レタスだけのサラダのことをハネムーン・サラダというらしい。レタス・オンリーだから、let us only(私たちだけにして)という言葉もじりということだ。それはそれで楽しいのだけど、レタスだけのサラダっていうとシーザー・サラダもあるな、とは思うわけだ。あれは色々入ってるんだという解説もあるようだが、店によっては基本的にレタスとクルトン程度のような気がする。まあ、オンリーじゃないからと言い張ってもいいけど。
基本的にサラダにする葉っぱは、レタスを中心にするものが多いという感じもするんだけど、それほど生の葉っぱの旨さが光る野菜ということなんだろう。もちろん僕も大好きで、バリバリ食べていると草食系の血が騒ぐらしく、なんか少しだけ理屈をこねることを考えたくなります。いや、ならんかな。それに実際はどちらかというと肉食系だし。
中華料理ではジャンジャン炒めて食うわけだけど、生じゃなくても大変においしいことは間違いがない。炒めると強い酒のつまみでも結構いける感じがする。もちろんご飯にも合う。
そういえばこの間まではこのレタス君が随分高くなっていて、なんとなく心を痛めていた(うそ)。でもまあ、レタスを作っている農家にしてみると、高騰したほうが楽しいに違いない。安く安定して供給する努力もあるだろうけど、時にはボーナスが出るような感じだろうか。もっとも作れないから希少価値が出て値段が上がるわけで、上手く出荷出来た一部の人のみのことだろうけど。
ニュース的には庶民性がなくなることは嘆かわしいことかもしれないけど、高くなっても気にならない人が買って食べる時期があってもいいんじゃなかろうか。そしていつかはちゃんと僕らのもとに戻ってきてくれる。
近年は水耕栽培なんかの方法もあるようで、レタスといってもいろんな味を楽しめるようになっている。人間の草を食いたい欲求に、レタスはかなり貢献しているのではないだろうか。