戦記念日 に想う

2023年08月16日 17時27分02秒 | 国を憂う
昨日は終戦から78年目の記念日、メディアもいろいろ特集報道をしてた。明るい話じゃないからどれを読んでも、聞いても重い気分になるのは日本人に共通なんでしょうね。
「記念日」という言い方がまず気になる。何を記念(明るいイメージの単語)してるの? 「終戦記念日」じゃなく「平和祈念日」の方がいいんじゃないの? と考えるんです。「終戦記念日」としてるんでは永遠に暗い日として迎えることになるのでは。
そしてこの日に行われる「戦没者追悼式典」 これもいつまで続けるのかな? どうなったら辞めるのかもそろそろ明確にしてもいいのではと考えるのです。続ければいいという事じゃない。ましてや政府主催の行事だからね。
「国に命を捧げた、捧げさせられた」人達の死を傷む という点で一般の死亡とは異なる。かといって「皆様の死があって今の平和が・・・」なんて言わされる、考えさせられるのはちょっと違うだろう。 むしろ「侵略戦争を仕掛けた事」「それによって大勢の国民、他国民を死に追いやった事」を「歴史の事実」として認め、間違った判断には「あれは間違いだった」と国として宣言することが大事なのと違いますか。
では「日本国として非を認めてる」だろうか? 皆さんはここをどう捉えてますか? 僕は「認めてない」と捉えてます。歴代の政府は話す相手を見て「言を微妙に変えて」きたんじゃないですか。で、結局は「あの時日本国は間違ったんです」が国内の統一見解にならず あるいは「せず」にここまで78年間やり繰りしてきた国なんだと思います。
この点の統一見解(確固たる歴史観)がないままで「記念日行事」、「追悼式」を継続してるのです。こんないい加減を通してる国なんだと見ます。
「魂の入ってない、ただの見せかけの行事」じゃないですか? 国民を操る道具でしかない。
僕が気になるのはこういう日本人ってアイデンティティー(僕は日本人ですと言う根拠だね)が存在するのだろうか、愛国心なんて育つのだろうか、さらに公人としての社会性、協調性、道徳観なんて育つのだろうか。ウクライナのような状況になった時今の国民はどう動くのだろうか?
もう78年も過ぎた。 将来の日本のためにそろそろ「国として総括し、確固たる歴史観として先の戦争を定義する」ことが必要なのではないかな。さもないと先に進めないし、いつまでもこの中途半端に引きずられて国を運営することになるのでは。

ここからは推測。 「日本は間違った戦争を仕掛けた国だ」を認めさせない「大きな力」が国内のどこかにあるんですよ。その力が行政(自民党が正しいかな)をも操ってるのと違うかな。

人間関係を想像しよう

2023年08月14日 09時40分19秒 | 国を憂う
この私感はこれまでも何度も書いてきてる。 でも言い続ける、書き続けることしかないと思ってまた書く。
何事も己の世界で完結するんじゃないんだ。社会の一員である以上、前後左右上下 周りと関係しながら生活してるんだよ。そこを想像して自分の行動を反省しながら生活しないと、社会じゃなくなっちゃう。現に薄れてきてるじゃないか。今原点を見直さないと、益々生きづらい社会になって行くんと違いますか? 自分で自分の首を絞めてるんじゃないの?

うちの地区は今日は「紙資源」の回収日。各戸が出した資源ごみをボランティアの人達が回収しやすいように早朝整理してます。それを昼頃市の回収員が来て持って行くという流れ。そういう流れ、関係を想像した時、「自分はこうやって出すだけでいいのか」「次行程の人が少しでも楽になるように・・・」を考え、想像し、もう一仕事しろよ と言いたいのです。
ましてや紙資源 濡れないようには考えないと。 となれば こんな天気の日、前の夜から出すか? 夜中に雨降る可能性が高かったんと違うの?
今朝6時の集積場所 段ボールは重そうになってます。     
これでいいのかよ! と叫びたくなる。 ボランティアやってて、泣くしかないのよ。
今回 僕は紙資源を玄関にまとめました。 が、出さないことにしました。午前中降らないようなら出そうまででStopです。2週間後までちょっと隅に保管すればいいことです。

事程左様に 自分勝手に生きる人がドンドン増えてる。人間関係がドンドン薄くなってる。 いいのこんな社会になって行って? ほんとに助け合わないといけない時、だれも助けてくれない、助けを求められない社会 あなたの子供、孫が生きる世の中としてそんなんでいいの? あなたがそんな社会を作ってるんですよ。
ビートルズが50年前に「想像しようよ」と歌った。示唆的な歌、体の中で響いてる。  

少子化対策 小幡教授は

2023年08月11日 23時49分28秒 | 国を憂う
11日朝のNHKラジオ 経済展望というコーナーなのかな。 慶応大学大学院教授 小幡績氏がこう語っていた。 (放送の頭5分ほどはSKIPしましょう)
冒頭で「今の政府がやらんとしてる少子化対策は金のバラマキであって、全くの無駄だ」と一刀両断だった。 僕はこの時点でハッとして、「そうだ!」、「もろ手を挙げて賛成」とおたけんでた。僕の考えとズバリ一致ですからね。
教授がダメだと断定する理由は 日々の生活、若者が金銭的に厳しい状況にあるから結婚しないし、子供を持とうとしないんだと結論付けてるところ。 ほんとにそうなんだろうか、じゃ賃金が増えたら子供は増えるのだろうか と問い直してる。 僕は何割かは増えると思うが、それが根本じゃないという点で教授に賛成です。
「資本主義という社会構造が内在してる原理で、おのずと少子化に向かうのが流れ」とするところにも(勉強不足で)全面賛成しきれないが、大きな要素だとは考えてる。
教授が根っこのところで疑問として挙げてるのは 「少子化はなぜ悪いの、どう悪いの」そこを国が納得できる説明をしてないところだと言い切ってます。そしてその背景に 貴方=国民一人一人がそこを考えてないんだから、行政は自分の利に繋がりやすい「金銭的支援」策に走る。 それが今語られてる「少子化対策でしょう」というのです。
全くその通りだと考えます。主権者が考えを持たないんだから、行政は好き勝手やりますよ。

僕は今こんな風な考えに至ってます。 金使って解決しようとするのは全て「ハード的解決策」です。で、今社会問題になってる全てがもうハードじゃないんですよ。「ソフト」の問題で、そこにメスを入れない限り解決できないところまで行き詰ってるんじゃないかという見方です。
少し具体的に言えば、「協調、我慢、共生、連帯、道徳等々」さらに言うと「愛」に行き着くのかな。 これは国民(地球人)一人一人の内面の問題。金でどうこう出来る問題じゃない。公人として生きる資質の復活が唯一の解決策だと僕は考えるのです。
まずは「国民と国、行政との信用関係」なんでしょうね。社会で規範となるべき人達が率先して悪さするようでは「愛」なんて生まれないですよ。 「やった者勝ち」「個人の快楽」に走って当然です。

またまた政治屋と金

2023年08月06日 16時07分39秒 | 国を憂う
またですね。「忘れた頃に」と言うんですかね、一つ前の一件が頭から消えた頃にちゃんと「日本の政治家の一仕事なんですよ」と再認識させるかの如く表沙汰になる。
そしてお決まりの流れ。役職を辞任する、党を離れる、しかし議員さんを辞めることはしない。さらに党の責任者は「本人からの説明が大事ですね」と他人事。
今回は離党までが早かった。本人が「やばいぞ」を自覚してる証でしょう。
個人的には実に寂しい。対外的には恥ずかしくてしょうがない。「日本には政治屋しかいない」と見られてるでしょう。しかもそれを厳格に取締まることもできず、せず、「なんという政治文化のお粗末な国なんだ」と評価されてますよ。
毎度この結論を書くのだが、「国民の民意度の低さ」が原因でしょう。
議員さんに、国会に自浄能力は無いのですよ。あるなら現実はもっと良くなってきたはず。国民が取締まる目を持たないかぎり(これは民主主義における国民の義務)、この恥ずかしい姿をまだまだ外国に見せつけることになります。  どうなったら国民は怒り、声を上げるんだろうか。